ひよっこ薬師の活用術

雨霧つゆは

文字の大きさ
上 下
10 / 22

10話 生産者ギルド

しおりを挟む
 翌日。日が上り始め暖かな光が町へ差し込む。町の大通りは人が行き交い、商業区では高らかに声を出してセリが行われる時間帯。そんな時刻、小鳥の宿の一階カウンターにティカの姿があった。いつもならベッドの中で夢うつつだというのに今日はいつもより早起きだ。

「エマさんの作る料理はどれも美味しいですね」
「そう言ってくれると作り甲斐があるわね。これはサービスしとくよ!」

 エマは手元の皿から油で揚げたフライを一切れカウンターに置かれた皿へと移した。フライをサービスしてもらったティカは見るからに嬉しそうだ。皿に残る料理を手早く平らげ果実水を飲み干した。
 今日の予定である組合登録を行うため、エマにお礼と部屋の鍵を預け宿屋をあとにした。

 宿から通り沿いを歩き大通りへ。そこから組合がある北区へ向かって進んで行く。
 大通りゆえ人通りは多くすれ違う人は様々だ。中でも冒険者と呼ばれる武装した者達が特に多く見られた。

 これからティカが向かう北区にはギルドやそれに属する組合といった町の重要な施設が密集している。ギルドは主に二つ。冒険者ギルドと生産者ギルドだ。前者は魔物の討伐や素材の採取などを受け持つ組合と冒険者個人個人の管理を行う。後者は国内への流通から組合や生産者の管理などを一手に担う組織だ。
 組合は各ギルドを更に細分化した組織で、一般人はこちらの組合を利用することが多い。町によって組合もさまざまで、ここルイツの町だと冒険者ギルドに属す組合は狩猟組合、採取組合、調査組合の三つの組織がある。生産者ギルドは、商業、魔術、薬師、職人の四つの組合からなる。
 勿論、ティカが向かうのは生産者ギルドと薬師組合だ。始めに生産者ギルドで入会手続きと登録書作成、その後に薬師組合にて名簿登録をすることが本日の予定だ。

 生産者ギルドまでの道のりは実に寂しいものだった。冒険者ギルドは町の中心部に近いのに対して生産者ギルドは北区の中でも北側に位置している。主要施設へ向かう人々の大半は冒険者ギルドに向かうため、それを過ぎると人通りが極端に少なくなる。
 先程まで腰や背中に武器を装備している冒険者と思われる者たちで溢れかえっていたが、今や視界に映るのはティカを除いて数名ほどだ。生産系の施設へ向かう者の方が珍しいということが安易に分かる構図だ。そして同じ道を歩む者たちも各々の組合へ別れ、生産者ギルドへ向かうのはティカ一人となった。

 茶色いレンガ張りの道へ変わり、緩やかな傾斜のついた坂を上った先に生産者ギルドがあった。
 木材と金づちが重なるシンボルが建物と看板に描かれ、建物は五階建てと大きく立派だ。渋いオーク系の木材を使用しているためか濃い茶色がまた生産者ギルドらしい味わいを出していた。

――チリンチリン。

 木製の扉を押して入ったティカは期待に胸が膨らんでいるようだった。
 建物内は床一面白い大理石を用いられ、壁も床に合わせて白を基調とした内装に仕上がっている。カウンターは木目調の木材を使用していて落ち着いた雰囲気を演出していた。
 カウンター左側の掲示板に納品単価リストや依頼書などの書類が張り出されていた。広めに作られた右側のスペースには調度品や小物、保存食などを販売するブースが設置されてあった。

 訪問を告げるベルが鳴り響くと訪問者へ視線が集まり、そのうち一人の若い女性が近づいて来た。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「入会の手続きをしたいのですが」
「入会の手続きですね。 あちらのカウンターで行っております」

 営業スマイルを見せる案内スタッフが奥のカウンターを指し示す。用件ごとに受付が別れているようなので、案内に従い奥の受付まで移動する。

 生産者ギルド。生産系の組合を束ねる組織を総称してギルドと名付け、依頼の発注や組織の経理、紹介状の作成から勧誘まで事業内容は多岐にわたる。ここルイツに置かれている生産者ギルドは支部に当たるが、王都にある本部は支部とは比べ物にならないくらい活気があって稀少な資源や高価な魔道具が集まる場所だ。
 近年、魔物が活発化している影響か冒険者が増え続け、装備品や装飾品の需要が急激に高まりを見せている。もともと人手不足な生産系がここにきて需要と供給のバランスが崩れ更に深刻な状況に陥っているのが生産者ギルドの現状だ。
 辺境の町にですら求人募集の広告や引き抜きといった行為が行われる始末だ。その余波はこの町ルイツにも来ており、優秀な人材の殆どは王都の方へ行ってしまっている。今ではどこも深刻な人手不足だ。それを裏付る証拠というわけではないが、掲示板に掲載されている溢れんばかりの依頼書の束が全てを物語っている。

