上 下
224 / 343

Ⅱ‐63 残された獣人たち

しおりを挟む
■火の国の南海岸

 昼食後も少女たちは飽きずに海へ潜り始めた。大人たちは既にいびきをかいて気持ちよさそうに寝始めている。
 食べる貝はたくさんあるから、獲るなら違うものにするようにサリナに言いつけて、俺は貝料理のメニューをネットで検索しておくことにした。ミーシャには美味しそうな魚の種類を画像で説明して、強そうな魚ではなく地味目な魚を獲るようにお願いしてみた。

「そうか、こういうのが美味しいのだな。うん、わかった。強そうではないが、まあ美味いなら良いだろう」

 やはり強い獲物に興味があるのだろうが、漁は格闘でもないのだから味優先でお願いしたいものだ。

 調べるとアワビは煮る、焼く等の料理もできるようだが・・・、俺が料理して上手くできるものなのか?出来上がりのものをストレージからだせば間違いないが・・・、いや、やっぱりミーシャやサリナと一緒に作ることにしよう。その方が楽しいはずだ。必要な情報をプリントアウトして、調味料や鍋などの用意を始めると、砂浜をこちらに歩いてくる人たちに気が付いた。

 ―獣人だな・・・、多いな・・・。

 遠くには20~30人ぐらいの獣人がこちらに向かってくるのが見えた。ひょっとして漁業権とかがあって、勝手に漁をしたことを咎めにくるのだろうか?だが、槍や剣を持っているようでもないし、見た感じは動きもゆっくりで年寄りが多いように感じた。近づいてくるとやはり年寄りばかりなのが見て取れる。

「お前たちはこんな遠くに何をしに来たのだ?」

 声が届く距離になったところで、向こうが足を止めて声をかけてきた。話してきたのは真ん中にいる虎系の獣人だが、少し警戒している感じが伝わってくる。

「ああ、俺達は海に遊びに来たんです。他に目的は無いですよ」
「遊びに?・・・、だが、ここまで来るには何日も森を抜けねばならなかったであろうが?」
「えーっと、もう少し早く来る馬車があるんですよ」
「早く来る馬車?そこにある大きな箱のようなものか?」

 獣人たちはキャンピングカーを一斉に見ている。突然、こんな大きな箱が現れたのだ警戒して当然だろう。

「これじゃないけど。まあ、もう少し小さいのが他にあるんだ。ところで、ここは皆さんの浜ってことかな?勝手に入ったから怒っているとか?」
「いや、ここは・・・別に構わんよ。わしらも海の恵みはもらっておるが、わしらだけが海を使うというものではないからな」
「そうですか、それなら良かった。このあたりは魚も貝もたくさん獲れるんですね?」
「ああ、魚はいくらでも獲れる。食べ物に困ることは無いのだがな・・・」

 ―食べ物に困ることは無い・・・、って他に困りごとが・・・、聞くと面倒が・・・。

「何か他に困りごとがあるんですか?」

 ―聞いちゃった。

「うむ、わしらの村はこの通りドリーミアのはずれにある。はずれにあるから火の国の奴らもわしら獣人をわざわざ狩りには来ないが、その代わり誰もここには来ん。若い者はみな水の国へ行ってしまい、食料以外の物資が不足しておるのだよ」
「物資って具体的には何が欲しいんですか?」
「うむ、鉄製品がなぁ・・・。鍋とかナイフとか・・・、大工道具のたぐいだな」

 ―鍋ねぇ・・・、渡すのはたやすいが、果たして渡すべきなのだろうか? そういえば・・・。

「そうなんですね。ところで、この獣人の村は勇者が霧の中から解放したと聞きました。それからは勇者の一族がここによく来ていたと・・・、その中にマリアンヌさんって人がいたと思いますけど、知ってますか?」
「もちろん知っています! マリアンヌ様はお父様と一緒に何度もここへ来てくれました。それに、うちにいた孤児を引き取って行かれました。ですが、その後はこの村に訪れることもなく・・・」
「その二人はあそこでいびきかいて寝ていますよ」
「えっ!?」

 俺がテント下で寝そべっている大人たちを指さすと、獣人たちは驚きの目でママさんの寝姿を見て、ささやき始めた。

 ―あんな方だったか? 
 ―10数年は経っているからな・・・。
 ―顔に何か載っておるぞ。それに服も殆ど着ていない・・・。

「今はお酒飲んで酔っ払ってますからね。鍋はママ・・・、マリアンヌさんが起きたらどうしたいか聞いておきますよ」
「いえ、その、実は鍋を分けて欲しいということでは無いのです」

