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05話 合流
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「殿下、出立のお時間でございます」
早朝。何度目かのベイルスの呼びかけに目が覚めた。急ごしらえの天幕の中、ベッドから起きた俺は魔道具であるベッドを収納しベイルスへ声を掛けた。
「ベイルスか……、もうそんな時間か。すまんがレイアを呼んできてくれ」
「畏まりました」
ベイルスの返答後、すぐさまメイド長であるレイアと侍女のリリアが天幕の中へ入ってきた。どうやら天幕の外で待機していたようだ。
二人のメイドにされるがまま服を着替え終えた後、俺は天幕を出た。外で待機していたベイルスが一礼して話しかけてきた。恐らく今日の日程についてだろう。
「おはようございます殿下、早速で申し訳ないのですがルビア殿がお呼びです」
「ルビアがか? 分かった案内してくれ。それとその呼び方はどうにかならないか? 何だかむず痒いんだが」
「申し訳ございませんが、人目もございますので慣れていただくとしか」
基本的に俺の部下には、フランクに接するよう厳命している。なぜかというと色々畏まって話されると正確に伝わりずらく尚且つ話が長くなる傾向にあるからだ。長ったらしく話をされるとストレスが溜まるし、何より聞く気が失せる。
しかしながら、こういう公の場に近い場所だとどこに目があるかわからない。下手に王族相手に馴れ馴れしく部下が接している所を見られると後々面倒事になりかねない。多少違和感を覚えるが気にしないようにするとしよう。
「「おはようございますライナス殿下!」」
「ああ」
道中、すれ違う幾人もの給仕やメイドに兵士が挨拶をしてきたが適当に反応してベイルスの後に続いた。一際大きな天幕に案内された俺は天幕をくぐって中へ。天幕の中にはよく見知った顔ぶれ達がおり、一斉にこちらへ視線を向けるのを感じた。
各々挨拶をしてくる中、小柄で青髪が特徴的なエルフのルビアが近づいて頭を下げてきた。
「おはようございます殿下」
「ああ、おはよ」
相変わらずちんちくりんエルフのルビアを見ながら天幕にいる部下たちを眺めた。
ルビア以外に三武将の一人であるライカ、もう一人の三武将であるリーの姿が見えないが偵察にでも出ているのだろう。その他に元王国騎士団副団長のエレノアが凛々しい顔を向けているのがわかった。
今現在、俺とベイルスを入れるとこの軍隊の主要メンバーは五人。偵察に出ているであろうリーを入れても六人となかなか小規模な軍だ。
「それでルビア、俺に話があるんだって?」
「はい、朝早くにお呼び立ててしまい申し訳ありません。今後の予定をお伝えしたくてご足労願いました」
「そう言うのはいいから話を始めてくれ」
「畏まりました。それで今後の予定ですが、先に出発した遠征部隊と合流するため行軍速度を早めようと思います。国境沿いにあるクロムウェルに入場する為にも遠征部隊と合流しておくのは何かと都合がよろしいと思いますので」
「そうなのか? 遠征部隊と合流するのは俺も賛成だが、あまり大人数で押しかけると悪目立ちしそうだが」
遠征部隊と合流するにしても俺的には目立たず行動したいものなんだがな。まぁ遠征部隊との合流は道中の安全を考えればの案だろう。それに合流すれば本隊を合わせてもせいぜい五百人程度だからどうってことないか。
「その点はあまり考えなくてもよいかと。合流しても五百人前後、道中の安全を考えれば合流した方が断然いいです。道中の安全を犠牲にしてまで合流しない手はありませんし、無事にクロムウェルに到着しなければ意味がありません」
「ルビアがそう言うなら行軍速度を速めて合流優先って方向でいいんじゃないか」
「ありがとうございます」
遠征部隊と合流するのは俺としても賛成だ。これだけ道中、魔物と遭遇するとなると人手が多いに越したことはない。多少合流後の行軍速度が落ちるだろうが本隊の負担もだいぶ軽減するだろうし。それはそうと到着後どう動くかルビアに相談するとしよう。
