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第7章
第337話 クライスSIDE 悪役令息のきもだめし⑤
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(ふぅ、やっと休憩ポイントか)
「どうした? クーマそんなところに立ってないで、座って休もう」
そう声をかけると、クーマはのそのそと大きな身体を動かし、俺の横に腰を下ろした。一年生、というにはかなり大きな体格の彼。もしかしたら獣人の血が入っているのかもしれない。茶色い髪は前髪が長く、顔は右半分が隠されている。
「ぐず……クライス殿下……オレ…べいわぐばかりかけちまって…すびばぜん」
「迷惑なものか。後輩を先輩が守るのは当然のことだ。そのためのペアなんだから気にするな」
「う…うう……ぐず……ぶわああああっん」
また大声で泣き始めてしまった。
クーマはどうやら怖いものが大の苦手らしく、洞窟に入った瞬間からカチコチに緊張していた。そして、「ギャオー」と言いながらミイラ男が追いかけてきた瞬間に、彼の恐怖はピークに達したらしい。身も世もなく泣き叫び、一歩も動けなくなってしまったのだ。そこからは俺が背負ってここまでやってきた。
(まぁしかし、ペアを交代して本当に良かった。彼とキルナが組んだらどうなっていたことか……)
なす術もなく逃げ惑う二人の様子が頭に浮かぶ。
(ユジンと二人きり、というのは気に入らないが。今回ばかりは仕方がない)
「にゃあにゃあ」
「チュンチュチュン」
彼を慰めるかのように魔法生物たちが鳴く。
「そうだね。元気出じで、頑張るよ……」
そう小さく微笑みながら二匹に話しかける様子は、キルナが時たま妖精たちと喋っているのに似ている。
「お前、魔法生物の言葉がわかるのか?」
「はい。はっぎりではねぇでずが、何言いたいかは大体わがるんでず」
「それは……」
「ええ、察しの通り、オレには獣人の血が流れてまず。父が外交官をしてて隣のカステル国から引っ越してぎだんでず」
「なるほど。それで」
獣人は動物と話ができるという。だが魔法を使えるのは、妖精に祝福された血を引くアステリアの人間に限られる、というのが世間一般の常識だ。
「だが、みたところ魔力があるな」
「はい、母がこの国の出身で、オレにも魔力が受け継がれたようで。魔力があるなら使い方も学んだほうが良い。というのも、移り住んできた理由でず」
「たしかに。使うことができない魔力は……危険だからな」
使うことのできない魔力は体の毒になる。キルナのように……。
キルナの体はあとどれくらい保つのだろう。彼を見るたびに心配になるが、ルーナの花が咲くまでは耐えるしかない。
彼は今どうしているかと思いを馳せていた時だった。
「グルゥウウウウ!!」
「チュチュンチュウ!!」
ムベルとテガミドリが急に威嚇するような声で鳴き始めた。
「ムー、テテ。ど、どうじだ!?」
「様子がおかしいな。ここは休憩ポイントだから、化け物は近づけないはずだが」
そもそも魔法生物は害のないものには無反応だ。きもだめし内に出てくるものは、どれだけ気持ち悪くて恐ろしく見えても、所詮は教師たちの作ったもの。こいつらもさっきまで、何も反応していなかった。それなのになぜ急に。
「な……クライス殿下。大変…でずっ……うぅ……」
ガクガクと震えるクーマに只事ではないことがわかる。彼の額にはダラダラと汗が浮かんでいる。
「落ち着いて。ゆっくりでいいから教えろ」
「ど……ど…洞窟内に……、ま、ま、魔獣が……いるっで……ぶ……ぶっわぁああああん」
魔獣だと!? キルナを狙ってるのか!!?
なんとか伝えきると同時に、彼は大声で泣きはじめた。これ以上は聞けそうにない。
チョーカーの魔宝石で幸いキルナの位置はわかる。二つ手前の休憩ポイントにいるようだ。問題なのはきもだめし中の不正防止のために、この洞窟内は、移動系の魔法が使えないようになっているということ。
(走るしかない)
俺はクーマの光石を砕いた。入り口で配られた光石は、砕くと緊急信号が教師陣に伝わるようになっている。ここまで来てくれるはずだ。
「クーマ。多分その魔獣は俺の婚約者を狙っている。すまないが、俺は今からキルナを探しにいく。この休憩ポイントには結界が張ってあるから、先生たちが迎えに来るまでここで待機していてくれ。念のために、光の結界も張っておく」
結界を張りながらそう説明するが、このまま彼を一人にさせるのも不安だ。心細い思いをさせてしまうだろう。
だが図体の大きな彼を背負ったまま移動すると、正直かなり時間がかかる。途中で魔獣に出くわし交戦となると、クーマを守りながら戦わなければならない。
(そんなことをしている間にキルナに何かあったら……)
「殿下…オレもいぎばず」
ぐしっと涙と鼻水を袖で拭い、彼が言った。
「だが」
「オレが殿下を連れて行ぐ。ぞのほうが早い」
(どういうことだ?)
