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第6章
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「ずっと考えていたんです。もう一度、やり直すことはできないかって」
ミスミはこぶしをもう一方の手で包むようにしながら、一言一言拾い上げるように話した。
「バンリンの歴史は、人が、金懐花を介して竜と絆を結んだことから始まった。なら、それを再現できれば」
「でも、その金懐花でこんなことになったんだろ」
エンユウは冷めた目でミスミをにらんだ。「逃げる言い訳にしてはお粗末だな」
「なら、僕に縄をかけてください」
ミスミが両手を出したのでぎょっとした。
「おい、やりたいことがあるんじゃないのか」
「べつに僕がやらなくてもいいんです」
ミスミは毅然として言った。
「竜士の里には、まだ金懐花がありました。本物の」
「でも、それをどうすりゃいいんだよ」
「植える」
地面に手を置き、竜によって掘り返された土をすくう。水気を含んだ土が、ミスミの爪の間に入り込む。
「竜士は『本物』が見つからないように、けれど絶対に絶やさないように、金懐花を一株ずつ鉢植えにして、代々育ててきたと聞きます。それを野に返す。育ちやすい場所に植えて、少しずつ増やして、それで」
「ばかばかしい」
エルが吐き捨てた。「何年、何十年かかるっていうの? その間、ずっと怯えてろって?」
「花を植えた近くに町を作ればいい。野生の龍だって近寄らないはずです」
「その間、あたしたちは引きこもって我慢して、あんたたちがのうのうと生きてるのを見過ごせって?!」
「あそこだって、楽園じゃない」
ジーグエが口をはさんだ。
「むしろ、その反対だ」
「でも、竜に襲われることはない」
「あそこは金民に――『人に』襲われた人たちの避難場所だ」
ぐ、とエルが口をつぐむ。
「いまの金民の状況と同じだよ。外に出れば襲われる。いたぶられる。搾取される。だから逃げて、逃げて、逃げたその先が、いまの彼らの居場所だ」
「それでも、あいつらがこんな状況の原因なんだから、当然でしょ」
「それじゃあ、彼らがいま安全なところにいるのも、もとはといえば金民が原因だ」
マシェがこんな凶行に及んだのも、ミスミが北部基地を裏切ったのも。永遠に枝分かれする葉脈をなぞっているような気分になる。なにがいけなかったのだろう。誰が悪かったのだろう。きっと全員が少しずつ悪くって、でもたぶんそれはそれぞれの大切を優先した結果で、だからこそ虚しい。
「だから、バカだっていうんだ」
ぐずっと鼻をすすりながら、エルはつぶやく。「誰かを押しのけるやり方なんて、きっと絶対ガタが来る。あたしたちはそう信じて、だから頑張ってたのに」
空から降ってきた、黒と黄の花。祈るようにそっと結わえられたふたつの重みが、手のひらによみがえる。胸が痛んだ。二つの色の間で悩んできた彼女のほうがずっと先に、この状況を憂いていたことに、ようやく気づいた。奪われたのは、母親だけではなかった。彼女が願い、そのために行動してきたことすべて、無に帰してしまった。
「俺が行ってくる」
ジーグエは手を上げた。全員の視線が集まる。
竜士の里は閑散としていた。
前回は降り立つ前に引き返してしまったから、足を踏み入れるのは始めてだ。最速で飛んでくれたワーゴを労い、慣れない飛竜の背から降りようとしているエルリナを手伝う。エンユウとミスミは残してきた。「人質だ」と言い放つ後輩の目が、それでも不安に揺れていたのを思い出す。
「何しに来た」
背の高い木々に埋もれるように、ぽつぽつと立つ家々を眺めていると、背中から声を掛けられた。
「いると思ったよ」
トーラはどこかまぶしいものを見るように目を細め、それからまぶたを下ろした。
「ここの竜たちは?」
「ほとんどが出て行った。残ってるのはほんの子どもと、もう動けない老竜だけ」
