眠たい眠たい、眠たい夜は

nwn

文字の大きさ
上 下
22 / 38

22.陽、イライラする

しおりを挟む


 ドアをあけて目が合った瞬間、水岡はぎゅっと眉根をよせて「帰ります」と言った。

「え、なんで」
「何徹したんですか?」
「してないよ」

 うそじゃない。ちゃんと毎日寝ていた。その時間が、たぶん合計三時間にも満たないだけで。

「明らかに体調の悪い人からベッド奪うほど愚かじゃないんで」

 水岡はきっぱりと告げ、本当にくるりと背を向けた。から驚いて、つい声がでかくなった。

「大丈夫だってば」

 狭い廊下にびりびり反響して、脳の表層に残った理性が、ああまずいな、と思った。ご近所からクレーム来なきゃいいけど。
 水岡は驚いたように目を見開いて固まった。そのまぶたのかすかな震えにさえいらだって、陽は反射的に笑みを浮かべる。

「シーツ洗濯しちゃったし、また予定合わせるの面倒だからさ」

 自分は何を必死にこの男をひきとめているんだろう、と思った。
 せっかくの貴重な休日、帰ってくれるならそれに越したことはないじゃないか。けど、水岡を迎え入れるための準備がムダになると思うと、合理性をなぎ倒す怒りが沸いてきて困った。

 会いたくなかった。ただでさえ平静でないときに、精神をかき乱される相手となんて、会いたくなかった。距離感を縮めようと思わないからなおさら。

 だって、仕事相手だ。異性と短い付き合いをしたことはあるけれど、同性の仕事相手にわざわざ近づきたいと思うほど、陽は元気でも人恋しいわけでもなかった。たとえいま仕事のトラブルがなかったとしても、何かを進めたり築いたりしようとは思わなかっただろう。せいぜいこれまでのことを楽しい思い出として、大事にしまっておくだけだ。
 そう思うのは本当なのに、身体はいつの間にか水岡の手首をつかんで引き入れている。

 陽の気迫が通じたのか、これ以上ごねるのは得策でないとあきらめたのか、水岡は案外素直に従った。玄関で靴を脱ぎ、長い脚で廊下を進む。
 柱の角にたまっていたほこりは、えぐいを通り越して芸術的ですらあったな、と半日かけた掃除を振り返っていたから、このあとの進行を考えていなかったことに気づくのが遅れた。

 ダイニングテーブルの傍に立つ水岡と目が合い、お互いにあれっという顔をする。
 そもそも、この部屋に住んで六年弱、人を呼んだことなんてなかったのだ。

 ええっと、人が来たときって、どうすればいいんだっけ?

 九月にしては温かいきょう、預かるべきコートはないし、水岡が左手にぶら下げている紙袋は、彼の性格を考えると、まず間違いなく手土産ではないだろう。
 うろうろと視線をさまよわせる陽にさっさと見切りをつけ、水岡は荷物を壁際に置くと、取り出したハンドタオルをもって「洗面所借ります」と開きっぱなしのドアの向こうに消えてしまう。

 いや、別にいいけど。

 時間も余裕もなかったので、夕飯も風呂も済ませてきてほしいと伝えてあるから、もてなす必要もないだろう。
 せめてお茶くらい用意するか、とようやくまともに働きだした頭で電気ケトルに水を注いでいると、さっぱりとした顔の水岡が戻ってきた。すでに服を着替えている。

「あ、もう寝ますか?」
「はい。あなたは?」

 ジーンズをはいたままの陽を見て、不思議そうに首をかしげる。

「ああ、ちょっと仕事が残っていて。大丈夫、寝室は離れているので、そんなに光は気にならないと思います。僕はソファで寝るんで」
「は?」

 その一言でもう、地雷を踏んだのだとわかった。

「そんな寝不足の状態で仕事なんて、倒れますよ本当に」
「いやあまあそうも言ってらんなくて」
「そもそも、おれは誰かが起きていると寝られないんです。困ります」

 いや、知らないけど。
 家じゅうの電気という電気をつけっぱなしにしてやろうかとかなり真剣に検討したけれど、僅差でめんどうくささが勝ってやめた。なんでこんな自分勝手なやつのために、朝からあちこち磨き上げたりしたんだ。

 言い争う気力もなくて、早めに寝て夜中に起きることにした。
 どうせ熟睡なんてできないし、自分は寝室から離れた居間で寝るつもりだったから、一度眠れば水岡も起きないだろう。
 捨て鉢な気分でざっとシャワーを浴び、せめてもの嫌がらせに、いつもより長めにドライヤーをかけてやる。すっかり寝る支度が整って、一応、寝る前に声を掛けようかと寝室のドアをノックした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の患者に迫られています 年下バスケ選手のファストブレイク(速攻)

