闇の王

塔ノ沢渓一

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 王都でマリーベルの魔力回復を待つ間、俺は兵士の練兵場に足を運んだ。
 火薬が爆ぜる音を響かせていたので、やっているだろうなと思ってきたら案の定、兵士たちが射撃練習をやっている最中だった。
 木で作られた的にめり込んでいるから、かなりの威力があると思われる。

 大きなマスケット銃という感じの外観で、飛ばしている弾はパチンコ玉程度の大きさである。
 魔法を使って発火させているのか、先込め式ではなく布か何かで作られた薬包を手元で込める方式である。
 かなり短時間で発砲しているので、20人もいれば騎士団ですら簡単に圧倒してしまいそうだ。

 ライフリングがあるかはわからないが、軽く50メートルは離れた的に命中させている。
 魔法のある世界でわざわざ使うくらいの銃だから、それほど原始的なものでもないのだろう。
 魔法は50メートル先まで飛ばすことなど出来ない。

「エルマンが早まって戦争などと言い出さなかったのは幸運でしたね。何発か当てると木の板が吹き飛んでいます。育ち切った妖魔ほどの威力はありませんが、射程では圧倒的に勝っています。王都の大きすぎる城壁と組み合わされば、かなりの驚異ですよ」

 勝手についてきたエリオットが、顔をひきつらせながら言った。
 妖魔はうまく当たれば首が飛ぶことさえある。それに比べれば急所を狙うほどの精度はなさそうだし、小さな穴が空いたくらいなら回復魔法で傷を塞ぐことはたやすい。
 銃のメリットは、射程と魔力によるガス欠がないこと、そして誰にでも使えることだ。

「問題は数だな。それほど訓練しなくても弾を飛ばすくらいは出来そうだから、武器の数だけ戦闘に参加できる人間が増える。妖魔のような希少性もないし、生産体制が整ったら俺たちじゃ手も足も出なくなるぜ」
「ここにあるだけで、30は軽く超える数があるように見えますね。塀の上にある分と合わせて、そうですね、少なくとも200はあると見ておいたほうがいいでしょう」
「凄い数だ。城壁の上ならたいして動く必要もないから重装備であれを持つことになるだろうし、とても騎士団に落とせるようなレベルじゃないぜ」

 王家の兵士と正面切って戦うのは無謀と言わざるを得ない。
 城壁の中に港もあるから補給を断つこともできない。
 包囲して王都を落とすことは不可能だろう。

「おい、そこで何をやっている!」

 堂々と訓練風景を見ていたら、上官らしき男がこちらを指さして叫んだ。
 真っすぐこちらにやってきて、担いでいた銃をエリオットの方に向けたので、俺はかばうように前に出た。
 俺が撃たれるのはいいが、エリオットは当たりどころが悪ければ死んでしまう。

 こちらに銃を向けている男は、王家の紋章が入った鎧を身に着けている。
 腰には剣を差し、戦闘力は400くらいある。たぶん騎士だろう。
 レベルも46と、一般的な騎士のレベルである。
 いつもとは違い、立場的にはこちらが下だろうと思われる相手だった。

「ただの冒険者ではないな。どこから来た」
「僕はベルトワール家の学士でエリオットと言います。今日は買い付けに来たのですが、珍しいことをしているようなので見に来たのですよ」
「ベ、ベルトワール家の……」

 一瞬、態度に迷ったようだったが、ここは立ち入り禁止だから退出願いたいと言われて、俺たちは練兵場から追い出された。
 さすがに王家の騎士では逆らうこともできずに、俺たちはその場を後にする。

「ベルトワールの名前を出してよかったのかよ。偵察に来たと思われたんじゃないか」
「偵察が来ることくらいわかってたと思いますよ。どちらにしろ、僕たちのような恰好をして歩いていれば、どこかの家の騎士が街に来たことは明らかでしょう。隠すつもりはないと伝えておけば、捕まえにきたり強硬な手段を取られることもないから都合がいいんですよ。変に絡まれてしまった方が向こうも後に引けなくなります。それに、この訓練も僕たちに見せるつもりでやっていたものでしょうしね」

 こっちの人は普通の奴も冒険者も、皆汚れた格好をしている。
 だから俺たちのような存在はかなり目立つのだ。しかも俺は武器すら持っていないから、妖魔を使うことは一目見ただけでわかる。
 それはつまり、トップレベルの冒険者か貴族であるという事になる。
 この世界ではかなり希少な存在である。

 そうなると、数日前に偵察の使い魔を飛ばしたのも俺たちだとバレている事になる。
 ならば一刻も早く王都から去った方がいいだろう。
 俺は手早く買い物を済ませると、ローズマリーたちと合流して黒亀蟲に乗って王都を離れることにした。
 買ったのは商館で売られていた短銃一丁と弾ひと箱、それにお土産用の食べ物などだ。

 短銃の方はかなり探し回ったが、護身用として売られているものを一つだけ見つけることができた。半分は闇で流れたような品で、値段はかなり吹っ掛けられてしまった。
 市場に銃が流通しないように、何かしら御触れでも出されているのだろう。
 手早く支度を整えて、黒亀蟲で3時間ほど北に向かって森の中を移動し、そこから雷鳴鳥に乗ってベルナークに帰る。

