25 / 31
21
しおりを挟む
「菜穂、試験勉強進んでる?」
榛名がタブレットをのぞきながら訊いてきた。
梅雨も明け、今日は榛名が菜穂の部屋に遊びに来ていた。雄太と別れてまだ2週間。二人の男性とつきあってた頃に比べると超絶暇だ!だが勉強に身が入らない。
「全然!!旅行でもしたい気分だよ。って、試験前だしなぁ。試験開けたらインターンが待ってるし」
「イベントないの?」
「試験明けに、藤枝ゼミで先生の友人のウエルカムパーティがある。それ以外な~んも予定なし」
柏木と雄太と別れたことは報告済である。
「あ~、わかるぅ。それ。わたしもさ、買い物でどっちにするか迷った時、どっちを買っても後悔するんだよね。結局、決め手に欠けるんだよ。だから、最近は迷った時は買わないことにしている」
人をモノに例えるのもどうかと思うが。「決め手ねぇ。峰岸くんは特別なの?」
へへッと笑い、「今のところはね」
「ああ、可哀そうな峰岸くん。榛名に振り回されてるぅ」
「転がしてるつもりが、転がらせてるってこともある。真相はわたしにもわからない。早くまた誰か見つけなよ。ゼミの先輩にいい人いるかもしれないし、インターンでも出会いがあるじゃない」
「なんか、そういう目で見ると、欲望ギラギラになりそう」
「アハハ!まっ、自分磨きでもしてその時に備えとけばいいよ」
「その時は、ちゃんと来るのかなぁ。このまま誰ともつきあわずに年を取っちゃうのかなぁ」
榛名はゲラゲラと笑いだし、「来るときは来るし、こない時はこない。確率的にまだまだ大当たりの可能性もある。人生モテ期は3回あるらしいから」
「そうだといいんだけどね」
試験も無事済み、マシューのウエルカムパーティの日がやってきた。当日の料理は用意するが、飲み物は各自で持ってくるよう指示された。ゼミのみんなと最寄り駅で待ち合わせる。ちなみに全員出席だ。
「先生んちに行けるなんて、マシューさまさまだな」
「今どき、教授とかの家に遊びに行くなんてないものね」
「明治時代とか、昭和がうらやましいな」
「まさか、とは思うけど、大正忘れてない?」
ドッと笑いがはじける。
「待ち合わせは駅前でいいんだったけ」
「あっ、さっき連絡したよ。先生が迎えに来てくれるって」
「マシューってイケメンかな。どうしよ、国際ロマンス始まっちゃったりして」
「キミはせいぜいロマンス詐欺にはまってください」
「それよか、俺はマシューに女の子紹介してもらいたい。ダレカー、ニホン、ニ、キョウミアリマセンカ?」
「それ、日本語だから」
ガヤガヤ騒いでいると、ひょろっとした青年を連れた先生がやってきた。
「やあ、待たせたね。紹介は家に着いてからにしよう」
伸は学生を引き連れ、スタスタと歩く。2LDKのマンションは駅からやや遠く、築年数は古いがしっかりした造りだ。エントランスもそれなりにヴィンテージ感があり、くたびれた印象はない。大量の蔵書と価格で折り合いをつけた物件だ。
人数が多い気もするが何とかなるだろう。クラブだと思えばいい。
部屋に入ると、口々に学生が感想を述べる。
「すげー本の山。地震がきたら埋もれるっしょ」
「何これ、英語の本がいっぱいあるぅ」
「あ、ベランダに枯れた観葉植物がある。ポトスかこれ?」
「女の影はないか?」
「隠してある大人の秘密、見ちゃったらどうする?」
「おいおい、キミ達は見て見ぬ振りというのができないのか。異性の家に初めていった時、そんなんじゃ引かれるぞ」
苦笑を浮かべる伸の言葉に皆が笑い声をあげる。
紙コップにビールを注ぎ、乾杯をする。マシューはまだお酒が飲めないので、コーラだ。
胸には名前と趣味を書いたネームプレートをぶら下げさせた。マシューが一度に20人の名前を覚えられるとは思えないからだ。
「さて、キミたちの英語の勉強の成果を見せてもらおうかな。ひとつ忠告しておくが、大きい声で話すこと。よしまずはゼミ長から」
ゼミ長が唾をゴクリと飲み、次にビールを飲み、次に咳ばらいをして、またビールを飲んで先陣を切った。
「お会いできて嬉しいです。名前は田崎で、趣味は散歩です。今日はアメリカの散歩についてお話ししたいです」
「こちらこそ、お会いできて嬉しいです」
「通じてるね」
「通じてるわ」
次々と自己紹介されるが、人数の多さにマシューが戸惑っている。
「あとで話したい人がいたら、個別に話しかけるんだな。全員マシューに興味深々で喜んで話してくれるぞ」
全員の自己紹介が終わると、一同ホッとしてつまみやら、ドリンクに手を伸ばした。マシューのためか、日本食が多い。寿司、天ぷら、刺身。デザートは和菓子。乾きものはイカクン、せんべい。