 そういった背景があることを知らないティカは、丁寧な対応に早くも生産者ギルドへ好感を抱く。案内スタッフの女性も心なしか嬉しそうな表情を受付へと見せていた。

「新規入会の手続きでよろしいでしょうか?」
「はい」
「ではこちらの用紙に必要事項のご記入をお願いします」

 入会手続き用の用紙と一緒に羽ペンを受け取ったティカ。カウンター脇を陣取り渡された必要事項に目を通す。記入事項は名前や出身、年齢、どういった技能を持っているのか、魔法は使えるのかなどの項目が幾つか記載されていた。記入できる範囲で書き込んでいき一通り記入を終え、金髪が美しい受付嬢に視線を向け用紙を提出した。

「一通り記入をしたのですが、これで大丈夫ですかね」
「確認いたしますね。……名前はティカ・ラウネルさん、出身はメディス地方、年齢は十五と。……技能の項目に薬師とありますが、本当でしょうか?」

 金髪受付嬢の質問に周囲がピクリと反応した。
 冒険者になるべく若者が流れていくこのご時世、技能の習得が必要な生産系にくる若者は珍しい。その中でも知識や技術は勿論のこと、魔法などにも精通していなければならない薬師は非常に難しく、専門の機関を卒業しなくてはならない。安易に就くことができない職業と厳しい道のり故、若くして薬師を目指すものは数えるほどだ。そんな背景ゆえ、珍しく生産者ギルドへ来た若者が技能欄に薬師と書いて提出してきた。
 職に就くことが極めて難しい部類に入る薬師。久しぶりの入会で素直に嬉しい受付嬢ではあったが、流石に技能欄に薬師と書かれては質問せざるを追えない。

 一昔前までは、儲かる職業の代名詞としてあげられる薬師に成り済ます輩が多かった。今ではそう言った事例は稀だがないとも限らないので仮に登録後、不祥事を起こされた場合ギルドにも責任の一端はくる。なのでその辺り、しっかりと真実を見極める必要があるようだ。

「そうですね。といっても最近、見習いを卒業したばかりの半人前ですけどね」
「失礼ですがお師匠様はどなたでしょう? もしかしてネルダさん? でもネルダさんが弟子をとったという話も聞きませんし」

 薬師となれば引く手数多の職業だ。需要のある職は必然的に忙しく、弟子をとるほど暇な薬師を見つける方が難しい。大概の薬師は面倒がって引き受けることをしない者が殆どで、それゆえ後進の者が育たないという原因もあったりする。そう言った背景があるため、どこの薬師の弟子なのか尋ねるのは当然と言えば当然である。

「僕の師匠はロマドという人ですけど」

 その名を出した瞬間、ギルド員や他の受付嬢が困惑した表情を見せる。勿論、ティカを担当している受付嬢も例外ではない。

「……」
「あれ? もしかして知りませんか? もしかしたら、山奥に籠っている所為で世間から忘れられたのかも。なら……」

 受付嬢の反応に困惑したティカはあたふたと手を振って訴えかける。まさか成りすましと疑われている? そんな考えに至ったティカはふと師匠から受け取った証明書思い出し、証明書を見せれば誤解が解けると思い付いた。

 ポーチから証明書を取り出し、未だ固まっている受付嬢の前に提出した。
 しかしながら受付のその反応は至極全うなものだ。ティカの師匠ロマド・ディエティナは凄腕薬師として超有名人だ。宮廷薬師を一時期務めており、趣味の魔道具づくりも現役魔具師が匙を投げるほど才能があったとか。この国、ニルバーナ王国でも五本の指に入る超重要人物扱いされているほど名の知れた人物だ。まさかそんな超有名人の名が出てくるとは思いもよらなかったため受付嬢の反応も頷ける。

「しっ、失礼しました!! お手数ですが少しお待ちいただけませんか?」
「えっ! 構いませんけど……」

 慌てた様子で証明書を受け取り席を外した受付嬢。何か粗相でもしたのかもと思い込んでしまったティカは、若干俯き加減でカウンターから離れて待合椅子に座って待つことにした。

