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第2章
第35話 ルゥSIDE
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「ルーファス、とお呼びください。キルナ様」
「るぅあす?」
「ルーファス、です」
「るぅます?」
幼い子どもにはファスの発音は難しいらしい。
「いえ、ルーで結構でございますよ」
「るぅ!!」
これが私とキルナ様が初めて交わした会話だった。
彼はとにかくわがままな子どもだった。両親にほったらかしにされて育った彼は、使用人にわがままを言うことでその寂しさを埋めているようだった。
たった一人、だだっ広い食堂に座って食事をし、たった一人、大きなベットで眠る。そんな生活を続けていたら、どんな子どもでもひねくれる、ということを彼は体現してみせていた。
「ぼくのかみがくろいからってわるぐちいったでしょ!! おまえなんか、かおもみたくない! どっかいって!!」
そう言ってさっきもまた一人使用人を解雇したようだ。今日はこれで六人目だ。
「キルナ様……そろそろ入浴のお時間でございます」
するりと衣服を脱がせると、白く美しい肌が現れる。艶やかな黒髪に大きな金の瞳に潤ったピンクの唇、ほっそりとした華奢な身体。誰もが彼を愛さずにはいられない。そんな容姿だ。
しかし、彼は自分のその容姿を嫌っていた。黒い髪のせいで、変色した金の瞳のせいで、お父様もお母様も自分のことを嫌っていると、そう信じていたからだ。
それは愚かな使用人たちのせいでもあった。彼に仕える使用人の中には口さがない者たちがいて、彼のことを黒髪の化け物だ、公爵家の落ちこぼれだ、などと陰口を叩いていた。当然本人の前では口をつぐんでいたが、そういう噂は隠していても伝わるものだ。
キルナ様はあれこれ理由をつけてはそういった使用人たちを近付けさせないようにして、自分を守っていた。
「ぼくはみんなきらい、みんなだってぼくのことがきらいなんでしょ」
そう言い切り、何もかも敵だという目で世界を見ていた。
それが、弟君の誕生を機に様子が変わった。お昼のデザートを食べ終えると、彼は言う。
「きょうはおにわにおさんぽにいこうかしら」
えと、なにをもっていこうかな。すいとうと、ぼうえんきょはこのせかいにはないのかな、えと、たおると、おなかがすいたらたいへんだからおやつもいれて…。
ブツブツ何か呟きながら頬をピンク色に染めて、いそいそと鞄の用意をしている。
「必要なものがあればお持ちいたしますよ」
と声をかけるが
「いいの、じぶんでもっていきたいの」
と言って手伝わせない。そして決まって向かう先は、
ふえーん、ふえーん
先日お生まれになったユジン様の泣き声が聞こえる窓、の近くのベンチ。声が少し聞こえるというだけで、キルナ様の背の高さでは中も覗けない場所だ。
キルナ様はその泣き声に耳を傾けながら、にこにことうれしそうにベンチに座っている。何時間もただ座っているのだ。
そして、午後の勉強の時間が近づくと少し億劫そうに別邸に戻る。毎日毎日そんなことをして飽きないのだろうか。
しかも弟のユジン様の存在は、キルナ様のお立場を考えるとかなり微妙なものだ。
闇と水の属性を持ち、魔力はほとんど持たず、放置されて育ったキルナ様。
光と火の属性を持ち、魔力量も多く、何より両親に愛されているユジン様。
普通ならば弟に嫉妬し、憎んで当然だと思う。
しかし、彼はそんな素振りは全く見せない。
ただただユジン様を愛しているようだった。
それはユジン様が大きくなった今でも変わらない。
温室に訪れる彼をただひたすらかわいいかわいいと愛でている。
なぜそんな風に優しくなれるのだろうか?
自分はこの別邸に閉じ込められ、婚約者のクライス王子とも会えず苦しい生活を強いられているというのに。
さらさらとこぼれ落ちる星の砂
キルナ様は机に置いた砂時計の中に幸せだった過去を見ている。過去に縋って生きるキルナ様の儚げな横顔は、今にも消えてしまいそうで、それでいてとても綺麗で……。
「え、ちょっと鼻血!?ルゥ大丈夫なの!!?」
彼の愛する温室は、彼を生かすための小さな世界のようで。
はらはらと花が散るたびに私は不安になり、せっせと花の手入れをする。
簡単に壊れてしまいそうな彼の世界を私はお守りしたいと……。
「ちょっ、ルゥ!! うるうるしながらこっちを見るのはやめて!! 気持ち悪いよ」
ああ、私の麗しいご主人様!
「ルゥったら! 聞いてるの!? シフォンケーキを持ってきて!! 今すぐだよ!!! 焼きたてをすぐに食べたいの!! 蜂蜜のシロップもかけて。あと一昨日食べたあの黄色くて丸い果物も。あとあと、今日の紅茶はミルク多めの気分!!!」
「はい、はちみつシロップとポポの実を載せたシフォンケーキとミルクたっぷりの紅茶ですね。すぐにお持ちいたします。キルナ様」
大好きです!!
