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Ⅱ‐67 神殿の主

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■勇者の神殿

 椅子に座っていたのは赤い髪を胸元まで垂らした全裸の女性だった。赤い玉座のような大きな椅子に座って足を組んでいる。

「あの人は誰だろう・・・、サトルの知ってる人?」

 ―知ってるわけ無いっちゅうねん! それに絶対に人ちゃうやろ!

「あなたは・・・、わっ!」

 椅子にいたはずの女性はいきなり俺の目の前に、本当に目の前にふわりと現れた。

 ―ふーん、今度の勇者は・・・まだ、子供? いえ、もう大人?

「あ、あなたは誰ですか?」

 5㎝ほど前に綺麗な顔があり、その下の一糸まとわぬ姿は胸のふくらみもあり、人間の女性だが・・・、浮いてる時点で人では無い。

 ―私?私は・・・、あなたたちが精霊と呼ぶ存在。水を守る精霊です。

「水の精霊・・・。先に来た勇者の一族はどこへ連れて行ったのですか?」

 ―神の庭です。そこで、少しくつろいでもらっているだけです。

くつろいでって、いつまでですか?」

 ―さあ、それは本人次第です。

「本人次第って、あなたが連れて行ったんでしょ!?」

 ―すべては神の導きです。それよりも・・・、やはり子供ですかね。まだ、心が育っていませんね。

「・・・それは確かに、俺の国では大人と呼ばれる年齢になっていませんからね」

 ―年齢など関係ありません。心の育ち方は人それぞれですから、ですがもうじきでしょう。もう少し大人になったら仲良くしましょうね。

「!」
「あー! 変なことしてる! あっち行って! サトルから離れて!」

 目の前の赤毛美女はいきなり俺の頭を引き寄せて唇を重ねてきた。俺には心の準備が!・・・無いままにファーストキスを奪われてしまった・・・、それも相手は精霊って・・・。怒ったサリナが浮いている精霊にとびかかった瞬間に精霊は目の前から消えて椅子に戻っている。目標がなくなったサリナは宙にダイブして両手から地面に落ちた。

「痛ーい! あの人どこ行ったの!? あ! 居た! サトル!ぶっ飛ばして良いかな?」

 サリナはロッドを持ち出して、今にも火炎風を飛ばしそうな権幕で怒っている。

「だ、だめだ。こんな狭いところでお前の魔法を使うな。それに、敵とは限らないからな」
「・・・、そんなこと言って・・・、サトルあの人の事が好きなの?」
「ば。馬鹿なこと言うな!そもそも、あれは人では無いんだ、精霊なんだよ」
「せいれい・・・って何?」
「神様の使いみたいなもんだろ」
「なんで神様の使いが口をサトルに?」
「それは・・・」

 それは俺も聞きたかった、いきなりキスとは理解できない。いたずら好きの精霊なんだろうか?

 ―ふふふ、そこの娘さんはあなたのことが好きなのですね。でも、勇者は独り占めしてはいけませんからね。勇者はみんなのもの。

「みんなのものって言われても。ところで、あなたの声は私にしか聞こえないのですか?」

 ―今はあなたにしか送って無いですからね。必要な時にはその娘にも・・・

「それで、なんでいきなり、その・・・キスをしたんですか?」

 ―あら? 人間は好きな相手にキスをするのでしょ? 私はあなた―勇者のことが好きだから口づけをしたのです。

 勇者好きとは変な精霊だ、精霊だが俺の唇にははっきりと感触があった。

「サトル! なんでずっと一人で話してるの?」
「あの精霊は俺の頭の中に直接話しかけてくるんだよ。声じゃないから、お前には聞こえないってさ」
「サトルだけに・・・、なんか腹が立つ!あの人は本当に悪い人じゃないの!?」

 神殿に閉じ込められたのだが、何故か敵だとは思えない不思議な空気がここには漂っている。

「うん、悪い奴―敵ではない。理由は分からないけど、そんな気がするんだよ」

 §

 ハンスと二人で神殿に入ったマリアンヌ達は神殿の扉が突然閉まり、閉まった扉を開けるとさっきの森とは全然違う場所が広がっていた。時間にして数秒しかたっていないはずなのだが。