「遠征部隊との合流はそれでいいとして、それよりもクロムウェルに到着した後のことが重要だ。ルビアの意見が聞きたい」
クロムウェルに到着次第、当初の予定通りエレノアを筆頭にトロールの情報収集及び速やかな討伐を行う。その間、クロムウェルの代理領主ロノウェ伯爵が裏でツバイヤ皇国と繋がっている証拠を集めて処理する。この流れが大まかな道筋だ。
このまま俺がクロムウェルの領主についてもいいが、そうなると代理領主であるロノウェ伯爵が領主補佐として就く。そうなれば権力的に領主兼第三王子という身分上、ほぼ全権を俺が握ることができる。しかし、代理領主には多少なりとも裁量権が生まれる。これにより反対勢力にでもなったあかつきには後々面倒事が発生するのは必至。唯でさえ微妙な立ち位置であるクロムウェルの領地を安定させなければならないという使命があるため、なるべくなら面倒事になり得る事柄は排除したい。その為にも俺としては是が非でも不正の証拠を突き出してロノウェ伯爵を解任させたい思惑がある。
さて、ルビアがこれ以上に良い案を思付いてくれれば楽ができるのだが。
「クロムウェルに到着次第トロールの討伐を行います。勿論、この部隊の指揮はエレノア様に行っていただくとして、その間にロノウェ伯爵を調べます。こちらに関しては、この場に居ませんがリーにお願いするとします。不正の証拠がかたまり次第ロノウェ伯爵を更迭、その後改めて殿下の領主着任を大々的に行います」
「ふむふむ、前半は大方同じ意見だな。だがルビアよ、領主着任を大々的にやる必要があるのか? 個人的には面倒くさいから遠慮したいとこだが」
「王族自ら領地運営を行うのですから、流石に着任式を行わないわけにはいかないと思います。式を行わないでいるとお家から何を言われるかわかりませんから」
確かに、ルビアの言う通りマルドゥーク家が放っておかないだろうな。あの親父のことだ大々的どころか盛大にやれと言いかねない。よし、そこそこの規模でやるとしよう。
「わかった。その辺の調整は事が上手く進んだらルビアに一任する。他に何かあるか?」
「畏まりました。今のところ以上です」
「他は?」
ルビアの話は以上のようだ。それ以外の者に意見があるやつがいないか目配せをした。
「僭越ながら一点お伺いしたいことがあります」
そう言って片手をあげたのは討伐部隊の総指揮を任さられることになったエレノアだった。
「なんだエレノア」
「はい、トロール討伐に関してルビア殿が言うには到着後早々という話なのですが、情報収集など行わなくていいのですか? 全軍を指揮する身としては敵の規模や集落の位置、地理なども把握しておきたいのですが」
「確かに……ルビア」
「はい、その点に関しては問題ありません。討伐隊の話が出てきた当初、予めリーの諜報部隊を偵察に向かわせてありました。トロールの集落位置も報告を受けておりますので到着後、情報をまとめてお渡しします」
「そういうことだ」
「わかりました」
「他に聞いておきたいことはあるか?」
「「……」」
どうやらエレノアで最後のようだ。今後の話もある程度まとまったようだし出発するとするか。っとその前に腹ごしらえが先か。
「よし、話は終わりだな。討伐部隊と合流する為にも早く出発するぞ……だがその前に、レイア何か食べるものを持ってきてくれ。なるべく暖かい物を頼む」
「畏まりました」
レイアに朝食の準備を頼み朝食を済ませた後、陣を畳んだ俺たちは遠征部隊と少しでも早く合流するため足早に出発した。
***
朝食を済ませた俺たちは足早に出立したのだったが……。
「右からホブゴブリンが来るぞ!! 右翼は注意を怠るな! そのまま警戒しながら極力戦闘は避け行軍速度を維持せよ!」
本日幾度目かの魔物との接敵。馬車の小窓から見えるのは、緑色をした魔物が数匹森から姿を現すところだった。
エレノアが護衛に指示を的確に出しながら、余計な戦闘は避け行軍速度を維持している。相変わらず指揮官として抜群のセンスを発揮している。俺の軍に引き入れたのは間違いじゃなかったと改めて思った。
(しかし魔物が多いな……魔の森に近づいているとはいえあまりにも遭遇回数が多い気がする。何だか嫌な予感がするのは俺だけか)