「聞きました? ロマド様って言えば」
「ええ、特級クラスの薬師の名前ですね」
「もし、あの子がその弟子だったとしたら……」
「大変な事になるかもねぇ」

 こそこそ話すギルド員に居ずらさを感じ始めた時、先ほどの受付嬢からお呼びがかかった。

「ティカ様、お待たせしました。ご提出いただいた証明書については鑑定の魔道具により本物であるとの結果が出ました。こちらの証明書はお返しします」
「あ、はい」
「それではこちらが生産者ギルドのギルド証ですので無くされないように保管をお願いします。こちらの冊子に会員規約やギルドの利用方法など記載されていますのでご一読ください」

 呼び出しを受けカウンターに向かうとギルド証と冊子を渡された。鎖に繋がれた銀色のプレートに生産者ギルドを表すシンボルが彫りこまれたギルド証、それとは別に規約が纏められた冊子を受け取った。

「この度はご入会ありがとうございます。今後、ティカ様の担当をいたしますミランダと申します。またご用件がありましたら当ギルドへお越しくださいませ、全力でサポートさせて頂きます」
「ごっご丁寧にどうも」

 そう言って深くお辞儀をする受付嬢。周囲の視線やひそひそ声に居心地悪さを感じ、短く礼をしてそそくさとギルドを後にした。これで生産者ギルドの登録は無事完了した。お次は薬師組合だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

空色の娘は日本育ちの異世界人

雨宮洪
ファンタジー
17歳の女子高生だった、川末詠莉ことエイリは『瞳』の色の所為で学生生活と養い親との関係がうまくいってなかった そんなある時、異世界『スティリア』の精霊王はエイリに精霊の愛し子だった母親が逃した子供で『スティリア』から迎えにきたと告げた こうしてエイリは異世界『スティリア』に来たわけだが… エイリの姿は本来この世界で生まれ育った場合の7才にまで若返っていた そんな無自覚(アホ)チート少女が実父と再会し安全な隣国まで国境を越える旅をしたり可愛い精霊と契約したりギルド見習いになって料理やら何やら作ったりしながら成長していくお話です 。なろう小説でも『異世界に帰ってきた?空色の娘』という作品で投稿しておりましたが『空色の娘は日本育ちの異世界人』に変更し、アルファポリス版では話によっては手直し加筆して投稿してます※作者きまぐれにより更新頻度不規則、話の内容が変わる可能性があります 天安門事(無断転載対策)

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。

章槻雅希
ファンタジー
学院の卒業パーティで王太子は婚約者を断罪し、婚約破棄した。 真実の愛に目覚めた王太子が愛しい平民の少女を守るために断行した愚行。 破棄された令嬢は何も反論せずに退場する。彼女は疲れ切っていた。 そして一週間後、令嬢は国王に呼び出される。 けれど、その時すでにこの王国には終焉が訪れていた。 タグに「ざまぁ」を入れてはいますが、これざまぁというには重いかな……。 小説家になろう様にも投稿。

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

【完結済】完全無欠の公爵令嬢、全てを捨てて自由に生きます!~……のはずだったのに、なぜだか第二王子が追いかけてくるんですけどっ!!〜

鳴宮野々花
恋愛
「愛しているよ、エルシー…。たとえ正式な夫婦になれなくても、僕の心は君だけのものだ」「ああ、アンドリュー様…」  王宮で行われていた晩餐会の真っ最中、公爵令嬢のメレディアは衝撃的な光景を目にする。婚約者であるアンドリュー王太子と男爵令嬢エルシーがひしと抱き合い、愛を語り合っていたのだ。心がポキリと折れる音がした。長年の過酷な淑女教育に王太子妃教育…。全てが馬鹿げているように思えた。  嘆く心に蓋をして、それでもアンドリューに嫁ぐ覚悟を決めていたメレディア。だがあらぬ嫌疑をかけられ、ある日公衆の面前でアンドリューから婚約解消を言い渡される。  深く傷付き落ち込むメレディア。でもついに、 「もういいわ!せっかくだからこれからは自由に生きてやる!」 と吹っ切り、これまでずっと我慢してきた様々なことを楽しもうとするメレディア。ところがそんなメレディアに、アンドリューの弟である第二王子のトラヴィスが急接近してきて……?! ※作者独自の架空の世界の物語です。相変わらずいろいろな設定が緩いですので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※この作品はカクヨムさんにも投稿しています。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

処理中です...