7 / 21
漁村のVHSテープ(前編)
しおりを挟む
坐骨の特産品に「コナメリ」がある。
名前の由来は「小さなスナメリ」が訛ったものと言われている。
カンパチほどの大きさの魚だが、いわゆるイルカの一種であり、クジラ肉である。
脂分が多く、骨と皮の間には豊富なコラーゲンがある。
旨味は強く、香りに癖はあるが地元の人間はよく買い求める。
見た目が奇妙で、頭はやや三角でサメのような形をしている。
だがサメと異なり、大きな丸い目が横並びについており、横一文字に伸びた大きな口がある。
サメの顔に、丸い目を二つ並べて、口をつけたような、幼児の落書きを思わせるような顔つきの生物だった。
その他はスナメリに似て尾ひれと、胸びれがある。
このミニサイズのクジラは、坐骨市に面した響灘で良く捕れた。
かつては、漁獲量も制限がなく、年中店頭に切り身やアラが並んでいたらしい。
だが、現在は漁獲量や漁期が制限され、解禁期間以外は目にすることがない。
このクジラは、好事家は非常に好む「通の味」であるが、特に50代以上の女性が好むそうだ。
理由は不明であるが、食した女性は続けざまにこの「コナメリ」を求めるようになる。
漁期制限までは、中高年の女性たちが魚市場でコナメリを求める姿をよく目にする。
もしかしたら、その年代が求める栄養素が豊富だったりするのかもしれない。
あいにく研究論文のようなものは見当たらなかった。
だが「廻骨陰」と呼ばれる、坐骨市の北部一帯地域では妙な言い伝えがあった。
「コナメリを食いすぎると、海に呼ばれる」
というモノだった。
とある廻骨陰の漁村の女が語ってくれた。
「海に呼ばれるって…自殺かなんかと思いますよ。コナメリの肉は、興奮というか、覚醒作用みたいなのがあって、ウチらみたいな年の女にはよく効くんです。それで、まあ、興奮状態になった人が、日ごろの悩みとか…そういうのもあって突発的に海に飛び込んだりする。そういった事件が大昔にあったって聞きましたね…。更年期のおばさんが、突発的に万引きしたりするでしょう?それと同じじゃないかしら」
とのことだった。
坐骨の風習を調べる私は、この噂のもとになった話調べた。
奇妙なことに、村によって、結果が異なっていた。
「海に飛び込む」「海で殺される」「海の事故に遭う」などだ。
しかし、「海で命を落とす」という意味では各村で共通していた。
ある漁村の女は真面目くさって言った。
「コナメリが禁漁になったのも、この怖い話があるからですよ」
私は、苦笑した。
まさか、こんなうわさ話で漁獲量や漁期が制限されることはないだろう。
だが、なんとなく漁民からは噂について言いにくそうな雰囲気を感じた。
皆コナメリの話を避けているようにも見えた。
そんな中、私が気味悪がりつつ、とある寂れた漁村を取材していた時だった。
齢80歳に差しかかろうとしている老漁師が、私を人気のない路地に誘い込んだ。
老人は私に、1本の古いVHSテープを渡した。「コナメリ 海 シロタ」とラベルに手書きで書いてある。
そして言った。
「これはな…昔、この村にいたビデオ好きの若いもんが、コナメリ狂いのおばさんをビデオに撮ったもんじゃ。ホントは、もう何本かあったんじゃけど、国の偉い人がみな持って行ってしもうたから…これだけ残っとるけど、だれも信じんじゃろうし、持っとってもしょうがないからあげる。」
私はVHSを受け取っていった。
「どんな映像なんですか?」
老人は言った。
「わしはもう気味悪いから話とうない。自分で見るがええさ。これ見て、国の偉い人が慌てて帰って禁漁とか話が出たんじゃけえ」
私はそのVHSを自宅で再生することにした。
【つづく】
名前の由来は「小さなスナメリ」が訛ったものと言われている。
カンパチほどの大きさの魚だが、いわゆるイルカの一種であり、クジラ肉である。
脂分が多く、骨と皮の間には豊富なコラーゲンがある。
旨味は強く、香りに癖はあるが地元の人間はよく買い求める。
見た目が奇妙で、頭はやや三角でサメのような形をしている。
だがサメと異なり、大きな丸い目が横並びについており、横一文字に伸びた大きな口がある。
サメの顔に、丸い目を二つ並べて、口をつけたような、幼児の落書きを思わせるような顔つきの生物だった。
その他はスナメリに似て尾ひれと、胸びれがある。
このミニサイズのクジラは、坐骨市に面した響灘で良く捕れた。
かつては、漁獲量も制限がなく、年中店頭に切り身やアラが並んでいたらしい。
だが、現在は漁獲量や漁期が制限され、解禁期間以外は目にすることがない。
このクジラは、好事家は非常に好む「通の味」であるが、特に50代以上の女性が好むそうだ。
理由は不明であるが、食した女性は続けざまにこの「コナメリ」を求めるようになる。
漁期制限までは、中高年の女性たちが魚市場でコナメリを求める姿をよく目にする。
もしかしたら、その年代が求める栄養素が豊富だったりするのかもしれない。
あいにく研究論文のようなものは見当たらなかった。
だが「廻骨陰」と呼ばれる、坐骨市の北部一帯地域では妙な言い伝えがあった。
「コナメリを食いすぎると、海に呼ばれる」
というモノだった。
とある廻骨陰の漁村の女が語ってくれた。
「海に呼ばれるって…自殺かなんかと思いますよ。コナメリの肉は、興奮というか、覚醒作用みたいなのがあって、ウチらみたいな年の女にはよく効くんです。それで、まあ、興奮状態になった人が、日ごろの悩みとか…そういうのもあって突発的に海に飛び込んだりする。そういった事件が大昔にあったって聞きましたね…。更年期のおばさんが、突発的に万引きしたりするでしょう?それと同じじゃないかしら」
とのことだった。
坐骨の風習を調べる私は、この噂のもとになった話調べた。
奇妙なことに、村によって、結果が異なっていた。
「海に飛び込む」「海で殺される」「海の事故に遭う」などだ。
しかし、「海で命を落とす」という意味では各村で共通していた。
ある漁村の女は真面目くさって言った。
「コナメリが禁漁になったのも、この怖い話があるからですよ」
私は、苦笑した。
まさか、こんなうわさ話で漁獲量や漁期が制限されることはないだろう。
だが、なんとなく漁民からは噂について言いにくそうな雰囲気を感じた。
皆コナメリの話を避けているようにも見えた。
そんな中、私が気味悪がりつつ、とある寂れた漁村を取材していた時だった。
齢80歳に差しかかろうとしている老漁師が、私を人気のない路地に誘い込んだ。
老人は私に、1本の古いVHSテープを渡した。「コナメリ 海 シロタ」とラベルに手書きで書いてある。
そして言った。
「これはな…昔、この村にいたビデオ好きの若いもんが、コナメリ狂いのおばさんをビデオに撮ったもんじゃ。ホントは、もう何本かあったんじゃけど、国の偉い人がみな持って行ってしもうたから…これだけ残っとるけど、だれも信じんじゃろうし、持っとってもしょうがないからあげる。」
私はVHSを受け取っていった。
「どんな映像なんですか?」
老人は言った。
「わしはもう気味悪いから話とうない。自分で見るがええさ。これ見て、国の偉い人が慌てて帰って禁漁とか話が出たんじゃけえ」
私はそのVHSを自宅で再生することにした。
【つづく】
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる