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Ⅰ-109 ミーシャとお食事

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■森の国 王都クラウス

 王都のクラウスは大きな城門の手前で、兵士が出入りするものたちの許可証を一人ずつ確認していたが、ここでも印籠の効果は絶大で、手ぶらの俺もミーシャの同行者として直ぐに城壁の中に入ることが出来た。

 王都の中は皇都やバーンと同じ作りのようだ、通りは石畳で整備され多くの露店が軒を重ねている。人通りはバーンの方が多かったような気がするが、この世界の中の大都市であることは間違いないだろう。

 此処も皇都と同じで教会の一部を改装して王宮として利用していた。城門から20分ほど歩いた町の真ん中にある尖塔を持つ大きな建物が王宮だった。しかし、皇都のように誰でも入れる感じではない。大きな入り口の両脇には兵士が4人並んでいる。ミーシャはここでも印籠を出して、扉の中に入って行ったがすぐに出てきた。

「明日は朝から王に合えることになった。サトルはどうする?できれば一緒に来てほしいのだが・・・」
「王様って怖い人? 失礼があったら打ち首とかあるのかな?」
「それは大丈夫だ。むしろお前に礼を言ってもらおうと思って連れて行きたいのだ。お前が居なければ、こんなに早く神の拳は見つからなかったからな」

 面倒に巻き込まれる可能性もあるが、他ならぬミーシャのお誘いだ。

「じゃあ、俺も一緒に行くよ。服とかは何でも大丈夫なの?」
「構わない、お前も私もいつもきれいにしているから大丈夫だ」

 確かに毎日風呂に入って着替えている。この世界では少数派のはずだ。

 王宮のあとでミーシャが連れて行ってくれた宿は一階が全て食堂で二階に8部屋あるこぢんまりとした宿だった。俺は黙ってついて行っただけだが、ツインの一部屋で銅貨8枚だった。

 - 一部屋! 二人っきり!

 俺の緊張と心臓の鼓動は全く伝わらずに、ミーシャはさっさと2階の部屋へ入っていく。中はベッド以外には丸椅子が一つあるだけの狭い部屋だ。ベッドは二つあるが殆どくっついている。俺の鼓動はかなり加速し始めた。

「お前はどうするのだ?食事の前に体を洗ったりしたいのか?」
「いや、後で良いよ。ミーシャはどうなの?シャワーは出せ無いけど、体を拭いたりするならタオルとか出そうか?」
「大丈夫だ。食事のあとに宿の洗い場を使うことにする。そろそろお前抜きの生活に戻さないとな。じゃあ、少し早いが下で食事にするとしよう」

 殊勝な心掛けだが、俺はむしろ遠慮なく頼ってほしいと思っている。宿の洗い場と言うのは、水がはいったかめが置いてある便所前の狭い空間の事だ。居心地は悪いし、外から見られるリスクもある。

 一階の食堂には先客は二組しかいなかった。ホールには木造の丸テーブルが10組ほど並んでいて、チェックインの受付をしたカウンターで料理や飲み物も注文するようになっている。

「私が見繕って注文しても良いか?」
「ああ、任せるよ」

 ミーシャはカウンターで何種類かの料理を注文して金を払った。他のテーブルではオッサン達が串にささった肉をつまみに木のカップでエールか何かを飲んでいる。見える範囲の食事で美味そうなものはないのだが、ミーシャの心遣いだから心のうちに止めておくことにしよう。

「串肉を何種類か頼んでおいた。できるまでは飲んで待っていよう」

 ミーシャはオッサン達と同じエールをテーブルの上に置いた。

-酒か・・・、未成年だしな。舐める程度にしておくか。

「そういえば、サトルは酒が嫌いなのか?食事で酒を飲んでいるのを見たことがないな」
「ああ、俺の国では20歳になるまでは酒は飲んではいけないんだよ」
「そうなのか!? 変わった決まりだな。この国では年齢で酒を禁じたりはしていない。無論、小さいころは薄めて飲んでいるがな」

