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Ⅰ-129 ライン領 トレスの町

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■ライン領 トレスの町

 サリナはリンネに連れられて食料品店に入って行った。お店の中には硬そうなパンと干し肉、それからキノコや野菜が並べられあったけど、何も置いていない棚の方が多いようだ。店のオジサンはサリナたちが入って行ったときに、少し驚いた顔をした気がしたけど、気のせいだろうか?

「ねえ、焼き菓子のようなものは置いていないのかい?」
「今は置いていないな、当分入って来る予定もないよ」
「そうなのかい? 人も少ないようだけど、何かあったのかい?」
「・・・何もないよ。あんた達、よその国の人だろ?悪いことは言わないから、早くライン領の外に行った方が良いよ」
「それは、どうしてなんだい?」
「これ以上は何も言わないよ。何も買わないなら、店から出て行ってくれ」
「・・・」

 リンネはオジサンの顔を見て黙って店の外へ向かった。リンネはオジサンを怒らせるようなことを言っていないはずなのに、なんで追い出されたんだろう?

「リンネ、オジサンはなんで怒ってたの?」
「怒ってなんかいないさ、むしろ、私たちの事を心配してくれたんだろうよ」
「心配? でも、出て行けって・・・」
「ここに居ない方が、私たちためだってことだろ」
「?」

 居ない方がサリナ達のため? なんでだろう? あんまり聞くと叱られるから、車に戻ったら聞いてみよう。

 今度は店の外に革の鞄が何個か吊るしてある雑貨店にリンネは入って行った。吊るされている鞄は、綺麗な茶色の光沢がある高そうなものに見えた。

 店の中にも鞄や少しの服と食器が置いてあるが、この店の棚も何も置いていない場所の方が多かった。リンネは棚に置いてあった肩から掛ける鞄を手に取って眺めていた。奥に座っているオバサンは私たちを見ると顔をしかめて黙って見ていた。やっぱり、このオバサンもサリナ達の事が嫌いなんだろうか?

「田舎の町にしては、綺麗に革を加工した鞄だねぇ。これは幾らだい?」
「それは金貨1枚だよ。それを作った腕のいい職人はもう作れなくなったから、貴重なもんだよ」
「へえ、どうしてその職人は仕事を辞めちまったんだろう?これだけの腕なら、稼ぎも良かっただろうにね」
「それは・・・、それよりも、あんた達はよその国から来たんだろ?」

 オバサンはさっきの店のオジサンとおんなじことを言う。リンネはこの国の服しか着ていないから、そんなにおかしくは無いはずなのに。

「ああ、私たちは森の国から来たんだよ」
「どこへ行くのかは知らないけど、早くこのライン領から出た方が良いよ。若い娘が見つかると、領主の所へ連れてかれるよ」
「ここの領主は若い娘を攫うような奴なのかい?」

 お兄ちゃんが言ってた話だ、ここの領主は館へ連れて行って酷いことをする人。リンネも知ってるはずなのに、何で知らないふりをするんだろう?

「ああ、鞄職人の娘もひと月ほど前に見つかって、連れて行かれちまったんだよ。普段はゲイルに住んでるんだけど、父親が寝込んでて看病に戻って来たところを・・・、父親は必死で娘を守ろうとしたんだろうけど、逆らった見せしめに利き手を金槌でつぶされちまったのさ」

 -くそ野郎が!

「キャアッ! 急に話さないでよ!」
「サリナ、どうしたんだい!?」
「う、ううん、何でもないの・・・」

 突然、耳の中からサトルの声が聞えてきた。魔法で今の話を聞いて怒ってるみたい。

 -サリナ、返事をせずに俺の話を聞け。その職人の家を教えてもらえ。

「うん、わかった」
「サリナ? さっきから一人で何を話してるんだい?」


 そっか、返事しちゃいけないんだった。

「その職人の人の家を教えてください」
「職人って、オッドの事かい?オッドは町から出た北の森の中の小屋で暮らしてるけど・・・、聞いてどうするんだい?」

 聞いて・・・、どうするんだろ? サトルは何も言ってくれないし・・・

「えーっと、心配なので!」
「そうかい、気になるんだね。オッドの娘も12歳であんたと同じ位だったよ」
「サリナは15歳!」
「そ、そうかい。それは悪かったね。だけど、早くこの町・・・、ライン領から外に出た方が良いよ」
「判ったよ、だけどそんなに酷い領主なのに、王様は何もしてくれないのかい?」
「何だか知らないけど、先の王様と領主の間で取り決めがあるらしいよ。領内の事には口出しをしないってね」

