ドクターダーリン【完結】

桃華れい

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第1部

フェーズ1-3

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 大学の学園祭は高校とは比べられないほど規模が大きい。来場者の数も桁違いだ。色とりどりの模擬店が立ち並び、学生が大きな声を出しながら呼び込みをしている。広場に設置されたステージではバンドが演奏をしていて、多くの人たちが手拍子を打ちながら盛り上がっていた。
 普段から学生が集まるというホールで、私たち四人は顔を合わせた。
 愛音の彼は瀬谷せやさんといって、背が高くて優しそうなお兄さんといった感じだ。瀬谷さんの友だちの正木まさきさんという人も一緒にいて、紹介された。私を案内してくれるらしい。愛音たちと別行動するわけではないけど、私が退屈してしまわないようにと気を使ってくれたみたいだ。
「彩ちゃん、見たいところがあったら遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます」
 正木さんはドレッドヘアでピアスをいくつもつけていて、派手な外見をしている。軽そうというのが私の第一印象だった。その口調や素振りからも、女の子の扱いに慣れている様子がうかがえる。ちょっと苦手なタイプだ。
 並んで歩く愛音たちの後ろをついていく。手こそ繋いではいないものの、二人はすっかりデート気分だ。一足早いキャンパスデートを楽しんでいるのだろう。
 今通っている高校はこの大学の付属校だ。来年の四月からは私と愛音もここの学生になる。約一年後、私と涼はどうなっているのだろう。まだ付き合えているだろうか。もちろん続いててほしい。一年後といわず、何年後でも。大学生になったら一緒に住むこともできるかもしれない。そしたら毎日一緒にいられる。そのためにはまず両親に涼を紹介する必要がある。両親はどんな顔をするだろう。父も母も私の主治医である涼のことは知っている。きっと驚くだろうな。紹介して許してもらえたら一緒に住んで、いつかはプロポーズされて結婚なんてことになったりして。まだ付き合い始めたばかりなのに気が早すぎるね。
「彩ちゃんは彼氏いるの?」
 勝手な妄想をして頬を緩ませていた私に、正木さんが訊ねてきた。
「はい」
 今まさにその彼氏のことを考えてました。
「へえ、いるんだ。同級生?」
「いえ、年上、です」
 私は高三だから相手は大学生か社会人ということになる。詳しくは言えない。あまり追及しないでほしい。
「大学生?」
 追及、しないで。
「ええと……」
「いつから付き合ってんの? けっこう長いの?」
 知り合ってまだ数分だというのに、踏み込んだ質問をしてくるなあ。やっぱり軽い人なのかな。どう答えたらいいんだろう。曖昧な返事ではぐらかすのも限界がある。
「彩、プラネタリウムがあるんだって。行ってみようよ」
 愛音の提案に助けられた。私は二つ返事で了承し、天文同好会によるプラネタリウムの会場へ足を向けた。その後は彼らのキャンパスライフや、二人の共通の趣味であるバイクの話などで盛り上がってくれて、正木さんからの追及は止まった。
 そういえば、私と涼のことはいつまで秘密にしたらいいんだろう。私が高校を卒業したら? 一年間通う外来での経過観察が終わり私が彼の患者でなくなったら? どちらにしろ、だいぶ先の話になりそうだ。


 土日に学会が開催されるため、涼は金曜日の夜から開催地の石川へ出かけてしまった。日曜日でも仕事で会えないときがあるとは最初に聞いていた。実際に二週間も会えないのはやっぱりつらい。それに石川は遠い。同じ街にいて会えないのと、遠くに行ってしまっていて会えないのとでは全然違う。
 愛音は彼氏とデートだし、私は一人で出かけた。休日の繁華街はカップルばかりだ。手を繋いでいたり、肩を抱いていたり。愛音も今ごろはあんなふうにデートを楽しんでるんだろう。高校のクラスメイトにも彼氏持ちの女の子は多い。みんな堂々とデートしてる。キスもするだろうし、きっとそれ以上のこともしてる。学生同士は許されることが、相手が大人だと許されない。
 世間では大人が未成年をたぶらかしたと見なすのだ。私が涼に騙されているのだと。彼が悪者にされる。もし私たちのことがバレて騒ぎになったら、ワイドショーや週刊誌の見出しにこんなことが書かれるはずだ。
『医師(二十九)が未成年と不適切な関係』
『患者の女子高生(十七)と淫らな行為』
 淫らな行為なんてしていない。それでもきっと信じてはもらえなくて、あることないことを書かれる。二人とも好奇の目にさらされて、涼は医者を続けることができなくなってしまうかもしれない。想像しただけでぞっとする。
 通り沿いの大型書店に入った。雑貨や文具コーナーなどもあり、カフェも併設されているお気に入りの書店だ。雑誌コーナーで二十代女性向けのファッション誌を手に取ってみる。特集は『きれいめフェミニンな夏コーデ』。涼とつり合うようになるためには、こういうのを読んで研究しないとな。でも背伸びしてるとは思われたくない。ちぐはぐになっては意味がない。内面も磨かなきゃ。手に取ってはみたものの今はいまいち気乗りしなくて、雑誌を棚に戻した。
 雑貨コーナーへ移動した。見覚えのある横顔とドレッドヘアが目に入った。正木さんだ。エプロン姿で棚に商品を並べているところを見ると、ここでアルバイトをしているようだ。
「いらっしゃ……あれ? 彩ちゃんじゃーん」
 私に気がついて途中から満面の笑みになった。
「こんにちは。ここで働いてるんですか?」
「そ、バイト。彩ちゃん、よくくるの? それなら今までも会ってたかもしれないね」
 本や雑貨が好きだからときどき立ち寄る。ドレッドヘアの店員は、記憶にない。
「今日は一人?」
「はい」
 正木さんが腕時計を覗いた。
「もう終わるからさ、そこのカフェでお茶しない? もちろん外でもいいよ」
「しません」
 即答で断った。学園祭で遠慮なしにいろいろと質問をされたせいで、私の正木さんに対する苦手意識はかなり強い。
「じゃあ、今度、飯行こ」
 お茶を断ったのにどうしてご飯の誘いにグレードアップするの。
「私、付き合ってる人がいるんです」
「飯くらい、いいじゃん。彩ちゃんのこともっと知りたいからさ。全然おごるし。ね? 行こうよ」
 やっぱり軽い。大学生にとっては普通のことかもしれないけれど、男の人と二人きりで食事するのは抵抗がある。私は「ごめんなさい」と頭を下げ、逃げるようにしてその場を去った。
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