「すげぇ、親戚んちの集まりみたいだ」
「ピザとポテチが食べたいような」
「なに、贅沢いってるのよ。今日はマシューのウエルカムパーティでしょ!食べたいなら自分で買ってきなさい」
マシューは一時ボストンに住んだが、あとはずっとニューヨークの隣州のニュージャージーだ。大学はボストンで環境学を学ぶ予定。
「ヒーロー」マシューが伸を呼ぶ。
「ヒーロー?先生、ヒーローと呼ばれてんの?なにそれ、カッケー。それともドキュン?」
「何をいってるか。俺の名前はヒロムで、呼びにくいからヒーローになっただけだ。アメリカではヒーローという名前はちゃんとあるんだぞ。なっ、マシュー」
ボストンで初めて会った時、なかなか発音できない彼にheroを教えた。それ以来、そう呼んでくれる。
「マシュー、どうした?もっと寿司食べたいか?」
「いや、なんか人いきれがすごくて、ベランダにでてる」
「ああ、俺もちょっと外の空気を吸いたいな」
室内は賑やかな笑い声が続いている。結局ほとんどの会話を伸が通訳した。多少のヒアリングはできても微妙なニュアンスや突っ込んだ話にはヘルプが必要だ。倍どころかぶっ通しで話しっぱなしで、喉がしんどい。
建物をオレンジ色に染めながら夕陽がまもなく落ちようとしていた。
「日本の夕陽も悪くないだろう」
「うん、きれいだな」マシューはコーラを飲みながら答える。
「本当に久しぶりだな。でかくなったもんだ。7年ぶりか」
ノーラとつきあっていた時は、一緒に遊ぶこともあった。3人で旅行にもよく行った。ボストンレッドソックスを見に、二人でフェンウエイ・パークに足を運んだのも一度や二度ではない。
引っ越した後でも、彼は夏休みになると会いにきてくれた。伸が大学院を卒業し、西部の大学にAI倫理の助教として勤務してからは会うこともなくなっていた。
「ヒーローも大きくなったよね」
「あっ?太ったってことか」
確かにあの頃より、胴回りは太くなったかもしれない。マシューはカラカラと笑った。
「ノーラとお義父さんは元気か。あと、ネイサンとか」
「うん、みんなヒーローによろしくっていってたよ」
ノーラはあれからしばらくして結婚した。ネイサンも新しい家族をもった。夫婦は赤の他人だ。それが家族になる。親子が他人でも家族になれる。そういうことだろう。
「ガールフレンドはいるのか」
「いるよ」マシューははにかみながら答えた。幼い時によく見せた顔だ。当時のことが思い出され、胸が締めつけられた。郷愁か喪失感か。
「僕、ヒーローがお義父さんになると思ってたよ」
何気なくつぶやいた言葉だろう。横顔からは何も伺えない。
「そうだな。俺もそうなるつもりだったんだがな」
「でも、終わっちゃったんだね」そうしてこちらを向いた。「僕はネイサンと離れた時ものすごく不安だったんだ。僕のこと嫌いになったのかな、捨てられたのかな、何でだろうとか。父も母もものすごく丁寧に説明してくれたけど、淋しくて。自分はいない方が良かったのかと」
マシューの肩を叩き、そしてハグした。「そんなことは絶対ない」
「うん、大丈夫だよ。母がね、伸とつきあってから楽しそうで、生き生きとして。伸も母を慈しんでくれて。僕思ったんだよ。終わってしまったかもしれないけど、僕は父と母が出会って、ちゃんと愛し合って生まれたんだな。素直にそう思えた」
逆光の中で微笑むマシューの表情はよくわからなかったが、満ち足りた顔をしているように感じた。
「ありがとうヒーロー。遅くなっちゃったけど、ずっとそれが言いたかったんだ」
伸は嬉しくなり、マシューを力いっぱい抱きしめた。息子になりそこなったマシュー。でも絆は残っている。
誰かと誰かの真摯な関係が、誰かを救うこともある。きっと人類はそうして栄えてきたのだろう。
花火のできる公園に繰り出し、みんなが騒ぐ中、菜穂はチマチマと線香花火を楽しんでいた。〆は線香花火とか言うけど、この微妙に長持ちする感じが好きだ。最後にキッパリと終わりを告げるように、ボトッと落ちる瞬間もたまらない。
「君島さん、俺もやろうかな。一本ちょうだい」
伸が声をかけてきた。
「は、はい、どうぞ。先生も好きなんですか、線香花火」
「うん、好きだよ」
二人でチリチリとした炎の乱舞を見つめる。
「日本人は、線香花火に人生を重ねてみるそうだ。燃える段階も、最初は蕾、順に牡丹、松葉、柳と続き、最後は散り菊」
「風情ありますね」
自分は今どこなんだろう。牡丹かな。先生はどこ?
