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『終わりから始まる物語』
第24話『想像の先にあるモノ』
しおりを挟むエーヤ・クリアノート。『無属性魔術師』、『精霊使い』、『零の体現者』などという仰々しい肩書がある青年だが、そこにはもう一つだけ追記せねばならない事項がある。
―――『異世界人』。
そう、彼は地球から何の拍子もなくいきなり異世界に転移してきてしまったただの学生だった。
具体的には、初っ端からダンジョン内部に放り出されるというハードモードを一時体験したのだが、もちろんその当時エーヤが持つ力など皆無。途方に暮れていたところ、たまたま偶然そのダンジョンを探索していた『永遠の色調』に遭遇。様々な経緯を経てパーティの一員になったという経緯である。
さて、そんな最強冒険者パーティと各国に知れ渡っている『永遠の色調』にはエーヤを除く七人の冒険者が所属している。ヴェルダレア帝国を拠点として活動しており、そのメンバー全員がSランク相当の強さを誇る。
強いて言えば、各人が持つたった一つの属性に特化した魔術、そしてある力を操ることで一種の戦力兵器並みの戦闘力を保持しているというべきか。
言わずもがな、青年魔術師もそのうちの一人である。
◇◆◇
「エーヤさんが、あの『永遠の色調』のメンバー………!?」
「一応、元だけどな。だがそれより目の前に集中しろ。どうやらマストも一筋縄じゃいかない雰囲気を出し始めたぞ?」
驚いた様子を隠そうともしないエリーに忠告を行なう。
エーヤとて正体を隠したかったから今まで二つ名や元所属パーティを名乗らなかった訳ではない。自らが冒険者としてそれなり上の実力を有しているのはこれまでの経験で知ってはいるのだが、もし名乗ったとしても信用されないと思ったからだ。もちろん自分から話すという性格でもない。
何故なら『永遠の色調』として活動していた頃、特にメンバー以外の前では顔に認識阻害の魔術を施していた。エーヤとしてはあまり目立ちたくなかったのである。なので、各属性以外の正体不明の魔術属性を扱う魔術師として二つ名、『零の体現者』という俗称が広まったのだ。
先程からマストの様子を目を離さずにじっと見つめていると親指の爪をがじがじと噛んでいる。どうやらこちらに聞こえるか聞こえないかの声量でぼそぼそと何かを呟いている。
「………まさかエーヤが……僕は時期を間違えた?…………いや、むしろこれは力を見せつける好機………?……うん、うん」
「エリー、警戒を最大まで引き上げろ。まだ慣れていないだろうが身体強化も忘れずにな。何か仕掛ける気だ!」
「―――え、えぇ、分かったわ!」
エーヤが元『永遠の色調』にいた事実を聞いてからというもの若干うずうずしていたエリーだったが、そんなことは関係ないとばかりにエーヤはマストの様子を注視する。
すると、異様な雰囲気に包まれていたマストは考えがまとまったのかいきなり顔を上げる。その表情に張り付くのは、凶悪な笑み。
「あはは、ごめんごめん。嘘か真か、まさかエーヤがこの世界で五本の指に入る程有名なパーティ『永遠の色調』にいたとは思わなくてね。しかもせっかく準備した魔具は無効化されて全く動かない。だから―――」
マストは一瞬だけ逡巡したように言葉を紡ぐ。まるで自分の意にそぐわない決断を行なうように。
「―――ゲームは、中止にするよ。レイン、お嬢様を特別席に案内して」
『了解したわ』
妖艶な女性の声で承諾の旨が鳴り響く。切羽詰まった時に発したぼやけたような不明瞭な声とは異なる、鮮明な声。
突如、先程までは一度も姿を見せなかったマストの契約精霊、レインがいきなりエリーの目の前に現れた。決して警戒を緩めていた訳ではない。寧ろ前方に佇むマストを、そして周囲の気配をしっかりと変わらずに注視していたにも拘らず、だ。
その容姿は全身黒色の豪勢なドレス姿が目を引き、女性的で引き締まったスタイルを有した女性型精霊である。切れ長な瞳をしており静謐な雰囲気を宿している。
レインはエリーから少しだけ離れた正面に立つと、人一人がすっぽりと入る渦を出現させる。それは徐々に吸引力を持ち始め、
「く、ぅ、ッ………! エーヤさん!」
「エリー!」
「こっちはまかせるんだよ!」
渦から発生されたその吸引力に耐えきれずに吸い込まれていくエリー目掛けてリルは地面を蹴る。流れに逆らわずに渦へ向かうせいか、その移動スピードは速い。その際にちらりと横目でエーヤとアイコンタクトを取ると小さく彼女は頷き、エリー同様に吸い込まれて消えていく。
それまでの間、効力を維持していたレインはそれらの姿を見届けると、すぅっと透けていく。辺りには風が吹く音しか聞こえず、先程までいたエリーとリルの姿は見えなくなった。
「あちゃぁ、エリーだけを案内するつもりがあの精霊もついて行っちゃったか」
「おいマスト。エリーを何処へやったんだ」
「はは、薄情だねぇ。自分の契約精霊の心配すらもしないなんて。…………ま、いいや。教えてあげる」
僅かに戦意を滲ませながら真剣味を帯びた表情で問い質すと、マストは軽薄そうな態度で空を仰ぐ。
