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派遣勇者の進む道
148.空へ
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■エルフの里
~第13次派遣2日目~
タケルは下からの風を受けながら前後左右に動かされて生きた心地がしなかった。地上からの高さは30メートル以上あるのだ、固い地面に落ちれば無事では済まない。
「ブーンさん! 一度降ろしてもらえませんか!?」
タケルは大声で必死に意思を伝えた。
-良いよ。
頭の中に返事が届くとゆっくり降下し始めた。緩やかに地面に足がついて、遅れて手のひらもつけることが出来た。
「ブーンさん、いきなりはダメですよ! 怖いじゃないですか!?」
-そうなのか? 君たちは飛ぶのが好きなんだと思っていた。
「嫌いと言うわけではありませんが、人間には“慣れる”と言う手順が必要なんですよ」
-ふーん、そうなんだね。じゃあ、どうすれば良いの?
「そうですねぇ、まずはもう少し低い高さで宙に浮くようにしたいです」
-じゃあ、それを想像して腕輪に伝えてごらん。
「想像ですか・・・」
タケルは頭の中で体が1メートルぐらい浮き上がる風をイメージして、左腕にはめた腕輪を右手で握りしめた。猛烈な風が下から吹きあがりタケルが前のめりになると体が持ち上がり始めた。うつ伏せになって両手を広げて風を受けると風の力が少し弱くなった気がする。吹き上がる風はタケルの姿勢が安定するように自動的にコントロールしてくれているのだ。
頭の中で体が少し前に動くイメージをすると、足先から風が吹き始めてそのまま前に進みだした。今度は横に、次は後ろに・・・、低い高さで移動を繰り返すと、タケルは風に包まれている安心感が広がってきた。
-落ちないように僕の風が守ってあげるから大丈夫だよ。
「わかりました。もう少し高いところに上がってみます」
タケルは高さを少しずつ上げて行き、渓谷を作っている断崖の上まで飛び上がった。ブーンの言った通り、飛ぶのが楽しくなってきた。断崖の上から見ると、風の谷は想像していた通りに起伏のある山をえぐるような形で森に向かって伸びていた。
断崖の上の山は北に向かって高くなっていて、はるか向こうには真っ白になっている山の峰がいくつも見えている。空中でうつ伏せになったまま回転して、エルフの里のある森を見てみる。かなり広い森が広がっているが、その左、方角で言うと東には、更に広大な森林が広がっていた。
そのまま何処まで上がれるのかを試してみたくなって、ゆっくりと高度を上げて行った。吹き付ける風の強さは一定だが、どんどん地面が遠ざかっていく。風に包まれている安心感はあるが、やはり怖くなってきて今度は少し速いスピードで降り始めた。どんどん地面が近づいて来たので、空中で急停止しようとするとイメージ通りに宙で停止した。
ブーンが言っていた通りに、タケルがイメージすれば必要な風が勝手に拭いてくれるのだ。風の強さや方向などを全く考えなくて良い。まさに風の精霊の加護なのだろう。一つだけ問題点があるのは、ずっと風が吹き続けているので、かなり寒くなってきたことだ。飛ぶときには重ね着をしておくことにしよう。
上昇、下降、急停止、横移動、旋回、回転等を色々試して体と腕輪に感覚をしみこませてから地上に戻った。
「ブーンさん、ありがとうございます。思うように飛ぶことが出来ました」
-ほらね。飛ぶのは楽しいはずなんだ。
「ええ、とても楽しかったです。ところで、この腕輪の使い方はこれで合ってるんでしょうか?」
-合ってる? 使い方は君次第だよ。
「他にも風の力でやりたいことがあれば、実現できると言う事ですかね?」
-うん。僕がその腕輪で君がやりたいことを叶えてあげるよ。
「わかりました。では、今日はこれで失礼します」
-あれ? もう帰っちゃうの?
「ええ、そうしようと思っています・・・、ブーンさんは私に付いてきたりしませんよね?」
-ついて行く? どうしてかな?
「水の精霊・・・、ヒメって名付けたんですけど。その精霊は私の傍にずっといますから」
-そうなんだね。僕はこの谷の清き風を守るのが役目だから動かない。
「風の精霊と水の精霊・・・、お二人? は知り合いだったりしないんですか?」
-僕たちに見えるのは神が決めた人たちだけだよ。精霊?何かが居るのは感じるけど・・・
「ヒメも同じなの? 他の精霊が見えたり話せたりはしないの?」
-そうです。私たちは神が認めたものとしか会話はできません。
何だか変な話だ、二人とも神の使いのはずなのに、当事者同士は話も出来なければ見ることも出来ないと言う。
「そうなんだ。いまは風の精霊ブーンさんの力を借りて空を飛ぶことが出来るようになったんだよ」
-ええ、見ていました。 楽しそうに飛んでいましたね。
「ブーンさん、今日のところは帰ります。風の使い方で教えてほしいことがあったらまた来ますから、よろしくお願いします」
-そう、いつでも遊びに来てね。エルフの長にも伝えてよ。
「わかりました。お伝えしておきます」
タケルはそう言うと、腕輪を触りながら宙へ舞い上がって、風の谷の中を森に向かって飛び始めた。
タケルはとうとう空まで飛べるようになったことに感動していた。時給バイトで派遣されているのに・・・、だけど、この世界に居る間は勇者として精一杯頑張ろう。
~第13次派遣2日目~
タケルは下からの風を受けながら前後左右に動かされて生きた心地がしなかった。地上からの高さは30メートル以上あるのだ、固い地面に落ちれば無事では済まない。
「ブーンさん! 一度降ろしてもらえませんか!?」
タケルは大声で必死に意思を伝えた。
-良いよ。
頭の中に返事が届くとゆっくり降下し始めた。緩やかに地面に足がついて、遅れて手のひらもつけることが出来た。
「ブーンさん、いきなりはダメですよ! 怖いじゃないですか!?」
-そうなのか? 君たちは飛ぶのが好きなんだと思っていた。
「嫌いと言うわけではありませんが、人間には“慣れる”と言う手順が必要なんですよ」
-ふーん、そうなんだね。じゃあ、どうすれば良いの?
