眠たい眠たい、眠たい夜は

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21.陽、直面する

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 諦めてメーラーを開くと、プロジェクトの進捗報告がずらりと来ていた。そのひとつひとつに目を通し、返信していく。
 今回のイベントのメインは、12月21日、冬至の夜に駅前のコンコースを貸切って行うプロジェクションマッピングだ。「一年で一番長い夜に、癒しのひとときを」というコンセプトで、香泉堂の新商品と睡眠市場への参入をアピールする。

 駅前での試供品の配布と、商店街の垂れ幕とのぼり(これは、商店街の元締め的な立ち位置にいる香泉堂が自前でやるというので、デザインの共有のみ)、あとは特設サイトの開設とSNSでの発信もして、地元フリーペーパーの取材も受けて、ラジオ局とコラボしたインタビュー企画も。規模は大きくないけれど、細々とした発信を重ねていくスタイルだ。

 すべての進捗をまとめて先方への定期報告を終えると、もう昼を過ぎていた。
 空腹はとっくに過ぎ去って、何も食べたいものが思い浮かばなかったけれどとりあえず一服しようと席を立ったとき、田所に呼ばれる。

「単刀直入に言うと、先方からクレームをいただいた」

 ちょっとした打ち合わせにつかう、六人掛けのテーブルがなんとか収まっている会議室で、前置きもなしに切り出されて一瞬混乱する。

「先方って、香泉堂さんですか?」
「そう」
「どうして」
「請求書の金額が契約と違うと」
「は?」
「データを送ってもらった。見覚えは?」

 ばさっと、わざわざプリントアウトされた紙を手に取る。
 あ、心臓って、本当に驚くと止まるんだ、と思った。
 一番初めのコンペの際に提出した企画書には、この規模の案件の平均金額よりも一桁小さな金額が載っている。

「確認したか?」
「しました。修正もした記憶があります」

 須永にはじめて任せた企画書だった。別の案件のフォーマットをベースに作るよう指示して、だから、金額が前のまま残っていて、修正するように伝えて――伝えて? その後確認したか? 覚えがない。

「とにかく、先方んとこ行くぞ」

 すぐに会社を出て、タクシーを待つ間に電話をかける。担当者は捕まらず、経理担当に繋いでもらって事情を説明するも「事情がわからないので」と通話を切られた。



 アポなしの訪問は冷たい視線をもって迎えられた。

 急に押し掛けたこと、混乱を招いたこと、誤った見積書を作成して進めたこと。謝罪することはいくらでもあって、田所と陽は数えるのも嫌になるほど頭を下げた。
 ようやく担当者が外出から帰ってきて、経緯を伝える。一社員では判断がつかない、ということで、急きょ経理課長と広告宣伝部長も同席のうえ、話し合いがもたれた。

「安いなとは思ったんですよねえ」

 経理課長はおっとりと言った。「他の二社と桁が違いましたし。まあでも、そういう工夫でもあるのかなって思ったから契約したんですけど」

「申し訳ございません」
「いえいえ。しかし困ったなあ。もう当初の金額で予算を組んでしまったので、いきなり追加で払えってのも、なかなか難しいんですよねえ」

 当然の反応だった。
 いま陽たちがお願いしていることは、ベッドを買ってから「値札がまちがっていたので追加で金を払え」と言っているようなものだった。五万のベッドが実は五十万でした、と言われたって、なら買わなかったとしか言いようがない。
 実費に関しては検討するが、それ以外の追加の支払いを確約はできない、というのが、先方の結論だった。おそろしく寛大な処遇だ。
 帰宅ラッシュ前の、がらんとした駅前を田所ととぼとぼ歩いて帰る。

「まあ、起きてしまったことは仕方ない」

 謝罪も尽きて、何も話せなくなった陽に、田所は言った。

「けど、どうすんですか? 百五十万の損失なんて」
「あのなあ、これでも一応、法人だぞうちは。百万ちょっとで傾く経営はしてない」

 ただ、と声のトーンが下がる。

「言いたかないけど、決して好調ともいえんからな」
「もしかして、須永に賠償請求とか」
「ばかいえ、仮にも社員だった期間の事故だ。犯罪を犯したわけでもない。そんなことできるか」
「じゃあ」
「あいつに関しては何もできない。退職金すら出ない期間に辞めたからな。だから……沙苗さんに頭下げることになるかもしれない」

 じっと足元をにらみながら、田所は砂を噛むように言った。たかがパートひとり、されどパートひとりだ。
 陽は、何も言えなかった。



 赤字の補填について、毎日深夜まで話し合った。
 プロジェクションマッピングの内容の見直し、広告出展数の見直しから、ポスターの紙質、試供品の包装に至るまで、なんとか質を落とさずに、かつ一円でも安くできないか削りに削った。それでも百二十万まで減らすのが限界だった。

 金曜の二十三時に結論が出た。
 会議室を出てデスクに戻ると、机の上にチョコバーが置いてあった。
「無理しすぎないように」とやわらかい文字で書かれた付箋を見つめたまま、陽はしばらく動けなかった。
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