95 / 136
第2部
フェーズ7.9-25
しおりを挟む
いつもより少しだけ早く帰宅した涼を出迎えた。
「これ、おみやげ」
仕事帰りにわざわざどこかへ寄って買ってきてくれたのか。そうではなかった。差し出されたのは、見慣れたロゴの入った茶色の紙袋だったからだ。私が働いている病院内のカフェの袋だ。
「ありがとう。珍しいね」
お礼を言って受け取った。中身はこの夏の新商品であるコーヒーゼリーだ。二種類のコーヒーゼリーとミルクプリンの三層になっていて、テイクアウト用に蓋をかぶせてくれてある。涼と私の分で二個ある。
コーヒーゼリーを冷蔵庫にしまい、晩ご飯の支度を再開する。部屋着に着替えた涼が洗面所から出てきた。冷蔵庫からペットボトル入りのお茶を取り出し、グラスを持ってダイニングテーブルにつく。その間、私はずっと彼の動きを目で追っていた。
「おみやげなんて、どうしたの、急に?」
「ん? 帰りがけにたまたまカフェを覗いたらあったから」
このコーヒーゼリーは私も気になっていたから買ってきてくれたのはうれしい。ただ、何か怪しい。私の勤務外の時間帯にわざわざ店を覗いて買ってくるなんて。昼間も来店してたのに。それに、帰ってきたときからなんとなく違和感がある。さっきから涼は私と目を合わせようとしない。まさかとは思うけれど、またあれをやってみようか。涼が麗子さんとキスした翌日にも使ったあの手を。
「口紅ついてるよ」
「その手にはもう引っかからな……」
グラスにお茶を注いでいた涼の手が止まった。やらかしたことに自分で気がついたらしい。しかも涼は二重にやらかしている。「引っかからない」と言い切ってしまえばまだよかったのに、途中で止めたから確定だ。
「何が? 引っかかることがあるんだ?」
すかさず指摘すると、涼が頭を抱えた。嘘でしょ。
「最低」
私は力なく言った。涼が顔の前で手を合わせる。
「ごめん」
「信じられない。二度目だよ? 結婚式挙げたばかりなのに、もう浮気したの!?」
だんだん怒りと悲しみが込み上げてくる。あの結婚式はなんだったの? 誓いの言葉はなんだったの?
「浮気じゃない。彩、そこ座って。弁解させて」
「今度は誰? また麗子さん? それとも看護師さん!?」
「違うよ。とりあえず座って」
正直言って今は顔も見たくない。ご飯の支度を放り出して寝室にこもりたい気分だ。いや、それよりも出ていきたい。その前に言いわけがあるのなら一応聞いてあげようと、涼の正面に座った。
「前にゴムよこした女子高生がさ」
またその子なの? やっぱり涼に本気なんじゃない。だから言ったのに。
「親の都合で都内の大きな病院に転院することになったんだ。本人は残りたいって言ってたんだけど、結局はうつることになった。で、『あっちでもがんばるからキスして』ってねだられた」
私と同じだ。私はキスではなく「抱きしめてください」だったけど。
「それで言われるままにしてあげたの?」
「仕方ないから額に軽く」
「じゃあ、唇同士ではしてないってこと?」
言い淀んでから、涼は観念したように口を開いた。
「いや、した。というより、された」
「奪われたのね」
涼が頷き、私は深いため息をついた。防御してよ。油断しすぎ。
でもその子、私が入院していたときと同じ高校二年生で、境遇も似ている。気持ちはわかる。心の底から責める気にはなれない。私は涼と付き合えて結婚までできた。幸運だった。その子は涼のことをあきらめなければならない上に、もう会うことすらできないんだ。それも親の都合で勝手に引き離されてしまう形で。
「正直に話したから、許して?」
それでもすぐに許せるはずはない。私は無言で涼を睨んだ。
食事中も私はずっとムスッとしたままだった。やっぱりもやもやする。許せない。キスしたことには変わりはないのだ。
キッチンで洗いものを終えた私に、涼が冷蔵庫からコーヒーゼリーを取り出しながら言った。
「彩、おいで。これ食べよ」
まだ怒ってるけれどゼリーに罪はない。おとなしくソファに移動して食べることにした。一番上の層にスプーンを入れて口に運ぶ。ほろ苦い味が今の気分にぴったりだ。
