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第1部
フェーズ4-3
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数日が経ち、自分の部屋で雑誌を読んでいるときだった。テーブルの上の携帯電話が鳴った。正木さんからだ。私は一瞬ためらったあと、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「もしも~し、彩ちゃん? こないだは見舞いにきてくれてありがとう」
聞こえてきたのは普段の元気な正木さんの声だった。
「いえ。もう退院したんですか?」
「うん。おかげさまで。あのときはいきなり呼び出してごめんね。俺、あいつに完敗って感じだったじゃん? 悔しかったからさ、いい機会だと思ってちょっとした仕返し的な?」
そういうことだったんだ。だからあのとき、見計らったかのようなタイミングで涼が回診にきたのね。勘ぐり過ぎて、少し自意識過剰な心配をしてしまった。もしかしたら正木さんがまだ私のことを想ってくれているのではないかと。私が正木さんの立場だったとしたら、未練があれば呼ばない。余計につらい。病室で会った正木さんは明るかったし、妙に楽しそうだった。やっと涼に仕返しができるとわくわくしていたんだろう。
「あのあと、大丈夫だった?」
「怒られました」
わざと刺々しく答えると正木さんは笑った。
「マジか。ごめんごめん。そっか~。あの程度じゃ効かないかと思ったけど、怒ってたんなら大成功だ」
効いてます。効きすぎて襲われました、とまでは言わない。とにかく正木さんの作戦は成功して、本人は大満足のようである。
「だよなあ。けっこうやきもち焼きだもんな、あの人。普段はクールぶってるくせにさ」
電話の向こう側で正木さんがクックと笑う。クールぶってるのかな。普段の涼は常に冷静な印象だ。それが正木さんのこととなると過剰反応するふしがある。原因はもちろん、正木さんが私にキスしようとしたせいだろう。
「きてくれてうれしかったよ。ありがとう。大学に進学したらまた顔を合わせることもあるかもね。じゃあ、元気でね」
「はい、正木さんも」
そう言って電話を切った。ほっと息をつく。私は窓の外を見上げた。進学については悩んでる。そろそろ決めなければならない。
大学に進学しないことを涼に伝えたのは、十二月の初めのことだ。
「なんで?」
「理由は、いろいろ」
そう濁したものの、本当は涼に学費を払わせたくないから。結婚したら学費は涼に払ってもらうことになるんだと思う。そんな迷惑はかけたくない。彼はきっと迷惑とは思わないだろうし、むしろ心配しなくていいと言ってくれるかもしれないけれど。
「学費のことなら何も心配しなくていいし、気を使う必要もないよ」
やっぱり。確かに涼なら経済的には問題ないのかもしれない。それでも私には涼に学費を払わせたくない理由があった。
「ありがとう。だけど、もともと特にやりたいことがあったわけじゃないの」
つまり、明確な目標があるわけでもないのに、涼に高い学費を払ってもらうわけにはいかないということ。結婚の予定がなくて、学費を出してくれるのが親でも同じように考えたと思う。病気になって入院費、手術費と、親には負担をかけたからだ。
「せっかく付属高校に入ったんだから、とりあえず行っておけばいいのに。途中で何か見つかるかもしれないぞ。みんなそんなもんだろ」
とりあえずで数百万円も払わせられないよ。
「両立が心配?」
「それもある」
学生と主婦の両立は、もちろん不安だ。
「別にいいよ。俺のことは放っておいて、学業に専念してて」
「休みのたびに死んだように寝てる人を放っておけない」
涼が苦く笑った。
「大学にはあいつがいるから、俺に気を使ってるなんてことは、ないよな?」
あいつというのは当然、正木さんのことだろう。私は首を横に振った。
「違うよ。涼はそんなに心狭くないだろうし」
ふんふんと頷きながら聞いていた涼が、突然はっとして真意を掴んだような目になって言った。
「ああ、わかった。そういうことだろ」
「何?」
「すぐに子作りして、家族を増やしたい――」
「違います!」
遮ってきっぱりと否定した。子作りとか平気で言うんだから。まだそういう行為もしていない段階なのに。赤面していると涼が微笑んだ。
「彩がしたいようにしたらいいよ。どうであろうと俺は彩の味方だから。あとから進学したくなったら、遠慮なく言えよ? 大学でも専門でも。もちろん目指したい職業ができても、俺は応援するよ」
「ありがとう」
うれしいことを言われて、目が潤んでしまった。
「そうか、大学生にはならないのか」
涼が少し残念そうに呟いた。
「あ、毎日遊んでるだけで涼に養ってもらうつもりじゃないよ。バイトして少しは稼ぐから」
「いや、それは別にいいんだけど」
「社会勉強したいし」
「なるほどな。まあ、新婚生活に慣れて落ち着いてきた頃でいいんじゃない」
「新婚生活」、その甘い響きに胸が高鳴る。
「女子大生にはならないのか」
ソファから立ち上がりながら、涼が先ほどとほぼ同じ言葉を繰り返した。
「奥さんが女子大生ってのもよかったんだけどな」
