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Ⅱ-179 鬼人の蹂躙

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■エルフの森 南側

 大きく開かれた巨大ムカデのあごへと落ちて行きながら、エリーサは腰の後ろに手を回して刃渡り70㎝程の両刃剣を抜いた。足場のない空中では体勢を変えることはほとんどできないために、何をするにしても一瞬のタイミングしかなかった。

 巨大ムカデも正確に落ちてくるタイミングを捉えて巨大な顎を素早く閉じた。だが、エリーサもそのタイミングを逃さなかった。迫ってきた右の顎に剣を叩きつけ、その反動で宙へと舞い上がると空中で膝を抱えて前転をし、勢いをつけてから剣をムカデの残っている目に深く突き刺した。

 ―ギュエーイ!

 ムカデの口から耳障りな絶叫が広がり、危険な顎で宙にいるエリーサを捕まえようと頭を振ったが、エリーサはムカデの眉間を蹴ってもう一度飛び上がり、刺さっている剣の柄を上から思い切り踏みつけた。

 ―ズブリッ!

 剣は柄の部分までムカデの目の中にめり込んで行き、ムカデから痙攣けいれんするような震えが伝わってきた。高さ5メートルぐらいまで伸びあがっていたムカデはそのまま地上に倒れ、エリーサも同時に地面へひらりと着地した。

「凄いな! エリーサ! ミーシャみたいだったぞ!」

 横から銃で援護してくれていたエルフがエリーサの元に駆け寄って目を輝かせた。

「ああ、たまたま上手くいった。ミーシャがいない分、我らが・・・、また来るぞ!」

 -キュエーィ!

 エリーサが地面の振動を足の裏から感じた時には前後の地面が再び割れて、2匹の巨大ムカデが二人を挟むように現れた。さっきのように飛び上がれる巨木は近くにない。エリーサはアサルトライフルを構えて目の前に現れたムカデの目を撃ちながら突っ込んだ。

 -さすがに2匹は厳しいな・・・、ミーシャならどうするだろう・・・

 樹上から狙った時と違って頭上にあるムカデの目を銃弾で捉えるのは難しかった。頭部-主に口のあたりに向けてトリガーを引き続けて走り抜ける。

「いったん逃げるぞ! ついて来い!」

 エリーサは返事を確かめずに巨大ムカデがエリーサへ襲い掛かるタイミングで正確に右目を撃ち抜きながら、その右側を走り抜けてムカデの囲みの外に出た。後ろのエルフもついて来ているのが判ったが、ついて来ているのはムカデも同じだった。ザワザワと森の草をかき分けながら大きなものが迫ってくるのが見なくても判る。走る速度は同じぐらいだろう、エリーサ達も体力に自信はあるがこのままだと、いずれ追いつかれる可能性が高い。

 -どうする? どうする?

 必死で動かしている足と同じように頭も働かせたが、頭の方は足のようには回転してくれなかった。

■エルフの森 北側

 黒虎の運動能力を奪って跳躍した鬼人は、倒れていたエルフの腹を踏みつけて内臓を破壊した、エルフの口から大量の血があふれ出して痙攣している。

「なんてこったい・・・、あたしの虎があんなに簡単に・・・。それに、あいつ・・・、喰ってるよ」

 エルフの腹を引き裂いた鬼人はその内臓を鷲掴みにして、引き出すと滴る血と共に口の中に入れて咀嚼を始めた。リンネはおぞましい光景に眉を寄せたが、怖がった素振りは全く見せていない。

「あの野郎! リンネ! ここは良いから、早く逃げて!」

「ああ、だけど、あんなに速いと逃げても捕まるよ。もう、こっちに来てるしね」

「何を呑気に構えてるのよ! 早く逃げてってば!」

 エルフ達は仲間を殺されて怒っていたが、サトルの仲間であるリンネの安全を最優先に考えていた。距離を取った場所から銃弾を浴びせ続けているが、動きが速く狙いが付け難かった。

「足を狙うんだよ。あの化け物も死人しびとと同じだからね。頭を撃っても倒れないよ。足を破壊して走れないようにしないと・・・」

「だけど、あれだけ早いと足を狙うのは無理だよ!」

 エルフのリーダーはリンネの言うことが正しいと判っていたが、いかにエルフの腕が優れていても高速で不規則に走ってくる鬼人の足へ集中して銃弾を集めるのは難しかった。

「もうちょっと待っておくれ、少し動けないようにできるから。そこをみんなで撃っておくれ」

「?」

 リンネが話している間にも樹上から銃弾を浴びせていたエルフの元に走った鬼人は5メートルの高さを一気に飛び上がり、銃弾を胸に何発も浴びながらも貫手をエルフの胸に突き立てた。

 -ズクゥッ!

