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『終わりから始まる物語』
第29話『欲望は力となりて喰らう』
しおりを挟む穏やかでありつつも力強い声音で紡がれた声はエーヤの耳朶にゆっくりと染み渡っていく。何故エリーがここに、という疑問が心中を占めるが今はそれよりも視界いっぱいに広がる光線だ。
背後のエーヤ、そしてエリディアル王国を守るようにして立ち塞ぐ彼女だが、あの巨人から繰り出される攻撃は魔力を無効とする。それを防ぐ術を、彼女は持っていない筈。
だがどうしてだろうか。別れる前と、がらりと雰囲気が変わった―――?
「我が顕現せしは光の象徴――守り、護り、その輝きは人々の希望と成せ!『光陣障壁ーアイギス』!!」
魔術を使えない筈の彼女が魔術詠唱を紡ぐ。特殊な意匠――五つの魔術陣の模様が彫刻されている、濡れ羽色に輝く紋章型の盾を構えたと思ったら突如光り輝いた。手に持つ盾を基軸とした広範囲の巨大障壁が完成したと思いきや、そこから発生した黄金の奔流がその光線を包み込むように飲み込んだ。
これまで魔術を使えなかった彼女だが何らかの切っ掛けで使用する事が可能になったようだ。これが本来彼女が持つ力なのかどうかは不明だが、とてつもなく強力な力。
(これは…………!)
吸収している、と言ったらいいのだろうか。巨人から放たれた光線を黄金色が包み込む。エーヤがよくよく注視してみると、エーヤやエリディアル王国を護るように展開されている障壁の表面に光が浸透するように伝わっている。その光は、おそらく吸収している光線のエネルギーを魔力に変換しているのだろう。
盾を構える後ろ姿と相まって。頼もしく、とても暖かみのある優しい光だ。
「エリー………お前、力が戻って……………!」
「―――えぇ、一つの属性だけれども…………ようやく、漸く今までの空白を埋められる……! 片翼でも、私はもう一人じゃない!」
呆然とした様子で呼びかけるエーヤに対して、目の前に広がる光景を実感し、打ち震えるように言葉を繰り出すエリー。
前を見据えるその瞳には力強い覚悟が宿る。再び自分の力を取り戻したとあって、魔術を発動している姿は自信に満ち溢れていた。
エリーが光線を防いでいる最中、ふと自分がいないところで何が起こったのかという考えがエーヤの頭に過ぎる。それは、この場にエリーが現れた時から感じていた違和感。
(はは……一体、向こうでは何が起こったんだ? リルからの返事は何もない。寧ろ何も感じないな。まぁ繋がりは感じられるから無事っちゃ無事なんだろうが………信じるしかないか。それはさておきエリーの変化についてだ)
其処には、真剣な表情で盾を構える少女の姿がある。
(今発動している魔術の属性を見る限り『光』だろう。魔術を使えていた頃の話は聞いていたが、まさかこの光線までも防ぎ切る強力な力を有していたとは。取り戻した分には全く問題はないが、その過程が気になる所だな…………!)