「なあ、」
声がしたので顔をあげたが、先生は花火を見たままだった。
「はい、何でしょう」
「例の友達はどうなった」
えっ?「ああ、別れたみたいですよ」
「修復はできなかったのか」
「どうなんでしょう。別れるって決めてたみたいです」
澄まして答える。
「ふ~ん。で、その子は今フリーなの?」
「えっ、はい、しばらく恋愛する気にならないっていってました。とか言いながら、このまま誰とも二度とつきあうことなく終わるのかと焦ってましたけど」
クックと笑い声が漏れる。「青春だな」
「先生、気になってました?」
「そりゃそうさ。相談に乗っただけで結果を知らないなんて、結末のわからないミステリみたいなもんだ」
「あっ、友達が言ってました。アドバイスありがとうございますって」
二人の線香花火が同時にボトリと落ちた。
「よし、同時に始めてどっちが保つか競争だ」
シュルシュルッと始まり、パチパチと炎がはじけだしてきた。
「なあ、その友達にいっといて」
火花はさらに勢いを増し、松葉の状態に入った。
「つきあう人が現れなかったら、俺とつきあおうって」
へっ?思わず手が揺れ、菜穂の柳状態に入った花火がポタッと落ちた。ドキドキして顔をあげられない。
「あっ、終わっちゃった。先生の勝ちですね」
「ちゃんと言っとけよ」
額に浮かぶ汗を暑さのせいにした。馬力のある花火が終わった面々がわらわらとやってきて線香花火を始める。なぜか円陣を組むようになるのが面白い。
あー、夏だなぁ。
誰かが放った一言に、全員が頷いた。
マジレス?
榛名がタブレットをのぞきながら訊いてきた。
梅雨も明け、今日は榛名が菜穂の部屋に遊びに来ていた。雄太と別れてまだ2週間。二人の男性とつきあってた頃に比べると超絶暇だ!だが勉強に身が入らない。
「全然!!旅行でもしたい気分だよ。って、試験前だしなぁ。試験開けたらインターンが待ってるし」
「イベントないの?」
「試験明けに、藤枝ゼミで先生の友人のウエルカムパーティがある。それ以外な~んも予定なし」
柏木と雄太と別れたことは報告済である。
「あ~、わかるぅ。それ。わたしもさ、買い物でどっちにするか迷った時、どっちを買っても後悔するんだよね。結局、決め手に欠けるんだよ。だから、最近は迷った時は買わないことにしている」
人をモノに例えるのもどうかと思うが。「決め手ねぇ。峰岸くんは特別なの?」
へへッと笑い、「今のところはね」
「ああ、可哀そうな峰岸くん。榛名に振り回されてるぅ」
「転がしてるつもりが、転がらせてるってこともある。真相はわたしにもわからない。早くまた誰か見つけなよ。ゼミの先輩にいい人いるかもしれないし、インターンでも出会いがあるじゃない」
「なんか、そういう目で見ると、欲望ギラギラになりそう」
「アハハ!まっ、自分磨きでもしてその時に備えとけばいいよ」
「その時は、ちゃんと来るのかなぁ。このまま誰ともつきあわずに年を取っちゃうのかなぁ」
榛名はゲラゲラと笑いだし、「来るときは来るし、こない時はこない。確率的にまだまだ大当たりの可能性もある。人生モテ期は3回あるらしいから」
「そうだといいんだけどね」
試験も無事済み、マシューのウエルカムパーティの日がやってきた。当日の料理は用意するが、飲み物は各自で持ってくるよう指示された。ゼミのみんなと最寄り駅で待ち合わせる。ちなみに全員出席だ。
「先生んちに行けるなんて、マシューさまさまだな」
「今どき、教授とかの家に遊びに行くなんてないものね」
「明治時代とか、昭和がうらやましいな」
「まさか、とは思うけど、大正忘れてない?」
ドッと笑いがはじける。
「待ち合わせは駅前でいいんだったけ」
「あっ、さっき連絡したよ。先生が迎えに来てくれるって」
「マシューってイケメンかな。どうしよ、国際ロマンス始まっちゃったりして」
「キミはせいぜいロマンス詐欺にはまってください」
「それよか、俺はマシューに女の子紹介してもらいたい。ダレカー、ニホン、ニ、キョウミアリマセンカ?」
「それ、日本語だから」
ガヤガヤ騒いでいると、ひょろっとした青年を連れた先生がやってきた。
「やあ、待たせたね。紹介は家に着いてからにしよう」
伸は学生を引き連れ、スタスタと歩く。2LDKのマンションは駅からやや遠く、築年数は古いがしっかりした造りだ。エントランスもそれなりにヴィンテージ感があり、くたびれた印象はない。大量の蔵書と価格で折り合いをつけた物件だ。
