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6. 陽、部下の尻拭いをする
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おい、と陽は後輩に視線を送る。
企画を受けてくれたとはいえ、なかなかに手ごわそうな相手なのは間違いない。仕事相手に人の温かみを求めているタイプにも見えないし、初対面であんまりつっこみ過ぎるのは得策でない。
陽の慌てた顔に、須永は気づかない。
「SNS見させていただきましたけど、睡眠グッズの効果をアプリで測定してんの、真面目でいいっすよね。自分、結構夜更かししちゃうタイプなんですけど、やっぱしっかり寝るって大事なんだなーって思いましたもん」
「それはなによりです」
ひやっとした声だった。クーラーの風が吹きつけたみたいにつめたい。
いい、いい。ここまでにしとけ。
陽は割って入ろうとしたけれど、須永が口をひらく方が先だった。
「なんか、そんなによく寝ることにこだわるようになった理由ってあるんですか?」
「特には。普通のことをしてるだけだと思いますけど」
「いやいやまたあ。女性ならともかく、若い男の人がアロマ何本も試したり、一万もする絹のパジャマ買ったりとかって、あんまりなくないすか?」
「なぜ、ないんですか」
ぴしゃりと頬を打つような言葉だった。
「え?」
「だから、なぜ、男が自分のケアに金を掛けることが、ありえないのかと聞いている」
「いや……別にありえないなんて」
「思っているでしょう。男なんだから、自分を雑に扱って当然。暴飲暴食をしたり、夜遅くまでゲームや動画を見たりして、次の日調子が悪くっても、まあ仕事ができてればそれでよし。意識して適切な食事に切り替えることも、早めに就寝することもない。なぜですか?」
「あ、はは……」
ようやく風向きが悪いことに気づいた須永が、助けを求めて陽を見る。
いや、この状況でパス出されても。場を取りなすセリフは、そう簡単には浮かばない。
「おれからしてみれば、いい大人のくせに、単なる自己管理すらできないほうが、よっぽど『ない』です」
先生にド正論で叱られた小学生みたいに、「おっしゃる通りです」と謝ることしかできなかった。
◇
打ち合わせが終わってからも落ち込み続ける後輩をなんとか慰め、とはいえ仕事はこの件だけじゃないので、缶コーヒーを奢って陽は自分の仕事にとりかかる。別の企画の進行確認と遅れているスケジュールの引き直し、制作会社から上がってきたデザインのチェックとそのフィードバック等々、片付けていけばもう夜だった。
「フォローありがとうございました」
定時で上がらせた須永を見送って、帰り支度をしている沙苗のデスクに近づく。
「ワタさんもお菓子いる? 新作、入荷してるよ」
にっこり笑った彼女の袖机の二段目が、駄菓子屋の様相をしているのは公然の秘密で、陽も六日連続でコンペがあった際には大変お世話になった。まだ大丈夫だと、丁重にお断りする。
「それにしても、ヨウがそんな人だったなんてねえ。動画、たまに見てたけど、穏やかな人かと思ってたよ」
「普段は穏やかでも、なかには、僕らみたいな業種が嫌いって人はいますから」
「それでもさあ、言い方ってもんがあるじゃない。コラボ先、変えらんないの?」
「そこまでひどいこと言われたわけじゃないですよ。無理難題をごねてきたわけでもないし」
『ヨウ』は、顧客である香泉堂からの希望がなくても、コラボ先として考えていた相手だった。
数年前から動画系のSNSを中心に活動している、フォロワー数万のインフルエンサー。あらゆる睡眠・快眠・熟眠グッズの効果を文字通り『身体を張って』試し、よいものは手放しで賞賛する一方で、効果なしと判断すれば容赦なくこき下ろす。
案件動画でも決して評価の手をゆるめないところや、報酬に色気を見せない性格から、企業的にはかなり「やっかいな」パートナーと認識されていることが多い(もっとも、そのストイックさが視聴者の多さに現れているともいえる)。
起業のPR、いわゆる『案件』の話は「自分は金稼ぎのためにやっているわけではない」と怒られることもしばしばだ。
もちろん喜んでくれる人もいるし、インフルエンサーなんて人気商売、媚びるまではいかなくても、まあお互い仲良くやってこうぜ的な友好的雰囲気を出してくれる人も多いが。
沙苗ももちろんそのことは承知で、だからこれは須永を守るための言葉なんだろう。案の定、陽が取りなすとすぐに怒りを引っ込めて、まあねえ、と小首を傾げた。
「須永ちゃんがちょっと打たれ弱いってのはあるかもだけど。だからって、わざわざ傷つく言い方しなくてもいいじゃない」
クレームやいたずら、果ては怪しいセールス電話まで、あらゆる電話をさばく沙苗の言葉には貫禄すらあった。
「いや、今日のは須永もよろしくなかった。あとで注意しておきます」
「あはは、がんばって先輩」
思い切り肩を叩かれてふらつく。日々、十歳の双子と格闘している人間の筋力は、ヘタな成人男性よりよっぽど強い。
「先輩って柄じゃないんですよね……てか沙苗さん、まだ正社員になってくれないんですか?」
電話を取りながら請求書の発送手配をし、空いた時間で物品の補充と経費精算その他の雑務を引き受ける彼女の業務量は、彼女の優秀さを表すように、週四パートの請け負う量を明らかに超えている。何より、よく気が回り、行き詰ったフロアの空気をさっと入れ替えてくれるような明るさには、何度も救われていた。
