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11話 褒めてもらえたのかも。

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 朝から小雨が降っていた。寒くはない、というか、この世界に四季があるのか、わからないけど。
 険しい気分になってるのは天気のせいじゃない。午後から予定している会議のでの大臣たちとの話し合いを思ってだ。
 たとえ私が『国王代理』になったからといって、あの大臣たちが素直に話を聞くはずがない。
 確かに、私が転移する前のレーナはアホ姫だったし。世間知らずの小娘・・・って超強力な粘着でレッテル貼られてるし。
 そう思いながら、私はテーブルの上にある書類を見る。
 大臣たちに提出させた、物品の購入や支払いの明細など財務に関する報告書だ。入念にチェックして審議した、私のきょうの武器だ。
 もう、やるしかない。
 大臣たちを打ち負かすしか、国の現状を変える手段はない。
 でなければ、この国は遠からず崩壊する。多くの国民を犠牲にして。
 例え生まれ育った世界じゃなくても、人の苦しむ顔なんて私は見たくないんだ。
 
 
 時間より少し遅れて、私は会議の間の扉を開けた。
 すでに4人の大臣たちは席についていて、私の入室で立ちあがった。
 部屋の中はすでに戦闘体制の険悪なムードで包まれている。
 まさに敵地に一人の状態だ。
 田所課長似のニーサルの「小娘が気まぐれに俺様を呼び立てやがって」という心の声が聞こえてくる。
 キリウスは泰然と、叔父のナビスは不安げに私を見ている。味方といっても叔父は頼りになりそうにもない。
 アランフェットは・・・肉に埋もれた顔の表情はよく分からないが、たぶん、彼が今思っているのは「会議にはお菓子が出るのか?」くらいだろう。
 咳払いをして、私は皆に席につくように促した。
 私の横には書記の役人が二人、後ろには石像のようにサラさんが立って控えていた。
 私は会議開始の簡単な挨拶をすませると、いきなりぶちかました。
「今の税を2年前に戻します。それと、大臣以下、各役職にある役人の報酬を1割削減します」
 税金の引き下げと国会議員の報酬削減、日本の国民の多くが望んでいるのに、国会議員たちが絶対やらないことだ。
「お、王女、それは、無謀というものです。我々の同意も得ずに、なんと恐ろしいことを」口火をきったのは金の亡者、ニーサルだ。
 当然、大臣たちの抵抗は想定済み。
「国王代理の私が決めたことでも?」
「決める前に我々との話し合いと同意が必要です」
 そんなこともわからないのか、とニーサルの目が言ってる。
 しょうがないな・・・やっぱり「はい、そうですか」とはいかないか。ならば、武器を使うしかない。
 私は自分の手元にある書類に目を向けた。
「では、ニーサル公爵におうかがいします」私はベテラン事務員のような口調で言った。「私に提出されたニーサル様の報告書によると、5倍の税が必要になった理由として、町村の大規模な治水工事、橋の建設などが挙げられていますが」
 私はそこで言葉切って、ニーサルを見た。田所課長似の青白い顔に訝し気な表情が浮かぶ。
「報告書に上がった町に確認したところ、そのような工事は行われていない、ということですが?」
 先日、謁見の間で町長たちに聞いた話だと、2年間、どこにも治水工事や橋建設工事など行われていないということだった。
 裏はとれてるんだ。
「そ、それは・・・なにかの間違い、いや、王女様の、勘違い・・・いや、工事には色々と複雑な事情が・・・」
 目に見えての狼狽に、やはり、と確信した。
 架空工事か。
 要職にある人間がやりもしない工事をでっちあげて、予算を出させて着服する・・・よくあることだ。いや、あっちゃいけないことなんだけどね。
「私の勘違い?思い違いということでしょうか?では、もっと詳しい調査が必要ということですね」
 詳しい調査、というところにやや力を込めて言った。
「子供の王女には分からない事情ってものがあるのですよ!」
 ニーサルがやけくそのように言い放つ。
 だから、黙っていろ、と言うのか。大臣同士ならそれで通用させてきたのだろう。つか、ものの見事にバラバラな財務報告を見ると大臣たちが個人で好き勝手にやってるぽかった。
 お互いのことには我れ関せず臭がする。
「私は子供だから、分からないことは分かるまで調べます。それとも、調べられたら都合の悪いことがあるとでも?」
 もと経理課のOLの私は金銭が絡むと本当に冷酷になれるのだ。
 ニーサルは「いや、しかし、でも」などと酸欠状態ようにあえいでいる。
 この窮地をいかにのりきるか、頭の中で画策しているに違いない。
 まあ、なにを言っても墓穴を掘るだけだけどね。 
「姫の手を煩わせることもない。その件は私が調査して、早急に対処しましょう」
 茶番に飽きたかのようにキリウスが冷たい青い目で隣でうなだれているニーサルを一瞥して言った。
 この男は、私を襲ったくせに・・・とか、憤懣やるかたない内心を隠して、「では、この件はキリウス公爵にお任せしましょう」
 熊のシッポを掴むまでは、信用したふりもせざるを得ない。
「それから、キリウス様は」
 私はキッとキリウスを見据えて言った。
「武器の購入費が多すぎます。どこぞと戦争でも始めるおつもりですか」
 大砲ひとつでも、人ひとりが一生食べていけるだけの値段だった。やたらと多い軍備費など今の平和なローマリウスには必要ない。
 キリウスが特に何か不正しているわけではなかったが、高額な武器などコレクション感覚で買われては困るのだ。
 あと、やたらと兵士や兵舎増やし過ぎ。
 どこの軍事国家だ。国家予算の何%使う気だよ。
 キリウスは降参とばかりに手をあげて苦笑した。
「今後、控えることをお約束します」
「そ、そうですか。では・・・そのようにお願いします」
 もっと抵抗があるかと、ファイティングポーズで身構えていた私はちょっと気が抜けた。
 叔父、ナビスの報告書は普通でさほど問題点はなかったので、スルー。
 それから。
「アランフェット様」名前を呼ばれて、肉の塊のようなアランフェットの巨体がビクリと震えた。
「この2年の間に、国外からの高級食材の輸入が倍以上になっているのはどうしてでしょう。しかも、納入先のこの住所は城の備蓄倉庫ではありませんね」
 食材の届け先はアランフェットの親族の館だった。
 立派な食糧の横領だ。
 アランフェットは顔が溶けるのではないかと思うほどの汗をかきながら、国会議員の奥義の一つ『たぬき寝入り』で答弁を免れようとしている。
 ・・・・・ま、いいか。
 横領を追及することが今の目的ではない。
 今は、
 「大臣がたの今の支出が不当なものとして、私のほうで無駄だと思われるものを仕分けした結果、5倍の税は必要ないと思われます。なお、役人報酬の1割削減は削減部分を『能力手当』として、功績のある者、勤勉な者に支払われることとします。要するに今の報酬額を受け取りたいならば・・・きちんと」
 舞台の演出のようにそこで言葉を切って、大臣たちに天使のような愛らしい笑顔を向けた。
 そして、うっとりするような可愛い声で言ったのだ。

