眠たい眠たい、眠たい夜は

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12.陽、遭遇する

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 あれこれと連れまわされては、言われるがまま寝っ転がったり起きあがったりを繰り返し、最終的にボーナスの半分よりはやや少ない金額のベッドをお買い上げした。
 国家プロジェクトでも終えたような水岡の顔がおもしろくて、「寝心地気になるなら寝に来てもいいから」と冗談をいうと、思いがけず「いいんですか?」と言われる。

「そんな食いつかれると思わなかった」
「マットレスはそうそう試すことができないんで」
「でも男のだけど」
「そんなこと言い出したらホテルなんて泊まれません」

 それはそうだけども。

「あなたはいいんですか?」
「俺? だって借りがあるし」

 初対面の人間のベッドを占領し爆睡したことに比べれば、あらかじめ了承したうえでベッドを貸すことくらいなんでもない。雑魚寝だって回し飲みだって平気だし。なのに水岡は不思議そうにのぞき込んでくる。

「なに?」
「変な人だなと思って」

 変な人に言われてしまった。

「どこが?」
「なんというか……距離感が」
「こっちのセリフだけど」

 どう角度をつけてみても社交的とは程遠いタイプのくせに、急な連絡にも一歩も引かずに、人のベッド真剣に選んだりするところとか。

「おれは不可抗力なだけですよ」

 とろりとした西日が水岡の頬を縁どっている。自分のこと、おれって言うんだなと頭の片隅で思う。
 というか、そりゃあ最初はこっちが(不可抗力で)押しかけたけど、きょうはそっちから誘ってきたんじゃん、とまるで被害者みたいな水岡の言葉に反論しようとして、やめた。
 だってなんだか、誘ってもらいたいみたいじゃないか。いや別にそうじゃなくって、ただ俺は、俺ばっかり距離感つめてるみたいな言われ方は不服なだけで。
 我ながら生産性のない考えをぐるぐる回していたせいで、すれ違いざまの通行人にぶつかる。

「わ」
「あ、すみませ――」

 振り返ると須永だった。
 ラフなTシャツにジーパン。おまけに周りには「なにやってんだよダセー」と笑うご友人らしき皆さま付き。

 うーん、どう見ても葬式帰りって感じじゃないな。

 予想していたとはいえ、どうしたって反射的に残念な気持ちになる。けど、だからって怒っても仕方ないし、肉親でもない他人の休みの過ごし方に文句を言える立場でもない。だから陽は「偶然だな」と笑って流そうとした。

「すんませんっした!」

 須永が、その場でいきなり土下座をするまでは。

「は? え?」
「香泉堂の件、あの、俺まじでわざとじゃなくって」
「ちょっとまって。話がみえない」
「ぽしゃったんですよね?」
「ぽしゃってないけど」

 は? と口をあける後輩をとりあえず立たせ、事情をきく。

「え、ホントに大丈夫だったんですか? だって、ヨウも」
「ヨウ?」

 反射的に振り返りそうになって、思い止まる。
 須永は「ヨウ」の正体を知らない。

「あの日、動画のお礼、ばたばたしてたら十八時過ぎになっちゃって。そんでも早めに送ったほうがいいかなって、所詮メールだしと思って送ったら、したらめちゃくちゃキレられて……俺、どうしようって。あの日、ワタさんすぐに帰っちゃったし、こんなことで連絡取れないし、けど、香泉堂さん楽しみにしてるし、このまま案件ぽしゃったらって思ったら怖くて」
「それで?」
「あの……そのまま帰りました」

 まじかよ。
 陽はあぜんとして固まった。全然知らなかった。強烈に振り返りたい。
 え、じゃあヨウ――水岡は、須永にキレてたのに俺のベッド選びに来たの? 須永と一緒に挨拶した俺の? ベッドを?

「すみません。すぐに報告して、お詫びしなきゃって、後から気づいたんですけど」
「あーうん」
「あの、きけた義理じゃないすけど、本当に大丈夫なんですか? 動画使わせないとか、連絡なかったんですか」
「うん、たぶん」

 我慢も限界で、須永がうつむいているのをいいことに、陽はちらっと水岡に視線を向ける。
 自分の名前が聞こえていないわけでもないだろうに、良くも悪くもマイペースな水岡は、明後日の方向をぼうっと見つめている。

 おい、当事者。

 睡眠に掛ける情熱の1パーセントでも人間関係に気を割いてくれたらこうはならなかったんだぞ、と一瞬文句を言いたくなったけれど、すぐにそうじゃないなと思い直した。ヨウがたとえ優しくても、結局どこかでつまずいた問題だ。

「俺も連絡とったけど、別に普通だったよ。香泉堂さんもすごくよろこんでくれてるし、めちゃくちゃ順調」
「ホントっすか?」

 ぱ、と須永は顔をあげる。

「よかった……」
「ヨウも人間なんだし、機嫌の悪い日だってあるって。約束破ったうえに謝らなかったのはよくないけど、別に損害を与えたわけじゃないんだから」

 ひとときでも後輩が安堵を見せてくれて、陽もうれしくなる。だから戻って来い、そう続けようと思ったのに、「でも」と須永が話すほうが早かった。

「俺、ヨウのこと嫌いです」
「え」
「フォロワーが多いんだかエンゲージメント率が高いんだか知りませんけど、完全に舐めてるでしょ、こっちのこと。依頼される側だからって、偉いんすか? 十八時だかなんだか知らないけど、そんなマイルール勝手に押し付けていいくらい?」

 陽は須永が受け取ったというメールを知らない。だから、「キレられた」という事実が、どの程度のものなのかわからない。けれど。

「偉いよ」

 陽は迷わなかった。
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