上 下
337 / 343

Ⅱ-175 ご神体の思惑

しおりを挟む
■火の国 王都ムーア 大臣執務室

 黒い死人達の首領は応接ソファで果実酒を飲みながら計画の進捗を話し合っていた。一人はこの国の内務大臣として国政全般を取り仕切っているが、その国の首都にいる人間を皆殺しにする計画は明日の日の出には始まっているはずだった。

「王妃が騒いでおると聞いたが、問題は無いのか?」
「ああ、自分の密偵を放ったらしいが帰ってこないと騒いでおるだけの事よ。気にする必要は無い」
「うむ、この王宮も明後日の夕刻には結界に包まれておるだろう・・・、王妃をどうするつもりなのだ?」
「どうもせぬよ。他の者達と同じように結界の中で息絶えて行くだけの事」
「ふむ。結界の出口は日の出と同時に死の回廊へとつながるであろう。ちょうど、町に結界がかかる時機とあっておるはずだ」
「ああ、判っておる。わしもそれまでにはここを出るつもりだ。それで、アイリス達はどうしておるのだ?」

 大臣はこの国での自分の役目を終えて、既に脱出の準備を整えていた。

「ふむ、手勢を連れてエルフの里へ向かっておる。これも明日の朝に襲撃をかける予定だ」

 首領たちは勇者の仲間を誘拐する計画が頓挫したが、その代わりに勇者一行が別世界へ行ったことを利用してエルフの里を襲撃する計画を急遽実行することにした。前回はエルフの里にいる人間を生贄にするための結界を作ったが、今回は殲滅せんめつを目的としている。ネフロス神への生贄としてではなく、敵の戦力を潰すための襲撃だった。もちろん、生け捕りにできたエルフは生贄としてささげるつもりではあったが。

「手勢は500か・・・、大丈夫なのか?」
「うむ、アイリスもおるし、死人兵が400に魔法士が50入っておる。1000人程度のエルフなら問題なかろう。念のために、アイリスには“鬼の血”も持たしてある」
「そうか、今回は邪魔な勇者一行がいない千載一遇の機会だからな、全滅させることが出来なくとも、できるだけ多くを殺せればそれでよい」
「そうだ、それよりも問題は・・・」
「神殿とご神体の事だな」
「ああ、今回は持たぬかもしれんな」
「神殿がか? それともご神体がか?」
「神殿は無論の事、神官長も・・・そしてご神体も厳しいであろうな。あの勇者の使う魔法の威力は凄まじい上に、空を自在に飛んでおった。ご神体がどうなるかは判らんが・・・、万一に備える必要があるだろう」
「うむ、万一ご神体を失うことになれば、我らの力はどうなるのであろう?」
「心配ない。我らの力はご神体がいない世界であっても使うことが可能だ。つまり、ご神体に万一のことがあっても・・・、という事だろう」
「ふむ、ならば我らだけで生き残っていくためにもエルフとこの町には滅んでもらわねばならんな」
「ああ、死の力を取り込まねばならんのだ・・・」

 二人の死人達は厳しい表情を作って残りの果実酒を飲み干すと、一人が窓を開けてテラスから暗闇に溶けるように消えて行った。

■ネフロスの神殿

 肉体を持たず死なない生命体をどういう風に脅せばいいのかが俺には判らなかった。ボートでこの部屋に乗り込む前に、ボートの舳先にプラスチック爆薬を10kgとダイナマイトをひと箱-96本入りを置いてある。巨大な亀の横っ腹付近に置いてあるから、亀の甲羅を破壊することもできるような気がするが、それ自体に意味が無いことが判っている。

 -脅す以外にどうすれば良いんだろう・・・。

「なあ、そもそもお前の目的は何だ? 宇宙を旅していたのは目的があったのだろう?」

 良いアイディアが浮かばなかったので、もう少し情報を引き出すことにしてみる。

(我らの旅は娯楽の一つだ。様々な星を訪ねて、生物や気候を見てくるのもお前の言う“欲求”を満たすことになるのだよ)

「何だ、観光旅行って訳か。だが、“船”が壊れたらもう戻れないんじゃないのか?不死のお前は一生ここで亀として暮らしていくのか?」

(ふむ、そうだ。我は今のままでは戻ることが出来ん。この星が進化して我らと同じ知的生命体に進化するか、他の船がこの星に辿り着くことが・・・、いずれもほとんど可能性は無いであろうな)

「それで、これからも人殺しの手伝いをし続けると言う事なのか?」

(・・・人殺しか・・・、お前の話を聞いておると、それを望まぬものも多いと言う事なのだな?)