こういう時の俺の嫌な予感は結構的中するからなぁ。仕方ない肩慣らしの意味でも偶には魔法を使うか。
「ルビアに伝えよ、今から疲労軽減の魔法を使うから行軍速度を上げよと。何だか嫌な予感がする」
「は! 畏まりました」
馬車の中でルビアの代わりで待機している兵士に指示を行った。指示を受けた兵士は馬車の御者台へ俺の指示を伝え、御者は口笛を吹くとルビアの部下が乗った馬が近寄ってきた。そして伝言はルビアへ伝わり、前線で指揮しているエレノアの部隊へ指示が届くと全軍の行軍速度が徐々に加速していく。
(頃合いか)
頃合いを見計らって俺は、疲労軽減の魔法と風圧軽減の魔法を全軍に掛けた。淡い黄色い光と緑色の光が薄っすら全軍を包み込む。
疲労軽減魔法はその名の通り、蓄積される疲労を軽減させる魔法だ。戦闘と軍の行軍速度を調整している前線は、想像以上に神経を使うため疲労が溜まりやすい。この軍の要と言っても過言ではない部隊の疲労を軽減させることができれば、更に行軍速度を速めることができるだろう。この魔法の利点は他にもあって、対象は人だけでなく馬にも適用されるため非常に使い勝手がいい魔法だ。しかしながら単体での付与は比較的誰でもできるが、魔法を掛ける人数が増えれば増えただけ扱いは難しくなる。普通ならせいぜい十人が限界だろう。俺の場合、血筋や魔法の素養も相まって数千人単位で付与することができるが、その分効果が落ちる。
もう一つは、おまけで付与しておいた風圧軽減の魔法だ。向かい風を和らげる至ってシンプルな魔法だ。この二つの魔法を組み合わせれば行軍速度を上げることなんか造作もない。
俺が魔法を付与してから二時間ほどが経った頃合いだろうか。だいぶ速度が出ている我が軍の行軍速度が次第に遅くなっていく。
「何とか合流できそうだな…………、だがそう呑気に構えていられないか。ライカに伝えよ、俺の護衛はいいからエレノアと共に遠征軍に群がる魔物を蹴散らせとな」
「は!」
再度、ルビアの部下に伝えライカも前線に加わるように指示を飛ばした。ライカに指示が伝えられると待ってましたとばかりに後続から飛び出し颯爽と馬車の横を駆け抜けていく。すぐさまエレノアと合流したライカは先行し、背中に背負う大剣を軽々と片手で抜き放つと次の瞬間横へ薙ぎ払った。すると遥か先の前方で遠征軍が戦闘しているであろう魔物の胴が断ち切られた。
その様子を望遠の魔法を通して見ていた俺は「相変わらずの戦闘狂だな」と無意識に呟いていた。
望遠の魔法を使わないと見えない距離にいる遠征軍は、現在戦闘の真っただ中だ。何やら苦戦しているように見えるが……。
「ほう、あの魔物は……オーガか。それにトロールもいるな」
遠征隊の道を阻む位置に緑色の屈強な魔物であるオーガ。両脇から挟む形でトロールが大きな棍棒を振り回していた。
遠征隊の指揮官であるライオットが必死の形相で何とかしようと奮闘しているのが見える。脇で戦闘していたホブゴブリンの群れがライカの一撃で地に伏しても気づかないぐらいにはテンパっているようだ。
(まだまだ未熟だなライオットは。まぁ経験値を積ませるために指揮官に任命したんだが)
我が軍が戦闘に突入する少し前に二つの軽減魔法を解除しておく。長時間の魔法使用はなかなか疲れるからな。
エレノアもライカの後を追って合流を果たすと、遠征隊の指揮がライオットからエレノアへと移った。前線が本格的に戦闘に入ったタイミングでルビア率いる魔法部隊が魔法で援護射撃を開始する。その更に後方に俺が乗る馬車がふんぞり返るという構図だ。
その馬車を護衛するようにライカの部隊が周囲を警戒し、戦闘の行く末を見守っている。
前線にライカとエレノアの部隊が加わったことにより、瞬く間に前線の魔物の数が目減りしていく。そして残るはオーガのみになったが、そのオーガも数分と経たないうちにライカの大剣によって地に沈んだ。
俺的には多少なりともオーガに手こずるかもと予想していたが、俺の護衛ばかりで戦闘を控えさせられていたライカのストレスが爆発した結果、あっさりオーガもやられたようだ。
