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「もう、挿れていい?」
早くつながりたかった。一刻も早くひとつになり、美央を安心させてあげたい。お互い乱暴に下半身だけをむき出しにすると、徹は美央を抱き上げた。美央が腰をおろしてくる。唇を貪りあい、胸をまさぐり、腰を何度も突き上げた。そのたびに美央の顔が艶を増してくる。
『わたし、バカだから、身体で会話する方が好きなんだ』
セックスで満たされるなら、いくらでもやってやる。好きだが、性的に興味のない男に凌辱され生まれてしまった美央。セックス担当と自虐的に笑っていたが、本当は心の底から愛されたかったんじゃないのか。愛で満たされて、つながりたかったんじゃないのか。交代人格がゆえに不自由な日常。でも、この世界で生きている。他者に認められ誰かとつながりたいだろう。自分を見つけてもらいたい悲痛な叫びが、セックスをしている時だけ安らいだのだろうか。
哀れでならない。ああ、それをいうなら、淳もそうなのだろう。二人に負荷をかけたままでいいのだろうか。4人が共存するために、嫌な過去をなかったものにしてはいけない。思いを共有せねば。
過去に向き合おうと、堅く決意した。髪を振り乱し切なそうに喘ぐ美央を愛しそうに眺めながら。
「愛している」
美央の身体からジュワッと愛液がまたあふれてきた。愛されていると感じた身体は全身で悦びを表現する。
ピッチを速め、さらなる高みへと二人は昇りつめていった。
「携帯、」
愉楽の波がひいてくると、身体を起こした美央が聖女のように微笑んだ。女性は魔性だ。遥香が淫らになっていくと同時に美央が聖女に近づいてくる。
「携帯がどうした?」
「わたし、雑な性格だけど、けっこう携帯の履歴は消してたんだ。遥香にバレると困ると思って。あいつを不安にさせたくなかったから」
「あれがきっかけで俺たちは出会えたわけだ。そう思うと感謝しかないかな」
「うん、でもね」美央はせつなげに瞼をふせた。「うっかりしたのもあったけど、わたし、きっと誰かに気づいてもらいたかったのかもしれない。淳だってそうだと思う。交代人格って淋しいもんなんだよ」
徹は美央を抱きしめ、しばらくそうしていた。
『淳、おまえもそうだったのか』
『うん、まあ、そうだな』
『俺はおまえにも感謝しなかない』
『感謝って?』
『淳がいたから、俺はなんとか生きてこれたんだなって。イヤな役を負わせて悪かった』
『いいよ、そんなの。それより、そろそろ俺も遥香に会いたい』
「美央、聞いてたかもしれないけど、俺は淳とも話ができるようになった」
「うん、」
「美央と遥香はどうだろう。何かタイミングが必要なんだろうけど、喋ってみたい?」
アハッと笑って「秘密がなくなるね。遥香はどう思ってるんだろう」
「淳にでも聞いてもらおうか。淳が遥香に会いたがっている。俺たちは今夜はもうこのまま寝ちゃおうか」
軽くシャワーを浴び、ベッドにもぐりこむと美央と二人で眠りについた。寝入りばなに淳と遥香の声が聞こえてきたが、何をいっているかわからなかった。甘くて優しい音は最高の子守歌だった。
「先生、折り入ってご相談があります」
徹は翌日所長に時間を取ってもらった。居酒屋の個室だ。会社帰りの人でなかなか繁盛している。
「どうしたの、改まって。お、さては夫婦ゲンカでもしちゃったのかな。若い子は元気だなぁ。俺たちなんかもうケンカする元気もないよ」
ビールを少し飲み、つまみの刺身を口に入れたところで所長が口を開いた。
所長はすでに75才を超えている。頭頂部は髪がなく鬢は真っ白で、目が大きく見えるのは強い老眼鏡のせいだ。子供がいない所長は事務所を早く徹に引継がせようとしている。今年こそ試験に合格し、早く安心させてやりたい。
「所長、そんなんじゃないですよ。うちの夫婦仲がいいのは知ってるでしょう」
「あ~あ、徹ちゃんも所帯を持つんだから、俺も年取るわけだなぁ。達樹さんも草葉の陰で喜んでいるよ」
