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『セントパール魔術学園~学園ダンジョン編~』

第37話『夕餉の語らい』

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 あれからリルはエーヤへ帰界化し浴場を出る。自室に戻ったエーヤ(リル)はベッドに横になり体を休めていたのだが、しばらくするとエーヤは目が覚めた。時間的には伍之刻ごのこくで、外は夕日の光に照らされていた。入浴時の事に関してリルの弁明にジトッとした視線を向けるが、リルから「エーヤも良い思いしたよねー」という言葉があると柔らかい少女の感触を思い出して何も言えなかった。
 どうやら先に上がったエリーは慌てふためきながらメアへ助けを読んだようなのだが、原因がわからずそのまま夕食を摂る事になった。自室にてメアに夕食へ呼ばれた際、微笑みながら「うふふふ」と意味深に立ち去って行ったのは忘れない。恐らく入浴時エーヤとリルを鉢合わせさせようとメアが意図的に仕組んだことだったのだろう。

 エリーへの気まずさを仄かに漂わせながら食堂へ行くと、既にエリーとグランはテーブルへと座っていた。エーヤがセイヴフィール邸へ滞在してから初日以降、元々王国で重役を任されているという事もあり忙しいからか食卓の際にも顔を見せていなかった現当主グラン。葡萄酒が注がれてあるグラスを傾けているその堂々とした佇まいは彼の風格まで滲み出るようだ。
 エーヤとリルがやって来た事に気が付くと、上座に座るグランは優しく目元を細めながら声を掛ける。


「やぁ、久しぶりだねエーヤ君。そして初めまして御令嬢フロイライン。エリーから聞いているよ。改めて、私はグラン・セイヴフィールという。さ、まずは二人とも座りたまえ。今メア達が夕食の準備をしているがもう少し掛かるだろう。それまで語り合おうじゃないか」
「はい、それではお言葉に甘えて」
「リルっていうんだよー! ありがとうなんだよー!」
「二人ともそちらに座って」


 グランが鷹揚に頷くと、何処からともなくメイドがやってきて座りやすいようにエリーと対面の椅子を引く。エーヤはやってきた二人のメイドに違和感を持つが、その様子に気が付いたグランは説明する。


「普段屋敷の管理はメアに一任してあるんだが、今回は使用人の数を増やしているんだ。………私はエリディアル王国の中枢をなす筆頭大臣という立場上、家族と一緒に食事出来る機会が限られている。だからこそ、こうした家族の団欒を大切にしたいと思ってこの場を設けているんだよ。メアにもこんな時くらいは休んで貰いたいものなのだが………彼女は自分の立場に忠実なようだ」
「折角お父様が時間を作ってくれたのに毎回一緒に食事しないで側に控えてばかり。お母様が生きていた頃はよく一緒に食事をしたものだけれど、最近はまったくだものね」
「そうだったのか………」


 エーヤはしみじみと呟く。メアと接した日数は浅いが、彼女は視野が広く良い意味で妥協するのが上手いと感じていた。自らの立場を理解し通す芯の強い部分を持っているのだと改めて再認識する。同時に、柔軟さを兼ね備えた思考を持つ彼女が当主であるグランの言葉を無下にするだろうかと考え、そこだけに不透明さを感じた。
 思考する間もなくエリーが声を掛ける。


「そういえばお父様、最近お仕事が忙しいの? メアから朝は食事を摂っていないって聞いたのだけれど」
「ははっ、問題ないさ。エリーにはまだ言えないが、少々ある催しを準備していてね。だいぶ前から起案はされていたのだが、最近ようやく予定調整が上手くいった。あ、そうそう………二人にも決して関係が無い事では無いよ」
「………はっ? それはどういう…………」
「―――それよりも」


 自分に無関係ではないと察したエーヤの問いに対し、それを封じるように言葉を放つグラン。その言葉には僅かながら重みがあり、笑みを浮かべながらエーヤを射抜くような視線で見つめる。
 言葉を遮られたことよりもグランの壮年の表情にはどこか凄みが滲み出ている事にエーヤは思わず息を呑む。そして彼の口から出た言葉は―――、







愛娘エリーとはどこまでいったのかな?」
「おとうしゃまっ!?」





 エリーとの関係を探るようなものだった。当事者であるエリーは反射的に立ち上がって叫んでしまうが、少しだけ甘噛みしてしまったことに頬を赤らめていた。立ち上がった際にガタンとテーブルと椅子の音を鳴らしてしまったからかハッとした表情になると無言で座る。頬の赤みはそのままに、もぞもぞと肩を揺らしていた。
 その様子を終始見ていたグランはおもむろに雰囲気を崩す。