戦闘が完全に終わり全軍が合流を果たした。合流後は、軍の被害の把握と再編成を行うため一時休息を取ることになった。
早朝。何度目かのベイルスの呼びかけに目が覚めた。急ごしらえの天幕の中、ベッドから起きた俺は魔道具であるベッドを収納しベイルスへ声を掛けた。
「ベイルスか……、もうそんな時間か。すまんがレイアを呼んできてくれ」
「畏まりました」
ベイルスの返答後、すぐさまメイド長であるレイアと侍女のリリアが天幕の中へ入ってきた。どうやら天幕の外で待機していたようだ。
二人のメイドにされるがまま服を着替え終えた後、俺は天幕を出た。外で待機していたベイルスが一礼して話しかけてきた。恐らく今日の日程についてだろう。
「おはようございます殿下、早速で申し訳ないのですがルビア殿がお呼びです」
「ルビアがか? 分かった案内してくれ。それとその呼び方はどうにかならないか? 何だかむず痒いんだが」
「申し訳ございませんが、人目もございますので慣れていただくとしか」
基本的に俺の部下には、フランクに接するよう厳命している。なぜかというと色々畏まって話されると正確に伝わりずらく尚且つ話が長くなる傾向にあるからだ。長ったらしく話をされるとストレスが溜まるし、何より聞く気が失せる。
しかしながら、こういう公の場に近い場所だとどこに目があるかわからない。下手に王族相手に馴れ馴れしく部下が接している所を見られると後々面倒事になりかねない。多少違和感を覚えるが気にしないようにするとしよう。
「「おはようございますライナス殿下!」」
「ああ」
道中、すれ違う幾人もの給仕やメイドに兵士が挨拶をしてきたが適当に反応してベイルスの後に続いた。一際大きな天幕に案内された俺は天幕をくぐって中へ。天幕の中にはよく見知った顔ぶれ達がおり、一斉にこちらへ視線を向けるのを感じた。
各々挨拶をしてくる中、小柄で青髪が特徴的なエルフのルビアが近づいて頭を下げてきた。
「おはようございます殿下」
「ああ、おはよ」
相変わらずちんちくりんエルフのルビアを見ながら天幕にいる部下たちを眺めた。
ルビア以外に三武将の一人であるライカ、もう一人の三武将であるリーの姿が見えないが偵察にでも出ているのだろう。その他に元王国騎士団副団長のエレノアが凛々しい顔を向けているのがわかった。
今現在、俺とベイルスを入れるとこの軍隊の主要メンバーは五人。偵察に出ているであろうリーを入れても六人となかなか小規模な軍だ。
「それでルビア、俺に話があるんだって?」
「はい、朝早くにお呼び立ててしまい申し訳ありません。今後の予定をお伝えしたくてご足労願いました」
「そう言うのはいいから話を始めてくれ」
「畏まりました。それで今後の予定ですが、先に出発した遠征部隊と合流するため行軍速度を早めようと思います。国境沿いにあるクロムウェルに入場する為にも遠征部隊と合流しておくのは何かと都合がよろしいと思いますので」
「そうなのか? 遠征部隊と合流するのは俺も賛成だが、あまり大人数で押しかけると悪目立ちしそうだが」
遠征部隊と合流するにしても俺的には目立たず行動したいものなんだがな。まぁ遠征部隊との合流は道中の安全を考えればの案だろう。それに合流すれば本隊を合わせてもせいぜい五百人程度だからどうってことないか。
「その点はあまり考えなくてもよいかと。合流しても五百人前後、道中の安全を考えれば合流した方が断然いいです。道中の安全を犠牲にしてまで合流しない手はありませんし、無事にクロムウェルに到着しなければ意味がありません」
「ルビアがそう言うなら行軍速度を速めて合流優先って方向でいいんじゃないか」
「ありがとうございます」
遠征部隊と合流するのは俺としても賛成だ。これだけ道中、魔物と遭遇するとなると人手が多いに越したことはない。多少合流後の行軍速度が落ちるだろうが本隊の負担もだいぶ軽減するだろうし。それはそうと到着後どう動くかルビアに相談するとしよう。
「遠征部隊との合流はそれでいいとして、それよりもクロムウェルに到着した後のことが重要だ。ルビアの意見が聞きたい」