 ベルナークに着くと、ヘンリエッタたちはダンジョンから帰っていないし、ルイスたちは疲れで寝込んでしまった。
 とりあえずローズマリーとエリオットを帰すことにする。
 そして、血界魔法で疲れ知らずな俺は短銃の練習をすることにした。
 エリオットに頼み、闘技場を貸してもらう。

 銃の仕組みは簡単で、持ち手を回転させるように動かすと鉄の筒が出てくる。
 そこに火薬と弾を押し込んで元に戻すだけだ。
 あとは引き金を引けば少しの魔力と引き換えに弾が発射される。
 短銃では肩当がついていないので、一発撃つごとに手首が折れるのではないかというほどの衝撃が伝わってきた。

「それが大王の夢中になっているというオモチャか」

 俺が練習していたら、いつの間にか渋い顔をしたエルマンが後ろに立っていた。
 エリオットの話を聞いて、危機感でも持ったのだろうか。

「質の悪いオモチャだな。昨日まで素人だった奴が10人も集まれば、騎士だって何もできずにやられるぞ。これを相当な数で城壁の上に並べているんだ」
「対抗策はあるか」
「あまり連射が利かないことくらいだな。この武器を相手に鎧は意味がない。貫通してくれた方が傷を治しやすいくらいだ。逆に、向こうは重装備でくるだろう」
「ふんッ、その程度のものか。妖魔を相手にするよりはいくらか楽だ。城壁の上で蹴散らしてやるのも面白そうだが、今回は暗殺だからその機会がないのが残念だ。ワシが恐れるようなものでもない」

 俺もエルマンも変にイキがって喋るから変な感じがする。
 確かに城壁の上に上がってしまえばどうとでもなるのかもしれない。
 俺とエルマンあたりが雷鳴鳥から降下すれば、黄金虫のようなエルマンの妖魔と、俺の黒亀蟲で制圧できないことはなさそうだ。
 しかし、雷鳴鳥が手の内にあることは明かせないし、エルマンの言う通り、今回の作戦は暗殺で行くと決めてある。

 俺が銃で的を撃つのを一通り見たら、気が済んだのか、エルマンはガハハと笑いながら帰って行った。
 エリオットから報告を受けて、実際に銃を見てみたかったのだろう。
 夕方くらいまで練習したら家に帰り、ルイスが起きてきたので、鎧を買うために外に出た。

「こんなにいい服を買ってもらえるから、もう少しマシな待遇を期待したもんですがね。まさか迷宮なんぞに潜らされるんですか」
「その服は、あんなダニだかシラミだかの湧いたやつで、近くに居られたから迷惑だから買ってやったんだよ」
「あー、これはいい鎧だ。あっちは傭兵崩れの冒険者が使うような安物ですが、これはちゃんとした鎧ですよ。私にはそれがわかります。このようなのがいいでしょう。騎士になるのを夢見るような馬鹿な冒険者とは違います。私は堅実なんですよ」
「そりゃ、女物の胸当てだ。お前のような奴には、そんなのしかないがな」

 口を挟んできたのは、恰幅のいい武器防具屋の店主だ。
 小人族用の鎧など北の店には置いていないから、ルイスが選べる選択肢は少ない。

「しかし薄っぺらいな。こんなの転んだだけでへこむんじゃないか」
「そんなに重たいものを着たら動けませんや。それに、なんだって私にダンジョンなんか行かせたいんですか」
「もうすぐ俺は城を手に入れるんだ。そしたら学士が必要になるだろ」
「なるほど、そりゃあ大出世だ。たしかに城付きの学士なら転移門の一つも開けなけりゃ格好がつきませんやね」

 その後で、でもどうして城なんて貰えるんですかと聞いてきたから、暗殺計画の話をしたらルイスは青くなってガタガタと震え出した。
 そりゃ騙されてるんだだとか、旦那は世の中の道理をわかってないだとか、愚痴のようなものを延々と聞かされる羽目になる。
 世の中の道理から言って、そんなものは成功するはずがないと、半分泣きながらルイスは俺にやめてくれるよう懇願し始めた。

 話しを聞く前は、新しい服と鎧を着て立派になったと喜んでいたのに、ずいぶんと可哀そうなことになった。
 しかし、これはこの国にとって必要なことなんだと説いて聞かせると、なんとか納得した様子を見せる。
 この国の惨状はルイスもよくわかっているようで、王家打倒を決意してくれた。

 俺ですらまだ決意を固めきれていないというのに、ルイスはなかなかノリのいい性格をしている。
 基本的な魔法を覚えさせた後は、マリーのところで買い戻した性螻蛄とも契約させた。
 俺としては騎乗妖魔を呼び出せる程度のレベルがあれば十分で、ルイスを戦力としては見ていない。