何か不満なのかと思ったら、そういうことか。
「サークルや合コンで他の男と出会う機会がなくなったからよしとするか」
やっぱり心が狭いかもしれない。でも、進学したとしてもサークルはともかく合コンはない。絶対に行かない。浮気と同じだもの。私はそんなことはしない。
「もしもし?」
「もしも~し、彩ちゃん? こないだは見舞いにきてくれてありがとう」
聞こえてきたのは普段の元気な正木さんの声だった。
「いえ。もう退院したんですか?」
「うん。おかげさまで。あのときはいきなり呼び出してごめんね。俺、あいつに完敗って感じだったじゃん? 悔しかったからさ、いい機会だと思ってちょっとした仕返し的な?」
そういうことだったんだ。だからあのとき、見計らったかのようなタイミングで涼が回診にきたのね。勘ぐり過ぎて、少し自意識過剰な心配をしてしまった。もしかしたら正木さんがまだ私のことを想ってくれているのではないかと。私が正木さんの立場だったとしたら、未練があれば呼ばない。余計につらい。病室で会った正木さんは明るかったし、妙に楽しそうだった。やっと涼に仕返しができるとわくわくしていたんだろう。
「あのあと、大丈夫だった?」
「怒られました」
わざと刺々しく答えると正木さんは笑った。
「マジか。ごめんごめん。そっか~。あの程度じゃ効かないかと思ったけど、怒ってたんなら大成功だ」
効いてます。効きすぎて襲われました、とまでは言わない。とにかく正木さんの作戦は成功して、本人は大満足のようである。
「だよなあ。けっこうやきもち焼きだもんな、あの人。普段はクールぶってるくせにさ」
電話の向こう側で正木さんがクックと笑う。クールぶってるのかな。普段の涼は常に冷静な印象だ。それが正木さんのこととなると過剰反応するふしがある。原因はもちろん、正木さんが私にキスしようとしたせいだろう。
「きてくれてうれしかったよ。ありがとう。大学に進学したらまた顔を合わせることもあるかもね。じゃあ、元気でね」
「はい、正木さんも」
そう言って電話を切った。ほっと息をつく。私は窓の外を見上げた。進学については悩んでる。そろそろ決めなければならない。
大学に進学しないことを涼に伝えたのは、十二月の初めのことだ。
「なんで?」
「理由は、いろいろ」
そう濁したものの、本当は涼に学費を払わせたくないから。結婚したら学費は涼に払ってもらうことになるんだと思う。そんな迷惑はかけたくない。彼はきっと迷惑とは思わないだろうし、むしろ心配しなくていいと言ってくれるかもしれないけれど。
「学費のことなら何も心配しなくていいし、気を使う必要もないよ」
やっぱり。確かに涼なら経済的には問題ないのかもしれない。それでも私には涼に学費を払わせたくない理由があった。
「ありがとう。だけど、もともと特にやりたいことがあったわけじゃないの」
つまり、明確な目標があるわけでもないのに、涼に高い学費を払ってもらうわけにはいかないということ。結婚の予定がなくて、学費を出してくれるのが親でも同じように考えたと思う。病気になって入院費、手術費と、親には負担をかけたからだ。
「せっかく付属高校に入ったんだから、とりあえず行っておけばいいのに。途中で何か見つかるかもしれないぞ。みんなそんなもんだろ」
とりあえずで数百万円も払わせられないよ。
「両立が心配?」
「それもある」
学生と主婦の両立は、もちろん不安だ。
「別にいいよ。俺のことは放っておいて、学業に専念してて」
「休みのたびに死んだように寝てる人を放っておけない」
涼が苦く笑った。
「大学にはあいつがいるから、俺に気を使ってるなんてことは、ないよな?」
あいつというのは当然、正木さんのことだろう。私は首を横に振った。
「違うよ。涼はそんなに心狭くないだろうし」
ふんふんと頷きながら聞いていた涼が、突然はっとして真意を掴んだような目になって言った。
「ああ、わかった。そういうことだろ」
「何?」
「すぐに子作りして、家族を増やしたい――」
「違います!」
遮ってきっぱりと否定した。子作りとか平気で言うんだから。まだそういう行為もしていない段階なのに。赤面していると涼が微笑んだ。
「彩がしたいようにしたらいいよ。どうであろうと俺は彩の味方だから。あとから進学したくなったら、遠慮なく言えよ? 大学でも専門でも。もちろん目指したい職業ができても、俺は応援するよ」
「ありがとう」
うれしいことを言われて、目が潤んでしまった。
「そうか、大学生にはならないのか」
涼が少し残念そうに呟いた。
「あ、毎日遊んでるだけで涼に養ってもらうつもりじゃないよ。バイトして少しは稼ぐから」
「いや、それは別にいいんだけど」
「社会勉強したいし」
「なるほどな。まあ、新婚生活に慣れて落ち着いてきた頃でいいんじゃない」
「新婚生活」、その甘い響きに胸が高鳴る。
「女子大生にはならないのか」
ソファから立ち上がりながら、涼が先ほどとほぼ同じ言葉を繰り返した。
「奥さんが女子大生ってのもよかったんだけどな」
何か不満なのかと思ったら、そういうことか。
「サークルや合コンで他の男と出会う機会がなくなったからよしとするか」
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