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Ⅰ-159 火の国の王

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■火の国の王宮 国王執務室

 昨夜起こった貧民街での騒乱と南門が破壊されたことについて、国王の執務室に内務大臣であるオコーネルと軍を預かるバーラント将軍の二人が報告に来ていた。

 火の国の王カーネギーは50歳を少し過ぎたところだが、髪もまだ黒々としていてつややかな肌をしている美男子だった。しかし、今日はその端正な顔を歪めて二人からの報告を聞いていた。

「それで、オコーネルよ。背後に森の国の動きがあるのは間違いないのか?」
「はい、貧民街でエルフを見かけたものがおります」

 内務大臣のオコーネルは若干35歳の若さで大臣に就任したこの国きっての秀才と言われている男で国内外の情報を緻密に集めている。

「向こうから戦を仕掛けてきたと言う事なのか?」
「いえ、そうではないと思います。貧民街で騒ぎを起こすこと自体が目的だったようです」
「貧民街・・・、例の奴らが関係しているのか?」
「恐らくは」

 カーネギーもオコーネルも、そしてバーラントも名前を出さなくとも例の奴らが“黒い死人達”と言われている犯罪者集団であることは判っていた。

「バーラントよ、こちらの兵に被害は出ておらんのだな?」
「はい、陛下。門番の兵が腰を打った程度で怪我人は出ておりません」

「ならば、オコーネル。そのエルフの目的は何であったと考えておるのだ?」
「例の奴らに対する復讐では無いかと。今朝入った情報では風の国でも奴らのアジトが襲撃されたようです」
「風の国でか・・・、あの国の王は無能で、あ奴らも好き勝手にしておったからな。恨みを買ってもおかしくは無かろう」

 火の国で公になることは無かったが、この国では黒い死人達の活動を黙認しており、王室も必要に応じて汚れ仕事を回すことがあった。そして、今度の戦でも傭兵として雇い入れる予定であった。

「だが、奴らを敵に回すほどの組織が他にあれば、オコーネルの耳にも入って来るであろうが?」
「はい、ですが今のところ新しい組織の情報はございません。それとは別に少し気になる情報がございます」
「何かあったのか?」

「まだ確認が取れていないのですが、馬よりも早く走れる馬車が街道を走っていたという話が水の国と風の国から数件入ってきています。それに、シモーヌ川でも鳥のように早く進む船が現れたと」
「それは真か!? まさか、他国の新しい魔法では無いであろうな!?」
「まだ何とも言えません。もっと情報が必要です」

「ならば、森の国への侵攻は延期した方が良いと言う事か?」
「はい、情報を集めた方が・・・」

「恐れながら陛下。むしろ今すぐにでも兵を動かすべきでしょう」
「なぜじゃ? バーラントよ」
「森の国の戦力はまだ我が国の半分の8,000人程度です。時を置けば水の国との同盟等で戦力を増強する可能性があります。相手の準備が整っていないこの機を逃してはなりません」

「ですが将軍。昨日の騒乱で当てにしていた傭兵は集まらない可能性が高くなりましたぞ」
「大臣よ。そのような雑兵は最初からあてにはしておらぬ。王宮武術士と魔法士がおれば、森の国などひと月と経たぬうちに落として見せる」

 将軍のバーラントはもともと犯罪者集団を傭兵として使う事を快く思っていなかった。オコーネルは若造の割にできた男だが、戦いの事は全く判っていない素人だと思っている。国のために戦う誇りを持たずに金で雇われた兵は、自らの身の危険を感じればすぐに逃げるものだ。

 カーネギー国王は二人の話を聞いて即座に決断した。

「ふむ、良いであろう。ならば、将軍は戦の準備を整えよ。時に勇者の一族は我が国の魔法士を約定通りに指導しておるのか?」
「はい。熱心に指導をしておりますので、我が国の魔法士はどの国よりも強くなっております」
「そうか、あの女は森の国の戦いには出ないのか?」
「それは無理でございます。魔法の指導だけと言う条件でこの城に居ることを承諾させましたので」
「だが、亭主を人質にしておるのだろう? 脅せば何とかなるのではないか?」
「それは難しいかと、下手をすると亭主の事をあきらめて我らに牙をむくかもしれません」
「そうか・・・」
「ご安心ください。あの女も使えなかった土魔法の導師もおりますから、森の国など恐るるに足りません」

「では、将軍の計画では開戦はいつでしょうか?」
「そうだな、準備に3日、移動で5日・・・、10日後には森の国の西砦を攻め落としておるだろう。大臣も何か策があるのだったな」
「わかりました。こちらは5日以内に向こうの国の中で騒動を引き起こさせましょう」

 内務大臣は黒い死人達を使って、森の国の都に火を放つ計画を立てていた。王都を襲えば、兵をこちらに差し向ける余裕は無くなると言う計画だ。兵力差は現状でも火の国に有利だが、その差は大きければ大きいほどわが方の被害は小さくなるはずだ。バーラントは勇猛ではあるが、兵の命を軽く考えすぎるところがある。兵を育てるには金も時間もかかっているのだから、無駄にしてもらっては困るとオコーネルは常に考えていた。

「よし、ならばひと月以内には森の国の王都を落として、異形のエルフどもを捕らえて来い。皆殺しでも構わんが、捕らえたものは奴隷として枷をはめておくのじゃ。良いな!」
「「ハッ! 仰せのままに」」

 カーネギーは大臣と将軍が下がった国王の執務室に座って、ここまでの道のりとこれからの事を考えていた。

 火の国は創設の時よりこの”人”によるドリーミアの秩序回復を国是として来ている。カーネギー達が考えている“人”にはエルフや獣人は入ってはいない。あれは異形の者、すなわち獣と同じなのだ。だが、異形の者を人として認め共存している国が未だにある。前回の魔竜復活には獣人達もかかわっていたにもかかわらず・・・。

 カーネギーは自分が王になってからは、ひたすら兵力の増強に努めて来ていた。ここまで来るのに20年近く掛かったが、ようやく確実に勝てる兵力差になった。バーラントが言うように相手の準備が整う前に森の国を叩き潰すことが出来るはずだ。

 もう少しで世界のすべてが我が手に・・・。

 森の国を滅ぼした後は、水の国、そして風の国も滅ぼすつもりだった。カーネギーにとっては人による秩序の回復も方便に過ぎない。四つの国を統一して真の王になり、“カーネギー”による統治を実現する日が近づいているのだ。

 野望を持った王は窓から王宮の中庭をみつめて、王都の移転について思いを馳せていた。
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