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『終わりから始まる物語』

第28話『孵化する黒い脅威』

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 後に残るのは異様な静けさ。周りに視線を走らせると生き残っているのは拘束が解けた様子の魔物たち、そして黒い球体へと変貌してしまったマストのみ。だが先程メイリアはあのように言っていたがこの丸い物体には違和感がある。

 何故かは分からないが生きている・・・・・のだ。どくん、どくん、と不気味な鼓動を辺りにまき散らしながらただそこに浮遊している。
 黒い球体は、形成前はドロリとした液体状だったにも拘らず現在では固まったかように硬質に見える。内部の魔力を視ようにも殻らしきものに阻まれており何も感じられない。様子見で離れた所から魔力弾を数発放つが、当たる事も吸収される事も無く着弾する直前で霧散している。
 恐らくは魔力や魔術を遮断し、無効化する能力が備わっているのだろう。


 ―――マスト・ディンブルが死んだというのは事実で、新たな生命への贄となったか。


 未だに正体不明な彼女メイリアが施した特殊な力だ。『万能の力』と定義し概念に捉われない無属性魔術を使えるエーヤがなんとかしようとしてもそのことは織り込み済みなのだろう。そして後先の事を考えずにむやみやたらと魔術を発動する人間ではないとメイリアがエーヤの事を知っているが故の対処。
 彼女がエーヤじぶんの性格を把握しているというのにこちらは全く何も知らないという事実に改めて気付き、拳を想わずぎゅっと握りしめる。


(メイリアの事もそうだが今はアレだな。………こんな形になってしまったが、決着はついたって考えて良いんだろう)


 あらゆる人々を魔物を使って殺害し王国襲撃を企て実行しようとした。もちろん決して許されることではないが、彼もまた差別に晒される被害者だったのだ。そんな小さな命を救えなかったことに内心で歯噛みしながらもエーヤは正面を見据える。

 瞬間、空気が揺れた。


「――――――――ッ!!!」


 ブォン、ブォンと魔力とは異なる波動が全方位へと広がる。それには人間では至ることの出来ぬ気配が感じられて。マストの成れの果て、つまり真っ黒な球体から仄暗い光を放出している。
 いきなり現れた現象に目を見開き驚いていると、直後、球体の表面から無数の黒い触手が鋭い勢いで飛び出した。

「――――――――――――」
「―――ちぃっ! くそ、いきなりなんだよこれは!!」


 無数の触手があらゆる方向に距離を伸ばす先にはマストが使役していた魔物たちがいた。メイリアによって魔眼の効果から解放された魔物だったが、近づいてくる触手の先端を確認する間もなくその身体に巻き付く。すると、怯えにも似た叫喚を喚き散らしながら触手に捕われた魔物は球体へと吸い込まれていった。
 魔物の大きさ、質量も関係なしに次々と、どぷんっ、という粘着質な音を連鎖させながら吸収しており少しずつ肥大化している。

 そしてその矛先はエーヤにも。


「――――――――――――」
「無差別かよ………プレゼントって割には趣味がわりぃな―――ッ!!!」


 柔軟性を持った無数の触手がエーヤに向かって勢い良く伸びる。全神経を集中させながら小刻みにバックステップ、上体反らし、受け流しを繰り返しながら回避行動を繰り返していくエーヤ。『具現の警棒ターン・ロッド』を力強く振るおうにも、魔力を無効化するということは切れ味がない唯の警棒を振るうだけになってしまう。それでは切断も打撃も与えることは出来なく心許ない。
 足元に迫り来る触手から逃れようと上空へとジャンプすると、それを待っていたかのように別の触手がエーヤへと伸びてくる。あまりの速さに考える間もなく咄嗟に『具現の警棒』で受け流すとふとある事に気が付く。


(受け流せるということは、この触手は質量を持っているってことだよな……………? なら………ッ!!)


 『具現の警棒』で弾いた触手を空中で足場にすると地面に向けて足に力を入れる。ふわりと舞いながら地面へと両足と左手で三点着地すると変わらず伸びてくる触手へ向けて駆け出した。『身体強化フィジカルライズ』された身体を酷使して縦横無尽に移動する。


「――――――はぁぁッ!!!!」


 そして何度も同じ回避行動を繰り返して気付いたことがある。それは魔力も魔術も無効化する効果が続いている中で差した、一筋の光。


「お前―――、どうやら瞬間的な爆発力には弱いみたいだな!」


 『具現の警棒ターン・ロッド』と迫る触手が接触した瞬間に一瞬だけ魔力を込める量を増大させて強制的に上方へ振り抜いて軌道修正。魔力の極端なオンとオフの繰り返しだが、今はこれが最善手。

 回避、修正、回避、修正、回避、修正――。あちこち激しく地面が抉れて中の土壌が剥き出しになっていくが、度々その行動を反復していくと徐々に触手の移動可動域が狭まっていき目に見えて勢いが衰える。
 エーヤがあらゆる方向へ自在に動き回っていたおかげで、無数の触手同士が強固に絡まり動きが封じられた。