「怒ってる?」
「うん」
怒ってますとも。結婚式を挙げた直後で、しかも涼が私以外の人と唇を重ねたのはこれで二度目なのだ。二度あることは三度ある。そんな不吉なことわざは今すぐに辞書から消してほしい。
「前にも言ったけど、お前以外としても何も感じないよ」
私はまた涼を睨んだ。だからといって他の人とブチュブチュしてほしくない。私は涼以外の人としたことないし、絶対にしたくもない。涼にもそうであってほしい。簡単に触れさせないでほしい。特別な場所なのに、私以外の人が触れたなんて胸が張り裂けそう。
「これ、おみやげ」
仕事帰りにわざわざどこかへ寄って買ってきてくれたのか。そうではなかった。差し出されたのは、見慣れたロゴの入った茶色の紙袋だったからだ。私が働いている病院内のカフェの袋だ。
「ありがとう。珍しいね」
お礼を言って受け取った。中身はこの夏の新商品であるコーヒーゼリーだ。二種類のコーヒーゼリーとミルクプリンの三層になっていて、テイクアウト用に蓋をかぶせてくれてある。涼と私の分で二個ある。
コーヒーゼリーを冷蔵庫にしまい、晩ご飯の支度を再開する。部屋着に着替えた涼が洗面所から出てきた。冷蔵庫からペットボトル入りのお茶を取り出し、グラスを持ってダイニングテーブルにつく。その間、私はずっと彼の動きを目で追っていた。
「おみやげなんて、どうしたの、急に?」
「ん? 帰りがけにたまたまカフェを覗いたらあったから」
このコーヒーゼリーは私も気になっていたから買ってきてくれたのはうれしい。ただ、何か怪しい。私の勤務外の時間帯にわざわざ店を覗いて買ってくるなんて。昼間も来店してたのに。それに、帰ってきたときからなんとなく違和感がある。さっきから涼は私と目を合わせようとしない。まさかとは思うけれど、またあれをやってみようか。涼が麗子さんとキスした翌日にも使ったあの手を。
「口紅ついてるよ」
「その手にはもう引っかからな……」
グラスにお茶を注いでいた涼の手が止まった。やらかしたことに自分で気がついたらしい。しかも涼は二重にやらかしている。「引っかからない」と言い切ってしまえばまだよかったのに、途中で止めたから確定だ。
「何が? 引っかかることがあるんだ?」
すかさず指摘すると、涼が頭を抱えた。嘘でしょ。
「最低」
私は力なく言った。涼が顔の前で手を合わせる。
「ごめん」
「信じられない。二度目だよ? 結婚式挙げたばかりなのに、もう浮気したの!?」
だんだん怒りと悲しみが込み上げてくる。あの結婚式はなんだったの? 誓いの言葉はなんだったの?
「浮気じゃない。彩、そこ座って。弁解させて」
「今度は誰? また麗子さん? それとも看護師さん!?」
「違うよ。とりあえず座って」
正直言って今は顔も見たくない。ご飯の支度を放り出して寝室にこもりたい気分だ。いや、それよりも出ていきたい。その前に言いわけがあるのなら一応聞いてあげようと、涼の正面に座った。
「前にゴムよこした女子高生がさ」
またその子なの? やっぱり涼に本気なんじゃない。だから言ったのに。
「親の都合で都内の大きな病院に転院することになったんだ。本人は残りたいって言ってたんだけど、結局はうつることになった。で、『あっちでもがんばるからキスして』ってねだられた」
私と同じだ。私はキスではなく「抱きしめてください」だったけど。
「それで言われるままにしてあげたの?」
「仕方ないから額に軽く」
「じゃあ、唇同士ではしてないってこと?」
言い淀んでから、涼は観念したように口を開いた。
「いや、した。というより、された」
「奪われたのね」
涼が頷き、私は深いため息をついた。防御してよ。油断しすぎ。
でもその子、私が入院していたときと同じ高校二年生で、境遇も似ている。気持ちはわかる。心の底から責める気にはなれない。私は涼と付き合えて結婚までできた。幸運だった。その子は涼のことをあきらめなければならない上に、もう会うことすらできないんだ。それも親の都合で勝手に引き離されてしまう形で。
