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第6章

第278話 クライスSIDE 月の予言①

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父親二人に連れられ湖から王宮へと戻ると、一度眠るようにと強制的に寝室に追いやられてしまった。夜、再び迎えにきた彼らとともに王宮の北にある月見つきみの塔へと向かう。

『月見の塔』

この塔は母が管理しており、他の者は立ち入ることができないようになっている。俺も入るのは初めてだ。

延々と続く螺旋階段を上り切ると、最上階に彼はいた。腰まで届く、長い銀髪の後ろ姿。いつもは束ねている髪を、今日は下ろしている。

「セレネ、連れてきたぞ」
「来たか、レアル、リーフ、クライス」
「母様……」

真っ白い長衣に身を包み、銀の錫杖しゃくじょうを持つ彼の姿は神々しい。月の女神のようなえとした美しさを放っている。凛とした強い目が俺を見据えた。

「全く、今にも死にそうな顔をしているな。キルナちゃんのことがそれだけ心配、ということか。安心しろ。大丈夫だから」

母が大丈夫だといえば、本当に大丈夫な気がする。彼は息子の自分からしてもかなり不思議な人物だ。昔から、自分達にはわからないことが母にはわかるということがよくあった。

彼が月を見て「ふむ、いびつな書類がまぎれているな」と呟くと、文官たちが大慌てで書類の不備がないかチェックし始め、「ふむ、明日は国境付近でよくないことがあるな」呟くと、騎士たちは国境の警備体制を強化した。

すると、本当に送るはずだった外交文書に重大なミスがあったり、国境に大型の魔獣が現れたりする。

アステリア国の王妃、セレネ=アステリアの予言はよく当たる。

よくわからないが、王妃は何か特別な能力を持っているに違いない。それが世の人々、特に重臣たちの間での共通認識だった。

(キルナの居場所も母ならわかるのだろうか)



「この二人が迎えに行って驚いただろう?」
「……はい」
「ハハッ、それどころではない、という顔だな。お前がもし暴走でもしたら生半可な人物では止められないと思ってな。こやつらに迎えに行かせた」

この二人をこやつら呼ばわりできるのは母だけだろうな、と思いながら頷いた。たしかに湖にいた時の俺は、誰の言うことも聞き入れられる状態じゃなかった。母様の判断は正しいと思う。が、彼の言う通り、それどころじゃない。

「母様、キルナが……」
「ああ、聞いている。キルナちゃんが妖精の声を聞いて湖に向かって走り、そのまま行方不明になったんだろう」
「はい。居場所もわかりません。なぜか魔力が追えないのです」

深く頷き、母はシャラリと錫杖を月に向ける。

「先日、この二人からクライスとキルナちゃんを湖に行かせるべきかどうかの相談を受けた。行かせるべきだと判断したのは俺だ」
「母様…が?」

(母も知っていて止めなかったのか。なぜ?)

いぶかしんでいると、答え合わせをするように彼は言う。

「よく聞けクライス。キルナちゃんは今、妖精たちと共にいる。この世界とは少し違うところだ。そこは強い魔力が渦巻く場所。魔力は相殺され、魔法は使えない。それゆえにどんな魔力も追うことはできない」

(この世界とは違う場所にキルナがいる?)

母の言葉を一つ一つ噛み締めながら聞く。遠い場所にいるが、キルナは無事、その情報は少しだけ鬱々うつうつとした気を晴らしてくれる。でも、そこまでわかっていながら、なぜ止めてくれなかったのだろう。

「フフッ、その顔。お前は湖に行くこと自体を止めるべきだったと思っているのだろう。まぁその気持ちはわかる。大事な人を危険から遠ざけたいのは当然だ。だが、キルナちゃんが妖精の元に行くこと。これは必要なことなんだ。これだけでうまくいくかどうかは、俺にもわからないが、とにかく、彼はに会う必要があった」

「どうしてそこまでして妖精のことを知る必要が? 彼の身の安全以上に大切なことがあるとは思えません」

思わず語気を荒げてしまった。どう考えても、わざわざ公爵の姉がいなくなった湖に行く必要があったとは思えない。たとえそれが妖精のことを知る者とやらに会うためだったとしても。

いつもならこんな口調で話すと絶対に叱られるところだが、母はそこには触れず、静かに話を続けた。

「お前は、妖精との契約について、キルナちゃんと話したことはあるのか?」

「少しだけ、あります。妖精たちは契約について教えてくれないから、ほとんど何もわからないのだとキルナは言っていました。俺は契約ができないなら、それはそれで構わないと思いそれ以上は聞いていません」

魔力が少なくても魔道具の指輪を使いこなせるようになれば問題ないし、必要なら俺がいくらでも魔力を分け与えたらいい。魔宝石付きのチョーカーがあるから、離れている時も困らないはずだ。

『闇属性の力は妖精との契約なしでは使えない』という話は、以前公爵から聞いている。もし契約ができたらたくさんの闇魔法が使えて便利かもしれないが、無理なら仕方がないだろう。

キルナと妖精の契約について、俺にはそれくらいの認識しかなかった。

俺の言葉を聞いて、父と公爵が顔を曇らせたが、その理由はわからなかった。
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