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おこぼれ話217 これはほくろじゃないの?

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小5のある春の日、学校から帰ってきた直後、僕は左手の手のひらの人差し指と中指の付け根の間あたりにほくろがあることに気づいた。

手のひらのほくろは幸運のしるしなんて聞いたことがあるからラッキーだと思ったが、それはほくろにしてはやたら黒っぽく見えた。もしかしたらペンの跡じゃないかという疑惑が浮かび上がったのだ。なので浮かれる前に疑え、なんて感じでまずはそのほくろを爪で思いっきりひっかいた。何回も何回も。爪が削れるぐらいに。しかしほくろは削れるどころかキズひとつつかない。
ならば手を洗おう。ペンだったら落ちるか薄くなるに違いない。爪がダメなら石鹸だ!
すぐさま洗面所に向かい、普段の帰宅後の手洗いよりも多い量の石鹸を使い、普段の手洗いの倍以上の時間をかけてそのほくろをこすりまくった。だが消えるどころか鮮度そのまま。一切色落ちする気配なし。
これで僕は確信した。「これは本物のほくろだ!幸運の証だ!」
確信した後は僕は家族にも手のひらのほくろを見せ、寝る前にはそのほくろの部分を拳で握りしめるように包み込んだ。幸運が訪れるように願いながら…

だがそれも長くは続かなかった。わずか翌日、ほくろの真実が判明する。
その日の中休み、僕は自分の左手をクラスメイトの女子に見せて自慢した。
「見ろ~!幸運のほくろだぜ~!」
僕がそうやって見せびらかした直後である。彼女は僕のほくろを見るやいなや、無言&無表情で己の人差し指の爪を僕のほくろに向かって居合切りのようなスピードでスラッシュした。構えもなくノーモーションからの一瞬の出来事であった。手のひらのほくろは一瞬にしてKO。その間、コンマ数秒に違いない。
あれだけ自分が頑張って爪で削ろうとしても、石鹸で洗おうとしても一切ノーダメージだったほくろが一瞬にして、それも女子の手さばきで消え去ってしまった。結局あれはペンの跡だったということだろう。
「あれだけ落ちなかったのになぜ?」幸運のほくろと最初に落とそうとした自分の努力。その2つを0.数秒で全否定されたのだから精神的ショックは大きかった。相手のノーモーション、無言、無表情の3本柱がよりダメージを大きなものとしていた。
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