疲労が積み重なり満身創痍になりながらも興味が湧き出る。一体自分が知らぬところで何があったのか、マストの契約精霊であるレインをどのように相手取ったのか。
そして、エリーの魔力が何故変質しているのか。
そのように心中で考えたところでエリーから声を掛けられる。ハッとした様子で意識を彼女に向けると、こちらに視線を向けていた。その様子を見ると、額にはじっとりと滲み出る僅かな汗が浮かび出ていた。
「エーヤさん、一応確認なのだけれどあの光線を発射しているのはあの黒い巨人よね? つ、まり、マスト君はもう…………」
「………ああ、アイツはあの化け物に成り果てた。そこにマストの意志はない。―――もう、死んだんだ」
「そ、う……。やっぱり、あの存在が言っていた事は本当だったんだ………」
「あの存在?」
物悲し気に呟かれた言葉の中に気になるものがあったので思わず反芻するエーヤ。エリーの方はといえば先程の呟きはエーヤに届いていないと思ったのだろう、少しの間俯いたかと思うと改めて制御の方に集中を向ける。そして、
「―――なら、解放してあげないといけないわね。この世のしがらみからも、独りで抱え続けた憎しみからも。……………このままじゃ、彼があまりにも報われない」
「―――――――――――――」
これまでの自分が何度も抱いてきた、正と負の様々な感情が綯い交ぜになった思いを言葉に載せながらエリーは静かに言う。
決意が込められた双眸をジッと正面に向けながら、怒涛の勢いの如く放たれている光線を己の魔術で受け止める姿はまさに『盾の守護者』に相応しい。
「エーヤさんの身体が限界だっていうことは分かってる。本来であれば私が決着を付けなければいけないのだけれど、私の力の本質は『守ること』にある。だから、頼りない言葉を言うようだけど………グッ!」
「エリー!!」
巨人から放たれる光線の威力が上がったのか、障壁が僅かに軋む。なんとか地に足を付けて踏ん張っているが、威力を殺しきれずに後退した跡を残して耐えている状態だ。
必死に歯を食いしばって衝撃を受け止める。その表情に浮かぶのは、次第に増していく威力による焦燥。
「ハ、ァァァァァァァ!!…………ごめん、なさい…私の方もこの障壁に魔力を維持するのに限界がある。正直、今途切れたら直ぐにでも効果が消失する位、他の手段に手が回せない状態なの。だから―――!」
「…………………」
「だから、エーヤさんが『救って』あげて! 私が貴方に救われたように、彼を!」
「………っ!」
熱き思いが心の底から迸るエリーの叫び。それに後ろ姿からでも伝わる自分への絶対的な信頼。いつ戦況が傾くか不明瞭な状態だが、それでもなお自分ならばこの戦いを収めてくれるであろうというエリーからの期待は、想いは、エーヤの琴線に触れる。
「――――――――――!」
心なしか、あの巨人が泣きながら咆哮しているように見えるのは気のせいか。
通常の魔力に類するあらゆる魔術が一切通用しない黒い巨人だが、実際のところ消滅させる手段がない訳ではない。
―――『七罪魔具』。『永遠の色調』の各メンバーが所持している特殊な武器で、その一つ一つはとても強力な効果を秘めている。エーヤはパーティに所属していたので、当然その強力な魔具を扱っていた。ただ、扱うには少々特殊ではあったが。
いつもエーヤが得物とする武器は『具現の警棒』。それはパーティに居た頃とは変わらない。だが、この得物が行きつく先はもう一段階存在する。
「……あぁ、エリーの思いは伝わった。身体に負担は掛かるがやってやろうじゃねぇか。相手は魔力に関する攻撃は意味がない―――なら、久しぶりにアレを使うしかないか………!」
そう言って懐に手を入れると片手に掴んでいたのは冒険者ギルドで手渡された黒光りするケース。鈍色の鎖で雁字搦めに縛られているソレは、嘗てエーヤが『永遠の色調』に所属していた頃に使用していた『七罪魔具』唯一の派生形。そんなエーヤの一部とも言えるモノを懐で隠し、無属性魔術で発動した―――異次元から取り出す。
つまりは、エーヤが全力で力を奮う際に使われる代物、エーヤだけが使える奥の手だ。
エリーが巨人の光線を必死に食い止めている合間に取っ手部分に搭載されている魔力・指紋認証システムに干渉。固く結ばれた鎖による拘束が解けると、ジュラルミンケースのような耐久性のある頑丈な表面が露わになる。