里のなかを歩きながら訊ねる。ミスミが処刑されたあと、エイジーンを失ったトーラは隊を抜けたそうだ。そして、歩いて歩いてこの里に帰ってきた。
「竜士はどうするんだ?」
「どうもしない。ここは、龍を『竜』にする場所。必要がなくなったなら、絶えるだけ」
「金懐花は?」
エルが割り込む。じれったさを隠しもしない。「『本物』とやらはどこにあるの? あたしたち、それを探しに来たんだ」
トーラは目を丸くし、それからぎゅっと眉をひそめた。
「『本物』はない」
「……え?」
「全部枯れた。いや、枯らした」
「どうして!」
思わず叫ぶ。トーラは力なく首を振る。
「みんな恐れた。『偽物』の金懐花が効力を失うなんて、信じたくなかった。だから彼らは全部枯らした。手に入れられなければ、いずれ心が『偽物』に戻ってくると考えて」
「ばかな」
王竜の怒りを身をもって知っているジーグエには、とても信じられなかった。
漆喰の壁に覆われた建物の前で立ち止まる。すだれを上げなかに入ると、素焼きの鉢がずらりと並んでいた。たっぷりの土は表面が乾き、触れたそばから崩れていきそうな、よく干して丁寧に裂いた麻のようなものが縮れて、力なく倒れている。
「そんな」
エルリナがか細くうめいた。ジーグエもすっかり言葉を失っていた。
希望は、こんなにあっさりと潰えるのか。いや、と奮い立たせる。まだだ。なんのためにここまできた。
「種は?」ジーグエは振り返った。「種ならあるだろう。それを育てればいつかまた花が咲く。そうしたら、龍とだって、もう一度」
「種はある。けど、花が咲くのは十年後」
「じゃあ、他にどこか育てているところは」気づけば詰め寄り、いくぶん低い場所にある両肩をつかんでいた。「別の里でも、陰気な変人でも、自生しているやつでもいい。何かないか、なあ、おい」
「ない」
トーラはただそれだけを言った。この人はいつもそうだ。冗談はたまに言うけど、ウソは吐かない。慰めも配慮も前置きもなく、ただ真実だけを告げる。まるで神託みたいに。
指から力がぬけて、前腕から二の腕、肩までが痺れたように重くなる。潰えた。これで本当に、打つ手は無くなった。エンユウは、金民は、近いうちに雲の隠れ家を見つけるだろう。安全な水場と住居は、命の次に大切だ。全面的な衝突が起きる。数えきれない人が、死ぬ。
突風が吹いた。
窓から吹き込んできた風は、髪を根本からかき上げ熱を攫っていく。いくつもの礫が襲ってきて、顔を伏せた。ぎゃお、とワーゴの声が聞こえる。警戒音。何事だと外に出て、絶句した。
灰色の雲の下を、何頭もの飛龍が飛んでいく。流星群のように、同じ方向を目指して。ふいに背後から足音が聞こえ、あわてて建物のなかに戻った。窓から外をうかがうと、茂みから駆龍の群れが飛び出してくる。先頭を走るのは、ジーグエの背を優に二倍は超えるだろう立派な龍で、身を固くしたジーグエたちには目もくれず、飛龍と同じ方向へと駆け抜けていった。
「なんだ……?」
経験したことのない、とてつもなく悪い予感に襲われる。トーラに頼んで、高台に案内をしてもらった。通り過ぎる建物の窓から、何人もの竜士が、同じように不安げな様子で空を見上げている。
飛竜の訓練につかうという離陸場からは、その異形がよくよく見えた。
「なに、あれ」
エルリナの声は震えていた。視線の先、中央基地の方角に、黒い塊がうごめいている。
春先に見かける、羽虫の塊みたいだ。同じ場所を何匹もの個体が回り続け、まるで一つの大きな繭を作るかのような姿。違うのは、あそこでうごめく一粒一粒が羽虫ではなく、龍だということ。
「カクリンだ」
「え?」
トーラは呆然と、けれど異様な光景から視線をそらさずにつぶやいた。
「拡鱗。龍が群れを大きくすること」
「大きくって」
あれ以上?
よくよく目を凝らすと、中央にひと際巨大な影がある。おそらく、王龍。あれは、首都を中心に、全国土の竜団の頂点にいた竜だ。
それをさらに大きくだって?
