魔法と科学の境界線

北丘 淳士

文字の大きさ
上 下
29 / 114

香苗

しおりを挟む
 早くも筋肉痛に苛まれ始めた身体を摩りながら、旭は家の扉を開けた。玄関には香苗のパンプスが置いてある。仕事が終わって帰ってきていた。
「ただいまー」
 後々うるさいので、旭は声をかけながら靴を脱ぎ始めた。するとリビングから部屋着を着た香苗が飛び出してくる。
「あら、今日は遅かったじゃない! デート?」
「デートじゃねえよ、クラブ!」
「クラブ? 旭、クラブなんか入ったの!?」
「無理やりつき合わされただけだよ」
 手こずりながらもようやく靴を脱いだ旭は、身体をふらつかせながら香苗の前をよぎった。
「ふふーん……、彼女の影響?」
 香苗は口の片端を上げながら、邪推しているかのような目で見つめてきた。
「彼女じゃない」
「でも女の子なんだ!」
 しまった。答え方が悪かった。なんて巧みな誘導尋問。
「……まあ、そうだけど」
「へぇー、今度連れて来なさいよ。私がチェックしてあげる!!」
「やめてくれる、そんなの! それにそんな関係じゃないから」
 旭は香苗を無視して自分の部屋に行こうとするも彼女は旭の胴に飛びついて、しな垂れかかってきた。
「私の娘になるかもしれないのよ! これからずっと暮らしていくんだから、はやく会って仲良くなりたいじゃない!! 旭はその楽しみを母さんから奪うわけ!?」
 ずるずると香苗を引き摺りながら、旭は自分の部屋に向かう。
「気がはえーよ! こんな歳で結婚なんてないから!!」
「えーっ!! 孫見たい、孫!」
「アカデミー生にそんなもの、せがむな!」
 旭は香苗を振りほどいて自分の部屋に入る。彼女は受身が出来ず、釣り上げられたマグロが甲板で跳ねたような音と共に床に叩きつけられた。呻き声を漏らす。
「いたた、うう……ひどい……あ、そうそう! 旭にニュースがあるのよ」
「……何?」と、旭はボディースーツを脱ぎながら扉越しに尋ねた。
「亜空間開闢実験の日程が決まったわよ」
しおりを挟む

処理中です...