人数が多い気もするが何とかなるだろう。クラブだと思えばいい。
部屋に入ると、口々に学生が感想を述べる。
「すげー本の山。地震がきたら埋もれるっしょ」
「何これ、英語の本がいっぱいあるぅ」
「あ、ベランダに枯れた観葉植物がある。ポトスかこれ?」
「女の影はないか?」
「隠してある大人の秘密、見ちゃったらどうする?」
「おいおい、キミ達は見て見ぬ振りというのができないのか。異性の家に初めていった時、そんなんじゃ引かれるぞ」
苦笑を浮かべる伸の言葉に皆が笑い声をあげる。
紙コップにビールを注ぎ、乾杯をする。マシューはまだお酒が飲めないので、コーラだ。
胸には名前と趣味を書いたネームプレートをぶら下げさせた。マシューが一度に20人の名前を覚えられるとは思えないからだ。
「さて、キミたちの英語の勉強の成果を見せてもらおうかな。ひとつ忠告しておくが、大きい声で話すこと。よしまずはゼミ長から」
ゼミ長が唾をゴクリと飲み、次にビールを飲み、次に咳ばらいをして、またビールを飲んで先陣を切った。
「お会いできて嬉しいです。名前は田崎で、趣味は散歩です。今日はアメリカの散歩についてお話ししたいです」
「こちらこそ、お会いできて嬉しいです」
「通じてるね」
「通じてるわ」
次々と自己紹介されるが、人数の多さにマシューが戸惑っている。
「あとで話したい人がいたら、個別に話しかけるんだな。全員マシューに興味深々で喜んで話してくれるぞ」
全員の自己紹介が終わると、一同ホッとしてつまみやら、ドリンクに手を伸ばした。マシューのためか、日本食が多い。寿司、天ぷら、刺身。デザートは和菓子。乾きものはイカクン、せんべい。
「すげぇ、親戚んちの集まりみたいだ」
「ピザとポテチが食べたいような」
「なに、贅沢いってるのよ。今日はマシューのウエルカムパーティでしょ!食べたいなら自分で買ってきなさい」
マシューは一時ボストンに住んだが、あとはずっとニューヨークの隣州のニュージャージーだ。大学はボストンで環境学を学ぶ予定。
「ヒーロー」マシューが伸を呼ぶ。
「ヒーロー?先生、ヒーローと呼ばれてんの?なにそれ、カッケー。それともドキュン?」
「何をいってるか。俺の名前はヒロムで、呼びにくいからヒーローになっただけだ。アメリカではヒーローという名前はちゃんとあるんだぞ。なっ、マシュー」
ボストンで初めて会った時、なかなか発音できない彼にheroを教えた。それ以来、そう呼んでくれる。
「マシュー、どうした?もっと寿司食べたいか?」
「いや、なんか人いきれがすごくて、ベランダにでてる」
「ああ、俺もちょっと外の空気を吸いたいな」
室内は賑やかな笑い声が続いている。結局ほとんどの会話を伸が通訳した。多少のヒアリングはできても微妙なニュアンスや突っ込んだ話にはヘルプが必要だ。倍どころかぶっ通しで話しっぱなしで、喉がしんどい。
建物をオレンジ色に染めながら夕陽がまもなく落ちようとしていた。
「日本の夕陽も悪くないだろう」
「うん、きれいだな」マシューはコーラを飲みながら答える。
「本当に久しぶりだな。でかくなったもんだ。7年ぶりか」
ノーラとつきあっていた時は、一緒に遊ぶこともあった。3人で旅行にもよく行った。ボストンレッドソックスを見に、二人でフェンウエイ・パークに足を運んだのも一度や二度ではない。
引っ越した後でも、彼は夏休みになると会いにきてくれた。伸が大学院を卒業し、西部の大学にAI倫理の助教として勤務してからは会うこともなくなっていた。
「ヒーローも大きくなったよね」
「あっ?太ったってことか」
確かにあの頃より、胴回りは太くなったかもしれない。マシューはカラカラと笑った。
「ノーラとお義父さんは元気か。あと、ネイサンとか」
「うん、みんなヒーローによろしくっていってたよ」
ノーラはあれからしばらくして結婚した。ネイサンも新しい家族をもった。夫婦は赤の他人だ。それが家族になる。親子が他人でも家族になれる。そういうことだろう。
「ガールフレンドはいるのか」
「いるよ」マシューははにかみながら答えた。幼い時によく見せた顔だ。当時のことが思い出され、胸が締めつけられた。郷愁か喪失感か。
「僕、ヒーローがお義父さんになると思ってたよ」
何気なくつぶやいた言葉だろう。横顔からは何も伺えない。
「そうだな。俺もそうなるつもりだったんだがな」