「いやだよ、こんなブラック会社」
企画を受けてくれたとはいえ、なかなかに手ごわそうな相手なのは間違いない。仕事相手に人の温かみを求めているタイプにも見えないし、初対面であんまりつっこみ過ぎるのは得策でない。
陽の慌てた顔に、須永は気づかない。
「SNS見させていただきましたけど、睡眠グッズの効果をアプリで測定してんの、真面目でいいっすよね。自分、結構夜更かししちゃうタイプなんですけど、やっぱしっかり寝るって大事なんだなーって思いましたもん」
「それはなによりです」
ひやっとした声だった。クーラーの風が吹きつけたみたいにつめたい。
いい、いい。ここまでにしとけ。
陽は割って入ろうとしたけれど、須永が口をひらく方が先だった。
「なんか、そんなによく寝ることにこだわるようになった理由ってあるんですか?」
「特には。普通のことをしてるだけだと思いますけど」
「いやいやまたあ。女性ならともかく、若い男の人がアロマ何本も試したり、一万もする絹のパジャマ買ったりとかって、あんまりなくないすか?」
「なぜ、ないんですか」
ぴしゃりと頬を打つような言葉だった。
「え?」
「だから、なぜ、男が自分のケアに金を掛けることが、ありえないのかと聞いている」
「いや……別にありえないなんて」
「思っているでしょう。男なんだから、自分を雑に扱って当然。暴飲暴食をしたり、夜遅くまでゲームや動画を見たりして、次の日調子が悪くっても、まあ仕事ができてればそれでよし。意識して適切な食事に切り替えることも、早めに就寝することもない。なぜですか?」
「あ、はは……」
ようやく風向きが悪いことに気づいた須永が、助けを求めて陽を見る。
いや、この状況でパス出されても。場を取りなすセリフは、そう簡単には浮かばない。
「おれからしてみれば、いい大人のくせに、単なる自己管理すらできないほうが、よっぽど『ない』です」
先生にド正論で叱られた小学生みたいに、「おっしゃる通りです」と謝ることしかできなかった。
◇
打ち合わせが終わってからも落ち込み続ける後輩をなんとか慰め、とはいえ仕事はこの件だけじゃないので、缶コーヒーを奢って陽は自分の仕事にとりかかる。別の企画の進行確認と遅れているスケジュールの引き直し、制作会社から上がってきたデザインのチェックとそのフィードバック等々、片付けていけばもう夜だった。
「フォローありがとうございました」
定時で上がらせた須永を見送って、帰り支度をしている沙苗のデスクに近づく。
「ワタさんもお菓子いる? 新作、入荷してるよ」
にっこり笑った彼女の袖机の二段目が、駄菓子屋の様相をしているのは公然の秘密で、陽も六日連続でコンペがあった際には大変お世話になった。まだ大丈夫だと、丁重にお断りする。
「それにしても、ヨウがそんな人だったなんてねえ。動画、たまに見てたけど、穏やかな人かと思ってたよ」
「普段は穏やかでも、なかには、僕らみたいな業種が嫌いって人はいますから」
「それでもさあ、言い方ってもんがあるじゃない。コラボ先、変えらんないの?」
「そこまでひどいこと言われたわけじゃないですよ。無理難題をごねてきたわけでもないし」
『ヨウ』は、顧客である香泉堂からの希望がなくても、コラボ先として考えていた相手だった。
数年前から動画系のSNSを中心に活動している、フォロワー数万のインフルエンサー。あらゆる睡眠・快眠・熟眠グッズの効果を文字通り『身体を張って』試し、よいものは手放しで賞賛する一方で、効果なしと判断すれば容赦なくこき下ろす。
案件動画でも決して評価の手をゆるめないところや、報酬に色気を見せない性格から、企業的にはかなり「やっかいな」パートナーと認識されていることが多い(もっとも、そのストイックさが視聴者の多さに現れているともいえる)。
起業のPR、いわゆる『案件』の話は「自分は金稼ぎのためにやっているわけではない」と怒られることもしばしばだ。
もちろん喜んでくれる人もいるし、インフルエンサーなんて人気商売、媚びるまではいかなくても、まあお互い仲良くやってこうぜ的な友好的雰囲気を出してくれる人も多いが。
沙苗ももちろんそのことは承知で、だからこれは須永を守るための言葉なんだろう。案の定、陽が取りなすとすぐに怒りを引っ込めて、まあねえ、と小首を傾げた。
「須永ちゃんがちょっと打たれ弱いってのはあるかもだけど。だからって、わざわざ傷つく言い方しなくてもいいじゃない」
クレームやいたずら、果ては怪しいセールス電話まで、あらゆる電話をさばく沙苗の言葉には貫禄すらあった。
「いや、今日のは須永もよろしくなかった。あとで注意しておきます」
「あはは、がんばって先輩」
思い切り肩を叩かれてふらつく。日々、十歳の双子と格闘している人間の筋力は、ヘタな成人男性よりよっぽど強い。
「先輩って柄じゃないんですよね……てか沙苗さん、まだ正社員になってくれないんですか?」
電話を取りながら請求書の発送手配をし、空いた時間で物品の補充と経費精算その他の雑務を引き受ける彼女の業務量は、彼女の優秀さを表すように、週四パートの請け負う量を明らかに超えている。何より、よく気が回り、行き詰ったフロアの空気をさっと入れ替えてくれるような明るさには、何度も救われていた。
「いやだよ、こんなブラック会社」
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