躊躇なく開けると、その中には丁寧に収納されたブレスレットのようなバングルが一つ。そして色が異なる、七つの中粒の宝石のようなものが入っていた。
その七種類の輝きが目に入るとエーヤは思わず口元を緩ませる。
「―――みんなからの気持ち、受け取ったぜ。さて、早速使わせて貰うとしてどれを使うか………」
まず機械的な厚みのあるバングルのような輪っかを取り出す。その周りには七つの窪みがあり、宝石のようなものが収まるほどの大きさが均等に並んでいる。
それを『具現の警棒』のグリップ上部に接続すると、丁度良く嵌ったようにカチリと小気味良い音が響き渡った。
次にケースに視線を移すと、選別するは七種類の宝石のような塊。
それぞれには『永遠の色調』の各メンバーが保持する武器の特色である『傲慢』『憤怒』『嫉妬』『怠惰』『強欲』『暴食』『色欲』といった大罪に連なる欲望が込められている。
その中でも今回は緑色の宝石――『暴食』の大罪を使用する事にする。
「メリア姉――『暴食』を司り、あらゆるモノを跡形も無く喰い消す力、使わせてもらう」
ケースの中から中粒の輝きを手に取ると『具現の警棒』に先程接続したアクセサリ――『シンズ・オーバー・ユニット』の七つある内の窪みの一つに填め込む。
一通りの手順を済ませたエーヤは、自身の拍動が早まるのを抑えるように息を吐くとゆっくりと前を見据える。
―――『殺す』準備は、整った。
「心配してくれるのはありがたいが、許してくれよ、メリア姉。こちとら約三年振りとはいえ奥の手を出すんだ。最高に気分が高ぶらないと言えば嘘になる……が、発動によって生じるリスクも承知の上だ。でも―――」
後は、手元にある得物で暴威を振るうだけ。そのことに何の躊躇いもエーヤは感じてはいない。しかし不安とは異なる、ある種の恐怖を覚えていたのは間違いではなかった。
"過剰創造"。プルメリアから届いた手紙に記載されていたワードだが、字面から見て、普通はエーヤが発動する無属性魔術の規模が大きいほどエーヤに影響を及ぼすものだと考えるだろう。
だがそれは結果であって原因ではない。
魔力を一度に大量に消費すること。それが"過剰創造"に陥る条件なのだ。
無属性魔術を発動する際にも多く魔力は消費するのだが、今回の場合、『七罪魔具』から派生した『シンズ・オーバー・ユニット』を使用する事もあり魔力の消費量が一気に跳ね上がる。――それに伴う『記憶を失う』というリスクも。
ましてや今のエーヤは満身創痍、魔力量も半分を切った状態だ。これまではなんとか調整しながら戦ってきたが、過去の記憶を失った以上、次は何が代償になるのか分からない。あちらでの知識か―――今まで積み重ねてきたこの世界の大切な記憶か。
だが、しかし、それでも―――!
「可愛い女の子にこうして頼られてんだ―――応えなきゃ、男が廃るってもんだよなぁ!」
毅然とした瞳で前を見据えると、『具現の警棒』に接続した『シンズ・オーバー・ユニット』部分を左手で添えると勢い良く回す。その回転は衰えることはなく、徐々に緑と赤の魔力のような奔流が空に舞い上がると淡く輝きながら消えていく。その様子は、まるで少年へと捧げられる祈りの星屑。
エーヤは『具現の警棒』を両手で支えながら持ち、その先端を銃口のように見立てて巨人へと向けると構える。すると、その周囲を覆うように二色は重なり合い、次第には、スナイパーライフルのような形をとり始めた。
「くぅ…………っ、うぅ、ぁぁぁぁぁぁ!!」
「エリー、こっちの準備は整った! 俺が合図をするから、魔術を解除して回避してくれ!!」
「―――ッ、えぇ、わかったわ! あとは、お願いするわ……………!」
自国を守らんと懸命に耐えている中、彼女が一瞬だけエーヤを横目で見ると、息を呑むような気配を纏わせる。だがそれもすぐに霧散すると、口角を上げながら視線を元に戻した。そこで垣間見えるは、他の追随を許さない圧倒的な強さの、確信。
エーヤは身体の重苦しさを感じながらもしっかりと照準を定めてカウントダウンを行なう。
「三」
"―――だから、私はもっと強くなりたい。力を取り戻して、母を殺した魔人を必ず、殺すために……!"
ある守護者の少女は力を欲した。大切な母親を失ったせいで、同時に魔術という奇跡すら無くした彼女は行き場のない感情を抱えながら『守る力』と『殺す力』を渇望した。
「二」
"そんな冒険者風情が、偉そうに僕の復讐の邪魔をするんじゃない!!!!"