「ふっふふふ、あっはっは! いやなに、どうやらエリーと共に面白い経験・・・・・をしてきたと聞いたからね。これは是非ともキミから話を伺いたいと思っていたんだが………っ、ふふふ。紛らわしい事を聞いてすまない。しかし予想以上の反応だったよエリー。エーヤ君の方が冷静じゃないか」
「………いえ、突拍子もない言葉でしたので反応が遅れただけです滅茶苦茶心臓がバクバクいってます」
「………お父様は意地悪です」


 父の揶揄からかいにエリーは顔を赤らめながら睨め付けるがどことなく迫力はない。一方のエーヤは渇いた笑みを浮かべながら表情は引きつっている。
 以前ルークから聞いた話だが、セイヴフィール家といえば王国内で一、二を争う有数の公爵家。他にも『火』『水』『風』『土』『光』の各五属性の血筋を引く名家である五大公爵家が存在するのだが、建国当初から『盾の守護者』の役割を果たしてきたセイヴフィール家には何もかもが遠く及ばない。
 しかも今でも王家の信頼を得ている事や国民から支持されているのは当主であるグラン・セイヴフィール自身が持つ冷静な分析力や自然と人を引き寄せる善の人柄があってこそだという。

 つまり、だ。そんな人物から大事にしているであろう一人娘との仲を勘繰られでもしたらエーヤからしてみれば卒倒ものである。


「あひゃひゃひゃエーヤきょどってるー! プギャー☆おもしぶッ………っいった~いんだよー!! 何もゲンコツでたたくことないじゃん! 幼女虐待!」
「お返しだバーカ。いろいろ恨みは根深いぞー」
「と、とにかくエーヤさんとは魔力の使い方とか教えて貰って、一緒に死線をくぐり抜けただけであってまだ・・それ以上でもそれ以下でもないので! ………う~、お父様が心配なさる程のことは何一つもありませんわ………」


 エーヤは揶揄ってきたリルを入浴の件を含めてゲンコツで文字通りの鉄拳制裁をすると心がすっきりする。しばらく睨み付けていたエリーが咄嗟に取り成すようにグランへ説明すると微笑ましいものでも見るかのように口元を綻ばせた。しかし、その瞳には哀愁が漂う。


「………ふふふ、まるで昔に戻ったみたいだなぁ。うんうん、二人ともありがとう。そしてこれからもエリーを宜しくね。このには長い間とても寂しい思いをさせてしまったから………。もう知っているだろうが、三年前の白燈エルスト戦線で我が妻アンジェリカは先代『盾の守護者』として犠牲になった。それからというもの殻に閉じ籠ってしまってね。魔物討伐以外滅多に外出する事も、学園に通う事も無くなった………。幸いな事に娘の心配をしてくれる学園の友人が訪問していたんだが、誰とも関わりたくなかったのか会うのを頑なに拒んで自分から一人になろうとしていく姿に私はどう接して良いのか悩んだよ。でもしばらくしてある日、ダンジョンから帰宅したエリーの眼には久しく見てなかった好奇心の光があった」
「それって………」
「―――そう、キミたちと出会ったからだ」


 エーヤの瞳をじっと見つめ、何かを探るような眼差しで視線を向ける。笑みは浮かべたまま、しかしその瞳の奥底には絶対的な確信と自信が秘められていた。
 そんな視線に晒されたエーヤは僅かに目を細める。グランが読み取った好奇心というのはエーヤだけが扱う事の出来る無属性魔術のことだろう。当時を思い返してみると確かにエリーは己の知らない未知なる魔術に対し興味を隠しきれていなかった。出会った当初どこか暗い部分を抱えている少女だと思ったが、エーヤの魔術を見た途端に瞳を輝かせた。
 ―――眩しい、と感じたのは自分の魔術に引け目を感じていたからか。


「そして未知との戦いを経てエリーは自信を取り戻した。ありがとう。重ねて、セイヴフィール公爵家現当主グランはキミたちに最大の敬意を示そう。エリディアル王国の貴族として、一人の父親として」
「おとう、さま………」


 深々と頭を下げる父を見てエリーは何かを感じるものがあったのか呆然とした様子で呟く。しばらくして彼は姿勢を正すと普段通りの笑みがそこにあった。エーヤとリルを交互に見やりながら言葉を続ける。
 

「ついては、感謝の印としてエーヤ君とリル君にはお礼がしたい。望むものがあるのなら何でも言ってくれ。出来る限り力になろう」
「………それなら―――」



 青年は少し思案したのち、口を開いた―――。



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