「当たり前だ! 人を殺すことが当たり前の世の中なんて誰も望んでいない!」

(ふむ・・・、だが、死んだ人間を生き返らせる・・・いや、永遠に死なぬ命を求める者は多いのであろう?)

「確かにそういう人間もたくさんいるかもしれない。だが! 他人の命を奪ってまで永遠の命を求める人間は多くない!」

 -言い切ってみたが、本当か? 俺自身は・・・?

(・・・なるほどのぅ・・・、我の目の前に現れた人間共の考えが人族共通の願いでは無いと言いたいのか。しかしながら、お前たち人族は我が手を貸さずとも同族での殺し合いを好んでおるように見えるがな。それに、この星は“生命いのち”の数が多すぎるのだよ。それ故に、弱肉強食の仕組みが常に強く働いておる。同族でさえ殺しあうのはそのせいであろう?)

「それは・・・」

 生命の数が多いかは別にして、確かにこいつが手助けをしていないとしても戦争や略奪と言うのは人の世につきものだ。特に中世なら・・・。

「確かに、お前が言うように人間同士での殺し合いがあるのは事実だ。だけど、だからと言ってそれを助長して、殺戮をどんどん増やしていこうと考える人間はいない。お前のやっていることは一部だけを見て、自分のやっていることを都合の良いように解釈しているだけ、お前自身が人殺しの片棒を担いでるんだぞ!」

(ふむ。それも一理あるな。我は願いを叶えただけではあるが・・・、結果として人の生命を奪う動機の一つになっているのは事実であろう。そして、それは人族全体での願いでないことも判った)

 頭の中の声は俺に人殺しと言われても怒ることも無く淡々と語りかけてきていた。

「判った? 判ったと言うのは・・・」

(ふむ。“生命いのち”を捧げることにより、願いを叶えることはやめることにしよう。メフィウスよ、聞いた通りだ。これからはお前たちの願いを聞くことは出来ぬ・・・、メアリーにもそのように伝えてくれ)

「し、しかし、ネフロス様、今の話はこの男“だけ”の言でございます。決して人族の総意と言う訳ではございません。我らは引き続きネフロス様を神とあがめ・・・」

(我は神などでは無いよ。そこのサトルの方が我の本質を理解しているのであろう。確かにサトルの考えも人族の総意ではないのであろうが、多くの人間がそのように考えておるならば、我の力を使うのは控えることにしよう)

「で、ですが・・・、この男が嘘を・・・」

「嘘? お前は俺が嘘を言っていると? じゃあ、何か?この世界の人間は全員が他人を殺して不死になりたいと願っているとでも言うのか?」

 俺は神官長の指を目の前ですり潰してやりたい衝動に駆られた。

「だが、不老不死は人間の夢では無いか!」

「それを望む人間はいるだろうが、他人を殺してまでそれを望むのか?他人の死で永遠の命を・・・、そんな不老不死は認められないな!」

(ふむ、少なくとも両方の考えがあるのだろう。メフィウスよ、どちらが正しいかを私は判断するつもりは無い。この星の事はこの星にで暮らす生物が決めれば良い)

「ネフロス様・・・」

「じゃあ、お前の力をこいつらにはもう貸さないってことで良いか?」

(ああ、約束しよう。“生命いのち”を奪う事で他の人間を生き返らせたりはせぬとな)

 意外なことに話し合いで他の惑星から来た精神生命体は邪教から手を引くことに同意してくれた。信用できるかどうかは別だが・・・。

「じゃあ、こいつらの仲間が結界で町の人間を取り込もうとしているのを止めてくれよ」

(仲間? 結界とは何をしているのだ? メフィウスよ)

「首領たちが新たな生贄を捧げようと“暗黒結界”の準備をしておりました」

(暗黒結界か・・・、次元の口を開いてブラックホールにつなげるつもりなのだな)

「ぶ、ブラックホール!? それって、光さえ吸い込むって言う・・・」

(ああ、そうだな。その町ごと飛ばしてしまうつもりのようだ。そうすれば、この星に生きる“せい”の数が減ると言う風に考えたのであろう)

「全員死ぬんだぞ、すぐに止めてくれ!」

(それは出来ぬ)

「何故だ!? あいつらの使っている力もお前の力を貸しているのだろう?貸すのをやめれば・・・」

(貸しているのではない、既にあいつらが持っている宝玉オーブを使えば、我が居なくとも次元の扉を開くことは可能だ)

「そんな! じゃあ、どうやれば止められるんだ?・・・て宝玉オーブを壊すしかないのか?」

(そうだ、宝玉オーブを破壊するか、首領達を完全に破壊するしかない)

 ご神体なる巨大な亀との話し合いは上手く行ったが、役に立ったわけではなかった。むしろ時間を奪われたと考えるべきかもしれない。

 -破壊するって何処にいるんだ?