所長は涙もろくなったのか、メガネをはずしおしぼりで目を拭きはじめた。小さなショボショボとした瞼に老いを感じた。初めて会ったのは中学生の時、かれこれ20年近くになる。勤め始めてからの12年は、それこそ毎日顔を会わせていたのだ。
「実は、自分の小さい頃のことが知りたいんです」ビールで唇を湿らせ「自分も所帯を持ったせいか、ルーツが気になりまして。それの確認なんです。今さらとは思うでしょうけど、知ってることだけでいいので、教えてもらえませんか?祖父母が説明したことが真実かどうかも知りたいので」
「ああ、そうだね。そういうもんだよね。気になるよね。で、何が聞きたい?」
「はい、祖父から聞いたのは、3才の時に両親が離婚して自分は母と祖父母のところに行ったこと。その後父親とは音信不通。母もしばらくしたらいなくなって、結局祖父母が僕を育ててくれたんですけど、これは合ってますか?」
「うん、合ってるよ。徹ちゃんのお母さんは、出て行ったっきりで。その後連絡はきてたみたいだけど、達樹さんが怒ってね『二度とうちの敷居はまたがせない』って」
いったい何があったのだろう。生きていれば90才。激動の昭和を生き抜いた男は5年前に亡くなっていた。
世代と言えば世代だが、商店街で総菜屋を営んでいた祖父の達樹は厳しく、孫だからといって甘やかすことはなかった。金も地位もなかった祖父にしてみれば一人前の社会人にしてやることが、せめてもの愛情だったのだろう。稼業で忙しく娘(母)をかまってやれなかった悔いの反動かもしれない。
祖父母がなくなってからは所長が親代わりの存在だ。
「あの、母はずっと独りだったんでしょうか」
「どうだろう。若い時はけっこうモテたらしいから、彼とかはいたかもしれないね」
突然、映像が立ち上がってきた。今まで記憶の奥底に封じ込めてたものが、あふれてくる。時々母親がやってきて『一緒に暮らそう』と連れ出されたことがあった。記憶の母は派手で若作りだったような気がする。連れてかれた先には決まって男がいた。
うっ、頭がズキズキと痛みはじめた。これは、その時に何かあったのだ。立ち向かえ。自分を叱咤激励し、続きをうながした。
「祖父は他に何かいってませんでしたか」
「うーん、いいのかな。昔の話だよ」
「大丈夫です。教えてください。自分はもう成人してますし、向き合える覚悟はできてます」
「そうか、ならいいか。ある時、徹くんは暴力を振るわれてね。救急車で運ばれたんだよ。5才くらいの時かな。確か小学校にあがる前だったと思う。虐待を疑われたと思ったのか行方をくらましたんだよ。徹くんのお母さんがね。緊急連絡先が達樹さんになってて、彼が迎えにいった」
そんなことが。そういうクソみたいな母親だったというわけか。
祖父母に母のことは禁句だった。写真一枚も残っておらず、どんな人かも聞けずにいた。聞かなくて良かったのかもしれない。徹とて、同じ行動を取っただろう。
「でも、徹くんは淋しかったのかなぁ。団地に併設されてる公園のベンチによく座っていたって。お母さんがいつか迎えにくると思ってたのかな。そこまでは達樹さんも干渉しなかった。わたしの前で泣いてたけどね」
「そうだったんですか」
「小学校3年くらいかな。徹くん家出したんだよね」
思い出した。夏休みを利用して母を探しに行ったのだ。行く当てもないくせに、よく探す気になったものだ。どこにどう行こうとしたのだろう。
「どこに行ったんですか?」
「どこに行ってたんだろうねぇ。でも徹くんも記憶がなくてね。よほど怖い目にあったんだろうな、と周囲は思っていた。病院で検査をしても特に問題はなかったのが、まあ、不幸中の幸いだった。家出も日帰りじゃなくて2日間だったから、警察にも捜索願を出したんだよ。高尾山の駅で保護された時は、達樹さんも奥さんもオイオイ泣いてねぇ」
まったく記憶にない。独りで電車に乗ったのは覚えてる。そうだ、遠足で行った高尾さんに行ってみたのだ。なぜだろう。母に以前連れてってもらったのかもしれない。
「高尾山ですか」
口にした途端、叫びだしたくなるような恐怖が全身を襲ってきた。頭が殴られたように痛み、喉はカラカラだ。吐きそうになり、思わず口を押えた。