「じゃあ、この鞄は貰っていくよ。だけど、銀貨7枚にしておくれよ」
「銀貨8枚だね」
「いいよ、じゃあ、サリナ払っておいてよ。後でサトルから返してもらうからさ」
「うん、わかった」

 サトルが何で返してくれるかは判らないけど、お金はあるから大丈夫。でも、金貨1枚って言ってたのに、どうして銀貨8枚で良かったんだろ?

■トレスの町 北の森

 無線でサリナ達の会話を聞いていた俺は、ここの領主への嫌悪感が爆発しそうになっていた。町から歩いて5人で北の森に入って来たが、イライラして誰とも口をきいていない。だが、俺には小屋の場所が判らなかった。

「ミーシャ、その職人の小屋ってどこだろう?」
「すぐ、近くだろう。いろんな匂いがしている」

 情けない話だが、ミーシャ頼みの俺は後ろを黙ってついて行った。

 小屋は大きな丸太でくみ上げられた建物で大きな建物と小さな小屋が二つ並んでいた。大きな建物の扉を叩いて呼んでみる。

 -ドン、ドン、ドン

「オッドさん、こんにちは。鞄が欲しくてお伺いしました」

 しばらく待つと足音が聞えて、扉が中から開けられた。出てきたのは白髪交じりのがっしりした体格の男だった。

「鞄? 俺はもう職人じゃないんだよ。手がこの通りだからな」

 オッドが出した右手は黒くなった指が本来とは全然違う方向に向いていて、全く曲がらないようだった。

「じゃあ、鞄の前に手を治さないといけないですね」
「手を? お前さん達は医者なのか? だが、骨が砕けてるからどうしようもない」

「サリナ、治療のロッドで元通りになるように神様へ祈ってくれ」
「うん、わかった!」

 サリナは腰のポーチから取り出したロッドをオッドの手に向けて叫んだ。

「ヒール!」

 いつの間にか俺のまねをして叫ぶようになっているが、ロッドから暖かい空気がオッドの手に流れて行く。

「お、おお、手が温かく・・・、う、動きます。なんと!」

 見ている俺達の目の前で、指の色に血色が戻て来て、曲げようとする意志に併せて指が元の形に戻っていく。

「あ、ありがとうございます。あなた達は神ですか?」
「いえ、この娘は魔法士です」
「魔法士・・・、なるほど、話を聞いたことはありますが、目にするのは初めてです。ありがとうございます。それで、鞄が欲しいのでしょうか?」
「いえ、鞄はさっきお店で買ったので結構です。腕のいい職人が怪我をしたと聞いたので、治療に来ただけです。その代わりに娘さんの話を少し聞かせてもらませんか?」

「娘の・・・、何をお知りになりたいんでしょうか?」
「思い出したくないでしょうが、連れて行かれた経緯を知りたくて・・・、他にも同じような被害が出ているなら、王様に直訴しようと思っています」
「そうですか・・・、ですが風の国の王は動かれないはずです。先王が即位された時の取り決めで、領主さまはこの領地内では王として振る舞ってよいことになっておりますので」

 -独立した自治領主として全権を与えているのか。

「それでも、王様の考えも変わるかもしれませんからね。娘さんが戻って来るかも知れない」
「・・・、わかりました。お話ししましょう」

 小屋の中に通してもらった俺は、オッドから娘が攫われた経緯を聞いて、領主とその息子達には手加減が要らないことを完全に理解した。
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