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派遣勇者の進む道

158.南方州都 バーン

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■南方州入り口の検問 
 ~第15次派遣3日目~

 今回の派遣にもナカジ―が参加しなかった。タケルからのメールにも返信が無いままだったので、このまま来なくなるかもしれないと覚悟して前回と同じメンバーで南への旅をつづけた。

 スモークから先は手配した旅客馬車に乗ってひたすら移動するだけだった。道中で2か所の検問があったが、ロードの名前と枢機卿の証明書を見せると首をかしげながらも通してくれた。確認しなかったが、ロードは教会内でそれなりの役職だったのだろう。夜は御者一人に馬車を任せてタケル達はスタートスで泊まった。初日の日の出から馬車移動を始めて3日目の夕方にようやくバーンの町が見えてきた。

 南方州都バーンは見た感じは西方州都ムーアと同じぐらいの大きな町に見えた。遠くからでもたくさんの建物が立っているのがはっきりとわかる。町の入り口に検問は無かったので、馬車のまま町に入って、御者が知っていると言う宿の前まで送ってもらった。御者にチップとして大銅貨1枚(約1万円)を渡すと、泣きそうな顔で喜んでくれた。タケルとしては毎晩一人だけを馬車に置き去りにしていることを心苦しく思っていたので、もっと渡したかったぐらいだが、大金を与えすぎると人生が狂うかもしれないと思って自重した金額だった。

 宿はツーベッドの部屋で一泊小銅貨7枚(約7千円)だったので3部屋借りた。今回の部屋割りはマユミとリーシャ、タケルとアキラさん、コーヘイには一人部屋をあてがった。日暮れまで少し時間があったので、宿に荷物を置いて町の中を見て回ることにした。

「欲しいものがあったら買っていいからね。その代わりにお店の人に困っていることが無いか聞いてよ」

 タケルは全員に小銅貨を10枚(約1万円)ずつ渡しておいた。

「はーい!」

 マユミはご機嫌になって、最初に目についた雑貨が売っている店に入って行った。店先には川の鞄や服などがぶら下がっている。ほとんどが麻で出来た服のようだが、光沢のある生地のプルオーバーの服があったのでタケルが触ってみると、麻のざらっとした手触りでは無かったので綿素材のようだった。お値段はいつものように書いていない。この世界は値札が普及していないのだった。

「このシャツは幾らですか?」

 店の奥の女性に声を掛けると、ニッコリと微笑みながらタケルのところまで出てきてくれた。

「それは新しい生地だよ。柔らかい生地だから着心地が良いんだ。今ならおまけして、大銅貨1枚と小銅貨2枚で良いよ」

 約12,000円のシャツと言うのはこの世界ではべらぼうに高い値段だとタケルは思った。

「こっちの麻で出来たシャツは幾らですか?」
「そっちは小銅貨7枚だね」
「そんなに高いんですか!?」

 綿のシャツだけでなく、今まで小銅貨3枚程度で買えたものが倍以上の値段になっている。

「あんた達は最近買物をしていないのかい? 物が入って来ないから毎週のように値段が上がってるんだよ」
「全部の物の値段が上がっているんですか?」
「いーや、食料品はそんなに変わらないし、肉とか塩は南で獲れる方が多いから値段は下がってるけどね。服や靴なんかはここにあるものしか無いんだから早い者勝ちだよ」

 タケルは熱心に勧めてくれた女性には申し訳なかったが、そのまま店を出て隣にあった金物店に入ってみた。そこの店主に話を聞くと皇都を通じて入ってくるようなものは、以前の倍以上の値段になっているそうだ。

「州境の封鎖ですけど、いつまで続くか教会から説明は無かったんでしょうか?」
「何にも無いのさ! 始まったのもいきなりだから、こっちは商売が続けられなくて、そのうち食べていけなくなるよ!」
「教会の人にその話はしたんですか?」
「ああ、組合を通じて教会に申し入れしたけど、司教は聞く耳を持たなかったらしいぞ」

 町の人にも迷惑が掛かってもそれを押し通そうとする。それだけの理由があると司教が考えているなら、その理由は一体何なのだろう?