淳の記憶が流れてきたのか。
早くつながりたかった。一刻も早くひとつになり、美央を安心させてあげたい。お互い乱暴に下半身だけをむき出しにすると、徹は美央を抱き上げた。美央が腰をおろしてくる。唇を貪りあい、胸をまさぐり、腰を何度も突き上げた。そのたびに美央の顔が艶を増してくる。
『わたし、バカだから、身体で会話する方が好きなんだ』
セックスで満たされるなら、いくらでもやってやる。好きだが、性的に興味のない男に凌辱され生まれてしまった美央。セックス担当と自虐的に笑っていたが、本当は心の底から愛されたかったんじゃないのか。愛で満たされて、つながりたかったんじゃないのか。交代人格がゆえに不自由な日常。でも、この世界で生きている。他者に認められ誰かとつながりたいだろう。自分を見つけてもらいたい悲痛な叫びが、セックスをしている時だけ安らいだのだろうか。
哀れでならない。ああ、それをいうなら、淳もそうなのだろう。二人に負荷をかけたままでいいのだろうか。4人が共存するために、嫌な過去をなかったものにしてはいけない。思いを共有せねば。
過去に向き合おうと、堅く決意した。髪を振り乱し切なそうに喘ぐ美央を愛しそうに眺めながら。
「愛している」
美央の身体からジュワッと愛液がまたあふれてきた。愛されていると感じた身体は全身で悦びを表現する。
ピッチを速め、さらなる高みへと二人は昇りつめていった。
「携帯、」
愉楽の波がひいてくると、身体を起こした美央が聖女のように微笑んだ。女性は魔性だ。遥香が淫らになっていくと同時に美央が聖女に近づいてくる。
「携帯がどうした?」
「わたし、雑な性格だけど、けっこう携帯の履歴は消してたんだ。遥香にバレると困ると思って。あいつを不安にさせたくなかったから」
「あれがきっかけで俺たちは出会えたわけだ。そう思うと感謝しかないかな」
「うん、でもね」美央はせつなげに瞼をふせた。「うっかりしたのもあったけど、わたし、きっと誰かに気づいてもらいたかったのかもしれない。淳だってそうだと思う。交代人格って淋しいもんなんだよ」
徹は美央を抱きしめ、しばらくそうしていた。
『淳、おまえもそうだったのか』
『うん、まあ、そうだな』
『俺はおまえにも感謝しなかない』
『感謝って?』
『淳がいたから、俺はなんとか生きてこれたんだなって。イヤな役を負わせて悪かった』
『いいよ、そんなの。それより、そろそろ俺も遥香に会いたい』
「美央、聞いてたかもしれないけど、俺は淳とも話ができるようになった」
「うん、」
「美央と遥香はどうだろう。何かタイミングが必要なんだろうけど、喋ってみたい?」
アハッと笑って「秘密がなくなるね。遥香はどう思ってるんだろう」
「淳にでも聞いてもらおうか。淳が遥香に会いたがっている。俺たちは今夜はもうこのまま寝ちゃおうか」
軽くシャワーを浴び、ベッドにもぐりこむと美央と二人で眠りについた。寝入りばなに淳と遥香の声が聞こえてきたが、何をいっているかわからなかった。甘くて優しい音は最高の子守歌だった。
「先生、折り入ってご相談があります」
徹は翌日所長に時間を取ってもらった。居酒屋の個室だ。会社帰りの人でなかなか繁盛している。
「どうしたの、改まって。お、さては夫婦ゲンカでもしちゃったのかな。若い子は元気だなぁ。俺たちなんかもうケンカする元気もないよ」
ビールを少し飲み、つまみの刺身を口に入れたところで所長が口を開いた。
所長はすでに75才を超えている。頭頂部は髪がなく鬢は真っ白で、目が大きく見えるのは強い老眼鏡のせいだ。子供がいない所長は事務所を早く徹に引継がせようとしている。今年こそ試験に合格し、早く安心させてやりたい。
「所長、そんなんじゃないですよ。うちの夫婦仲がいいのは知ってるでしょう」
「あ~あ、徹ちゃんも所帯を持つんだから、俺も年取るわけだなぁ。達樹さんも草葉の陰で喜んでいるよ」
所長は涙もろくなったのか、メガネをはずしおしぼりで目を拭きはじめた。小さなショボショボとした瞼に老いを感じた。初めて会ったのは中学生の時、かれこれ20年近くになる。勤め始めてからの12年は、それこそ毎日顔を会わせていたのだ。