「報酬に見合った仕事をしやがれ。・・・ってことですわ」

 
 その後は、もう誰も私に異論を唱えなかった。
 というか、みんな魂がどっかに行っちゃって、異論どころではなかったと言うのが正しい。
 大臣たちの魂が抜けてるすきに、兵士と城の衛兵を町村の治安維持活動に派遣することと、城に備蓄した食糧を貧民に配給する案を(私の独壇場で)可決して、会議の幕を閉じた。


 
 「私はまだ残って部屋の片づけがありますので」
 どなたかにレーナ様のエスコートを頼みましょう、と侍女のサラさんは言った。
 自分の部屋にくらい一人で帰れるのにな、と思いながらも、素直に従うことにした。
 キリウスが「姫のエスコートなら、俺が」言いかけたので、私は慌ててナビスのほうに顔を向け「じゃあ、叔父様にお願いしてもいいかしら」
 大臣の中では1番まともだし、唯一人の私の味方だもんね。
 それに、ニーサルとアランフェットはエスコートどころではない。まだショックが抜け切れてなくて地蔵さま状態だ。もっとも通常の状態でもエスコートされるのはゴメンだけど。
 「私でよければ」とナビスは控えめに答えた。
 キリウスのナビスを見る目が怖いくらいに剣呑だったけど、さすがに国王の弟という立場の人間にごり押しはできないみたい。
「それから、レーナ様」
 別れ際、サラさんが私を呼び止めると、右手を胸に当て腰を折る深い礼をした。  
 そんな礼って初めて見る。なにか意味があるのかな、なにか言葉をかけなきゃいけないんだろうか。
 この世界の礼儀作法など、まだよくわからない。
 戸惑う私にナビスが「サラは君を称賛して敬意を表しているんだよ。そういう礼なんだよ」と耳元にささやいてくれた。
 うそ!サラさんに褒められるなんて!
 天変地異の前触れじゃないかしらん、私は嬉しさに顔が火照った。
「あ、ありがとう、サラ」
「レーナ様にしては上出来でございました」 顔を上げたサラさんはいつもの鋼鉄の表情だった。
 なんか、褒められた感じが微妙にしない。
 でも、最初に感じた、私を見下すようなサラさんの冷たい目の光が今はないし。少しは私を評価してくれてるのかな。
 
 私室に戻ると、開口1番。
「すごかったよ、レーナちゃん。あのクワセモノの大臣たちを黙らせるなんて。どこでそんな政治手腕を習ったんだい」ナビスが興奮を抑えきれない口調で私に尋ねた。
 まさか、会社の経理経験と小説や漫画の知識からだとは答えられない。
 私は「秘密です」って、答えにもならないことでごまかした。
「まるで、ああなる前の国王・・・兄上を見ているようだったよ」ナビスの声がしんみりとしたものになる。
 「兄上は立派な国王だったんだ、本当に」
 その声音で、ナビスがお世辞などではなく本気でそう思っているのが私にも伝わった。私は王の間で見ただけだから、その偉大さはよくわからないのだけど。
 だけど、とナビスは真剣な目になって私を見た。
「レーナちゃんが国王代理になることを、よく思わない者もいるから」
 私の頭にキリウスの顔がさっとよぎった。
「町でも襲われたそうだね」心配そうなナビスの口調に「はい」と私は素直に頷いた。
 ああ、叔父の耳にも届いていたんだ。
「もし・・・よければ」ナビスはおずおずと遠慮がちに「もし私でよければ・・・今度また町に行きたいと思うなら、いっしょについていってもいいんだけど・・・若い女の子がこんな陰気な城の中ばかりじゃ息もつまる・・・」
「お願いします!」ナビスの言葉を最後まで聞くことなく、私は飛びついた。
 町に行きたい。自由に歩きたい。
 それに、町に行ったら、またあの美少年と会えるかもしれない。
 私の頭はそれだけでいっぱいになっていた。
 
 いや・・・けっして、何度も言うけど、私はショタコンってわけではないから。
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