「るぅあす?」
「ルーファス、です」
「るぅます?」
幼い子どもにはファスの発音は難しいらしい。
「いえ、ルーで結構でございますよ」
「るぅ!!」
これが私とキルナ様が初めて交わした会話だった。
彼はとにかくわがままな子どもだった。両親にほったらかしにされて育った彼は、使用人にわがままを言うことでその寂しさを埋めているようだった。
たった一人、だだっ広い食堂に座って食事をし、たった一人、大きなベットで眠る。そんな生活を続けていたら、どんな子どもでもひねくれる、ということを彼は体現してみせていた。
「ぼくのかみがくろいからってわるぐちいったでしょ!! おまえなんか、かおもみたくない! どっかいって!!」
そう言ってさっきもまた一人使用人を解雇したようだ。今日はこれで六人目だ。
「キルナ様……そろそろ入浴のお時間でございます」
するりと衣服を脱がせると、白く美しい肌が現れる。艶やかな黒髪に大きな金の瞳に潤ったピンクの唇、ほっそりとした華奢な身体。誰もが彼を愛さずにはいられない。そんな容姿だ。
しかし、彼は自分のその容姿を嫌っていた。黒い髪のせいで、変色した金の瞳のせいで、お父様もお母様も自分のことを嫌っていると、そう信じていたからだ。
それは愚かな使用人たちのせいでもあった。彼に仕える使用人の中には口さがない者たちがいて、彼のことを黒髪の化け物だ、公爵家の落ちこぼれだ、などと陰口を叩いていた。当然本人の前では口をつぐんでいたが、そういう噂は隠していても伝わるものだ。
キルナ様はあれこれ理由をつけてはそういった使用人たちを近付けさせないようにして、自分を守っていた。
「ぼくはみんなきらい、みんなだってぼくのことがきらいなんでしょ」
そう言い切り、何もかも敵だという目で世界を見ていた。
それが、弟君の誕生を機に様子が変わった。お昼のデザートを食べ終えると、彼は言う。
「きょうはおにわにおさんぽにいこうかしら」
えと、なにをもっていこうかな。すいとうと、ぼうえんきょはこのせかいにはないのかな、えと、たおると、おなかがすいたらたいへんだからおやつもいれて…。
ブツブツ何か呟きながら頬をピンク色に染めて、いそいそと鞄の用意をしている。
「必要なものがあればお持ちいたしますよ」
と声をかけるが
「いいの、じぶんでもっていきたいの」
と言って手伝わせない。そして決まって向かう先は、
ふえーん、ふえーん
先日お生まれになったユジン様の泣き声が聞こえる窓、の近くのベンチ。声が少し聞こえるというだけで、キルナ様の背の高さでは中も覗けない場所だ。
キルナ様はその泣き声に耳を傾けながら、にこにことうれしそうにベンチに座っている。何時間もただ座っているのだ。
そして、午後の勉強の時間が近づくと少し億劫そうに別邸に戻る。毎日毎日そんなことをして飽きないのだろうか。
しかも弟のユジン様の存在は、キルナ様のお立場を考えるとかなり微妙なものだ。
闇と水の属性を持ち、魔力はほとんど持たず、放置されて育ったキルナ様。
光と火の属性を持ち、魔力量も多く、何より両親に愛されているユジン様。
普通ならば弟に嫉妬し、憎んで当然だと思う。
しかし、彼はそんな素振りは全く見せない。
ただただユジン様を愛しているようだった。
それはユジン様が大きくなった今でも変わらない。
温室に訪れる彼をただひたすらかわいいかわいいと愛でている。
なぜそんな風に優しくなれるのだろうか?
自分はこの別邸に閉じ込められ、婚約者のクライス王子とも会えず苦しい生活を強いられているというのに。
さらさらとこぼれ落ちる星の砂
キルナ様は机に置いた砂時計の中に幸せだった過去を見ている。過去に縋って生きるキルナ様の儚げな横顔は、今にも消えてしまいそうで、それでいてとても綺麗で……。
「え、ちょっと鼻血!?ルゥ大丈夫なの!!?」
彼の愛する温室は、彼を生かすための小さな世界のようで。
はらはらと花が散るたびに私は不安になり、せっせと花の手入れをする。
簡単に壊れてしまいそうな彼の世界を私はお守りしたいと……。
「ちょっ、ルゥ!! うるうるしながらこっちを見るのはやめて!! 気持ち悪いよ」
ああ、私の麗しいご主人様!
「ルゥったら! 聞いてるの!? シフォンケーキを持ってきて!! 今すぐだよ!!! 焼きたてをすぐに食べたいの!! 蜂蜜のシロップもかけて。あと一昨日食べたあの黄色くて丸い果物も。あとあと、今日の紅茶はミルク多めの気分!!!」
「はい、はちみつシロップとポポの実を載せたシフォンケーキとミルクたっぷりの紅茶ですね。すぐにお持ちいたします。キルナ様」
大好きです!!
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