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6. 疑惑の手作りクッキー -2
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佑は袋の中に残っているクッキーたちを見た。どう頑張って見ても、こねるのを止めた紙粘土をそのまま焼いたものにしか見えない。
「説明して」
苦笑いをして、サキは口を開いた。
「俺ね、フードスタイリスト目指してて」
「フードスタイリスト?」
「そういう職業があるんだよ。ほら、ドラマとかで、料理を作ったり食べたりしているシーン、あるでしょ? レシピ本の写真とか、最近じゃネットの記事とか動画のやつもなんだけど、ああいう見栄えのいい料理を作ったり、盛り付けたりして、魅力的に見えるようにスタイリングする人」
そんな職業があること自体、初耳だったけど、おかげで納得した。料理が来るたびに撮っていた写真。あれは、勉強のためでもあったのかもしれない。
「でもま、狭き門でさ。とりあえず調理師の免許取るために勉強しながら、そういう会社に就活してるんだけど、うまくいってなくって……いまは親戚の劇団で雑用のバイトしながら、フリーランス的な形で個人のフードスタイリングを引き受けたりもしてるんだけど」
そう言いながら、サキは自分のスマホを向けてきた。写真投稿が主力のSNSには、いわゆる『映える』料理の写真が並んでいる。見ているだけで汗の噴き出そうな肉汁の滴るステーキ、座禅を組みたくなるような凛とした和定食、アイドルのステージみたいなマカロンの山。これをサキさんが?
「で、その劇団の次の公演がファンタジーの話なんだけど、石の花を食べるシーンがあって、みんな俺がフードスタイリスト目指してるの知ってるから、菓子とかで作ってみてよって言われてさ。とりあえず見よう見まねで作ってみたんだけど――」
うまくいかなかったってことか。袋の中の残りを見る。自炊もしなければ菓子作りなんかもしたことのない自分には、これがどの程度難しいことなのかすら分からない。それでも、簡単なことではないことくらい想像がついた。
「何回もやってたら、だんだんこれが旨いのか不味いのか、形はいいのかこんなもんなのか、よくわかんなくなってきてさ。かといって、できませんって投げ出すのも癪だし、他のスタッフに食べてもらうのも恥ずかしいし、だから、目と舌の肥えてそうなるたくんに試食係をお願いしたくって」
「試食係?」
「頼むよ。飯、奢るから」
顔の前で両手を合わせて頭を下げる。
「そもそも、他の人に作ってもらえばよくない? それか注文するとか」
「外注するお金なんてないし、家にオーブンあるの、俺しかいないんだよ」
「僕、別に舌肥えてないし、ちゃんと感想言えないと思うけど。ほかに食べてくれる人いないの? それこそ彼女とか」
「いたら頼んでないって」
茶色く染められた髪のつむじを見ながら、考えた。
これは、もしかするとチャンスかもしれない。
食事はひとりで、というポリシーに変わりはない。でも、ひとりで入りにくい店というのは確かに存在する。あと、独りだとたくさんの料理を試せないのも地味につらい。
この間のベーグル屋にいたカップルを思い出した。あの彼氏はかわいそうに見えたけれど、何らかの対価としてやっているなら、それは別に、あの彼にとっても、悪いことではないのかもしれない。
もしかすると、この人も、同じかもしれない。
「わかった」
九割の打算と一割の好奇心から、佑は了承した。「その代わり、僕の気になった店での食事もセットでいいなら」
ちゃんと食べられるもの作ってきてよ、と脅すと、サキは頭を上げて破顔した。
「ありがとう。あーよかったー」
サキは両手を上に突きあげ、ゴールテープを切った人みたいに喜んだ。
「そんなに?」
「うん、受けてもらったこともそうだけど、なにより引かれなくって」
手作りってやっぱ扱い微妙じゃん? と何でもないように言う。微妙な物を出会って三回目の人間に渡すな、と言うより先に、片手を取られた。
「うわっ、マジでつめたい」
大きな手は今の今までカイロでもにぎっていたのか、というほど温かい。皮膚を抜けて伝わる熱にうろたえそうになる。
「これからよろしくってことで」
握手のつもりらしい。
「生焼けはやめてね」
「わかってるって。てか、本当に冷えやばいね。スーツってやっぱ寒いの?」
「まあ、ブルゾンよりは」
「ヒートテック着なよ」
「着てるよ」
「うっそ」
だらだらしゃべりながら歩きだす。その間も手はにぎられたままだった。
握手って、いつまで握ってていいんだっけ?
