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Ⅱ-174 ご対面

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■ネフロスの神殿

 宝玉オーブの間から続く階段は入り口の奥は暗闇で何も見えなかったので、投光器のサーチライトで見える範囲を照らしてみたのだが、上にあるはずの部屋は全く見えなかった。

「この上にいるんだろ…ご神体は? どのぐらい登るんだ?」
「判らぬ。その時によって階段の長さは変わるのだ。すぐにお会いできることもあれば2~3日かかることもある。私は登る前に食料等も用意して登っていくのでな」
「に、2~3日!? そんなに時間をかけてる余裕は無いな。待てよ・・・、ここは・・・、サリナ、お前も魔法が使えるよな?」

 俺は風の腕輪で自分の体を地面から浮かせて、この場所で魔法が使えることを確認したが、念のためにサリナの魔法も確認した。

「ふぁいあ?」

 不思議そうな顔で俺を見ながらも手の上に小さな炎を灯していた。

「よし、じゃあ細長い船に乗って飛んで行くことにしよう」

 タブレットで検索して階段の幅に収まるレガッタ競技で使うボートへ全員+シルバーで乗ったが、シルバーで半分近くを占めたので、ミーシャとサリナはシルバーの上に乗ってもらう。そして、神官長が行く前に貢物みつぎものが必要だと騒ぎだしたので、持っていくことを認めてやった。

「これを飲ませるのか?」
「いや、違う。これはご神体のいる地面へと撒くものだ」
「ふーん・・・」

 神官長が持っていこうとしたのはガラスの容器に入った“血液”だった。飲ませる者だったら、中に大量の青酸カリを入れてやろうと思ったのだが、土に撒くだけとは残念だった。果たしてどんな意味があるのか・・・。

 疑問ばかりが増えてきたが、タイムリミットは確実に近づいている。ボートを飛ばして階段に沿って斜めに上昇していく。体感的には時速40kmぐらいで飛んでいるはずだが、ほぼ暗闇の世界で速度を確認するすべはない。船の下に見える階段が流れて行く景色で想像するしかなかった。特にすることも無かったので、パンなどの軽食を食べながら船を30分ほど飛ばすと、上方に明かりが見えてきた。

「いよいよだな、みんな用意してくれ」

 振り向いてみんなの様子を伺うとサリナとミーシャはシルバーの背中から頷きを返してきた。ショーイは神官長越しに俺を見ていた。ママさんは・・・寝ているようだ。まあ、着けば起きるだろう。

 明かりが近づくにつれて船の速度を落としながら、俺も用意したものを足元にたくさん置いた。船首の先が明かりのある部屋へ入り込むとライトで照らされた先に突然人影が現れた。俺はアサルトライフルの銃口を人影に向けてトリガーに指をかけたが、すぐに指を離して、銃口を地面に向けた。

「タロウさん!?」
「おお!本当に来てくれた。回廊が開いてから時間がかかりましたな」
「時間って・・・、タロウさんは一体どうやってここに?」
「わしは神殿の一階から入って、邪魔者を始末しておったのですが、現れた階段を登っているとここにたどり着いたのですよ。それで・・・」

 タロウはネフロスの神と呼ばれる巨大な亀とその亀が話したことを俺達に伝えてくれた。

「なるほど・・・、じゃあ、タロウさんも俺達もこの亀に招かれたと言うことですね?」

(そうだ、私がお前たちをここへ招いたのだよ。メフィウスが一緒になるとは知らなかったがな)

 サトルたち全員の頭に声が響いた。メフィウスと言うのは神官長の名前の事だろう。

「この声はお前の・・・、寝ている訳では無いと言うのは本当なんだな?」

 亀の頭がある位置まで回り込んだが、目は閉じられたままで低いイビキの音が響いている。

(そうだ、この体には永い眠りが必要だからな。それで、お前が勇者として他の世界から来た者なのだな?)

「まあ、そう言うことだ。そういうお前がネフロスの神、人殺しの神なんだな?」

(人殺しの・・・、あまり良い呼び名では無いな。だが、お前たちの望みを叶えている結果として多くの人が死んでいるのは事実であろうな)

「お前はほかの星から来た生命?お前の星では亀の体が普通なのか?」

 タロウさんから聞いた話だと、この亀は宇宙船に乗ってほかの星から来たのだろう。

(ふふっ、体はこの星に来たときに近くにあったものを利用しただけだ。お前になら伝わるかもしれんが、私のいた星の生命体は肉体を持っておらん。太古にはお前たちと同じように肉体を持った生命体だったが、科学の進歩により精神体のみで生きて行くことが出来るようになったのだ。だが、この世界へ船が落ちた時に精神体を入れる・・・器も破損してしまった。やむなく、近くにあったこの体へ精神体を移して、DNAを書き換えているだけだ)