 確かにそうだ、この世界では子供でも薄い果実酒を普通に飲んでいる。

「ミーシャはお酒が好きなの?」
「いや、好きと言うほどではないが、こういった場所で食事をするときには飲むのが普通だな」
「エルフってお酒は好きな人が多いのかな?」
「女はそうでもないな、男は酒好きばかりだな」

-カップのエールを飲んでみるが、苦みもあまりない生ぬるい液体にしか思えない。

「エルフの里にもこんな酒場はあるの?」
「無いな、森の中では広場に集まって、飲んだり食べたりしている。寝るとき以外は殆ど外で暮らしているからな」

 毎日がキャンプみたいな生活なのか。風呂もないんだろうな・・・。

「ところで、ミーシャは里に戻った後は風の国に行くんだよね?リンネも一緒に連れて行くの?」
「ああ、そのつもりだ。あいつは、狼を運んでいたやつらの顔を覚えていると言っていた。手がかりになるかもしれないからな」
「リンネが死人使いとか、死なないこととかは気にならないの?」
「少しは気になるが、悪い心を持っているようには感じなかったからな」

「ミーシャのせいで狼が攫われたって言ってたけど、そもそも何があったの?」
「お前には話しておくべきだろうな・・・、私はエルフの母親と人間の父親の間で生まれたのだ。親達はエルフの里から少し離れたところに家を構えて私を生んで育ててくれた」
「私が3歳になる前のある日、家の近くで遊んでいた私の前にに大きな狼-シルバーが現れたんだ。私は覚えていないが、母親が見た時には、狼の毛を掴んでじゃれついていたそうだ。母親は慌てて駆け寄ったが、シルバーは私たちを襲うことも無くしっぽを振ってそこにただ座っていたらしい」
「それからしばらくは毎日私のところへ遊びに来てくれて、そのうち私はシルバーの背に乗って森の中を走り回るようになった。その後も一年中居るわけでは無かったが、春先には必ず私の所へ来ていた。だが、それを聞きつけたヤツが居たんだろう・・・」
「あいつ等は、私が居ないときに私の母親をまずさらった。そして、私に狼を渡せば母親を返してやると脅したのだ・・・、私は渡さないつもりだった。何とか自分の力で母親を取り戻すつもりだったのだ」
「だが、なぜだかシルバーは判ってて・・・、助けてくれたのだ。あいつらが取り囲んでいる私の家にいつも通りに来て、用意してあった大きな檻の中に自分から入って行った。私は荷馬車で運ばれるシルバーを見送ることしかできなかった。あの時の光景が目に焼き付いて離れないのだ」

「お母さんは戻ってきたの?」
「ああ、奴らは約束を守った。守らなければ、私が一生つけ狙うことを理解していたのだろう」

 狼を捕まえるために人を攫うってのは、中々大がかりな作戦だな。

「黒い死人達の名前は聞いたことはあったの?」
「いや、森の国ではその名を聞いたことは無かったが、大きな組織だとは思っていた」
「砦に居たやつらは枝葉だってリンネも言ってたから、これからは気を付けないとね。俺もシルバーが見つかるまでは一緒に行くからさ」
「良いのか?私は助かるが、お前には使命があるのだぞ」

-勇者伝説ですか・・・

「いや、俺は勇者じゃないからね。それにやりたいことをやるのが大事なんでしょ?だったら、どっちにしても俺はミーシャと一緒にいるからさ」

-ミーシャと一緒にいる・・・、俺にできる最大級の告白です!

「そうか、確かにサトルがやりたいようにやるのが一番大事だな・・・、ならばこれからも力を貸してもらおう」
「ああ、もちろんだよ。それで、神の拳を使えそうな人は里に居るんだよね。どんな人なの?」
「ああ、エルフの男で風を扱い強い拳を持つ私の許嫁だ」
「エッ!!・・・、い、許嫁って・・・、結婚するってことだよね?」
「ああ、シルバーが見つかれば一緒に暮らす約束をしている」

なんじゃそりゃあ! 許嫁って! 嘘でしょー! 俺の恋心を返してくれー!!
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