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女王陛下の侍従
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私とキリウスが戻って、ローマリウスは一時騒然となった。
意識が戻ったキリウスが、お風呂に入って、食事をして、大臣たちに事情を説明して。
国王拉致が王女の独断だったことで、開戦まではいかなかったけれど、ヨークトリア国に対して大臣たちはかなり怒ってたり。
キリウスはヨークトリアに使者を派遣して、牢獄にいるはずのフランという側近をローマリウスに寄こすように要請したり。
魔法国マグノリアからリュシエールに依頼した魔法の報酬請求が来て、財務担当大臣が重い溜息を吐いたり。
身重なのに無茶なことをした私に侍従のレオナードが端正な顔をしかめて、もう2度と侍従を心配させるようなことはしない、と誓わせられたり。
色んなことがあって目まぐるしく1日が過ぎて、私とキリウスが二人きりになれたのは深夜だった。
「レーナ、愛してる・・・ずっと、ずっと、逢いたかった。抱きしめたかった」
やっと、半身が戻ってきたような感覚。
「私も、寂しかった。逢いたかった」
そう言う私の唇は彼の唇で塞がれた。
心臓が止まるんじゃないかと思うほどの長いキスと、熱い抱擁と、溶けるような愛撫と、絶え間ない恍惚と・・・
ベッドの中で抱き合い、火照った体が冷めたころ、ようやく満足できたらしいキリウスが私の肩の線を指でたどりながら思い出したように尋ねた。
「そういえば・・・あの・・・あの時のアレは、本当なのか?」
何だろう?私は高揚した後の気怠さの中で聞き返した。
「アレ?」
「その・・・ヨークトリアで言った・・・赤ちゃんが・・・ってやつ」
あ、そう言えば、話してしまったんだっけ。と私は今さらながら気がついて
「そう、本当、だけど・・・もしかして、キリウスは嬉しくない?子供は好きじゃない?」
不安げに尋ねた私にキリウスは「どう言ったらいいのかわからない」と答えた。
嬉しくないのか、と唇を噛んだ私にキリウスが慌てて
「嬉しくない、とかじゃないんだ。ただ・・・実感がわかないんだ。俺には家族がいた経験がないから」
「え?」
初めて聞く、キリウスの家庭の話。
今までキリウスは自分の家のこと話したがらなかったから、私も聞かないようにしてたけど。
私が知ってるのは、父母もすでに亡くなって、兄弟もいないってことだけ。
「母は俺を産んですぐに亡くなったし、父は家にめったにいない人で、亡くなるまでほとんど顔を合わせたこともなかった。俺は乳母と召使いに育てられた。乳母は厳しい女性で俺を甘やかすこともなく、俺も距離をおいてたと思う。16になったら乳母の代わりに侍従のレオナードをあてがわれた」
「レオナードはいい人よ?」
そう、誰よりもキリウスこと分かってるし、私にも優しくしてくれる。
「でも、家族じゃない。忠実だが、それは俺が主君だからだ。同じテーブルで食事もしないような人間は家族じゃないだろう?」
そうか、私も侍女をしていたサラさんが私に誘われても「恐れ多い」と言って絶対いっしょの席に着かないことを思い出した。サラさんのことは好きだけど、家族とまでは思ったことはなかった。
「俺はレーナに抱きしめられるまで他人に抱きしめられたことがなかった。レーナを抱きしめて、初めて人は温かいって知ったんだ」
そこまで言ってしまうとキリウスは困惑した表情になり
「家庭も家族がどんなものかも知らない俺が、いい父親になれると思うか?」
そうか、キリウスは不安なんだ。私だって不安だけど、私は両親との思い出もあるし、親がどんなものかも知ってる。
「あのね、キリウス。いい父親ってどんなものかは私もわからない。でも、私はこう思う。キリウスが子供の頃、お父さまにしてもらいたかったことを自分の子供にしてあげればいいんじゃないかって」
