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記録ノ40 王の素質

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さて、いよいよ学芸会本番を迎える。
僕の通っていた小学校の学芸会は児童公開日と保護者公開日に分かれている。
前者は全校児童に向けた公開日で平日に2日間かけて行われ、1日目は奇数学年(1・3・5年)、2日目は偶数学年(2・4・6年)の発表となっている。仕事等の関係で保護者公開日に行けない保護者も観覧可能である。
後者は保護者や地域の方に向けた公開日で日曜日に行われる。
児童公開日のほうが保護者公開日より先に行われる。つまりは児童公開日が初演という訳だ。

その児童公開日当日、僕は緊張感からか腹痛になってしまった。
それも仕方ないだろう。なんせ今までの役の中でセリフも出番も一番多い。
それでも本番の幕が上がる。僕は腹痛に耐えながら舞台へ。

第一幕は椅子に座る王様と、それを取り囲む大臣たちとのやり取りが描かれる。
王様のセリフはしばらく「あ、うん」のみ。大臣が挨拶せども、兵士が報告せども、家庭教師が今日の勉強メニューを紹介しようがお構いなしに「あ、うん」の一言で片づけてしまうのだ。
僕が「あ、うん」というたびに会場は大爆笑の渦に。正直ここまで爆笑が取れるとは思ってなかった。
そして王様が発する初の「あ、うん」以外のセリフは「た・ま・ごっ!卵焼きが一番おいしいよ…」…そう、オーデ
ィションのお題のあのセリフだ。
予想外の大うけに安堵したのか、僕の腹痛はこの幕が終わったタイミングで治っていった。

第二幕では王子様誕生のニュースが舞い込み、お祝いのパーティを行うことが決定。祝いの席で出す料理を聞かれ「卵焼きに決まってる、卵焼きでなければお祝いはやめ」と言い張る王様。このセリフは特に気持ちを込めて発した。卵焼きは譲れないという王様の思いがこの後のターニングポイントにつながるからだ。
そう、この後王様が「象の卵で卵焼きを作ればパーティに来たみんなが食べられる」と発し、大臣たちの卵探しが始まるのだ。

第三幕では大臣たちが象の卵用の巨大フライパン、それ用の巨大かまどを作り上げ、それを見た王様が関心の一言。
「大きなフライパンとかまどができたな。あとは大臣たちが象の卵を持ってくればよい」
…この幕の王様のセリフはこれだけ。そして王様の出番はこれにて終了。この後後半2幕は実質大臣たちが主役だ。王様は卵探しには行ってない。この物語の真の主役は大臣たちといって過言でないだろう。
僕は途中で腹痛が悪化したりぶりかえしたりすることなく、無事全三幕の出番を終えることができた。

劇の終了直後、僕は下級生たちに「王様ー!卵焼き好きなの?」と聞かれた。
僕はこう返事した「僕は卵焼きよりイタリアンのほうが好きかな…」と。
王様ではなく、素の一刀星リョーマとして答えてしまった。今となっては夢を壊してしまって申し訳ない。
そして保護者公開日もトラブルなく無事終了し、大役を成し遂げて一刀星リョーマ王は”退位”した
学芸会が終わってしばらくした後も僕は下級生から「王様」と声をかけられ、「あ、うんって言って!」とリクエストされたりした。
他の学年から3年生あてに送られた劇の感想も「王様が面白かった」「あ、うん。で爆笑した」といったものが圧倒的でうれしかった。
王様は僕の中で最大の当たり役と言えるだろう。
クラスの中でも比較的目立たない人生だった僕だが、この王様役が小学校人生で一番輝けた時期といっても過言ではないだろう。

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