彼の言葉の意味を考えていたら、ビリビリと何かが破ける音がした。彼の制服が、破けているのだ。
「お前、その姿は……」
「乗ってください、殿下」
目の前にしゃべる巨大な熊がいた。
「どうした? クーマそんなところに立ってないで、座って休もう」
そう声をかけると、クーマはのそのそと大きな身体を動かし、俺の横に腰を下ろした。一年生、というにはかなり大きな体格の彼。もしかしたら獣人の血が入っているのかもしれない。茶色い髪は前髪が長く、顔は右半分が隠されている。
「ぐず……クライス殿下……オレ…べいわぐばかりかけちまって…すびばぜん」
「迷惑なものか。後輩を先輩が守るのは当然のことだ。そのためのペアなんだから気にするな」
「う…うう……ぐず……ぶわああああっん」
また大声で泣き始めてしまった。
クーマはどうやら怖いものが大の苦手らしく、洞窟に入った瞬間からカチコチに緊張していた。そして、「ギャオー」と言いながらミイラ男が追いかけてきた瞬間に、彼の恐怖はピークに達したらしい。身も世もなく泣き叫び、一歩も動けなくなってしまったのだ。そこからは俺が背負ってここまでやってきた。
(まぁしかし、ペアを交代して本当に良かった。彼とキルナが組んだらどうなっていたことか……)
なす術もなく逃げ惑う二人の様子が頭に浮かぶ。
(ユジンと二人きり、というのは気に入らないが。今回ばかりは仕方がない)
「にゃあにゃあ」
「チュンチュチュン」
彼を慰めるかのように魔法生物たちが鳴く。
「そうだね。元気出じで、頑張るよ……」
そう小さく微笑みながら二匹に話しかける様子は、キルナが時たま妖精たちと喋っているのに似ている。
「お前、魔法生物の言葉がわかるのか?」
「はい。はっぎりではねぇでずが、何言いたいかは大体わがるんでず」
「それは……」
「ええ、察しの通り、オレには獣人の血が流れてまず。父が外交官をしてて隣のカステル国から引っ越してぎだんでず」
「なるほど。それで」
獣人は動物と話ができるという。だが魔法を使えるのは、妖精に祝福された血を引くアステリアの人間に限られる、というのが世間一般の常識だ。
「だが、みたところ魔力があるな」
「はい、母がこの国の出身で、オレにも魔力が受け継がれたようで。魔力があるなら使い方も学んだほうが良い。というのも、移り住んできた理由でず」
「たしかに。使うことができない魔力は……危険だからな」
使うことのできない魔力は体の毒になる。キルナのように……。
キルナの体はあとどれくらい保つのだろう。彼を見るたびに心配になるが、ルーナの花が咲くまでは耐えるしかない。
彼は今どうしているかと思いを馳せていた時だった。
「グルゥウウウウ!!」
「チュチュンチュウ!!」
ムベルとテガミドリが急に威嚇するような声で鳴き始めた。
「ムー、テテ。ど、どうじだ!?」
「様子がおかしいな。ここは休憩ポイントだから、化け物は近づけないはずだが」
そもそも魔法生物は害のないものには無反応だ。きもだめし内に出てくるものは、どれだけ気持ち悪くて恐ろしく見えても、所詮は教師たちの作ったもの。こいつらもさっきまで、何も反応していなかった。それなのになぜ急に。
「な……クライス殿下。大変…でずっ……うぅ……」
ガクガクと震えるクーマに只事ではないことがわかる。彼の額にはダラダラと汗が浮かんでいる。
「落ち着いて。ゆっくりでいいから教えろ」
「ど……ど…洞窟内に……、ま、ま、魔獣が……いるっで……ぶ……ぶっわぁああああん」
魔獣だと!? キルナを狙ってるのか!!?
なんとか伝えきると同時に、彼は大声で泣きはじめた。これ以上は聞けそうにない。
チョーカーの魔宝石で幸いキルナの位置はわかる。二つ手前の休憩ポイントにいるようだ。問題なのはきもだめし中の不正防止のために、この洞窟内は、移動系の魔法が使えないようになっているということ。
(走るしかない)
俺はクーマの光石を砕いた。入り口で配られた光石は、砕くと緊急信号が教師陣に伝わるようになっている。ここまで来てくれるはずだ。
「クーマ。多分その魔獣は俺の婚約者を狙っている。すまないが、俺は今からキルナを探しにいく。この休憩ポイントには結界が張ってあるから、先生たちが迎えに来るまでここで待機していてくれ。念のために、光の結界も張っておく」
結界を張りながらそう説明するが、このまま彼を一人にさせるのも不安だ。心細い思いをさせてしまうだろう。
だが図体の大きな彼を背負ったまま移動すると、正直かなり時間がかかる。途中で魔獣に出くわし交戦となると、クーマを守りながら戦わなければならない。
(そんなことをしている間にキルナに何かあったら……)
「殿下…オレもいぎばず」
ぐしっと涙と鼻水を袖で拭い、彼が言った。
「だが」
「オレが殿下を連れて行ぐ。ぞのほうが早い」
(どういうことだ?)
彼の言葉の意味を考えていたら、ビリビリと何かが破ける音がした。彼の制服が、破けているのだ。
「お前、その姿は……」
「乗ってください、殿下」
目の前にしゃべる巨大な熊がいた。
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