「俺が・・・してもらいたかったこと?」
私は頷いた。
キリウスは子供の頃の記憶をたどっているようにしばらく遠い目になっていたけど、私を見て温かい笑顔なった。
「そうだな、レーナもいるし、きっと大丈夫だ」
新米ママになる私のことを過大評価されても困るけど、キリウスなら絶対いいパパになれると私は確信してる。
「いっしょに家族をつくろうね、キリウス」
そう言って微笑んだ私を見るキリウスの眼差しは今まで見たことがないほど優しかった。
「女王陛下、こちらも召し上がってください。栄養たっぷりの牛のお乳です」
お腹の大きさが目立ってきた私に侍従のフランがグラスにたっぷり入ったミルクを勧めた。
「ありがとう、フラン。でももうお腹いっぱい」
「では、後で国王陛下と庭園を散歩なさったらいかがでしょう。お体を動かしたほうがよろしいかと思いますので」
フランは許可を求めるように切り分けた肉をフォークで口に運んでるキリウスを見た。
「わかった、レーナの散歩に付き合おう。レオナードもどうだ?」
陶磁器のカップに温かいお茶を注いでいたレオナードが「お供します」と答えた。
キリウスがヨークトリア国から招いた、マーガレッタ王女の元側近が私の侍従になって数ヶ月が立った。
まだ20代前半だけど、フランには幼い弟妹が5人もいるおかげで、妊婦や出産に詳しくて頼もしい。
なによりもキリウスがフランを気に入ってるし。
「フランが私の侍従になってくれてよかったわ。今まで私のお守りまで大変だったでしょう、レオナード」
私はレオナードに感謝を伝えたつもりだったけれど、彼はなぜか寂しそうな笑顔になった。
「いいえ、少しも大変ではありませんでしたよ、レーナ様。でも、よい侍従が見つかって安心しました」
昼食をとっていたバルコニーに私の巻き毛を揺らすほどの風が吹き渡った。
「レーナ、お腹の子供が寒がるといけないから、部屋に入ろう」
キリウスが立ち上がって、私の手を取った。
うん、きっと、キリウスはいいパパになる。
私はキリウスの温かい手を握りしめた。
完
意識が戻ったキリウスが、お風呂に入って、食事をして、大臣たちに事情を説明して。
国王拉致が王女の独断だったことで、開戦まではいかなかったけれど、ヨークトリア国に対して大臣たちはかなり怒ってたり。
キリウスはヨークトリアに使者を派遣して、牢獄にいるはずのフランという側近をローマリウスに寄こすように要請したり。
魔法国マグノリアからリュシエールに依頼した魔法の報酬請求が来て、財務担当大臣が重い溜息を吐いたり。
身重なのに無茶なことをした私に侍従のレオナードが端正な顔をしかめて、もう2度と侍従を心配させるようなことはしない、と誓わせられたり。
色んなことがあって目まぐるしく1日が過ぎて、私とキリウスが二人きりになれたのは深夜だった。
「レーナ、愛してる・・・ずっと、ずっと、逢いたかった。抱きしめたかった」
やっと、半身が戻ってきたような感覚。
「私も、寂しかった。逢いたかった」
そう言う私の唇は彼の唇で塞がれた。
心臓が止まるんじゃないかと思うほどの長いキスと、熱い抱擁と、溶けるような愛撫と、絶え間ない恍惚と・・・
ベッドの中で抱き合い、火照った体が冷めたころ、ようやく満足できたらしいキリウスが私の肩の線を指でたどりながら思い出したように尋ねた。
「そういえば・・・あの・・・あの時のアレは、本当なのか?」
何だろう?私は高揚した後の気怠さの中で聞き返した。
「アレ?」
「その・・・ヨークトリアで言った・・・赤ちゃんが・・・ってやつ」
あ、そう言えば、話してしまったんだっけ。と私は今さらながら気がついて
「そう、本当、だけど・・・もしかして、キリウスは嬉しくない?子供は好きじゃない?」
不安げに尋ねた私にキリウスは「どう言ったらいいのかわからない」と答えた。
嬉しくないのか、と唇を噛んだ私にキリウスが慌てて