「実は、自分の小さい頃のことが知りたいんです」ビールで唇を湿らせ「自分も所帯を持ったせいか、ルーツが気になりまして。それの確認なんです。今さらとは思うでしょうけど、知ってることだけでいいので、教えてもらえませんか?祖父母が説明したことが真実かどうかも知りたいので」
「ああ、そうだね。そういうもんだよね。気になるよね。で、何が聞きたい?」
「はい、祖父から聞いたのは、3才の時に両親が離婚して自分は母と祖父母のところに行ったこと。その後父親とは音信不通。母もしばらくしたらいなくなって、結局祖父母が僕を育ててくれたんですけど、これは合ってますか?」
「うん、合ってるよ。徹ちゃんのお母さんは、出て行ったっきりで。その後連絡はきてたみたいだけど、達樹さんが怒ってね『二度とうちの敷居はまたがせない』って」
いったい何があったのだろう。生きていれば90才。激動の昭和を生き抜いた男は5年前に亡くなっていた。
世代と言えば世代だが、商店街で総菜屋を営んでいた祖父の達樹は厳しく、孫だからといって甘やかすことはなかった。金も地位もなかった祖父にしてみれば一人前の社会人にしてやることが、せめてもの愛情だったのだろう。稼業で忙しく娘(母)をかまってやれなかった悔いの反動かもしれない。
祖父母がなくなってからは所長が親代わりの存在だ。
「あの、母はずっと独りだったんでしょうか」
「どうだろう。若い時はけっこうモテたらしいから、彼とかはいたかもしれないね」
突然、映像が立ち上がってきた。今まで記憶の奥底に封じ込めてたものが、あふれてくる。時々母親がやってきて『一緒に暮らそう』と連れ出されたことがあった。記憶の母は派手で若作りだったような気がする。連れてかれた先には決まって男がいた。
うっ、頭がズキズキと痛みはじめた。これは、その時に何かあったのだ。立ち向かえ。自分を叱咤激励し、続きをうながした。
「祖父は他に何かいってませんでしたか」
「うーん、いいのかな。昔の話だよ」
「大丈夫です。教えてください。自分はもう成人してますし、向き合える覚悟はできてます」
「そうか、ならいいか。ある時、徹くんは暴力を振るわれてね。救急車で運ばれたんだよ。5才くらいの時かな。確か小学校にあがる前だったと思う。虐待を疑われたと思ったのか行方をくらましたんだよ。徹くんのお母さんがね。緊急連絡先が達樹さんになってて、彼が迎えにいった」
そんなことが。そういうクソみたいな母親だったというわけか。
祖父母に母のことは禁句だった。写真一枚も残っておらず、どんな人かも聞けずにいた。聞かなくて良かったのかもしれない。徹とて、同じ行動を取っただろう。
「でも、徹くんは淋しかったのかなぁ。団地に併設されてる公園のベンチによく座っていたって。お母さんがいつか迎えにくると思ってたのかな。そこまでは達樹さんも干渉しなかった。わたしの前で泣いてたけどね」
「そうだったんですか」
「小学校3年くらいかな。徹くん家出したんだよね」
思い出した。夏休みを利用して母を探しに行ったのだ。行く当てもないくせに、よく探す気になったものだ。どこにどう行こうとしたのだろう。
「どこに行ったんですか?」
「どこに行ってたんだろうねぇ。でも徹くんも記憶がなくてね。よほど怖い目にあったんだろうな、と周囲は思っていた。病院で検査をしても特に問題はなかったのが、まあ、不幸中の幸いだった。家出も日帰りじゃなくて2日間だったから、警察にも捜索願を出したんだよ。高尾山の駅で保護された時は、達樹さんも奥さんもオイオイ泣いてねぇ」
まったく記憶にない。独りで電車に乗ったのは覚えてる。そうだ、遠足で行った高尾さんに行ってみたのだ。なぜだろう。母に以前連れてってもらったのかもしれない。
「高尾山ですか」
口にした途端、叫びだしたくなるような恐怖が全身を襲ってきた。頭が殴られたように痛み、喉はカラカラだ。吐きそうになり、思わず口を押えた。
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