クロムウェルに到着次第、当初の予定通りエレノアを筆頭にトロールの情報収集及び速やかな討伐を行う。その間、クロムウェルの代理領主ロノウェ伯爵が裏でツバイヤ皇国と繋がっている証拠を集めて処理する。この流れが大まかな道筋だ。
このまま俺がクロムウェルの領主についてもいいが、そうなると代理領主であるロノウェ伯爵が領主補佐として就く。そうなれば権力的に領主兼第三王子という身分上、ほぼ全権を俺が握ることができる。しかし、代理領主には多少なりとも裁量権が生まれる。これにより反対勢力にでもなったあかつきには後々面倒事が発生するのは必至。唯でさえ微妙な立ち位置であるクロムウェルの領地を安定させなければならないという使命があるため、なるべくなら面倒事になり得る事柄は排除したい。その為にも俺としては是が非でも不正の証拠を突き出してロノウェ伯爵を解任させたい思惑がある。
さて、ルビアがこれ以上に良い案を思付いてくれれば楽ができるのだが。
「クロムウェルに到着次第トロールの討伐を行います。勿論、この部隊の指揮はエレノア様に行っていただくとして、その間にロノウェ伯爵を調べます。こちらに関しては、この場に居ませんがリーにお願いするとします。不正の証拠がかたまり次第ロノウェ伯爵を更迭、その後改めて殿下の領主着任を大々的に行います」
「ふむふむ、前半は大方同じ意見だな。だがルビアよ、領主着任を大々的にやる必要があるのか? 個人的には面倒くさいから遠慮したいとこだが」
「王族自ら領地運営を行うのですから、流石に着任式を行わないわけにはいかないと思います。式を行わないでいるとお家から何を言われるかわかりませんから」
確かに、ルビアの言う通りマルドゥーク家が放っておかないだろうな。あの親父のことだ大々的どころか盛大にやれと言いかねない。よし、そこそこの規模でやるとしよう。
「わかった。その辺の調整は事が上手く進んだらルビアに一任する。他に何かあるか?」
「畏まりました。今のところ以上です」
「他は?」
ルビアの話は以上のようだ。それ以外の者に意見があるやつがいないか目配せをした。
「僭越ながら一点お伺いしたいことがあります」
そう言って片手をあげたのは討伐部隊の総指揮を任さられることになったエレノアだった。
「なんだエレノア」
「はい、トロール討伐に関してルビア殿が言うには到着後早々という話なのですが、情報収集など行わなくていいのですか? 全軍を指揮する身としては敵の規模や集落の位置、地理なども把握しておきたいのですが」
「確かに……ルビア」
「はい、その点に関しては問題ありません。討伐隊の話が出てきた当初、予めリーの諜報部隊を偵察に向かわせてありました。トロールの集落位置も報告を受けておりますので到着後、情報をまとめてお渡しします」
「そういうことだ」
「わかりました」
「他に聞いておきたいことはあるか?」
「「……」」
どうやらエレノアで最後のようだ。今後の話もある程度まとまったようだし出発するとするか。っとその前に腹ごしらえが先か。
「よし、話は終わりだな。討伐部隊と合流する為にも早く出発するぞ……だがその前に、レイア何か食べるものを持ってきてくれ。なるべく暖かい物を頼む」
「畏まりました」
レイアに朝食の準備を頼み朝食を済ませた後、陣を畳んだ俺たちは遠征部隊と少しでも早く合流するため足早に出発した。
***
朝食を済ませた俺たちは足早に出立したのだったが……。
「右からホブゴブリンが来るぞ!! 右翼は注意を怠るな! そのまま警戒しながら極力戦闘は避け行軍速度を維持せよ!」
本日幾度目かの魔物との接敵。馬車の小窓から見えるのは、緑色をした魔物が数匹森から姿を現すところだった。
エレノアが護衛に指示を的確に出しながら、余計な戦闘は避け行軍速度を維持している。相変わらず指揮官として抜群のセンスを発揮している。俺の軍に引き入れたのは間違いじゃなかったと改めて思った。
(しかし魔物が多いな……魔の森に近づいているとはいえあまりにも遭遇回数が多い気がする。何だか嫌な予感がするのは俺だけか)
こういう時の俺の嫌な予感は結構的中するからなぁ。仕方ない肩慣らしの意味でも偶には魔法を使うか。
「ルビアに伝えよ、今から疲労軽減の魔法を使うから行軍速度を上げよと。何だか嫌な予感がする」