 てっきり物資が欲しくて様子を見に来たと思ったが、それは違うらしい。だったら、何が目的なのか?単に珍しかったのか?それにママさんの名前を聞いて相手の口調がいきなり丁寧になっている。

「わしらはこの村から出て水の国に行こうと考えておるのです。ですが、火の国は獣人を人と認めませんからな、途中で見つかると奴隷にされるか殺されるかのいずれかです。ですので、武器を持ってから水の国へ向かおうと思ったのです。鉄製品があれば武器に加工することもできますので・・・」

 そうか、年寄りもこの獣人の村を出ていくのか。過疎って奴だろうけど、日本なら死ぬまで動かない老人たちが多いのに、よく動く気になったな。

「どうして、ここを捨てて水の国へ行こうと思ったのですか?」
「それは・・・、ここに居れば食べるものには困りませんが、息子や娘たちは既にバーンへ移って行きました。いつまでもここでわれら老人だけで暮らすのも・・・」
「なるほど・・・。いま、村には何人ぐらい住んでいるんですか?」
「ここにいるわしらだけです」

 既に30名弱しかいないのか・・・、それは寂しい話だな。

「あーら、皆さん久しぶりですね」
「おおっ! 本当にマリアンヌ様じゃ!」

 振り向くとビーチチェアで寝そべっていたママさんがサングラスを取って、起き上がっていた。

「しばらく来ることが出来ませんでしたが、ジル長老、それに皆さん、お元気でしたか?」
「ええ、ええ、おかげ様で元気にしております。時に、あそこで寝ているのが・・・」
「ええ、ハンスです。大きくなったでしょ」
「そうですな、立派な体になりましたが・・・、腕はどうしたのでしょうか?」
「勇者のために道具を探しに行ったのですが・・・可哀そうなことをしました」
「そうですか。ですが、勇者のお役に立てるならハンスにとっても大事なことだったはずです」

 周りでの会話など気にせずにハンスは凄まじいいびきで寝たままだった。

「それで、みなさんはサトルさんと何の話を?」
「ええ、実は・・・」

 話しを聞いたママさんは少し悲しそうな表情を浮かべて頷いた。

「そうですか・・・、若い方はここを出て行ってしまったのですね。じゃあ、塩はもう作ってないのですか?」
「ええ、若い者がおらんと塩づくりは難しいです。もともと、ここまで塩を買い付けにきてくれた人たちがいなくなりましたので、若い者が出て行ってしまったのです。やはり、火の国を抜けてわれらの元にくるのは難しいのでしょう」
「・・・ですけど、これからは変わると思いますよ。火の国の王は追放されましたからね」
「えっ!?それは一体・・・」

 ママさんからの話を聞いて、獣人たちは驚きのあまり声を失った。

「それで、王を追放すると決めたのがそこのサトルさん―今度の勇者です」
「おおっ! あなた様が今度の勇者様ですか!」
「いえ・・・、いや、・・・どうだろ?」

 何だか否定するのも無駄な気がしてきたので、中途半端な抵抗になってしまった。

「ならば、やはりこのドリーミアのために力を貸していただけるのでしょうか?」
「え、ええ。そのつもりです。できることはご協力しますよ」

 やる気がないわけではないのだが、正面切って俺は勇者だというのは抵抗があるし、そもそも俺に何ができるんだろうか?
 やはり、ママさんはこの獣人たちに会わせるためにここへ俺を連れてきたのだろうか?
 なんだか、完全に勇者への道を歩まされている気がするなぁ・・・。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

転生したら武器に恵まれた

醤黎淹
ファンタジー
とある日事故で死んでしまった主人公が 異世界に転生し、異世界で15歳になったら 特別な力を授かるのだが…………… あまりにも強すぎて、 能力無効!?空間切断!?勇者を圧倒!? でも、不幸ばかり!? 武器があればなんでもできる。 主人公じゃなくて、武器が強い!。でも使いこなす主人公も強い。 かなりのシスコンでも、妹のためなら本気で戦う。 異世界、武器ファンタジーが、今ここに始まる 超不定期更新 失踪はありえない

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第六部完結】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 1~8巻好評発売中です!  ※2022年7月12日に本編は完結しました。  ◇ ◇ ◇  ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。  ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。  晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。  しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。  胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。  そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──  ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?  前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!

処理中です...