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14. ほろにが焼肉-2
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◇
ひとり暮らしの自宅に戻り、居間の電気を点ける。空気がこもっている気がして窓を開けると、湿り気を帯びた夜風が流れ込んでくる。梅雨が近い。
シャワーを浴びてもまだ目が冴えていて、佑は荷物の中からDVDを取り出すと、パソコンに挿入した。
「俺の傑作を見てほしい」と押し付けられた公演の記録映像は、客席の隅に設置されたカメラで撮られたようで、舞台は遠く、音質もあまりよくない。当然、手のひらに収まるクッキーの完璧さなんて見えるはずもなかった。けれど初めて見る生身の人間の演技の熱は遠く離れたレンズにもしっかりと焼き付いていて、いつの間にかその世界にすっかり夢中になっていた。
天才科学者の男(調べたところ、これがサキさんの叔父さんのようだ)が、紀元前の世界にタイムスリップしてしまい、未知の大国の姫に救われる。身体が石化してしまう謎の奇病によって滅びかけていたその国を救おうと、男は奮闘する。
氷の王女と呼ばれるひとりぼっちのお姫様と、マイペースな科学者は、石化の謎を通して心を通わせ合っていく。途中で姫の許嫁との駆け引きや、実は黒幕だった政敵とのバトルなんかがあり、最後には天使のような存在まで出てきて、劇は多いに盛り上がる。
そしてついに、石化を解く薬が開発される。蘇る人々。政敵も倒して、姫と男は見事結ばれ、ハッピーエンドの幕が上がりかけた瞬間、男は現代日本に戻ってくる。
「どうせ失うのであれば、最初から出会いたくなかった」
悲痛な声で舞台に伏す男の、みじめな背中に胸が痛んでびっくりした。以前であればきっと、「自業自得」と切って捨てた言葉。いまはなぜだか、他人事だと思えない。
失意の中、現代をさまよう男は、ふとしたきっかけから博物館に赴く。発見されたばかりだという新たな文明の遺物の中に、彼女を見つける。
石化した花を食べ(サキさん渾身の作品だ)、自ら石となり、遠い未来の男に会いに行く姫は語る。
「身体が朽ちようと、この想いは変わらない。あなたの愛が、情熱が、わたしを溶かし、それを証明するでしょう」
晴れて石化から戻った姫と男は、今度こそ結ばれる。普段、フィクションにひとつも触れない佑も思わずぐっとくる、感動的な劇だった。
その夜は散々だった。夢のなかに現れた武藤さんはなぜか天使の格好で、いい笑顔でハートの矢を撃ちまくり、慌てて逃げる自分の前に飛び出してきたサキさんは白衣を着ていて、すばやく矢を回収すると「お腹が空いたならこれを食べたらいいよ」と食べるように勧めてくる。仕方なく受け取ろうとすると、矢は彼の手の中でぐにゃりと歪み、溶けた脂みたいに滴り落ちた。「ざんねん」という誰かの声と共に、炎が上がり、目がくらむ。
◇
だから次の日、武藤さんを見て思わず「天使」と言いかけたのは不可抗力だ。
「え?」
「いえ、なんでも」
お昼に出るところだったのだろう、小さめのカバンを持ったまま、武藤さんは振り返った。ハーフアップの髪が、動きに合わせてさらりと揺れる。小首をかしげ、あごに手をあてる姿は、そのままネット広告のバナーになれるほど様になっている。
武藤さんはにっこり笑って、携帯を出した。
「わたし、もしものために日中はボイスレコーダーを常時オンにしてるんです。ところで丸さん、お昼まだでしたよね?」
ひとり暮らしの自宅に戻り、居間の電気を点ける。空気がこもっている気がして窓を開けると、湿り気を帯びた夜風が流れ込んでくる。梅雨が近い。
シャワーを浴びてもまだ目が冴えていて、佑は荷物の中からDVDを取り出すと、パソコンに挿入した。
「俺の傑作を見てほしい」と押し付けられた公演の記録映像は、客席の隅に設置されたカメラで撮られたようで、舞台は遠く、音質もあまりよくない。当然、手のひらに収まるクッキーの完璧さなんて見えるはずもなかった。けれど初めて見る生身の人間の演技の熱は遠く離れたレンズにもしっかりと焼き付いていて、いつの間にかその世界にすっかり夢中になっていた。
天才科学者の男(調べたところ、これがサキさんの叔父さんのようだ)が、紀元前の世界にタイムスリップしてしまい、未知の大国の姫に救われる。身体が石化してしまう謎の奇病によって滅びかけていたその国を救おうと、男は奮闘する。
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そしてついに、石化を解く薬が開発される。蘇る人々。政敵も倒して、姫と男は見事結ばれ、ハッピーエンドの幕が上がりかけた瞬間、男は現代日本に戻ってくる。
「どうせ失うのであれば、最初から出会いたくなかった」
悲痛な声で舞台に伏す男の、みじめな背中に胸が痛んでびっくりした。以前であればきっと、「自業自得」と切って捨てた言葉。いまはなぜだか、他人事だと思えない。
失意の中、現代をさまよう男は、ふとしたきっかけから博物館に赴く。発見されたばかりだという新たな文明の遺物の中に、彼女を見つける。
石化した花を食べ(サキさん渾身の作品だ)、自ら石となり、遠い未来の男に会いに行く姫は語る。
「身体が朽ちようと、この想いは変わらない。あなたの愛が、情熱が、わたしを溶かし、それを証明するでしょう」
晴れて石化から戻った姫と男は、今度こそ結ばれる。普段、フィクションにひとつも触れない佑も思わずぐっとくる、感動的な劇だった。
その夜は散々だった。夢のなかに現れた武藤さんはなぜか天使の格好で、いい笑顔でハートの矢を撃ちまくり、慌てて逃げる自分の前に飛び出してきたサキさんは白衣を着ていて、すばやく矢を回収すると「お腹が空いたならこれを食べたらいいよ」と食べるように勧めてくる。仕方なく受け取ろうとすると、矢は彼の手の中でぐにゃりと歪み、溶けた脂みたいに滴り落ちた。「ざんねん」という誰かの声と共に、炎が上がり、目がくらむ。
◇
だから次の日、武藤さんを見て思わず「天使」と言いかけたのは不可抗力だ。
「え?」
「いえ、なんでも」
お昼に出るところだったのだろう、小さめのカバンを持ったまま、武藤さんは振り返った。ハーフアップの髪が、動きに合わせてさらりと揺れる。小首をかしげ、あごに手をあてる姿は、そのままネット広告のバナーになれるほど様になっている。
武藤さんはにっこり笑って、携帯を出した。
「わたし、もしものために日中はボイスレコーダーを常時オンにしてるんです。ところで丸さん、お昼まだでしたよね?」
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