■バーン 南方大教会
 ~第15次派遣4日目~

 タケルは日の出とともにコーヘイと二人で転移ポイントを作るために町の外へ出た。バーン周辺は雨の少ない土地なのか、乾いた硬い地面が多くて砂埃が舞う中で聖教石を埋めていると目に砂が入って涙が出てきた。その後は朝から営業している食堂でみんなと合流して、朝食を取りながら今日の予定を確認した。

「今日は俺とアキラさんで教会に行って、大司教への面会を申し込んでくる。あまり大勢で行くと警戒されるかもしれないからね」
「私も一緒に連れて行け」
「リーシャか・・・、わかった。じゃあ、リーシャは一緒に行こう」

 ここの司教がエルフをどう考えるのかは判らなかったが、霧の結界が解けた話をするなら生き証人として連れて行くのも悪くないかもしれない。

「夕方になっても俺達が戻って来なかったら、マユミがコーヘイをスタートスに連れて帰ってくれ」
「タケルさん達を置いてですか?」
「うん、仮に捕らえられたとしても、自動転移で時間になれば戻れるからね。だけど装備がここに残ってしまうから、最低限必要な物以外はコーヘイに預ける。炎の槍も持っていてくれ」
「わかりました、気を付けてくださいね」

 朝食の後に3人で大教会へ向かうと、教会の入り口で警護をしていた教会武術士に呼び止められた。

「今日は礼拝も事務の受付もやっていないが、教会に何の用だ?」
「私たちはスタートスの勇者です。ここの司教に会うために来ました。ここに・・・、枢機卿の証明書がありますので、司教へ取次ぎをお願いします」
「枢機卿様? 司教に? お前たちは州境を越えてきたと言う事か? どうやって入って来たのだ!?」

 二人いる武術士の片割れは気色ばんで腰の剣に手を置いた。

「州境ではロードさんが通してくれました。私たちは司教に魔法を教わりに来ただけですから」
「ロード殿・・・、ふむ、わかった、司教様にご予定を聞いてやる。ここで待っていろ」

 証明書を持った武術士は首を捻りながらタケル達を残して、閉ざされている教会の扉の中へ入って行った。残された教会武術士はタケル達をジロジロと眺めて品定めをしようとしている。5分以上待っていたが、入って行った武術士が戻って来なかったからだろうか、武術士の一人が声を掛けてきた。

「勇者と言ったか? スタートスでは何をしていたのだ?」
「魔法や武術の訓練ですね。魔竜を倒せるように努力するのが勇者の務めですから」
「ふんっ! どうせ遊び半分の勇者なのだろうが」

 やはり、ここの武術士にも勇者受けは良く無いようだ。バイトで派遣されている勇者はあまり愛されていないのはスタートス以外の町では変わらなかった。タケル達はスタートスと言う小さな町だったことが良かったのかもしれない。

 20分以上外で待っていると、入って行った武術士がようやく戻って来た。

「大司教はお前が本物の勇者ならば会っても良いと言っている」
「本物の勇者? どういう意味でしょうか」
「そのままの意味だ。勇者であることを証明して見せろ」

 このパターンは何回目だろうか・・・、枢機卿の証明書だけでは中々納得しない。これはセントレアに行って、枢機卿に文句を言うべきかもしれない。

「わかりました、魔法の力をお見せすればいいですか?」
「ああ、勇者だと納得させられるのであればな」

 武術士は、鼻からできる訳は無いと言う表情でタケルを冷ややかに見ていた。町の中だから何かを壊すようなことは避けた方が良さそうなのだか・・・

「じゃあ、このあたりに雨を降らせましょうか?」
「雨? 雨などはこのバーンで降る訳が無いだろう。特にこの時期は見ての通り雲ひとつないのだぞ」
「だったら、尚更いいですよね。埃っぽいし、多少は地面も濡れた方がいいでしょう」

 タケルは武術士の返事を待たずに水のロッドを取り出して、水の神へ祈りを捧げた。

 -ワテル様、この地へ水の恵みを与えてください。

 ロッドを頭上に掲げてイメージを伝えると、真っ青だった空に白い雲が集まり始めて、徐々にあたりが暗くなってきた。

「おい、お前何をしているんだ!」

 -どうした? -急に暗くなってきたぞ? -雲? 空がおかしい!

 道を歩いている人たちの怯えた声がタケルの耳にも入ってきた。

「ウォーター!」

 タケルが水のロッドを空に向けて叫ぶと集まった雲から大粒の雨がポツリ、ポツリ・・・やがて激しく降り始めて。地面を叩く雨音が聞えるほどになった。

「ほ、本当に雨を!?」
「ええ、しばらく降りますから、詳しい話は中でしましょうか」

 タケルは雨の中で立っている武術士の背中を押すようにして教会の中に入って行った。

「これで良いでしょう? まだ疑うなら、私の聖教石もお見せしますよ」

 胸にぶら下がっている赤と金がまじりあった聖教石を取り出すと、教会武術士の顔が一気に引き締まった。

「これは! 凄い! 見た事の無い色だ。司教様よりも・・・」
「そういう事ですから、よろしくお願いしますね」

 ようやく武術士は納得してくれたようだった。
 では、問題の多い司教様に色々お話しを聞かせてもらおうか・・・。
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