 あまりにも執拗だったのは、死してもなおエーヤに対する意識の残滓が残っていたからだろうか。救いを求めていたのか憎しみによる怒りだったのか、その答えを聞くことはもう出来ない。


 エーヤを襲う触手は機能を完全に停止し塵となった。迫り来る脅威を回避出来たことに安堵して膝に手を置いて呼吸を整えるが、空気が異様な不気味さに包まれていることに気が付き、顔を上げる。
 目の前には十メートルにも届きそうなほど大きく肥大化した球体が目の前に浮遊しており、辺りには何も存在しない・・・・・・・


 つまり、だ。


「ハッ……こいつ、手当たり次第に周りにいた魔物を全部喰らいやがった……………!」


 大平原にいた魔物、ランクも大きさも関係無しに残りの魔物を全て吸収して巨大化したのであろう。あまりの大喰らいっぷりに思わず渇いた笑いを浮かべるエーヤだが、呆然とする間もなく黒い球体は更なる変化を迎える。


 どくん、と心臓の鼓動のような音が連続して響き渡ると少しずつ人型の形を形成し始める。その姿はさながら顔無しノーフェイスの巨人。全長は約二十メートルにものぼり、全体の輪郭はハッキリとしているが顔のパーツは見当たらずのっぺりとしているのが印象的だ。
 全体的な特徴は筋肉質といった方が良いだろうか。黒の上にさらに黒を付け足したようなどす黒く深い漆黒の色は心なしか神々しく・・・・見える。


「まさかこう何度も変化していくとはなぁ……………だが、ようやく視えたぞ!」


 球体状態では見えなかった魔力の流れも今ではハッキリと見える。循環、というよりは凝縮された魔力が蠢いている感じに近いが、魔物を吸収する前と比較すると圧倒的にその量は多い。

 すると、のそりと緩慢に表情のない顔をエーヤへと向ける。不気味な雰囲気を漂わせるが、顔のパーツがないため表情の変化は読み取れない。だが何もしない筈がない・・・・・・・・ということが分かる。わかってしまう。

 エーヤの読み通り、案の定—―――


「―――――――――!!!」
「グ…………ッ!!!」

 
 巨人の顔の前に魔術陣が展開されたと思ったら一筋の赤い光線が勢いよく降り注いだ。それを瞬時に認識すると無属性魔術による防御障壁を発生させながら大きく後ろへ飛び退ける。耳をつんざくような激しい轟音を響かせながら元々エーヤがいた場所の大地を抉るとそのまま横なぎに光線は振り切られる。
 細かな石礫や砂利が障壁を打つ音を聞きながら無事に着地するとその場所を見やる。

 放たれた光線の跡からは微かに白い煙が立つ。一瞬で人間を消し去れるであろう威力を目にし、エーヤは額にうっすらと冷や汗を浮かべると焦げた匂いがエーヤの鼻孔を掠めた。


(こんな化けモンが王国に目を付けたらたちまち崩壊するぞ…………!! その前にアレを何とかしなければいけない訳だが…………さてどうするか―――ッ!)


 目の前の巨人をどうするか思考する中で背後に回り込むように疾走する。力強く地面を踏みつけながら威力を強化した魔力弾を放つが、先程のように霧散しダメージを与えた様子はない。


「ならこれはどうだ―――ッ、『暴虐の雨ドメスティック・レイン』!!」
 

 無数の魔出陣がエーヤの周りに展開されると顔無しノーフェイスの巨人へと向けて一斉射出。多くの鋭い針の先端が巨人の身体に突き刺さると思われたが、接触した瞬間に霧散した。
 予想通りの結果に思い切り舌打ちをしながらも巨人の背後に辿り着き、さらに試すべく次なる魔術を発動しようとするが驚くことが起こる。


「な―――ッ!! コイツ、身体の一部を伸ばせるのか!?」


 先程のようにエーヤに伸びる先端が鋭い触手。その一直線の線が何本にも分裂するとその身を貫くべく襲う。驚愕に表情を染めながらも短く呼気を放ち、『具現の警棒ターン・ロッド』を構えると巨人へと駆け出す。
 そう、後退するのではなく前進するのだ。
 

(俺が近づいた、しかも背後から魔術を発動した瞬間にあの黒い触手が伸び始めた。あの巨人のある一定の範囲に侵入すると迎撃機能が働くのか?…………ま、分からないなら確かめるしかないよなぁ!!)


 普通に魔力を『具現の警棒ターン・ロッド』に覆うだけでは簡単に無効化されてしまうので、先程と同様に触手と接触する瞬間を狙って込める魔力を爆発的に上げる。

 駆ける、駆ける、駆ける―――!