「正直に話したから、許して?」
それでもすぐに許せるはずはない。私は無言で涼を睨んだ。
食事中も私はずっとムスッとしたままだった。やっぱりもやもやする。許せない。キスしたことには変わりはないのだ。
キッチンで洗いものを終えた私に、涼が冷蔵庫からコーヒーゼリーを取り出しながら言った。
「彩、おいで。これ食べよ」
まだ怒ってるけれどゼリーに罪はない。おとなしくソファに移動して食べることにした。一番上の層にスプーンを入れて口に運ぶ。ほろ苦い味が今の気分にぴったりだ。
「怒ってる?」
「うん」
怒ってますとも。結婚式を挙げた直後で、しかも涼が私以外の人と唇を重ねたのはこれで二度目なのだ。二度あることは三度ある。そんな不吉なことわざは今すぐに辞書から消してほしい。
「前にも言ったけど、お前以外としても何も感じないよ」
私はまた涼を睨んだ。だからといって他の人とブチュブチュしてほしくない。私は涼以外の人としたことないし、絶対にしたくもない。涼にもそうであってほしい。簡単に触れさせないでほしい。特別な場所なのに、私以外の人が触れたなんて胸が張り裂けそう。
2
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛
玖羽 望月
恋愛
雪代 恵舞(ゆきしろ えま)28歳は、ある日祖父から婚約者候補を紹介される。
アメリカの企業で部長職に就いているという彼は、竹篠 依澄(たけしの いずみ)32歳だった。
恵舞は依澄の顔を見て驚く。10年以上前に別れたきりの、初恋の人にそっくりだったからだ。けれど名前すら違う別人。
戸惑いながらも、祖父の顔を立てるためお試し交際からスタートという条件で受け入れる恵舞。結婚願望などなく、そのうち断るつもりだった。
一方依澄は、早く婚約者として受け入れてもらいたいと、まずお互いを知るために簡単なゲームをしようと言い出す。
「俺が勝ったら唇をもらおうか」
――この駆け引きの勝者はどちら?
*付きはR描写ありです。
エブリスタにも投稿しています。
春
ma.chaaaa
恋愛
病弱な女の子美雪の日常のお話です。
ーーーーー
生まれつき病弱体質であり、病院が苦手な主人公 月城美雪(ツキシロ ミユキ) 中学2年生の13歳。喘息と心臓病を患ってい、病院にはかなりお世話になっているが病院はとても苦手。
美雪の双子の兄 月城葵 (ツキシロアオイ)
月城家の長男。クールでいつでも冷静沈着。とてもしっかりしてい、ダメなことはダメと厳しくよく美雪とバトっている。優秀な小児外科医兼小児救急医であるためとても多忙であり、家にいることが少ない。
双子の弟 月城宏(ツキシロヒロ)
月城家の次男。葵同様に医師免許は持っているが、医師は辞めて教員になった。美雪が通う中高一貫の数学の教師である。とても優しく、フレンドリーであり、美雪にとても甘いためお願いは体調に関すること以外はなんでも聞く。お母さんのような。
双子は2人とも勉強面でもとても優秀、スポーツ万能、イケメンのスタイル抜群なので狙っている人もとても多い。
父は医療機器メーカー月城グループの代表兼社長であり、海外を飛び回っている。母は、ドイツの元モデルでありとても美人で美雪の憧れの人である。
四宮 遥斗(シノミヤ ハルト)
美雪の担当医。とても優しく子ども達に限らず、保護者、看護師からとても人気。美雪の兄達と同級生であり、小児外科医をしている。美雪にはとても手をやかされている…
橘 咲(タチバナ サキ)
美雪と同級生の女の子。美雪の親友。とても可愛く、スタイルが良いためとてもモテるが、少し気の強い女の子。双子の姉。
橘 透(タチバナ トオル)
美雪と同級生の男の子。咲の弟。美雪とは幼なじみ。美雪に対して密かに恋心を抱いている。サッカーがとても好きな不器用男子。こちらもかなりモテる
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる