上 下
88 / 136
第2部

フェーズ7.9-18

しおりを挟む
 二十一時だ。この時間ならもうホテルに戻ってるだろう。私は携帯電話を握りしめて自分の部屋に入った。涼の番号を表示させ、恐る恐る通話ボタンを押す。お願い、出て。祈るような気持ちで待った。
「彩?」
 三コールで出てくれた。まずはほっとした。
「涼、今どこ?」
「さっきホテルに戻ってきたところ」
 声が反響して聞こえる。
「部屋にいるの涼だけだよね?」
「誰か連れ込んでるって? そんなわけないだろ。ビデオ通話にしようか?」
 携帯電話を耳から話して画面を見る。ビデオ通話に切り替わった。映し出された映像を見て、声が反響していた理由がわかった。
「お風呂?」
「ああ。出てから電話するつもりだったんだけど、その前に彩からかかってくるかもと思って、風呂場に携帯持ち込んで正解だったな」
 裸の涼がお湯に浸かったまま浴室内を映してくれた。ユニットバスではなく、お風呂とトイレが別のセパレートタイプのバスルームだ。バスタブも大きくてゆったりしてる。二人でも入れそうな広さだが、映っているのは涼のみだ。隣に誰かいたらビデオ通話になんてするはずはないか。
「誰もいないだろ? もちろんベッドでも誰も待ってないよ」
 いつもなら笑うところかもしれない。今はそんな気分ではない。
「どうした?」
 私の様子がおかしいことに気づいた涼が訊ねた。
「今朝、固定電話にへんな電話があったの。女の人から」
「へんな電話?」
「こないだの当直だった夜に、当直室で涼とした、って」
「何を?」
「そんなの決まってるでしょ」
 涼が戸惑いながら笑う。
「まさか、エッチなことじゃないだろ?」
「そう」
 私が答えるといよいよ笑えなくなったようで、涼の表情が曇った。
「なんだそれ」
「その人もそっちに行くって言ってた。今夜も涼といっぱいするんだって」
 画面の向こうで涼が考え込んでいる。何を考えてるの? 私になんて答えようか? どうやって切り抜けようか?
「ただの悪ふざけだろ。気にするな。本当に部屋には誰もいないし、当直の日もそんなことはしてない」
「そう、だよね」
 欲しかった言葉をくれて、ひとまず安心する。涼が隣にいて私を抱きしめながら言ってくれたのなら、もっと安心できるのに。彼が今いるのは遠い大阪だ。この距離が私を不安にさせる。
 ふいに階段の下から花が呼ぶ声がした。
「お姉ちゃーん、お風呂空いたよー」
 大きな声で「はーい」と返事をしてすぐビデオ通話に戻った。画面の中の涼が言う。
「通話したまま一緒に入る?」
「無理……」
 今は実家だし、いちゃいちゃとリモート混浴する気にはなれない。
「気にしなくていいって。俺が見たい裸はお前だけだよ」
 あまり気にしている様子もなく、涼はいつもと変わらない。私だけがまだ不安だ。
「明日、終わったらすぐ帰るから。それまでは考えるのやめとけ」
「うん」
 「おやすみ」と挨拶を交わして電話を切り、私はお風呂へ向かった。

 涼はああ言ってくれたけれど、お風呂に入っているとどうしても嫌なことばかり考えてしまう。まさかとは思いつつも、考えれば考えるほど思い当たる点が出てきてしまった。それもひとつではなく、いくつか。
 当直だった日というと、あのときだ。帰ってきたばかりの涼と久しぶりにしたとき。私とする前日の晩に他の人ともしたということになる。それも仕事中にだ。涼はそんな不潔で不埒なことはしないと信じたいけど、可能か不可能かで考えたら、時間は空いているのだから可能だと思う。
 涼が携帯電話を家に置き忘れて私が病院に届けた日には、愛人からの電話を気にしていた。あのときは冗談だと思った。本当だったのかもしれない。学会の準備と言って帰りが遅かった日が何日かあった。その愛人とホテルで会っていたりして。
 だって涼があんなに何日もしなかったのはおかしい。休みの日に一日中してたこともあるくらいなのに。本当に単に忙しかったからなの? どこかで別の人と発散していたとしたら、納得だ。
 そろそろ私に飽きて、他の人としたいと思ってるのかもしれない。本気ではないにしても、ほんの遊びのつもりで。私、もう飽きられちゃったのかな。涙が溢れ、湯船の中にぽたりと落ちた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

My Doctor

west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生 病気系ですので、苦手な方は引き返してください。 初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです! 主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな) 妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ) 医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

処理中です...