 迫り来る触手の群れを弾きながら次第に巨人の元へと近づいていく。そして跳躍すると、その勢いを利用して回転しながら巨人の胴へと『具現の警棒ターン・ロッド』を振り落とそうとするが、


「―――――――――!!!!!」
「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 エーヤの何倍もあるその巨大な胴を切り裂くつもりで莫大な魔力を得物に込めたのだが、接触する寸前で巨人が衝撃波を発生させてエーヤを弾き飛ばした。

 唐突な衝撃に目を見開きながら一瞬だけ時間が止まったような感覚に襲われて、碌に受け身も取れず地面を転がる。ごつごつとした地面に叩き付けられたせいか鈍痛により身体の自由が効かず、思わず吐血した。


(チッ、あの紅い衝撃波…まるで、巨大な鈍器で殴られたみたいだった……………。魔力関係を無効化するとか本当に厄介だな!!)


 『身体強化フィジカル・アップ』していたにも拘らず、エーヤの身体にダメージを与えた。白銀の魔力を身体の表面に迸らせながら外殻のような役割を果たしていたとしても、相手の存在自体が魔力を無効化してしまうのならばエーヤの身体に魔力を覆う必要性は感じられない。
 要するに、現在のエーヤの状態は疲労の蓄積や内部の臓器、皮膚の損傷が酷く、満身創痍の様子だった。


「こりゃ、肋骨が肺に刺さってるな…………。ごふっ、身体の方も、限界が来ているみたいだし………!」


 なんとか体の方は起こせるが、無理に動かすと鈍い痛みによって身体が悲鳴を上げる。最早息をするのも苦しい。目を開けているのもやっとな状態で巨人へと顔を向けると、随分と離れたところに佇んでいることが分かる。それらの情報から推測するに、自分は先程の衝撃波で約五十メートルもいかない距離に吹き飛ばされたということだろう。
 


「……情けねぇ、これでも元『永遠の色調カラーズ・ネスト』の一員かよ………。あれだけ大口叩いておいてこんな展開になっちまったし」


 ぽつりと零れ出た弱音。それには僅かに哀愁が漂っていた。
 いくらパーティを抜けて三年の月日が経過したとしても戦いの感覚を忘れてしまう事はない。エーヤにとってこの世界に来た時から常に濃密な戦意、殺意、敵意に晒されてきたのだ。数多のダンジョンで仲間と何度も探索し、宝を見つけ、魔物と邂逅し、魔術を発動して―――。






 何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――――







「殺した…………! 俺が、魔物や冒険者、挙句には大切な仲間ひとまでも………!!」


 死の淵の追い込まれた末、身勝手に抱いた激情に駆られる。先程まで心の奥底に渦巻いていた諦念が霧散する。生への渇望がより色濃く湧き出し、死への抵抗感が闘争本能を燻ぶる。拳を力強く握りながら、過去の出来事を何度も馳せる。彼女の声も、表情も、温もりも。

 けれども現実は非情で、


「―――――――――」
「クソッ、身体が動かねぇ…………! ここに来て一気に疲労感がのしかかって……っ!」

 
 遠方で確認出来るのは顔無しノーフェイスの巨人がこちらの方角に巨大な魔術陣を展開させて魔力を集中させているところだ。おそらくは吸収した魔物の魔力を大量に込めて光線を放とうとしているのだろう。残りの充填完了時間は二十秒といったところか。

 死へのカウントダウンが着々と進んでいる事に焦りの表情を浮かべる。あの巨人の標的は攻撃を仕掛けた自分だ。しかもその背後にはエリディアル王国が存在しているという絶体絶命の危機的状況。あの魔術陣の規模を見る限り、先程放出したエネルギーよりもその密度は濃いのだろう。現に魔力は魔術陣に次々と吸収されて何重にも魔術陣が構築されていく。

 そして―――赤黒い暴威が、放たれる。


(もう、ダメなのか…………? 結局、俺は一人じゃ何も守れないのか……?)


 辺りの景色がゆっくりと流れる中で目の前に映るのは、今すぐ目を覆いたくなるほどの光量。走馬灯、とでも言うのだろうか。これまでこの世界に来て経験した出来事が脳裏を過ぎる。
 嬉しかった事も、楽しかった事も、辛かった事も、悲しかった事も、悔しかった事も、色濃く印象に残っているのはどれも『永遠の色調カラーズ・ネスト』の皆と一緒だった事。


 ―――なかでも、大切な女性ひとは優しい笑みを浮かべていた。


 居場所から一度離れた自分が、死の間際に限ってあの情景を思い出すのは筋違いかもしれない。それでも、愛着を感じずにはいられなかった。

 そのような想いを抱きつつ、抗おうにもエーヤの身体は限界に達していた。それもそうだ、千もいた魔物の内、約半数を屠ったのだ。魔力保持量が半分を切っているとはいえ体力の方はなんとか気力で保っている状態だ。

 目の前の光景からせめて目を逸らす訳にはいかぬと、歯を食いしばりながらじっとその光線を射抜く。

 すると―――、










「―――ようやく、追い付いた」







 小さくも頼もしいと感じる守護者の少女の姿がエーヤを『護る』為、彼の前に立ち塞がった。




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