「嬉しくない、とかじゃないんだ。ただ・・・実感がわかないんだ。俺には家族がいた経験がないから」
「え?」
初めて聞く、キリウスの家庭の話。
今までキリウスは自分の家のこと話したがらなかったから、私も聞かないようにしてたけど。
私が知ってるのは、父母もすでに亡くなって、兄弟もいないってことだけ。
「母は俺を産んですぐに亡くなったし、父は家にめったにいない人で、亡くなるまでほとんど顔を合わせたこともなかった。俺は乳母と召使いに育てられた。乳母は厳しい女性で俺を甘やかすこともなく、俺も距離をおいてたと思う。16になったら乳母の代わりに侍従のレオナードをあてがわれた」
「レオナードはいい人よ?」
そう、誰よりもキリウスこと分かってるし、私にも優しくしてくれる。
「でも、家族じゃない。忠実だが、それは俺が主君だからだ。同じテーブルで食事もしないような人間は家族じゃないだろう?」
そうか、私も侍女をしていたサラさんが私に誘われても「恐れ多い」と言って絶対いっしょの席に着かないことを思い出した。サラさんのことは好きだけど、家族とまでは思ったことはなかった。
「俺はレーナに抱きしめられるまで他人に抱きしめられたことがなかった。レーナを抱きしめて、初めて人は温かいって知ったんだ」
そこまで言ってしまうとキリウスは困惑した表情になり
「家庭も家族がどんなものかも知らない俺が、いい父親になれると思うか?」
そうか、キリウスは不安なんだ。私だって不安だけど、私は両親との思い出もあるし、親がどんなものかも知ってる。
「あのね、キリウス。いい父親ってどんなものかは私もわからない。でも、私はこう思う。キリウスが子供の頃、お父さまにしてもらいたかったことを自分の子供にしてあげればいいんじゃないかって」
「俺が・・・してもらいたかったこと?」
私は頷いた。
キリウスは子供の頃の記憶をたどっているようにしばらく遠い目になっていたけど、私を見て温かい笑顔なった。
「そうだな、レーナもいるし、きっと大丈夫だ」
新米ママになる私のことを過大評価されても困るけど、キリウスなら絶対いいパパになれると私は確信してる。
「いっしょに家族をつくろうね、キリウス」
そう言って微笑んだ私を見るキリウスの眼差しは今まで見たことがないほど優しかった。
「女王陛下、こちらも召し上がってください。栄養たっぷりの牛のお乳です」
お腹の大きさが目立ってきた私に侍従のフランがグラスにたっぷり入ったミルクを勧めた。
「ありがとう、フラン。でももうお腹いっぱい」
「では、後で国王陛下と庭園を散歩なさったらいかがでしょう。お体を動かしたほうがよろしいかと思いますので」
フランは許可を求めるように切り分けた肉をフォークで口に運んでるキリウスを見た。
「わかった、レーナの散歩に付き合おう。レオナードもどうだ?」
陶磁器のカップに温かいお茶を注いでいたレオナードが「お供します」と答えた。
キリウスがヨークトリア国から招いた、マーガレッタ王女の元側近が私の侍従になって数ヶ月が立った。
まだ20代前半だけど、フランには幼い弟妹が5人もいるおかげで、妊婦や出産に詳しくて頼もしい。
なによりもキリウスがフランを気に入ってるし。
「フランが私の侍従になってくれてよかったわ。今まで私のお守りまで大変だったでしょう、レオナード」
私はレオナードに感謝を伝えたつもりだったけれど、彼はなぜか寂しそうな笑顔になった。
「いいえ、少しも大変ではありませんでしたよ、レーナ様。でも、よい侍従が見つかって安心しました」
昼食をとっていたバルコニーに私の巻き毛を揺らすほどの風が吹き渡った。
「レーナ、お腹の子供が寒がるといけないから、部屋に入ろう」
キリウスが立ち上がって、私の手を取った。
うん、きっと、キリウスはいいパパになる。
私はキリウスの温かい手を握りしめた。
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