 胸から入った伸ばされた手はエルフの背中まで抜けて、大量の血を樹上から地面へ撒き散らせた。右手に串刺しにしたエルフを持ったまま地上に降りた鬼人は先ほどと同じように内臓を引きずり出して口へと運ぼうとして、自分のところに走ってくる変な生き物に気が付いた。

 そいつは鬼人を恐れることも無く、大きな頭についている大きな口を開いて鬼人へとのしかかるように飛び掛かった。鬼人は腕に刺さったエルフを振り回して、飛び掛かってきたそいつの頭を強く薙ぎ払ったが、大きな頭部を支える太い首に跳ね返されて突進を止めることは出来なかった。赤い頭のそいつは鬼人の腕から肩にかけて、禍々しい牙で咥えこんだ。鬼人は動かせる左手と両足を使って、巨大な口に咥えられた右肩から先を振りほどこうと、殴り、蹴り暴れまわったが、巨大な口は開くことは無く牙は鬼人の骨深くまで食い込んでいった。

 -バキ、メキャッ!

 鬼人の頑張りとラプトルの首の振りによって、鬼人の右腕は肩の部分から折れてラプトルの口の中へと残った。鬼人は痛がるそぶりも見せずに、高く飛びあがり頭上にあった木の枝を片手で掴んでその上に飛び乗った。そこへ、エルフ達の銃弾が立て続けに襲った。動きが止まったところへ正確に脛のあたりへ連射を受けて右足の骨がズタズタになる。だが、残った片腕を使い射線から死角になる木の影へと回り込んだ。

 鬼人を地上で襲ったのは、サトルが黒虎と合わせて警護用に置いて行ったラプトルだった。黒虎ほどの速度では走れないために、少し到着が遅れてしまったが、リンネの指示で鬼人に向かって突撃してきたのだった。鬼人は樹上から失った右腕のあった場所と地面でこちらを見上げているラプトルを交互に眺めていた。

 地上の赤頭は人間と違って硬い表皮を持っている。それに、人間よりも遥かに大きく、獰猛な牙が並んだ口を持っているのが判った。素手で戦うには手強い敵だと思い知らされた以上、何か倒す方法を考える必要があったが、その方法は地面に転がっているエルフの死体を見てすぐに思いついた。だが、既に片腕と片足を失って、自分の力では何ともできない・・・。

「グォオウゥッ!」

 鬼人は樹上から低い唸り声をあげて、ゴーレムに守られている死人兵に合図を送った。合図を聞いた死人兵のうち二人が残っていた“鬼の血”を飲んで鬼人へと変身すると、槍と剣を持って、森の中を駆け抜けてきた。ラプトルは走ってくる樹上の鬼人をあきらめ、走ってくる鬼人へと長い尾を振りながら走り始めた。大きな頭を揺すりながら、その巨大な口を開けて威嚇する。

 だが、ラプトルの走る速度は鬼人のそれよりもかなり遅かった。鬼人たちは跳ぶように走り、ラプトルとすれ違いざまに身をかわして大きな口の中に槍を突き立てた。

 -ズブリッ!

 鬼人の体重と加速のついた槍の穂先はラプトルの口から首の後ろまで突き抜けた。だが、ラプトルの小さな脳を捉えることは出来ずに、ラプトルは刺さった槍を口から突き出したまま、通り過ぎた鬼人を追いかけようと振り返った。そこに、もう一匹の鬼人が襲い掛かった。剣を持った鬼人はラプトルの右足に狙いを定めて、地を這うように剣を低く鋭く横に薙ぎ払った。

 -メキッ!

 剣は丈夫なラプトルの外皮を破り、足首に近い場所に半分ほど食い込んで骨を砕いた。ラプトルも鬼人も痛みを感じないが、足を破壊されれば動けなくなる。鬼人は槍を受けても死なないラプトルを見て、動きを止める作戦へ瞬時に切り替えていた。右足の機能を失ったラプトルはそれでも長い尾と左足でバランスを取って立っていたが、既に走ることもできずに槍が刺さったままの口を開いて離れた鬼人を目で追いかけることしかできなかった。

 鬼人たちは動けないことを悟ると赤い頭のラプトルを放置して、本来の目標だったエルフへと走り始めた。

「リンネ! こっちに来るよ、早く逃げて! ここはあたし達が足止めするから!」
「逃げるったって・・・、あんなに速い奴から逃げられないよ。それに、足止めも難しいだろ?」
「だからって、リンネが居ても役に立たないんだよ!早く逃げてよ!」

 エルフは鬼人の動きを見て銃を撃ち続けているが、アサルトライフルの銃弾では鬼人の動きを止めることは出来ないままだった。なんとか、リンネだけでも逃がそうと強い口調で促したが、リンネはぼんやりと鬼人が近づいてくるのを眺めて逃げようとしない。

「もう! 早く!」
「・・・、仕方ないねぇ。今まで、良くしてくれてありがとうね。多分・・・、これまでと同じようにって訳にはいかないだろうけど、あたしはあんた達の事が好きだよ・・・」
「リンネ? 何を言ってるんだい!? ちょっと! 何処へ・・・」

 リンネはエルフに意味の分からない別れの言葉を告げると向かってくる鬼人に向かって駆け出した。
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