振り払った方がいいのか、じっとしていた方がいいのか。指先にどれだけ力を入れたらいいのかすらわからなくなって、急にびくっとなっても変だし、と力を抜きつつ、静止しなければと思うと、今度はそれこそ石のように筋肉がきゅうと硬くなる。
バカみたいだ。身体全体のうちで見てみれば、どんぶりに浮かぶメンマにも劣る小さな部位のことで、脳みそ全部、使っているなんて。
「次はもっとあったまるもの、食べに行こ」
気づけば駅で、別の路線のサキは、するっと手を離すと佑の手から残りのクッキーを取り上げて改札を通る。それから一度だけ振り返り、大きく手を振った。誰かに向かって手を振ったことなんてないから、その姿を棒立ちで見送ることしかできなかった。
だらんと垂らした腕の先、こっそり手を開いて動かしてみる。指先は、痺れたように熱いままだ。
「説明して」
苦笑いをして、サキは口を開いた。
「俺ね、フードスタイリスト目指してて」
「フードスタイリスト?」
「そういう職業があるんだよ。ほら、ドラマとかで、料理を作ったり食べたりしているシーン、あるでしょ? レシピ本の写真とか、最近じゃネットの記事とか動画のやつもなんだけど、ああいう見栄えのいい料理を作ったり、盛り付けたりして、魅力的に見えるようにスタイリングする人」
そんな職業があること自体、初耳だったけど、おかげで納得した。料理が来るたびに撮っていた写真。あれは、勉強のためでもあったのかもしれない。
「でもま、狭き門でさ。とりあえず調理師の免許取るために勉強しながら、そういう会社に就活してるんだけど、うまくいってなくって……いまは親戚の劇団で雑用のバイトしながら、フリーランス的な形で個人のフードスタイリングを引き受けたりもしてるんだけど」
そう言いながら、サキは自分のスマホを向けてきた。写真投稿が主力のSNSには、いわゆる『映える』料理の写真が並んでいる。見ているだけで汗の噴き出そうな肉汁の滴るステーキ、座禅を組みたくなるような凛とした和定食、アイドルのステージみたいなマカロンの山。これをサキさんが?
「で、その劇団の次の公演がファンタジーの話なんだけど、石の花を食べるシーンがあって、みんな俺がフードスタイリスト目指してるの知ってるから、菓子とかで作ってみてよって言われてさ。とりあえず見よう見まねで作ってみたんだけど――」
うまくいかなかったってことか。袋の中の残りを見る。自炊もしなければ菓子作りなんかもしたことのない自分には、これがどの程度難しいことなのかすら分からない。それでも、簡単なことではないことくらい想像がついた。
「何回もやってたら、だんだんこれが旨いのか不味いのか、形はいいのかこんなもんなのか、よくわかんなくなってきてさ。かといって、できませんって投げ出すのも癪だし、他のスタッフに食べてもらうのも恥ずかしいし、だから、目と舌の肥えてそうなるたくんに試食係をお願いしたくって」
「試食係?」
「頼むよ。飯、奢るから」
顔の前で両手を合わせて頭を下げる。
「そもそも、他の人に作ってもらえばよくない? それか注文するとか」
「外注するお金なんてないし、家にオーブンあるの、俺しかいないんだよ」
「僕、別に舌肥えてないし、ちゃんと感想言えないと思うけど。ほかに食べてくれる人いないの? それこそ彼女とか」
「いたら頼んでないって」
茶色く染められた髪のつむじを見ながら、考えた。
これは、もしかするとチャンスかもしれない。
食事はひとりで、というポリシーに変わりはない。でも、ひとりで入りにくい店というのは確かに存在する。あと、独りだとたくさんの料理を試せないのも地味につらい。
この間のベーグル屋にいたカップルを思い出した。あの彼氏はかわいそうに見えたけれど、何らかの対価としてやっているなら、それは別に、あの彼にとっても、悪いことではないのかもしれない。
もしかすると、この人も、同じかもしれない。
「わかった」
九割の打算と一割の好奇心から、佑は了承した。「その代わり、僕の気になった店での食事もセットでいいなら」
ちゃんと食べられるもの作ってきてよ、と脅すと、サキは頭を上げて破顔した。
「ありがとう。あーよかったー」
サキは両手を上に突きあげ、ゴールテープを切った人みたいに喜んだ。
「そんなに?」
「うん、受けてもらったこともそうだけど、なにより引かれなくって」
手作りってやっぱ扱い微妙じゃん? と何でもないように言う。微妙な物を出会って三回目の人間に渡すな、と言うより先に、片手を取られた。
「うわっ、マジでつめたい」
大きな手は今の今までカイロでもにぎっていたのか、というほど温かい。皮膚を抜けて伝わる熱にうろたえそうになる。
「これからよろしくってことで」
握手のつもりらしい。
「生焼けはやめてね」
「わかってるって。てか、本当に冷えやばいね。スーツってやっぱ寒いの?」
「まあ、ブルゾンよりは」
「ヒートテック着なよ」
「着てるよ」
「うっそ」
だらだらしゃべりながら歩きだす。その間も手はにぎられたままだった。
握手って、いつまで握ってていいんだっけ?
振り払った方がいいのか、じっとしていた方がいいのか。指先にどれだけ力を入れたらいいのかすらわからなくなって、急にびくっとなっても変だし、と力を抜きつつ、静止しなければと思うと、今度はそれこそ石のように筋肉がきゅうと硬くなる。
バカみたいだ。身体全体のうちで見てみれば、どんぶりに浮かぶメンマにも劣る小さな部位のことで、脳みそ全部、使っているなんて。
「次はもっとあったまるもの、食べに行こ」
気づけば駅で、別の路線のサキは、するっと手を離すと佑の手から残りのクッキーを取り上げて改札を通る。それから一度だけ振り返り、大きく手を振った。誰かに向かって手を振ったことなんてないから、その姿を棒立ちで見送ることしかできなかった。
だらんと垂らした腕の先、こっそり手を開いて動かしてみる。指先は、痺れたように熱いままだ。
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