「あの龍は、金懐花を持ってる」
「ミスミが渡したやつか? でも、あれだってすぐに枯れるんじゃ」
「龍から離れなければ、金懐花は枯れない」
トーラは首を振った。
「だから龍は、金懐花のあるところに巣を作り、そこから長くは離れられなかった。その世話を代行したのが人間で、そのおかげで彼らは枷を解きより広く動けるようになった」
人は花の世話係ってわけか。風はますます強くなり、びょうびょうと緩急をつけて吹く様は、まるで見えない巨大な龍が耳元で唸っているかのようだ。
『本物』の金懐花を持った、この国で一番でかい龍が、群れを大きくしようとしている。
「それって、めちゃくちゃヤバいんじゃないのか」
トーラがうめいた。「危険だ。とても。そもそも、龍はなわばりに入らなければ人を襲わない。人はそれなりに身体が大きくて、なのに骨ばかりで、そのうえ知能を使うから。なのに、最近の彼らはなわばりを超えてわざわざ人を襲いに来る」
長が命じているからだ、とトーラは言った。
「王竜。あの子が、人を憎んでいるから、みんなそれに反応している」
「じゃあ群れがでかくなったら」
視線が合った。なにより竜を愛していた元隊長は、すべての感情を排した目で首を振った。
「この国の地上に、人の住めるところはなくなる」
言い換えれば、ここは龍の楽園になる。あの王子は喜びそうだ。
ミスミは。
ミスミは、あの竜狂いはどうだろうか。竜と人とのゆがんだ関係を正したいと願ったあの男なら。
なあ、どうする?
「帰る」
ずっと黙っていたエルリナが、踵を返した。すたすた歩いて行ってしまう。
「おい、どこ行くんだ」
「だから、帰るの。飛竜出して。ここにいたって、もう何もならない」
「まあそうだけど」
「なら、さっさと帰って、母さんを安全な場所に運ばなきゃ。一刻も早く」
年若いくせに、いやだからこそ、立ち直りが早い。もっとも、安全な場所というのは地下のことで、それを言うなら帰りたくないが、返さないわけにも行かない。
「帰るなら、急いだほうがいい」
早足で歩きながら、トーラも賛成した。「いまはまだ言うことを聞いてくれている竜も、あの群れが完成したら離れていく可能性が高い。ワーゴは竜になってすぐカラリナが引き取って、大事に育てた竜だ。だからまだ人の言うことを聞いてくれているけど、金懐花を持ったあの竜がこの地の頂点になれば、もう――」
トーラは不自然に言葉を切った。ぴたりを足も止めて考え込む。「ねえ、早くしてよ!」エルリナの叱咤にも動じない。
「おい、隊長?」
「……ジーグエ」
トーラは顔をあげた。まるで星を一粒落としたかのような光が、その目にはあった。
「もしかしたら、まだ手はあるかもしれない」
ミスミはこぶしをもう一方の手で包むようにしながら、一言一言拾い上げるように話した。
「バンリンの歴史は、人が、金懐花を介して竜と絆を結んだことから始まった。なら、それを再現できれば」
「でも、その金懐花でこんなことになったんだろ」
エンユウは冷めた目でミスミをにらんだ。「逃げる言い訳にしてはお粗末だな」
「なら、僕に縄をかけてください」
ミスミが両手を出したのでぎょっとした。
「おい、やりたいことがあるんじゃないのか」
「べつに僕がやらなくてもいいんです」
ミスミは毅然として言った。
「竜士の里には、まだ金懐花がありました。本物の」
「でも、それをどうすりゃいいんだよ」
「植える」
地面に手を置き、竜によって掘り返された土をすくう。水気を含んだ土が、ミスミの爪の間に入り込む。
「竜士は『本物』が見つからないように、けれど絶対に絶やさないように、金懐花を一株ずつ鉢植えにして、代々育ててきたと聞きます。それを野に返す。育ちやすい場所に植えて、少しずつ増やして、それで」
「ばかばかしい」
エルが吐き捨てた。「何年、何十年かかるっていうの? その間、ずっと怯えてろって?」
「花を植えた近くに町を作ればいい。野生の龍だって近寄らないはずです」
「その間、あたしたちは引きこもって我慢して、あんたたちがのうのうと生きてるのを見過ごせって?!」
「あそこだって、楽園じゃない」
ジーグエが口をはさんだ。
「むしろ、その反対だ」
「でも、竜に襲われることはない」
「あそこは金民に――『人に』襲われた人たちの避難場所だ」
ぐ、とエルが口をつぐむ。
