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初めての感覚に惑う

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 乙津さんは、立派なマンションの三階に住んでいた。
 シャワーを借りて身体を綺麗にし、歯磨きも済ませる。グレーのTシャツと短パンでは色気がないと分かっているが、まともなパジャマはこれしかなかった。
 乙津さんは可愛いと褒めてくれたが、本心かは分からない。
 クーラーの効いた寝室のダブルベットに座り、乙津さんがシャワーから戻ってくるのを待つ。眠かったはずなのに、今は緊張で冴えてしまっていた。
 顔の両サイドに垂れる髪を耳にひっかけて、大きく深呼吸をする。

(乙津さんを疑っているわけじゃないけど、これで本当に感じなかったら、私はセックスに向いていないのかもしれないな……)

 自虐的な笑いが溢れた。
 間接照明だけが灯る静かな空間で、一人正座待機をしているとガチャとドアノブの音がして、肩が跳ねた。
 乙津さんは紺色のTシャツに、ハーフパンツ姿だった。かっちりした人のラフな姿を見ると、ギャップで萌える。

「お待たせしました」
「いえ。あの、乙津さん。眠くないんですか?」
「いただいたコーヒーのおかげで、問題ありません」
「そうですか。それは、良かった。ん、良かった?」

 首を傾げる私に、乙津さんは苦笑を浮かべて私の隣に座った。
 先ほど下がりかけたテンションはどこへやら。これからと思うと、発熱したように体がほてってくる。
 今までこういう雰囲気になった時は、不感症を気にして体が冷えるくらいなのに、なぜ。

「部屋の温度はどうですか。寒くないですか」
「ちょ、丁度良いです。ありがとうございます」
「気を遣わず教えてくださいね。気持ちのいいセックスをするには、部屋の温度も大変重要ですから」
「はい」

 これから本当にやるのかと思うと、頷くだけでもぎこちなくなる。

「立木さん。俺の手に、立木さんの手を乗せてもらえますか?」
「ん、あ、はい」

 今、「俺」って言った。
 驚いて返事が遅くなってしまった。
 乙津さんの膝の上で手を繋ぐ。

「緊張しないでください。と言っても難しいかもしれませんが。……車の中でも言いましたが、前戯は緊張をほぐすためのものです。ゆっくり、時間をかければ、落ち着いてきますよ」
「……前戯って、キスとか、そういうのですか」
「定義は人によるとは思いますが、俺は手を繋いで話すことも前戯だと思っていますよ。少しずつ触れ合う面積が増えていくのって、ドキドキしませんか?」
「確かに。でも、したいと思っている相手を前に、早くキスしたいって思わないんですか」
「もちろん、したいですよ。でも、立木さんの場合、雰囲気に慣れていないうちから唇にキスすると急すぎる気がするんです。それに、これもプレイの一つだと思えば、セーブできますよ」
「プレイ?」
「そう」

 乙津さんがそっと近づいて、私の耳元に唇を寄せた。

「――焦らしプレイ」

 甘く色気のある声でささやかれ、耳先にチュッとキスをされた。
 その瞬間、背中から頭へ、痺れるような感覚がゾクゾクゾクゾクッと駆け上がった。

(ちょっ、え?! なに今の……)
「その表情、良いですね」
「っ……」

 逃げるように顔を逸らす。すると、乙津さんは私のうなじに優しくキスをした。
 髪越しの刺激がくすぐったくて、背中を反らしてしまう。

「んんっ……」

 今度は耳たぶに。

「やっ……」
「こっちを向いてください」

 額や頬、首筋に肩、握っている手の甲へと次々にキスを落とされる。それは、触れるか触れないかの軽いタッチだった。リップ音がこんなに妄想を掻き立てるとは知らなかった。
 これまで体験した前戯はいつも性急で、キスをしているうちに脱がされて、触られて、濡れていないアソコを舐められた。その度に「感じなきゃ」と焦っていた。

「こんな触られ方は初めてです……」
「気持ちいいですか?」

 感じないとグズグズと泣いていた手前、恥ずかしくて答えられない。
 乙津さんは黙ってしまった私を覗き込んだ。

くありませんか? 正直に言って良いんですよ。二人のためのセックスなんですから」
「……いい、と思います」
「それは良かった。では、続けましょうか」
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