食事はひとりで、もしくは君と

nwn

文字の大きさ
上 下
15 / 17

14. ほろにが焼肉-2

しおりを挟む


 ひとり暮らしの自宅に戻り、居間の電気を点ける。空気がこもっている気がして窓を開けると、湿り気を帯びた夜風が流れ込んでくる。梅雨が近い。
 シャワーを浴びてもまだ目が冴えていて、佑は荷物の中からDVDを取り出すと、パソコンに挿入した。
「俺の傑作を見てほしい」と押し付けられた公演の記録映像は、客席の隅に設置されたカメラで撮られたようで、舞台は遠く、音質もあまりよくない。当然、手のひらに収まるクッキーの完璧さなんて見えるはずもなかった。けれど初めて見る生身の人間の演技の熱は遠く離れたレンズにもしっかりと焼き付いていて、いつの間にかその世界にすっかり夢中になっていた。

 天才科学者の男(調べたところ、これがサキさんの叔父さんのようだ)が、紀元前の世界にタイムスリップしてしまい、未知の大国の姫に救われる。身体が石化してしまう謎の奇病によって滅びかけていたその国を救おうと、男は奮闘する。

 氷の王女と呼ばれるひとりぼっちのお姫様と、マイペースな科学者は、石化の謎を通して心を通わせ合っていく。途中で姫の許嫁との駆け引きや、実は黒幕だった政敵とのバトルなんかがあり、最後には天使のような存在まで出てきて、劇は多いに盛り上がる。

 そしてついに、石化を解く薬が開発される。蘇る人々。政敵も倒して、姫と男は見事結ばれ、ハッピーエンドの幕が上がりかけた瞬間、男は現代日本に戻ってくる。

「どうせ失うのであれば、最初から出会いたくなかった」

 悲痛な声で舞台に伏す男の、みじめな背中に胸が痛んでびっくりした。以前であればきっと、「自業自得」と切って捨てた言葉。いまはなぜだか、他人事だと思えない。

 失意の中、現代をさまよう男は、ふとしたきっかけから博物館に赴く。発見されたばかりだという新たな文明の遺物の中に、彼女を見つける。
 石化した花を食べ(サキさん渾身の作品だ)、自ら石となり、遠い未来の男に会いに行く姫は語る。

「身体が朽ちようと、この想いは変わらない。あなたの愛が、情熱が、わたしを溶かし、それを証明するでしょう」

 晴れて石化から戻った姫と男は、今度こそ結ばれる。普段、フィクションにひとつも触れない佑も思わずぐっとくる、感動的な劇だった。

 その夜は散々だった。夢のなかに現れた武藤さんはなぜか天使の格好で、いい笑顔でハートの矢を撃ちまくり、慌てて逃げる自分の前に飛び出してきたサキさんは白衣を着ていて、すばやく矢を回収すると「お腹が空いたならこれを食べたらいいよ」と食べるように勧めてくる。仕方なく受け取ろうとすると、矢は彼の手の中でぐにゃりと歪み、溶けた脂みたいに滴り落ちた。「ざんねん」という誰かの声と共に、炎が上がり、目がくらむ。



 だから次の日、武藤さんを見て思わず「天使」と言いかけたのは不可抗力だ。

「え?」
「いえ、なんでも」

 お昼に出るところだったのだろう、小さめのカバンを持ったまま、武藤さんは振り返った。ハーフアップの髪が、動きに合わせてさらりと揺れる。小首をかしげ、あごに手をあてる姿は、そのままネット広告のバナーになれるほど様になっている。
 武藤さんはにっこり笑って、携帯を出した。

「わたし、もしものために日中はボイスレコーダーを常時オンにしてるんです。ところで丸さん、お昼まだでしたよね?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

旦那様、離縁の準備が整いました

影茸
恋愛
 社交界で成功を収め、聖母と呼ばれる伯爵夫人ライラ。  その名声に、今まで冷遇してきた夫が関係を改善しようと擦り寄り始める。  しかし、その夫は知らない。  ……遥か昔に、ライラは離縁の準備を始めていたことに。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

風紀委員長は××が苦手

乙藤 詩
BL
全寮制の男子高校で嫌々風紀委員長になった姫川歩が嫌々ながら責任感を持って風紀の仕事をする話。 一度、王道学園での非王道のお話を書いてみたかったので書いてみました。 男前受けです。

姫様ごめん!うちのNo.1は俺の事大好きです!

鈴音
BL
ホスト(No.1)と(中堅?)ホストの恋愛短編集 No.1ホストはとにかく甘め!溺愛!受け命! なんだかんだほだされる中堅ホストとの相性ばっちりカップルのラブラブな日常。 是非覗いてみませんか? ※書きたいところだけ書いています。  時系列バラバラです。  ホストという職業上、女性との関係がある表現がございます。  しっかりとした性的表現があります。

●婚約破棄ですって…!!でしたら、私に下さい!!●

恋愛
セイラ・エトワール辺境伯令嬢はつい先日16歳を迎えた。   本日デビュタントのものだけが着ることを許された純白のドレスに身を包みながらも、セイラはどこか浮かない顔をしている。 そんなセイラがなぜ浮かない表情を浮かべていたのか……いないのです。 そう.…見た目は麗しい淑女であり、引く手数多であろうと思われる彼女だが実際は恋愛経験ゼロ!! それならばと両親が躍起になって婚約者を探すが、それでも見つからないのだ…!! このままでは一生独身を貫くことになるのでは!?と危惧した父親が今回のデビュタントにて良い縁を結んでこられなければ、セイラを領地の修道院に入れると…!! のんびりスローライフを送りたいセイラはそれでも良いかもの楽観視するが、娘の現状を嘆いた母が泣きながらセイラを説得するため、渋々王宮へとやってきたのだ。 これからどうするか…と料理をつまんでいると、会場の奥から甲高い大きな声が響き渡ってきた。 遠くて話の内容がよく聞き取れなかったけど…王女様と見覚えのない金髪の優男が寄り添っている。 その2人の前には顔は見えないが黒髪の青年が絶望した空気を背負いうずくまっているのが見えた。 えっ!!いま婚約破棄とおっしゃいました!? でしたら、私のところに連れて帰っても問題ないのでは!? その青年、私に下さい!! 全て声に出ていたのか王女様と金髪と黒髪の青年は驚いた様子でセイラを見ていた。 そんな何を言い出すか分からない破茶滅茶な行動の辺境伯令嬢が巻き起こすドタバタラブストーリー!!

処理中です...