「いまの金民の状況と同じだよ。外に出れば襲われる。いたぶられる。搾取される。だから逃げて、逃げて、逃げたその先が、いまの彼らの居場所だ」
「それでも、あいつらがこんな状況の原因なんだから、当然でしょ」
「それじゃあ、彼らがいま安全なところにいるのも、もとはといえば金民が原因だ」
マシェがこんな凶行に及んだのも、ミスミが北部基地を裏切ったのも。永遠に枝分かれする葉脈をなぞっているような気分になる。なにがいけなかったのだろう。誰が悪かったのだろう。きっと全員が少しずつ悪くって、でもたぶんそれはそれぞれの大切を優先した結果で、だからこそ虚しい。
「だから、バカだっていうんだ」
ぐずっと鼻をすすりながら、エルはつぶやく。「誰かを押しのけるやり方なんて、きっと絶対ガタが来る。あたしたちはそう信じて、だから頑張ってたのに」
空から降ってきた、黒と黄の花。祈るようにそっと結わえられたふたつの重みが、手のひらによみがえる。胸が痛んだ。二つの色の間で悩んできた彼女のほうがずっと先に、この状況を憂いていたことに、ようやく気づいた。奪われたのは、母親だけではなかった。彼女が願い、そのために行動してきたことすべて、無に帰してしまった。
「俺が行ってくる」
ジーグエは手を上げた。全員の視線が集まる。
竜士の里は閑散としていた。
前回は降り立つ前に引き返してしまったから、足を踏み入れるのは始めてだ。最速で飛んでくれたワーゴを労い、慣れない飛竜の背から降りようとしているエルリナを手伝う。エンユウとミスミは残してきた。「人質だ」と言い放つ後輩の目が、それでも不安に揺れていたのを思い出す。
「何しに来た」
背の高い木々に埋もれるように、ぽつぽつと立つ家々を眺めていると、背中から声を掛けられた。
「いると思ったよ」
トーラはどこかまぶしいものを見るように目を細め、それからまぶたを下ろした。
「ここの竜たちは?」
「ほとんどが出て行った。残ってるのはほんの子どもと、もう動けない老竜だけ」
里のなかを歩きながら訊ねる。ミスミが処刑されたあと、エイジーンを失ったトーラは隊を抜けたそうだ。そして、歩いて歩いてこの里に帰ってきた。
「竜士はどうするんだ?」
「どうもしない。ここは、龍を『竜』にする場所。必要がなくなったなら、絶えるだけ」
「金懐花は?」
エルが割り込む。じれったさを隠しもしない。「『本物』とやらはどこにあるの? あたしたち、それを探しに来たんだ」
トーラは目を丸くし、それからぎゅっと眉をひそめた。
「『本物』はない」
「……え?」
「全部枯れた。いや、枯らした」
「どうして!」
思わず叫ぶ。トーラは力なく首を振る。
「みんな恐れた。『偽物』の金懐花が効力を失うなんて、信じたくなかった。だから彼らは全部枯らした。手に入れられなければ、いずれ心が『偽物』に戻ってくると考えて」
「ばかな」
王竜の怒りを身をもって知っているジーグエには、とても信じられなかった。
漆喰の壁に覆われた建物の前で立ち止まる。すだれを上げなかに入ると、素焼きの鉢がずらりと並んでいた。たっぷりの土は表面が乾き、触れたそばから崩れていきそうな、よく干して丁寧に裂いた麻のようなものが縮れて、力なく倒れている。
「そんな」
エルリナがか細くうめいた。ジーグエもすっかり言葉を失っていた。
希望は、こんなにあっさりと潰えるのか。いや、と奮い立たせる。まだだ。なんのためにここまできた。
「種は?」ジーグエは振り返った。「種ならあるだろう。それを育てればいつかまた花が咲く。そうしたら、龍とだって、もう一度」
「種はある。けど、花が咲くのは十年後」
「じゃあ、他にどこか育てているところは」気づけば詰め寄り、いくぶん低い場所にある両肩をつかんでいた。「別の里でも、陰気な変人でも、自生しているやつでもいい。何かないか、なあ、おい」
「ない」
トーラはただそれだけを言った。この人はいつもそうだ。冗談はたまに言うけど、ウソは吐かない。慰めも配慮も前置きもなく、ただ真実だけを告げる。まるで神託みたいに。
指から力がぬけて、前腕から二の腕、肩までが痺れたように重くなる。潰えた。これで本当に、打つ手は無くなった。エンユウは、金民は、近いうちに雲の隠れ家を見つけるだろう。安全な水場と住居は、命の次に大切だ。全面的な衝突が起きる。数えきれない人が、死ぬ。
突風が吹いた。