羽多奈緒
BL
【あらすじ】 理学療法士の樹生は隠れゲイ。勤務先の整形外科に運び込まれた社会人バスケ選手・翔琉のリハビリ担当に指名される。元患者で同じ社会人バスケ選手、しかも同じ怪我だった元カレとの苦い別れを思い出し、樹生は翔琉に冷たい態度を取る。二人の初対面は最悪の第一印象だった。しかし、リハビリ開始後は高いプロ意識に気づき互いに敬意を抱く。早期の競技復帰を強く望む翔琉に乞われ、樹生はプライベートでも彼のトレーナーを務めることに。 プールに転落した樹生を翔琉が救ったことで二人は距離を縮める。翔琉は幼い頃、小児喘息の末弟がプール遊びの後発作で死んだことに責任を感じていた。樹生は翔琉の純粋で優しい内面に強く惹かれるが、同棲中の彼女の存在を知り恋心を抑え込む。 翔琉は復帰初戦で対戦した樹生の元カレを殴り退場になる。「アイツと付き合っていたのか」と尋ね、口籠る樹生に翔琉は熱っぽく口づけ恋心を告白。翌日「次の対戦で元カレよりも得点したら自分と付き合って」と改めて訴える。 恋を賭けた試合の行方は――。 【主要登場人物】 受け:滝沢樹生(28歳) 身長173センチ、65キロ 理学療法士。隠れゲイ 子どもの頃から喘息持ちで運動音痴だったが故に、スポーツマンタイプの男性が好き。恋愛に関しては奥手。妹が一人いる。 攻め:岡田翔琉(25歳) 身長189センチ 社会人バスケ「東菱電機レッドサンダーズ」所属選手。ポジションはスモールフォワード。大学卒業後リーグ参戦二年目で得点王に輝くなど将来を嘱望される。試合や真剣な練習の時は、不愛想で無表情。 三人兄弟の長男。末弟を幼い頃に亡くしている。 ※この作品はエブリスタ、fujossy、Pixivにも掲載しています。 ※ステキな表紙絵は、AZUREさん @azure_suite に描いていただきました❤️ https://estar.jp/users/43480274 https://www.pixiv.net/users/57920329

【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)  甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。  ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。  しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。  佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて…… ※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>

中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが…… 想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。 ※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。 更新は不定期です。

雨さえやさしく

あまみや慈雨
BL
月森椿(つきもりつばき)は一度東京へ出たものの、わけあって地元に戻りひっそり暮らす公務員。(25) 偏見のある田舎町で、ゲイバレを恐れて生きている。 そんなある日、ひっそり具合が気に入っていた戸籍課から一転、人と接する商工観光課へ異動になる。 その上都会から来た婚活コンサルタントと一緒に街コンを手がけることに。 しかも彼、早坂晴臣(はやさかはるおみ)(24)は愛されるオープン・ゲイだった。 ぐいぐいくる晴臣がいると自分もゲイバレしそうで落ち着かない。 かくなる上は微妙に失敗して逃げ帰ってもらおうと、策を弄する椿だったが―― 太陽属性攻×面倒くさ可愛い受の、地方城下町BLです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 念のため、実在の街とは一切関係がなく、貶める意図もありません。 作者も田舎生まれなので若干の実感はこもっております…… 表紙イラスト/高峯シオ様 デザイン/あまみや慈雨 イラストは有償依頼しているものです。無断転載ご遠慮ください。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 冬コミ参加します。「虹を見たかい」に後日談のえろを書き足したものが新刊です。 12/28(土)南棟ノ19b「不機嫌ロメオ」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ホントの気持ち

神娘
BL
父親から虐待を受けている夕紀 空、 そこに現れる大人たち、今まで誰にも「助けて」が言えなかった空は心を開くことができるのか、空の心の変化とともにお届けする恋愛ストーリー。 夕紀 空(ゆうき そら) 年齢:13歳(中2) 身長:154cm 好きな言葉:ありがとう 嫌いな言葉:お前なんて…いいのに 幼少期から父親から虐待を受けている。 神山 蒼介(かみやま そうすけ) 年齢:24歳 身長:176cm 職業:塾の講師(数学担当) 好きな言葉:努力は報われる 嫌いな言葉:諦め 城崎(きのさき)先生 年齢:25歳 身長:181cm 職業:中学の体育教師 名取 陽平(なとり ようへい) 年齢:26歳 身長:177cm 職業:医者 夕紀空の叔父 細谷 駿(ほそたに しゅん) 年齢:13歳(中2) 身長:162cm 空とは小学校からの友達 山名氏 颯(やまなし かける) 年齢:24歳 身長:178cm 職業:塾の講師 (国語担当)

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

くんか、くんか Sweet ~甘くて堪らない、君のフェロモン~

天埜鳩愛
BL
爽やかスポーツマンα × 妄想巣作りのキュートΩ☆ お互いのフェロモンをくんかくんかして「甘い❤」ってとろんっとする、可愛い二人のもだきゅんラブコメ王道オメガバースです。 オメガ性を持つ大学生の青葉はアルバイト先のアイスクリームショップの向かいにあるコーヒーショップの店員、小野寺のことが気になっていた。 彼に週末のデートを誘われ浮かれていたが、発情期の予兆で休憩室で眠ってしまう。 目を覚ますと自分にかけられていた小野寺のパーカーから香る彼のフェロモンに我慢できなくなり、発情を促進させてしまった! 他の男に捕まりそうになった時小野寺が駆けつけ、彼の家の保護される。青葉はランドリーバスケットから誘われるように彼の衣服を拾い集めるが……。 ハッピーな気持ちになれる短編Ωバースです

明日の朝を待っている

紺色橙
BL
■推しにガチ恋した話 ■夜の公園で一人踊るその姿に惹かれた。見ているのなら金を払えと言われ、素直に支払う。何度も公園を訪れリョウという名前を教えてもらい、バックダンサーとして出演するコンサートへも追いかけて行った。 ただのファンとして多くの人にリョウさんのことを知ってほしいと願うが、同時に、心の中に引っかかりを覚える。

処理中です...