「は! 畏まりました」
馬車の中でルビアの代わりで待機している兵士に指示を行った。指示を受けた兵士は馬車の御者台へ俺の指示を伝え、御者は口笛を吹くとルビアの部下が乗った馬が近寄ってきた。そして伝言はルビアへ伝わり、前線で指揮しているエレノアの部隊へ指示が届くと全軍の行軍速度が徐々に加速していく。
(頃合いか)
頃合いを見計らって俺は、疲労軽減の魔法と風圧軽減の魔法を全軍に掛けた。淡い黄色い光と緑色の光が薄っすら全軍を包み込む。
疲労軽減魔法はその名の通り、蓄積される疲労を軽減させる魔法だ。戦闘と軍の行軍速度を調整している前線は、想像以上に神経を使うため疲労が溜まりやすい。この軍の要と言っても過言ではない部隊の疲労を軽減させることができれば、更に行軍速度を速めることができるだろう。この魔法の利点は他にもあって、対象は人だけでなく馬にも適用されるため非常に使い勝手がいい魔法だ。しかしながら単体での付与は比較的誰でもできるが、魔法を掛ける人数が増えれば増えただけ扱いは難しくなる。普通ならせいぜい十人が限界だろう。俺の場合、血筋や魔法の素養も相まって数千人単位で付与することができるが、その分効果が落ちる。
もう一つは、おまけで付与しておいた風圧軽減の魔法だ。向かい風を和らげる至ってシンプルな魔法だ。この二つの魔法を組み合わせれば行軍速度を上げることなんか造作もない。
俺が魔法を付与してから二時間ほどが経った頃合いだろうか。だいぶ速度が出ている我が軍の行軍速度が次第に遅くなっていく。
「何とか合流できそうだな…………、だがそう呑気に構えていられないか。ライカに伝えよ、俺の護衛はいいからエレノアと共に遠征軍に群がる魔物を蹴散らせとな」
「は!」
再度、ルビアの部下に伝えライカも前線に加わるように指示を飛ばした。ライカに指示が伝えられると待ってましたとばかりに後続から飛び出し颯爽と馬車の横を駆け抜けていく。すぐさまエレノアと合流したライカは先行し、背中に背負う大剣を軽々と片手で抜き放つと次の瞬間横へ薙ぎ払った。すると遥か先の前方で遠征軍が戦闘しているであろう魔物の胴が断ち切られた。
その様子を望遠の魔法を通して見ていた俺は「相変わらずの戦闘狂だな」と無意識に呟いていた。
望遠の魔法を使わないと見えない距離にいる遠征軍は、現在戦闘の真っただ中だ。何やら苦戦しているように見えるが……。
「ほう、あの魔物は……オーガか。それにトロールもいるな」
遠征隊の道を阻む位置に緑色の屈強な魔物であるオーガ。両脇から挟む形でトロールが大きな棍棒を振り回していた。
遠征隊の指揮官であるライオットが必死の形相で何とかしようと奮闘しているのが見える。脇で戦闘していたホブゴブリンの群れがライカの一撃で地に伏しても気づかないぐらいにはテンパっているようだ。
(まだまだ未熟だなライオットは。まぁ経験値を積ませるために指揮官に任命したんだが)
我が軍が戦闘に突入する少し前に二つの軽減魔法を解除しておく。長時間の魔法使用はなかなか疲れるからな。
エレノアもライカの後を追って合流を果たすと、遠征隊の指揮がライオットからエレノアへと移った。前線が本格的に戦闘に入ったタイミングでルビア率いる魔法部隊が魔法で援護射撃を開始する。その更に後方に俺が乗る馬車がふんぞり返るという構図だ。
その馬車を護衛するようにライカの部隊が周囲を警戒し、戦闘の行く末を見守っている。
前線にライカとエレノアの部隊が加わったことにより、瞬く間に前線の魔物の数が目減りしていく。そして残るはオーガのみになったが、そのオーガも数分と経たないうちにライカの大剣によって地に沈んだ。
俺的には多少なりともオーガに手こずるかもと予想していたが、俺の護衛ばかりで戦闘を控えさせられていたライカのストレスが爆発した結果、あっさりオーガもやられたようだ。
戦闘が完全に終わり全軍が合流を果たした。合流後は、軍の被害の把握と再編成を行うため一時休息を取ることになった。
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