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第6章

第277話 ぬいぐるみと悪役令息

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チクチクチク

僕は縫い物に没頭していた。仕事量が多すぎて死にそうだ。気がつけばもう外は暗くなっている。

(何これ、めちゃくちゃ忙しい。これはもしやかの有名なブラック企業で働く社畜というやつなのでは……?)

「次はこの子もお願い、すっごくお気に入りの子なの」
「ん……わかった。そこに置いといて」

机の上にはぬいぐるみが山のように積まれている。先の見えない戦いに僕は深いため息をついた。昼間、あんなことを言わなければ……。



皿洗いを済ませ、なんとか片付いたキッチンで作ったマフマフミルクを飲んでいた時だった。

「あのさ、この子、目が取れかけてるから付け直していい?」

ベッドの枕元に置いてあった人形を指差して僕は言った。茶髪の男の子の人形の目が今にも取れそうで、ずっと気になっていたから。すると、カーナは、

「え? 直してくれるの!? 嬉しい!!」

と、飛び上がりそうなほど喜んだ。目のパーツはサファイアで出来ていてとっても綺麗。取れかけている時は不気味だったけれど、借りた針と糸できっちりと付け直すと、愛らしい人形になった。

「よし! できたぁ」

裁縫はちょっと得意だから、すぐにつけ終えた。ついでにほころんでいた部分も縫い直す。完璧な仕上がりに満足して彼女に渡すと、涙ぐみながら受け取ってくれた。

うん、そこまではよかった。

彼女はおずおずと大きな箱を持ってきた。覗いてみると中に入っているのは、どうやらぬいぐるみのようだ。僕は一番上にあったメフメフを手に取る。すると首がダラ~ン……と下に垂れた。

「ひぃっ!!!」と叫び声を上げそうになるのをなんとかこらえる。縫製ほうせいが甘くて、首が取れかけているみたい。

「あの、この子たちもお願いできるかしら……」

懇願するような彼女の瞳に、負けた。


本格的に裁縫道具を借りて修復作業に取り掛かった。目を付けて、はみ出していた綿をぎゅうっと詰めて新たな綿も追加。背中の糸を解いて細かい目で縫い直し、グラグラしている首は新たな糸で頑丈に縫っていく。

「上手ね~。わたし、何回やり直してもその首のところ取れちゃうのよね。綿を詰めすぎて頭が重すぎたのかと思ったけど、そうやって縫うとうまく固定できるんだ。へぇ~~」

感心しながら、この子とこの子もお願い、と首や手がちぎれそうな動物たちが机に山積みにされていく。カーナは裁縫が苦手らしい。でもかわいいぬいぐるみが大好きで、作るのが止められないのだとか。

縫い物だけで一日が終わるという、あんまり経験したことのない一日を送り、僕はり固まった首をぐるぐる回した。

(すっごい疲れた……もう寝たい)


でも、まだまだある。もう寝ていいんじゃ? と睡眠欲が勝つ一歩手前で、取れかけのつぶらな瞳と目が合い、またせっせと修繕作業に取り掛かる。疲れが限界を越すと逆に変なエンジンがかかってきて、新しいものも作ってみたくなった。

「わぁ、すごい! これはレットル、これはムベルね!」

新作のぬいぐるみをプレゼントするとキャアキャアと喜ぶこの人は、自分よりはだいぶ大人のはずなのに、子どもみたいに見える。

(ふふ、大変だったけど、喜んでもらえてよかった)

大きなあくびを噛み殺す。今何時だろ。もういつもならとっくに寝ている時間な気がする。ぽや~としているとカーナがぬいぐるみたちを丁寧にソファに並べながら言った。

「あなたは優しいのね。なんだかあの子に似てるわ」
「あの子?」
「えっとね、私の双子の弟よ。残念だけど名前は覚えてないの。いくら考えても思い出せなくて。でもね、優しい子だった。大切な弟の名前、思い出せたらいいんだけど」
「そうなの」

大事な弟の名前を忘れちゃうなんて、悲しい。
でも僕も、大切な人たちの名前を思い出せない。ポケットから小さなものを取り出した。パチっとボタンを押して蓋を開ける。

「またそれを見ているのね」
「これを見てると何か思い出せそうな気がするの」

ラッシュガードのポケットに入っていた小さな包みを開くと、金の懐中時計が入っていた。黒い文字盤に金の針。文字盤の真ん中はスケルトンになっていて、中のムーブメントが透けて見えるようになっている。

金の歯車に、青い魔宝石。

これは誰の色? 僕はこれを誰かに渡そうとしていた…気がする。

一体誰に?

「本当に素敵な懐中時計ね。宝石の一つ一つに丁寧に魔力が込められてる。魔宝石って特別な人に贈るものだもの。きっと、これはあなたが大切な人のために作ったのね」

特別で大切な人……。いくら考えても出てこないから、諦めて手を動かすことにした。

なんとなく自分用に、猫とリスと、キャラメル(メガネと手足がついている)と、金髪の王子様を作った。王子様の目には妖精がくれたアイスブルーのダイヤモンドを贅沢に使う。

王子様だけ大きめに作ったから抱き枕にちょうどいい。抱き心地が良いように手触りの良い布を選んだ。さらさらしていていいかんじ。

「キルナちゃん本当にありがとう。そうだ、契約の話だったわね。えっと直接見た方がわかりやすいと思うから、6日後の夜にお話ししましょ」

契約の話なんて、もうとっくに忘れていたな、と思いながら「ん、わかった」と頷く。細かいものを見すぎて目がショボショボする。

「おやすみキルナちゃん」

「おやすみカーナ」

モソモソとベッドに入り、金髪イケメンの抱き枕を抱いて、眠った。
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