(首領達の居場所が知りたいのであろう? 教えてやっても良いぞ)

「本当か? 教えてくれ!」

(その代わり、我の頼みも聞いてくれ)

「頼み? なんだ? 甘いものでも食べたいのか?」

(甘い? さっきも言った通り、それらは意識下で処理できる。それよりも・・・)

 ご神体は少し間を置いてから、その願いを俺だけに伝えてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

現代兵器で異世界無双

wyvern
ファンタジー
サバゲ好き以外どこにでもいるようなサラリーマンの主人公は、 ある日気づけば見知らぬ森の中にいた。 その手にはLiSMと呼ばれるip〇d似の端末を持たされていた。 これはアサルトライフルや戦闘機に戦車や空母、果ては缶コーヒーまで召喚できてしまうチート端末だった。 森を出た主人公は見る風景、人、町をみて中近世のような異世界に転移させられと悟った。 そしてこちらの世界に来てから幾日か経った時、 主人公を転移させた張本人のコンダート王国女王に会い、 この国がデスニア帝国という強大な隣国に陸・海・空から同時に攻められ敗戦色濃厚ということを知る。 主人公は、自分が召喚されたのはLiSMで召喚した現代兵器を使ってこの国を救って欲しいからだと知り、 圧倒的不利なこの状況を現代兵器を駆使して立ち向かっていく! そして軍事のみならず、社会インフラなどを現代と引けを取らない状態まで成長させ、 超大国となったコンダート王国はデスニア帝国に逆襲を始める そしてせっかく異世界来たのでついでにハーレム(軍団)も作っちゃいます笑! Twitterやってます→https://twitter.com/wyvern34765592

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

犬斗
ファンタジー
〜転生なし、スキルなし、魔法なし、勇者も魔王もいない異世界ファンタジー〜 危険なモンスターが生態系の頂点に君臨。 蔓延る詐欺、盗賊、犯罪組織。 人の命は軽く殺伐とした世界。 冒険者がモンスターを狩り、騎士団が犯罪を取り締まる。 人々は商売で金を稼ぎ、たくましく生きていく。 そんな現実とは隔離された世界で最も高い山に、一人で暮らす心優しい青年鉱夫。 青年はひたすら鉱石を採掘し、市場で売って生計を立てる。 だが、人が生きていけない高度でツルハシを振り続けた結果、無意識に身体が鍛えられ人類最強の肉体を手に入れていた。 自分の能力には無自覚で、日々採掘しては鉱石を売り、稼いだ金でたまの贅沢をして満足する青年。 絶世の美女との偶然の出会いから、真面目な青年鉱夫の人生は急展開。 人智を超えた肉体と、鉱石やモンスターの素材でクラフトした装備や道具で活躍していく。 そして素朴な鉱夫青年は、素晴らしい仲間に支えられて世界へ羽ばたく。 ※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。

【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」

リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」 「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」 「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」  リリア  リリア  リリア  何度も名前を呼ばれた。  何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。  何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。  血の繋がらない、義理の妹ミリス。  父も母も兄も弟も。  誰も彼もが彼女を愛した。  実の娘である、妹である私ではなく。  真っ赤な他人のミリスを。  そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。  何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。  そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。  だけど、もういい、と思うの。  どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。  どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?  そんなこと、許さない。私が許さない。  もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。  最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。 「お父様、お母様、兄弟にミリス」  みんなみんな 「死んでください」  どうぞ受け取ってくださいませ。 ※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします ※他サイトにも掲載してます

【完結】浮気者と婚約破棄をして幼馴染と白い結婚をしたはずなのに溺愛してくる

ユユ
恋愛
私の婚約者と幼馴染の婚約者が浮気をしていた。 私も幼馴染も婚約破棄をして、醜聞付きの売れ残り状態に。 浮気された者同士の婚姻が決まり直ぐに夫婦に。 白い結婚という条件だったのに幼馴染が変わっていく。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

歩くだけでレベルアップ!~駄女神と一緒に異世界旅行~

なつきいろ
ファンタジー
 極々平凡なサラリーマンの『舞日 歩』は、駄女神こと『アテナ』のいい加減な神罰によって、異世界旅行の付き人となってしまう。  そこで、主人公に与えられた加護は、なんと歩くだけでレベルが上がってしまうというとんでもチートだった。  しかし、せっかくとんでもないチートを貰えたにも関わらず、思った以上に異世界無双が出来ないどころか、むしろ様々な問題が主人公を襲う結果に.....。 これは平凡なサラリーマンだった青年と駄女神が繰り広げるちょっとHな異世界旅行。

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

処理中です...