「ここから少し離れた森林の中に転移してもらったんだよ。はぁ、この手はあまり使いたくはなかったんだけどなぁ。あの魔具が使えれば今頃は魔物の群れを引き連れてエリディアル王国をぐちゃぐちゃに出来たはずだったのに。逃げ場のない空間のなか恐怖と悲鳴で慌てふためく国民の様子を見て楽しみたかったのに、ぜーんぶ水の泡だよ」
マストが手紙で提案したゲームの内容などなかったかのような口調で溜息を吐く。もしくは、エーヤのことなど片手間で遊べる相手だと認識していたか。
「だからさ、もう余計な事を考えるのはナシにするとしよう」
すると、マストから離れた背景が広く歪む。透明で水面のようなソレはゆっくりと波打つ様子が目立つが、そんなものが気にならなくなるほどの衝撃を次の瞬間エーヤは受ける。
魔物が出現したのだ。そしてそれは今も増え続けている。ということは、だ。数匹や数十匹といった数えられるような数字ではない。
「はっはは、まぁ数十匹ほどのちゃちな数じゃあないとは考えていたが、ここまで増えるか……………!」
「僕はね、魔術を扱う資質は皆無だった。でも、魔眼の能力を十全に引き出せる才能は持っていた!!」
増え続ける魔物の警戒を解く訳には行かず後方へとバックしながら、気が付けばエーヤの視界は大量の魔物で埋め尽くされていた。それは最早『群れ』と呼ぶには意味を成してはいない。
そう、今この視覚情報を表すのにふさわしい言葉は―――、
「軍勢、そのものじゃねぇかよ…………………!」
「ここまで様々な沢山の魔物を集めるのは大変だったなぁ。うーん、ざっと千匹以上……………でもさ、この数だったら一つの国を落とすくらい簡単だよねぇ? 尚更、いくら『永遠の色調』にいたとしてもたった一人だけで相手に出来るとは思えないし」
ケタケタ、ケタ、ケタケタケタ。
マストはそう言って表情を愉悦に歪める。陽が差していた空はいつの間にか閉じ、厚い雲に覆われていたが、それが一層不気味さを際立たせる。
エーヤが驚きから目を見開く様子を見てマストは一通り満足したのか、一旦間を空ける。次の瞬間、
「それじゃあエーヤ、数に押し潰されて―――――死んじゃえ」
それは言うなれば死刑宣告にも等しいわかりやすい言葉。『死』という生物にとって最も身近で、いずれ辿り着くであろう明解で純粋な概念。
その想像を膨らませたマストの号令によりエーヤに迫り来るは、約十匹ほどの魔物。魔物の軍勢のごく一部ではあるものの数の暴力に変わりはしない。
様々な種類の魔物が枚挙する暇もなくエーヤへ向かって押し寄せてくる。凶暴化の影響を受けておりいずれもB~Cランク程度の魔物―――小柄な体躯をしているゴブリンやでっぷりとした腹部の特徴だが実のところ筋肉の割合を多く所有するオーク、そして素早く身軽に移動する事が可能なウルフ系の魔物などがである。
一方のエーヤはただ下を向いて俯いていたが悠然と顔を上げるのみ。回避や逃避といったアクションを行なおうともせず、ただ眼光鋭くマストを睨め付ける。
雄叫びを上げながら迫り来る魔物の集団が砂埃を激しく舞い上がらせると次第に視界が鮮明ではなくなってきた。
魔物が発生させた砂埃を向かい風で一身に受け、その濁った空間の中にいるであろうエーヤの姿は不明瞭で、肉眼で視認することは出来ない。このままいけばなんの抵抗もなく圧倒的質量に押し潰されている頃だろう。
そう、普通の魔術師ならば。
「弾け飛べ、空霧風機雷」
砂埃が漂う中、白銀の魔法陣の輝きが徐々に支配していく。エーヤがいた場所を注視していたマストはその激しい輝きに耐えきれず、思わず視界を塞ぐ。
「ぐっ…………! なんだ、何が………………っ!」
ダンジョンでもエーヤが使用した無属性魔術。ただし、ダンジョンで使用した際には威力を調整していた巨大魔術陣形態だが、今回の場合は少しだけ異なる点がある。
Bランク迷宮『大空洞』のような密閉された空間とは異なり、ここはエリディアル王国から離れた大平原。
故に、些細な座標軸や威力の調整などは度外視。つまるところ―――全力だ。
マストが視界を遮っていた両腕を恐る恐る下げると、本来砂埃に包まれていた場所に焦点を合わせる。
そこには、無傷のままのエーヤが佇んでおり、突撃していった魔物達の姿など跡形も無い。文字通りに、だ。
エーヤは指をぱちんっと鳴らす。その瞬間、大気が揺れる感覚がマストを襲うが当の本人はそれどころではないようだ。
「マスト、おまえは何か勘違いをしてないか?」
「な………え…………? なんで傷一つ負っていない? そもそも、僕の魔物達はどこに…………」
エーヤの言葉など届いていないかのように呆然とするマスト。返事を待つ間も無くエーヤは言葉を続ける。
「戦いにおいて戦局を左右するのは質より量。そりゃそうだ、戦争で百対千の兵士同士がかち合ったら軍配が上がるのは当然後者。それは小さな子供でも知っている世の中の必定だ。―――――でもな?」
マストは知らない。『永遠の色調』というパーティを知っていたとしてもその強さは、あのメンバーは簡単に人の物差しでは測れはしないという事に。
「その常識を超えていくのが俺のいたパーティなんだよ。わかるか?」
無属性魔術師エーヤ・クリアノートと、魔物使いマスト・ディンブルが使役する魔物の軍勢。
両者の戦いが今、幕を開ける―――!
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