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第一章 千の剣帝、ゼロクラスの教師となる
第3話 レイア・ヴァーミリオン
しおりを挟む『魔海領域』の地質調査員の護衛任務から無事にハルトが帰投して数日後。
―――レーヴァテイン帝国軍本部。帝国特務師団師団長室にはある二人の人物が存在していた。
一人はハルト。現在彼は煌びやかな室内でソファに深く腰掛けながら足を組んでおり、テーブルに置かれているティーカップの紅茶を口に傾けている。
ただしその顔色は入室した時から優れず、小刻みに身体と手をかたかたと震わせながら綺麗な琥珀色を波立たせていた。
それは何故か。
ハルトの向かい側のソファに座る女性が、額に青筋を浮かべながら威圧的に微笑んでいたからだった。
上は帝国軍の白の制服、下は黒のフレアスカートといった可憐な装いをしながら艶やかな長い紅蓮の髪を優雅に手で後ろに払った彼女は、そのまま小さな唇を開いた。
「―――それでハルト、なにか申し開きはあるかしら?」
「い、いやー。あれは故意じゃなかったから俺は悪くな……」
「私、調査員の護衛任務って貴方にしっかりと伝えた筈よね? それなのにどうして山一つ壊しているのか理解に苦しむのだけれど?」
「いや、あれはシャルが……」
『シャルロットはただ剣技能使用の是非をハルトに訊ねただけです。魔力を込め過ぎて威力を増幅させてしまったハルトに責任があります。とシャルロットはレイアの怒りに可愛く震えながら縮こまります……。かたかた』
「安心してシャル。私が怒るのは目の前にいるこのぐーたらバカだけだから」
「……ワ、ワイバーンの群れを殲滅出来たんだから別に良―――!」
「は?」
「申し訳ありませんでしたッッッッッッッッッ!!!!!」
なんとか抵抗を試みるも、上司であるレイアの凍える様な冷たい視線を一身に受けたハルト。一瞬で抵抗の意思が消失しすぐさま赤い絨毯の上で土下座した。
大の大人のみっともない姿を優雅に座りながら静かに見下ろす少女の名はレイア・ヴァーミリオン。20歳のハルトより三歳年下でありながら二年前に帝国特務師団の長に最年少で就任したばかりの才女だ。
学生時代に剣技練度最高指数である100パーセントという驚愕の数値を叩き出し、卒業後も研鑽を重ね、当時の実力と素養を持つ魔剣の扱いに長けた正真正銘の天才である。
ハァ、と溜息を吐いた彼女は土下座するハルトにまるで子供に言いきかせる様に言葉を投げ掛けた。
「あのね、あの『魔海領域』にある火山は帝国の貴重な研究材料の一つなの。短い期間で噴火する危険性があるし、誰も近付けないことから幸い帝国の調査対象から例外として外れてるから良かったものの、下手すれば貴方も私も責任問題を問われてたのよ?」
「せ、責任問題って……も、もしかしてそれは金銭面、つまるところ借金でしょうかレイア様……?」
「そんなちゃちなもんじゃないわよ! 死刑よ死刑!!」
「マジですか!!??」
「大マジよこのバカハルト!! 私、この数日間その無駄な始末書にずっと追われてたんだからね!」
「本当にすんませんでしたぁぁぁぁ!! なんでも言うこと聞きますレイア様!!」
レイアは整った表情を歪めて長い髪を逆立たせながらそう言い放つ。
『魔海領域』とは広大な国土面積を保有するレーヴァテイン帝国の最南端に位置する天変地異や魔獣が大量に蔓延る危険性がかなり高い場所である。
帝国の管理下にありその研究資源の大部分を損壊させたのだから、帝国軍人として通常は大罪に問われても仕方がないのだが、始末書だけで済んだのは僥倖だった。
その要因は主にレイアの存在と、―――ハルトの特殊な立場にあった。
「ホント今回ばかりはヴァーミリオン公爵家の過去の栄光と代々続く家柄に助けられたわ……! 貴方もいくら帝国軍で内密に特別扱いされてるとはいえ、今度から気を付けなさい。帝国屈指の実力を持つ剣技練度1000パーセントに至った『千の剣帝』さん?」
「あ、はい……」
そう呼ばれたハルトはおずおずとソファに座る。
ヴァーミリオン家は代々レーヴァテイン帝国に仕える軍術に長けた古き家柄の帝国貴族。つまりレイアの現在の立場は帝国軍に所属する軍人であり、うら若き華の貴族令嬢なのだ。
帝国内でレイアの祖父であるヴァーミリオン公爵家前当主が持つその権力は、帝国軍中枢にも影響するほど。
因みに普段厳しい態度だが、自分の孫であるレイアには滅法弱い好々爺である。
そしてハルトはその帝国内でも二つ名を持つ、上限剣技練度100パーセントの壁を突破して1000パーセントの剣技練度に到達した者として帝国内で最高峰の実力を持つ魔剣士の一人。
現在は全員が剣技練度100パーセントという少数精鋭の帝国特務師団所属のメンバーとして軍に在籍しているが、その素性を知らされているのは帝国軍の中でもごく一部だけ。それ以外は秘匿されていた。
故に、もし帝国軍でハルトの顔を知っている者がいるとしても一般の帝国軍の者はハルトの本気の実力など誰も知らない。
しかも肝心な他の各メンバーはそれぞれ特殊な任務を請け負うことが多いので、全員揃うことは極めて稀だ。
なので彼らの内情を何も知らない一部の帝国軍中枢の幹部たちは『帝国特務師団は帝国軍の経費を無駄に圧迫する無能な穀潰し集団』とそう蔑称で呼ぶ。
「……ん? そういえばハルト、貴方さっきさらっと"なんでも言うこと聞く"って言った?」
「え?」
「なーんだ、簡単に言質をとれるのなら”私への借金返済の無効”なんて餌ぶらさげなきゃ良かったわ。……うーん、でもまぁ約束は約束だし……。あぁでもあのぐうたら自堕落クソ野郎のハルトが自分から進んで私の言うこと聞いてくれるなんて滅多にないのよねぇ……っ!」
「…………? レイア、なに頭抱えてうずこまってんだ?」
ハルトは急に難しい顔をしながら頭を抱えだしたレイアに怪訝な表情を向けるが、彼女はすぐに様子を元に戻すと、ハルトと同じ碧眼の瞳で彼を見つめた。
レイアのその瞳にいつも以上に真剣で真面目な強い意思が宿っていることに気付いたハルトは、姿勢を正すと真正面から見つめ返す。
「ハルト、これは帝国軍帝国特務師団としての任務兼ヴァーミリオン公爵家次期当主レイア・ヴァーミリオン個人のお願いです」
そうしてレイアは唇を開くとゆっくりと、されど力強い言葉でハルトにあることを告げた。
「―――レーヴァテイン帝国魔剣学院へ教師として赴任し、何者かによる皇女暗殺を阻止しなさい!」
「………………は?」
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