「でも、終わっちゃったんだね」そうしてこちらを向いた。「僕はネイサンと離れた時ものすごく不安だったんだ。僕のこと嫌いになったのかな、捨てられたのかな、何でだろうとか。父も母もものすごく丁寧に説明してくれたけど、淋しくて。自分はいない方が良かったのかと」
マシューの肩を叩き、そしてハグした。「そんなことは絶対ない」
「うん、大丈夫だよ。母がね、伸とつきあってから楽しそうで、生き生きとして。伸も母を慈しんでくれて。僕思ったんだよ。終わってしまったかもしれないけど、僕は父と母が出会って、ちゃんと愛し合って生まれたんだな。素直にそう思えた」
逆光の中で微笑むマシューの表情はよくわからなかったが、満ち足りた顔をしているように感じた。
「ありがとうヒーロー。遅くなっちゃったけど、ずっとそれが言いたかったんだ」
伸は嬉しくなり、マシューを力いっぱい抱きしめた。息子になりそこなったマシュー。でも絆は残っている。
誰かと誰かの真摯な関係が、誰かを救うこともある。きっと人類はそうして栄えてきたのだろう。
花火のできる公園に繰り出し、みんなが騒ぐ中、菜穂はチマチマと線香花火を楽しんでいた。〆は線香花火とか言うけど、この微妙に長持ちする感じが好きだ。最後にキッパリと終わりを告げるように、ボトッと落ちる瞬間もたまらない。
「君島さん、俺もやろうかな。一本ちょうだい」
伸が声をかけてきた。
「は、はい、どうぞ。先生も好きなんですか、線香花火」
「うん、好きだよ」
二人でチリチリとした炎の乱舞を見つめる。
「日本人は、線香花火に人生を重ねてみるそうだ。燃える段階も、最初は蕾、順に牡丹、松葉、柳と続き、最後は散り菊」
「風情ありますね」
自分は今どこなんだろう。牡丹かな。先生はどこ?
「なあ、」
声がしたので顔をあげたが、先生は花火を見たままだった。
「はい、何でしょう」
「例の友達はどうなった」
えっ?「ああ、別れたみたいですよ」
「修復はできなかったのか」
「どうなんでしょう。別れるって決めてたみたいです」
澄まして答える。
「ふ~ん。で、その子は今フリーなの?」
「えっ、はい、しばらく恋愛する気にならないっていってました。とか言いながら、このまま誰とも二度とつきあうことなく終わるのかと焦ってましたけど」
クックと笑い声が漏れる。「青春だな」
「先生、気になってました?」
「そりゃそうさ。相談に乗っただけで結果を知らないなんて、結末のわからないミステリみたいなもんだ」
「あっ、友達が言ってました。アドバイスありがとうございますって」
二人の線香花火が同時にボトリと落ちた。
「よし、同時に始めてどっちが保つか競争だ」
シュルシュルッと始まり、パチパチと炎がはじけだしてきた。
「なあ、その友達にいっといて」
火花はさらに勢いを増し、松葉の状態に入った。
「つきあう人が現れなかったら、俺とつきあおうって」
へっ?思わず手が揺れ、菜穂の柳状態に入った花火がポタッと落ちた。ドキドキして顔をあげられない。
「あっ、終わっちゃった。先生の勝ちですね」
「ちゃんと言っとけよ」
額に浮かぶ汗を暑さのせいにした。馬力のある花火が終わった面々がわらわらとやってきて線香花火を始める。なぜか円陣を組むようになるのが面白い。
あー、夏だなぁ。
誰かが放った一言に、全員が頷いた。
マジレス?
10
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
想い出は珈琲の薫りとともに
玻璃美月
恋愛
第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。
――珈琲が織りなす、家族の物語
バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。
ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。
亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。
旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】
高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。
全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。
断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる