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第7章

第361話 ユジンとお菓子作り②

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ユジンは全く初めてお菓子作りをするというから、今日は簡単なクッキーを教えてみることにした。

直径2センチくらいの棒状にした生地を、包丁で1センチちょいくらいの厚さに切って焼くだけのお手軽クッキーのはずが、予想をはるかに超えて苦戦中。リリーもベルトも料理は下手だけど、ユジンはそれ以上だった。


ガシャン、ドシャー、パリーン!

キッチンが戦場と化していた。いや、レストランの厨房ならそう表現される状況になることもあるだろうけど、ここは自室のキッチンなのに、おかしい。一体何が起きているのだろう。

「ユジン、それは砂糖じゃなくて塩だよ!」

「あぁ、卵をそんな強く握っちゃ……」

「薄力粉はふるってから入れてね。ダマになっちゃうし食感が悪くなるから。って、ふぁあっ、薄力粉もう入れちゃった!?」

ユジンの包丁によって、真っ二つになったまな板を見て思う。

(これは無理ゲーかもしれない!!)

失敗した材料や壊れた調理器具でぐっちゃぐちゃになったキッチンの中。僕は、手作りのお菓子を配っただけで好感度が上がるなんてこのゲーム楽勝なんじゃ、と思っていたさっきまでの自分をボコボコにしたい気分になっていた。


「焼けたクッキーをオーブンから出して、このお皿に並べてね。オーブン用手袋を使って、火傷しないように気をつけて」
「はい!」

ふぅ~なんとか完成!

エメラルドグリーンの美しい陶器のお皿の上に、苦闘の末出来上がったクッキーが並んでいる。見たかんじは、う~ん、黒くゴツゴツしてて、その辺に落ちてる石っぽい。

(見た目はあんまだけど……味はどうかな?)

緊張しながら石ころ風クッキーを口に運ぶ。

「うぅっ……」

なんと、見た目通りのお味。

「キル兄様!! 大丈夫ですか!?」

あまりの不味さに眩暈めまいがしてフラついたところを、ユジンが肩を抱いて支えながらソファに座らせてくれた。

「平気、ちょっと寝不足だったからふらついただけ」
「兄様、念の為お腹を診せてください」
「ふぇ? なんで?」

よくわからないまま服を捲ってみせる。お医者様に聴診器を当てられる時の格好だ。彼は僕の前に座り込み、お腹に手を当てて何かを探っているようだった。

(光魔法? クッキーでお腹壊したんじゃないかと心配しているのかな?)

ユジンもクライスと一緒でかなりの心配性らしい。そういえば洞窟の中でも僕に何もさせてくれないくらい過保護だった。あの時たくさん怪我をしていた彼の姿を思い出す。噛まれた傷はどうなったかしら。クライスが応急処置をしているところは見たけれど。

「お腹は痛くないよ、だいじょぶ。それより、ユジンこそ魔獣に噛まれた怪我は全部治ったの? 見せて」
「え? ちょ、キル兄様……!」

僕はユジンのシャツを無理矢理剥ぎ取ると、前も後ろもよく観察した。

(傷……残ってないみたい。よかった)

さらにズボンを脱がせようとすると、彼の手がそれをはばむ。

「に、兄様……僕は回復術が使えますから、自分の怪我も治せます。ご心配には及びません」
「心配だよ!! だって、あんなに怪我して。無理して一人で闘って…ボロボロになってたじゃない」

真っ赤な血に染まる弟の姿が脳裏に焼き付いて離れない。しかもあの時ユジンは魔獣はと言った。僕を守るためにあんな無茶をしたんだと思うと、余計に胸が苦しくなってくる。


「もう絶対にあんなことしないで。自分を大事にして。お願いだから」
「それは、お約束できません。僕は何より兄様が大事なので」
「なんで? 僕はこれ以上ユジンに傷ついてほしくない。ただでさえ僕はユジンに謝らなきゃいけないことがあるのに!」


ずっとずっと考えていたこと。

僕は彼に取り返しのつかないことをしたことを、ずっと謝らなくちゃと思っていた。

それは、

「…………それがもしお母様のことなら聞きませんよ」

そう言って、彼は人差し指を僕の口にあてた。
目を見開いて彼を見る。声が出ない。全てを見透かしたようなピンクの瞳が僕に向けられている。
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