眠たい眠たい、眠たい夜は

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29.陽、訪問する

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 言い訳があるとはいえ、やっぱりこれはアウトだろうか。

 袋に入れたペンライトを携えて、早朝、陽は水岡の家の前にいた。終電で帰り早朝に出勤するスタイルはようやく慣れてきたところで、きょうばかりは緊張もあって眠気はない。
『忘れ物みつけたんだけど』と送ったメッセージはやっぱり既読になるばかりで、返事はなかった。

 一応ジャブは打ってるわけだし、いなかったらポストにでも入れればいいし、この時間なら多分起きているはずだし、本当に嫌なら居留守してもらえばいいし、一回で止めるから……と向こう側が見えなくなりそうなほど予防線を張っていると、チャイムを押す前に扉があいた。

「あ」

 ランニングウェアに包まれた身体は、気のせいか細くなったように見えた。
 スニーカーのつま先を打ち付けていた水岡は、陽の声に顔をあげる。驚きに見開かれる目玉よりも、その下の濃い黒ずみに目を奪われた。

「あなた、なんで」
「いや、こっちのセリフだけど」

 当初の目的も忘れて、陽はバカみたいに突っ立っていた。
 痩せた身体。落ちくぼんだ目。緑がかったように白い肌。
 明らかに体調が悪い。

「なにやってんの?」
「ランニングですけど」
「バカ」

 高い所からジャンプする子どもを叱るみたいに、思わず口をついた。とたん、水岡は眉を寄せる。

「あなただけには言われたくない」

 そう吐き捨てて、目元をスポーツグラスで覆い隠す。
 踵を返した長身は、けれど石畳のわずかな段差に引っかかって笑えるくらいあっけなく傾ぐ。あわてて手をのばし、肩と腰を支えた。コピー用紙みたいにふらふら直立した身体は、すぐに陽の手を振り払う。

「触らないでください」
「じゃあ転ばないでよ。っていうか」
「なんですか」

 なんですか、じゃない。陽から見ても分かるほどに、あからさまに寝不足だった。
 あの睡眠オタクが? どうして?

「あの、連絡してたんだけど」
「ああ、ペンライト」

 水岡は陽の手首に引っかかった袋を一瞥し、「捨ててください」と言った。

「いやでも、結構いいやつでしょこれ」
「もう代わりを買ったので」
「予備に持っとけばいいじゃん」
「あなたとの仕事は終わったでしょう」

 その声はあんまりにも苦々しくって、背中を打たれたようにハッとした。
 水岡ははじめてみる顔をしていた。言うことを聞かない動物にほとほと手を焼いている飼い主みたいな、呆れと失望みたいな顔。

「もうおれに関わらないでください」

 すぐ傍をすり抜けて、水岡は走っていった。わずかに巻き上がった風が地面に落ちて平らになっても、陽はしばらく動けなかった。
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