「そうですねぇ、まずはもう少し低い高さで宙に浮くようにしたいです」
-じゃあ、それを想像して腕輪に伝えてごらん。
「想像ですか・・・」
タケルは頭の中で体が1メートルぐらい浮き上がる風をイメージして、左腕にはめた腕輪を右手で握りしめた。猛烈な風が下から吹きあがりタケルが前のめりになると体が持ち上がり始めた。うつ伏せになって両手を広げて風を受けると風の力が少し弱くなった気がする。吹き上がる風はタケルの姿勢が安定するように自動的にコントロールしてくれているのだ。
頭の中で体が少し前に動くイメージをすると、足先から風が吹き始めてそのまま前に進みだした。今度は横に、次は後ろに・・・、低い高さで移動を繰り返すと、タケルは風に包まれている安心感が広がってきた。
-落ちないように僕の風が守ってあげるから大丈夫だよ。
「わかりました。もう少し高いところに上がってみます」
タケルは高さを少しずつ上げて行き、渓谷を作っている断崖の上まで飛び上がった。ブーンの言った通り、飛ぶのが楽しくなってきた。断崖の上から見ると、風の谷は想像していた通りに起伏のある山をえぐるような形で森に向かって伸びていた。
断崖の上の山は北に向かって高くなっていて、はるか向こうには真っ白になっている山の峰がいくつも見えている。空中でうつ伏せになったまま回転して、エルフの里のある森を見てみる。かなり広い森が広がっているが、その左、方角で言うと東には、更に広大な森林が広がっていた。
そのまま何処まで上がれるのかを試してみたくなって、ゆっくりと高度を上げて行った。吹き付ける風の強さは一定だが、どんどん地面が遠ざかっていく。風に包まれている安心感はあるが、やはり怖くなってきて今度は少し速いスピードで降り始めた。どんどん地面が近づいて来たので、空中で急停止しようとするとイメージ通りに宙で停止した。
ブーンが言っていた通りに、タケルがイメージすれば必要な風が勝手に拭いてくれるのだ。風の強さや方向などを全く考えなくて良い。まさに風の精霊の加護なのだろう。一つだけ問題点があるのは、ずっと風が吹き続けているので、かなり寒くなってきたことだ。飛ぶときには重ね着をしておくことにしよう。
上昇、下降、急停止、横移動、旋回、回転等を色々試して体と腕輪に感覚をしみこませてから地上に戻った。
「ブーンさん、ありがとうございます。思うように飛ぶことが出来ました」
-ほらね。飛ぶのは楽しいはずなんだ。
「ええ、とても楽しかったです。ところで、この腕輪の使い方はこれで合ってるんでしょうか?」
-合ってる? 使い方は君次第だよ。
「他にも風の力でやりたいことがあれば、実現できると言う事ですかね?」
-うん。僕がその腕輪で君がやりたいことを叶えてあげるよ。
「わかりました。では、今日はこれで失礼します」
-あれ? もう帰っちゃうの?
「ええ、そうしようと思っています・・・、ブーンさんは私に付いてきたりしませんよね?」
-ついて行く? どうしてかな?
「水の精霊・・・、ヒメって名付けたんですけど。その精霊は私の傍にずっといますから」
-そうなんだね。僕はこの谷の清き風を守るのが役目だから動かない。
「風の精霊と水の精霊・・・、お二人? は知り合いだったりしないんですか?」
-僕たちに見えるのは神が決めた人たちだけだよ。精霊?何かが居るのは感じるけど・・・
「ヒメも同じなの? 他の精霊が見えたり話せたりはしないの?」
-そうです。私たちは神が認めたものとしか会話はできません。
何だか変な話だ、二人とも神の使いのはずなのに、当事者同士は話も出来なければ見ることも出来ないと言う。
「そうなんだ。いまは風の精霊ブーンさんの力を借りて空を飛ぶことが出来るようになったんだよ」
-ええ、見ていました。 楽しそうに飛んでいましたね。
「ブーンさん、今日のところは帰ります。風の使い方で教えてほしいことがあったらまた来ますから、よろしくお願いします」
-そう、いつでも遊びに来てね。エルフの長にも伝えてよ。
「わかりました。お伝えしておきます」
タケルはそう言うと、腕輪を触りながら宙へ舞い上がって、風の谷の中を森に向かって飛び始めた。
タケルはとうとう空まで飛べるようになったことに感動していた。時給バイトで派遣されているのに・・・、だけど、この世界に居る間は勇者として精一杯頑張ろう。
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