魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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王女リータ

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 何度か足を踏み入れたことのある部屋に、アベルディは我が物顔で入っていく。
背後でラムザの咳払いが聞こえたが、彼は構わない。本棚やその隣に並ぶガラス張りの陳列棚を彼は眺めていた。すると奥の扉が開き、ラステアの王女が、背後の扉から覗く陽光を背にアベルディを出迎えた。
「女性の部屋をしげしげと観察するなんて、趣味が悪いと思いますが……」
 純白のドレスに小さく輝く黒いペンダントが神聖さを際立たせている。リータは表情を変えずに注意した。
 アベルディはその威光に一瞬怯んだが、気を落ち着かせて姿勢を正す。
「リータ様、体調はいかがでしょうか?」
 一介の庶民であるにも係わらず、リータの前で儀礼を失しているアベルディではあったが、リータは特に気にするでもなく答えた。
「御心配ありがとうございます。私はこの部屋にいると落ち着きますので、私の事など御心配なさらぬよう」
「私はリータ様の体調を常々慮っております。将来の妻の心配をするのは、夫として当然の義務だと思いますので。それにたまには陽光に当たると元気も出ます。それか剣の稽古などどうでしょう。私は剣には多少の覚えがありますので、剣の稽古でしたら私が時間を縫ってお相手いたします。どうか遠慮なさらずに。……少しは活動的になられることをお勧めいたします」
「義務ですか……」どことなく寂しげな眸を向けながら、「お気遣いありがとうございます。ですが、私はこの部屋が好きなのです。それに剣の稽古など……」と、リータは一人で住むには広い部屋の一隅を見ながら言う。
 その先には見るも珍しい品々が陳列棚の中に厳重に保管され、博物館のように整然と並んでいた。アベルディも釣られてその棚に目を遣る。
 視線をリータに戻したアベルディは、一つ咳払いをする。
「リータ様もそろそろ16になられます。世継ぎなど今後の王族のあり方などを考えて、行動なされる時期に来ているかと思われますが……」
 一歩踏み込んだ発言に、扉の前で待機しているラムザが今一度咳払いをした。
 リータはアベルディと目を合わせず、「まだ16ですので……」と取り合う感じではない。
 アベルディは小さく嘆息して、「もう16です」と返す。
 それを見かねたラムザは、「アベルディ殿、リータ様の体調が優れないようですので、そろそろ退室をお願いいたします」と、表面的には慇懃に述べた。まだ入室して5分と経っていない。アベルディは再び陳列棚を一瞥してリータを見遣る。
「リータ様、これはリータ様の御母上がお決めになられたことなのです。この国の行く末を考慮しての判断だと私は思っております。どうか、療養しながらこの国の末を見据えて、私と共に歩んでいただきたく存じます」
 アベルディは王女に対して低頭し、ようやく礼儀を示しながら述べる。
 だがリータは特に気にもせず、陳列棚を見つめていた。
「そうですね、熟慮致します。……アベルディ殿、今日のところは」
 ここ数年、全く進展のないやりとりにアベルディは苛立ちが募っていたが、それをおくびにも出さず、今一度深々と一礼をして踵を返す。アベルディはラムザに追いやられるように部屋を出て行った。
 リータはそのまま陳列棚の前まで歩み、いくつかの品をガラス越しに見つめる。
「アキラ様……」
 1人ごちながら見つめるその先は、傷一つ無い漆黒の球体や腕輪などだった。
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