「これは・・・」

 扉を開けたハンスは驚いていたが、マリアンヌは落ち着いて景色を見ている。

「ここはどこでしょうね。私も初めて来る場所ですが」
「この神殿が移動したのですか?」
「ええ、この神殿は神と精霊の力で勇者達を行くべき場所へ導いてくれるのです。外に出てみましょう」

 マリアンヌ達が出た場所は太陽の日差しがまぶしい草原だった。少し離れた場所に大きな木が並んだ林があるが、そこ以外は果てしなく草原が広がり、白、黄等の綺麗な花が揺れている。

「何もないのでしょうか?」
「あそこの木立の中に行ってみましょう」

 目印がそこ以外なかったので、二人は5分ほど歩いて林にたどり着いた。遠くから見ていた大きな木々は幹の太さが3メートルほどあるモミの木で天に向かって真っすぐ伸びている。林の中を進むとやがて泉にたどり着いた。泉の中央からは水が勢いよく湧き出しているのが見える。

「母上様、ここは一体?」
「さあ、私にも・・・!」
「!」

 ―勇者の子孫よ、ゆっくりと寛いでいきなさい。

 突如泉の上に赤い髪の女性が浮いていた。マリアンヌに直接語り掛けてくる声は優しく、心地よいものだ。

「寛ぐ? この泉でですか?」

 ―ええ、そちらの男は泉へ入れば傷が癒えるでしょう。あなたも泉に入れば、神の力をさらに得ることが出来ますよ。

「傷が!? 腕が治ると言うのですか?」

 ―治る・・・、そうですね。元に戻してあげます。

「ハンス、この泉に入りますよ」
「はい、母上様」

 ハンスから見ると独り言を言っているように見えるマリアンヌだったが、ハンスはマリアンヌに絶対的な信頼を置いている。躊躇なく衣服を脱ぎ棄てて泉へ足を入れた。

「これは・・・、温かいですね。熱い湯ではありませんが・・・」

 泉は人肌程度の温度の温泉だった。ハンスが泉の中心付近まで進むと立ったままで肩ぐらいまでつかる深さだ。マリアンヌも恥ずかしがることもなく、すべてを脱いでハンスと同じように泉の中に体を沈めた。

「風呂よりは少しぬるく感じますね。ですが、何かが外から入ってくるのがわかります」
「ええ、私の周りには何か泡が・・・」

 ハンスの足元から細かい泡が立ち上りハンスの体全体を覆い始めた。同じような泡がマリアンヌも包んでいく。

「何か力がみなぎってくる感じです。そしてこの泡が心地良く感じます・・・」
「ええ、ハンス、力を抜いて泉に身を任せるのです」
「はい、母上様・・・」

 ハンスとマリアンヌは体の力を抜いて泉の水面に仰向けに浮かんだ。

 §
 
「それで、勇者の一族を返してもらえるのですか?」

 ―返す? あの者たちが戻りたければいつでも戻れますよ。

「そこに俺達は連れて行ってくれないんですか?」

 ―あなたがもう少し大人になったらね。じゃあ、今日はこのぐらいにしておきましょう。

「ちょ、ちょっと、待・・・」

 水の精霊は俺に最後まで言わせずに、現れた時同様に忽然と消えた。

「あの人、どこ行ったの? もう出てこないの? それにお母さんは?」
「どこに行ったかは分からない。ママさんは、そのうち戻ってくるらしい」
「そんなぁ! やっぱりぶっ飛ばしとけばよかった!」

 ぶっ飛ばすのはまずいが、確かにずいぶんと気ままな精霊様だ、俺達は閉じ込められたままだし、ママさん達は行方不明のままだ。だが、“今日はこのぐらいに”って言っていたな、だったら・・・。

 俺は神殿の扉に戻って取っ手を掴んだ。
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