 知識を買って手に入れたのだから、そっちで働きを示してほしいと思っている。
 家に帰るとヘンリエッタたちがダンジョンから帰っていたので、買ってきた妖魔と契約させることにした。
 色々と悩んだが、ヘンリエッタには光明、ナタリヤには侵蝕、アリシアには冥府、ローレルには破滅を選び、それぞれを契約させることにした。
 そして虚無は俺が契約する。

 制約の妖魔を見つけなければ何の役にも立たないが、マリーに相談すると心当たりがなくもないような手応えだった。
 よくまあそんなものを見つけなすったと、マリーは虚無を入手した手柄に一番の感心を見せた。二つ合わせると制約を打ち払って無限の可能性を示すという意味で、無限の妖魔となれば魔力を生み出すことができるようになる。

 生み出した魔力を使うには藻草が必要になるそうだが、すでに俺は持っている。
 虚無だけでは手のひらが青く光るだけで、特になんの力も感じなかった。
 ここ数日で馬鹿みたいにお金を使ったから、またダンジョンに潜って稼がなければならない。
 それから数週間ほどは、ルイスも入れて6人でダンジョンに入ったが、その後はルイスだけ本屋で働かせることになった。

 もともと働いていたこともあり、ルイスをその職に付かせることは簡単だった。
 仕事ぶりに問題はなかったが、仕立てのいい服と鎧を着こんで、腰に剣まで提げている奴隷に、店主は困ったような顔をしていた。
 その格好をルイス自身がたいそう気に入っていた。
 本屋の客は貴族ばかりだから、それほど厳重な防犯は必要ない。

 さらに数週間をダンジョンで過ごし、最高位の妖魔を持つ5人が揃っていたこともあり、宗主すらも倒して階層をさげた。
 悪魔系のダンジョンをメインにしていたこともあり、俺の精霊使役はステップアップを繰り返し、大精霊使役にまで変化した。
 属性もすべてコンプリートしているので、地水火風光闇すべての魔法が使える。

 現在、最終階層である12階層の宗主は、ナタリヤが注意を引き、ヘンリエッタが宗主の死角を取って攻撃を加え、ローレルとアリシアが隙を縫って石と影による攻撃を与えているところだ。
 大きなコモドオオトカゲにも似た宗主は、尻尾を奈落に掴まれて思うように動くこともできないでいる。
 ローレルの破滅はすでにLv2になっているので、硬い鱗も難なく砕いて穴を空けた。

 そのローレルの穿った穴に、アリシアが影を突き入れて、中身を引っ掻きまわす。
 冥府は影を操ると聞いていたが、黒くて薄い鉄のようなものを操ることができる妖魔だった。思いのほか自在に動かすことが出来て、その切れ味も剣や槍以上である。
 しかし奈落のように敵を掴むような力はないし、防御に使っても一枚程度なら槍程度で簡単に貫通してしまう。
 それでも体に巻き付けて鎧のように使う事もできなくはない。

 破滅はイカを召喚し、墨を吐くように大きな音と共に石ころを吐き出させることができる。
 ヘンリエッタの光明は鞭で打ち付けたところがはじけ飛ぶようなものだった。
 そしてナタリヤは全身を青白く光らせながら槍を振るっている。
 体表の細胞が死ぬから少し使っただけでも、まるで死人のような見た目になっていた。
 戦いが終わったら、魔法で回復してやるのは俺の役目だ。

 最終層の宗主を当たり前のように倒して、いつものように休憩を取ることになった。
 アリシアが俺の大蝦蟇の中から薪を取り出して地面に並べて火を着ける。
 戦いの後は盛り上がるという理由で、ヘンリエッタとナタリヤがいかがわしいことを始めたので、俺は奈落を使って二人を隔離した。
 周りに冒険者もいないから、ルイスが来なくなって以来、こういうことを平気でするようになっていた。

「ご主人様、昨日はローズマリーが店に来て欲しいと言いに来てませんでしたかニャ」
「そうだったかな。エリーがそんなことを言っていたような気もするな」
「確かに言っていましたわ。だから、今日はもう戻られた方がいいのではないですか」
「頼んでいた妖魔でも見つかったのかな。最近じゃ見つけた妖魔を取られるだけで、報酬もろくに寄こさないんだよな」
「あんニャ沢山の妖魔を買えるお金ニャんて、どこにもニャいですよ」
「お金はもう必要ありません。次は、ご主人様の実力に見合った地位を手に入れましょう」

 実力と言えば、この二人も戦闘力が900を超えている。
 ヘンリエッタもそのくらいになったし、ナタリヤに至っては1200とエルマンを越えそうな勢いで成長している。
 これで買い付けてきた妖魔がLv3になったら、俺ですら四人にかなわない。
 俺は奈落がLv3になって以降、大した成長はなかった。

 レベルが上がってもそれほど魔力が増えないからだ。
 能力自体も精霊使役くらいしか手に入れていない。階層をさげても、多少の能力が強化されるだけで、新しいダンジョンに挑むよりも効率が良くない。
 奈落もLv2とLv3で触手の数は増えたが、戦闘力は四千台からほとんど上がっていなかった。
 やはり俺が強くなるには、なんとかして魔力を伸ばすしかないようである。



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