 -精神体? 肉体が無い? 判るような、判らないような・・・

「半分ぐらいは理解できるが、精神体を入れる器とは機械仕掛けの物なのか、俺達の世界だとロボットとか、アンドロイドとかいう機械仕掛けの人形のようなものがある。そういったものだと思えば良いのか?」

(概ね、間違いではない。形は人形では無いが、精神体によってコントロールして、物理的な動きをすることが出来る機械だと思って間違いない)

「その機械仕掛けの器ではなく、元々生きていた亀の肉体にも“精神体”とやらが入ることが出来るのか?」

(いや、生きている個体の精神を上書きすることは出来ん。この亀はたまたま死んで間もない個体で海中を漂っておったのだよ。死んだ個体であれば、その肉体の精神として入り込むことが出来る)

「へぇー・・・」

 俺は本来の目的を忘れて、宇宙のどこかの惑星から来た生命体の話に興味を引かれ始めていたが、本筋に話を戻すことにした。

「そんなお前が・・・、どうしてこの世界の人間を殺しまくっているんだ?」

(それは、その男にも話をしたが、我の望みでそうしておるわけではない。この世界の人族がそれを願っておるからであろう?)

「願いって? そんなことあるか! 殺された人間たちにも将来や、家族があったのにお前がそれを奪っているんだぞ!」

 大勢の人命を奪っておきながら、他人事のように話すこの亀に苛立ちと不快感を感じた。

(だが、我はこの世界の人を誰一人殺してはおらんし、殺してくれと頼んだことも無い。それは紛れもない事実だ。だが、我の力で死んだ生命を蘇らせたり、時の流れを変えるためにはこの星の“命の数”を減らす必要がある。そのために、我の力を使いたい人間がその同族の命を奪っている・・・、それだけの話であろう?)

「なるほど、不愉快な考え方だが、お前の言い分は判ったよ。だが、その考え方だとお前は人類の敵ということになる。『力を使うために人の命を奪う』のだからな」

(・・・ふむ。それは果たしてそうであるのか?我は人の願いを叶える存在でこそあれ、人類と敵対するつもりは全くないのだぞ?)

 不思議だった。この亀からは罪悪感と言うか、悪意というか、敵対心のようなものも全く感じられない。人助けをしているぐらいの感覚しかないようだ。

「お前の星ではお前たちのような精神体を殺すことは罪に問われないのか?」

(罪? 罪に問うという考え方も古い考えではあるが・・・、実際にそのようなことが起これば問題であろうな。だが、そもそも精神体を殺すことは出来ない。仮にこの肉体や器を破壊されたとしても、他の器を探せば良いだけのことだ。それに、そのようなことをしようと思う存在はいないよ。お前たち“人間”のような“原始的”な生物では無いのだ)

「原始的か、言ってくれるな。そもそも、お前たちは進化して精神生命体になったのか?どうやって、肉体から精神体だけを切り離すことが出来たのだ?それに、お前たちの種族では肉体無しにどうやって繁殖ができるんだ?」

(ふむ、やはりある程度の理解力はあるのだな。肉体から精神を切り離すことは・・・、そうだな、人間の仕組みで言うなら最初は脳を機械の体に移すようなことから始められたのだ。そうすることで老いることの無い体が手に入った。だが、脳自体も老いるからな、その次には脳の中にある精神体を脳と同じ機能を持つ機械に移しそうとしたのだ。そして、その過程で脳から精神体を切り離して、精神体だけで自立させることに成功したのだよ)

「脳から精神を切り離して、どうやって存在できるんだ?」

(それは、この世界の技術や概念では説明しがたいが・・・、精神体をあらゆるものに移すことができると思ってくれればよい。たとえば、水の原子レベルにさえ移すことが出来る。もっとも、水の原子に移ったとして何ができる訳では無いが、水が移動して他の生物などの肉体に触れれば・・・、その肉体に移ることもできるということだよ。それと、生殖についての質問があったが、精神体になれば生殖は行われない。種を増やすなら科学的に増やすことは可能だが、その必要性も無いと判断されている。種が増えぬ故に、我らは奪い合ったり、殺しあったりすることは無いのだよ)

「お前たちに欲求は無いのか? 性欲とか、食欲とか?」

(欲求はある。食事や性行為で得られる快感と同じものを満たしたいと言う欲求もな。だが、それは食事や性行為を行わなくとも、精神体の中でその快感のみを欲すれば得ることが出来る。実際の行為がなくともな・・・)

 -バーチャルって感じなのか? 確かに、肉体を通じて得られる快感はすべて脳で・・・

 殺せない相手であることが判り、さらに肉体に縛られた俺達とは異次元の考え方をする相手をどうすべきなのか・・・、残念ながら何も良い案が浮かばなかった。
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