窓から吹き込んできた風は、髪を根本からかき上げ熱を攫っていく。いくつもの礫が襲ってきて、顔を伏せた。ぎゃお、とワーゴの声が聞こえる。警戒音。何事だと外に出て、絶句した。
灰色の雲の下を、何頭もの飛龍が飛んでいく。流星群のように、同じ方向を目指して。ふいに背後から足音が聞こえ、あわてて建物のなかに戻った。窓から外をうかがうと、茂みから駆龍の群れが飛び出してくる。先頭を走るのは、ジーグエの背を優に二倍は超えるだろう立派な龍で、身を固くしたジーグエたちには目もくれず、飛龍と同じ方向へと駆け抜けていった。
「なんだ……?」
経験したことのない、とてつもなく悪い予感に襲われる。トーラに頼んで、高台に案内をしてもらった。通り過ぎる建物の窓から、何人もの竜士が、同じように不安げな様子で空を見上げている。
飛竜の訓練につかうという離陸場からは、その異形がよくよく見えた。
「なに、あれ」
エルリナの声は震えていた。視線の先、中央基地の方角に、黒い塊がうごめいている。
春先に見かける、羽虫の塊みたいだ。同じ場所を何匹もの個体が回り続け、まるで一つの大きな繭を作るかのような姿。違うのは、あそこでうごめく一粒一粒が羽虫ではなく、龍だということ。
「カクリンだ」
「え?」
トーラは呆然と、けれど異様な光景から視線をそらさずにつぶやいた。
「拡鱗。龍が群れを大きくすること」
「大きくって」
あれ以上?
よくよく目を凝らすと、中央にひと際巨大な影がある。おそらく、王龍。あれは、首都を中心に、全国土の竜団の頂点にいた竜だ。
それをさらに大きくだって?
「あの龍は、金懐花を持ってる」
「ミスミが渡したやつか? でも、あれだってすぐに枯れるんじゃ」
「龍から離れなければ、金懐花は枯れない」
トーラは首を振った。
「だから龍は、金懐花のあるところに巣を作り、そこから長くは離れられなかった。その世話を代行したのが人間で、そのおかげで彼らは枷を解きより広く動けるようになった」
人は花の世話係ってわけか。風はますます強くなり、びょうびょうと緩急をつけて吹く様は、まるで見えない巨大な龍が耳元で唸っているかのようだ。
『本物』の金懐花を持った、この国で一番でかい龍が、群れを大きくしようとしている。
「それって、めちゃくちゃヤバいんじゃないのか」
トーラがうめいた。「危険だ。とても。そもそも、龍はなわばりに入らなければ人を襲わない。人はそれなりに身体が大きくて、なのに骨ばかりで、そのうえ知能を使うから。なのに、最近の彼らはなわばりを超えてわざわざ人を襲いに来る」
長が命じているからだ、とトーラは言った。
「王竜。あの子が、人を憎んでいるから、みんなそれに反応している」
「じゃあ群れがでかくなったら」
視線が合った。なにより竜を愛していた元隊長は、すべての感情を排した目で首を振った。
「この国の地上に、人の住めるところはなくなる」
言い換えれば、ここは龍の楽園になる。あの王子は喜びそうだ。
ミスミは。
ミスミは、あの竜狂いはどうだろうか。竜と人とのゆがんだ関係を正したいと願ったあの男なら。
なあ、どうする?
「帰る」
ずっと黙っていたエルリナが、踵を返した。すたすた歩いて行ってしまう。
「おい、どこ行くんだ」
「だから、帰るの。飛竜出して。ここにいたって、もう何もならない」
「まあそうだけど」
「なら、さっさと帰って、母さんを安全な場所に運ばなきゃ。一刻も早く」
年若いくせに、いやだからこそ、立ち直りが早い。もっとも、安全な場所というのは地下のことで、それを言うなら帰りたくないが、返さないわけにも行かない。
「帰るなら、急いだほうがいい」
早足で歩きながら、トーラも賛成した。「いまはまだ言うことを聞いてくれている竜も、あの群れが完成したら離れていく可能性が高い。ワーゴは竜になってすぐカラリナが引き取って、大事に育てた竜だ。だからまだ人の言うことを聞いてくれているけど、金懐花を持ったあの竜がこの地の頂点になれば、もう――」
トーラは不自然に言葉を切った。ぴたりを足も止めて考え込む。「ねえ、早くしてよ!」エルリナの叱咤にも動じない。
「おい、隊長?」
「……ジーグエ」
トーラは顔をあげた。まるで星を一粒落としたかのような光が、その目にはあった。
「もしかしたら、まだ手はあるかもしれない」
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