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10話 イリアの災厄

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 キリウスがローマリウスの城に帰ってきたのは真夜中だった。
 出迎えの衛兵も、召使いもすべて無視して、キリウスはレーナの部屋に急いだ。
 城内が騒然としているのが、キリウスに嫌な予感を抱かせた。
 まさか、レーナも、子も・・・
 身体を走る悪寒を振り切るように廊下を走り抜けると、レーナの部屋の前に、誰かがいるのが見えた。
「国王陛下!」
 部屋の前にいた人影がキリウスを見止めて声をあげた。
「フラン。どうした、レーナは、子は、無事か」
 女王の侍女のフランはキリウスの前に立つと、顔も覆わず大声で泣き始めた。
「国王陛下・・・女王が・・・レーナ様が・・・う・・・うえっ」
 嗚咽で言葉にならないフランの腕を取り、キリウスは震える声で尋ねた。
「どうした、なぜ、泣いている」
「レーナ・・・・さまも・・・御子も・・・うっ」
 フランの目からあふれる大粒の涙がキリウスの絶望を誘った。
「まさか・・・そうなのか、フラン」
 キリウスの悲痛な声に答えるように部屋の扉が開いた。
「うれし泣きでございますよ。国王陛下」
 冷徹の法務担当大臣、サラ・アミゼーラが部屋から出てきて呆れた顔で言った。
「国王陛下に1番に報告するんだ、って言って、扉の前で待っていたはずなんですけどね、フランは」
「うっ・・・ごめんなさい・・・あんまり嬉しくて」
 鼻水をすすりあげると、フランは涙を拭き
「国王陛下、おめでとうございます。姫様の誕生でございます」
 キリウスは緊張した顔で頷くと、フランとサラの横を抜け、部屋に入った。
 部屋の中はお湯を炊いたような熱気があった。キリウスはレーナのベッドに静かに足を進めた。
 幾度となく愛を睦み合ったベッドが、まるで初めて見る神聖なもののようにキリウスには思えた。
「レーナ」
 囁くような声しか出なかった。しかし、ベッドに横たわっていたレーナは目を開けて、キリウスの姿を見て微笑んだ。
 歩を進めて、ベッドの横に立ったときに、初めてキリウスは気がついた。
 レーナのお腹の上でスヤスヤと寝ているように見える、小さな命を持つ赤子に。
「レーナ・・・ソレが、その・・・俺の・・・」
 レーナは何も言わずに、キリウスを優しい琥珀色の瞳で見つめている。
 身体のすべての力を使い果たし、そこだけに意思が残っているような慈しみの眼差しだった。
「俺の・・・子だ」
 キリウスの目から、涙がこぼれて頬を伝った。




 私は目を覚まして、天井を見つめた。
 外級魔法使い用の部屋の墨で煤けた暗い天井・・・じゃなくて、華やかな文様が描かれている豪華な天井。
 外級魔法使い用の擦り切れて薄い毛布・・・・じゃなくて、お日さまに当てたばかりのようなフカフカの柔らかい絹のお布団。
 まるで夢みたい。
 きょうからここが君の部屋だよ、とリュシエール様が昨日私に、上級魔法使い用の空き部屋に移るように言った。
 まるで夢みたい。
「おはようございます。イリア様。朝食が用意できてますよ」
 その柔らかい声の主の方をベッドの中から見て、私は慌てて転がるように起きた。
「お、お、お、お、おはようございます」
 その女性は中級魔法使い用の赤色のローブを纏っていた。
 外級魔法使いが中級魔法使いにベッドの中から挨拶するなんて、厳罰ものだ。私は青くなって、急いで着替えようと、自分の灰色のローブを探した。
「あれ?」
 衣装棚の中はどれも高級そうなドレスや可愛い膝丈ドレスだった。
「あの・・・私のローブを知りませんか?」
 泣きそうな声で恐る恐る、中級魔法使いの女性に尋ねてみると、
「リュシエール様のご命令で処分いたしました」
 えええっ。じゃあ私は何を着ればいいの?
 寝間着姿で狼狽うろたえた私に女性は衣装棚の中の可愛い服を指し示すと
「これをお召しになってください。それからローブはこちらです」
 女性の手に、緑色のローブがあった。
 まるで、芽吹いたばかりの葉っぱのように艶々と輝く緑色だった。
 ・・・けど、
「え。これ・・・でも、緑なんて、級のローブはない・・・ですよね?」
「リュシエール様が将来の花嫁のために特別にあつらえたものです。これを纏ってください」
 ・・・・・・・・
 私は固まって声も出なかった。
 つまり、魔法使いの中で、緑色のローブの私は「リュシエール様の許嫁だ」って宣伝して歩いているようなもの?
 すっごく、すっごく目立つ・・・ってこと?
「いっ、いっ、いや~~~っ!!!」
 私はマグノリア中の魔法使いが起きるんじゃないか、と思うほどの悲鳴をあげた。
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