ある魔物使いの少年は恨んだ。世界を、神を、村も、環境も、冒険者も―――。みんな、みんなみんな自分の邪魔をするならば消え去れば良いと思っていた。まさに、復讐という魔物に憑りつかれたように。
「一」
"―――あぁ、残念だなぁ………。これからもずっと、ずっとずっと貴方の側に寄り添って……たっくさんの、色んな景色を、見たかったなぁ…………"
あるパーティに所属していた少女は願った。自分の命がもう助からないと分かっていても、ある魔術師との光りある未来を—――。
「零―――!」
ここでない世界の記憶はもうない。だがこの世界の記憶は、これまで歩んできた大切な思い出は忘れる事など決して出来ない、かけがえのない俺の彩りだ。
立ち止まって俯く時間は過ぎ去った。これからは歩みを止める事無く、進め―――!
「『全てを無に還す暴虐の牙』!!!!」
合図に沿ってエリーが魔術を解き、横へと跳び退く瞬間を確認する間もなく全ての魔力を注ぎ込んだ強烈な暴威の塊が射出される。その罪の名は『暴食』。次第にその様相は変化していき、鮮やかな緑色の表面にところどころ紅く、禍々しく侵食するようにうねる模様が刻まれた顎となった。
大きく口を開きながら巨人へと怒涛の勢いで突き進む。それは最早、『空気を裂きながら』という次元ではない。
『喰らっている』のだ。そこに存在する空気すらも、空中に漂う魔素すらも。射線上のあらゆるモノを喰らいながら苛烈に進む姿はまさに『暴食』に相応しい。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
当然、それは光線をも容易に飲み込む。目の前にあるものを破壊するべく黒い巨人の全力を乗せた光線だったが、それは『暴食』の罪過には敵わない。そして、届かない。
やがて鋭い牙を持つ顎が巨人の肩へと喰らい付き、その部位を抉る。通常の魔術であれば、触れた瞬間にすぐさまその効果は消失するというのに残り続けるのは、魔力以外にその技に『七罪』という魔力ではない要素が含まれているからだ。
「す、ごい……………!」
喰らう、喰らう、喰らう―――。巨人の顔に口があるならば断末魔の悲鳴を上げるだろう、まるで生きているかのように物凄い勢いで巨人の四肢を喰らっていく。徐々に減っていく体積だが、地に落ちる時間など与える様子もなく貪っていく。
そして最後には、空中に滞在する頭部だけが残った。地面に引き寄せられるかのように落下していく顔無し、その表情に映る感情はなにも読み取れず。
だが心なしか柔らかい雰囲気だったのは、マストの心を救う為とはいえ、もっと始めに彼自身を助けられなかったエーヤが見せた幻想か。
巨人の頭部が地に付くかと思われた瞬間、すぐ近くまで頭部の背後に迫っていた顎が呆気なく呑み込む。
エリディアル王国を崩壊させんがために迫る脅威が消え去り、辺りには静けさが訪れる。不安が払拭されたかのように次第に澄み渡る青空には一点の曇りもない。
役割を終え、満足したかのように消失した顎。後に残るは、激しい戦いによる爪痕と無属性魔術師、そして盾の守護者だけであった。
「もう、全部終わったの…………?」
「………あぁ。これで、今を守る事が出来た…………。あとは―――」
「エーヤ、さん?」
立ち尽くしたまま朧気な様子を見せるエーヤ。だらんと力無く腕を垂らしてふらふらとしている様は、なんとか気力を振り絞って立っているようだ。
しゃがみ込みながらも直ぐに異変に気が付いたエリーはエーヤに近寄る。そのように行動に移したところでエーヤは―――前のめりに倒れこんだ。
「―――――――――――――」
「エーヤさん………? エーヤさん、しっかりして…………! エーヤさん――――――――――!!」
エーヤを抱え込んだエリーの悲鳴を最後にして、この戦いは幕を閉じた―――。
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