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すっぴんジャージ女

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「お、おお、乙津さん正気ですか! 私こんなですよ?! すっぴんジャージ女! まさか、涼しい顔して実は乱交パーティに影響されたんじゃ」

 乙津さんは車を走らせながらも、あり得ないと頭を振った。

「執事代行の二日間を終えても、あなたのことが忘れられなかったんです」
「えっ」

 ドキッ。

「変な人だったな、って」

 いや、ドキッじゃねーわ。

「それは、どういう意味ですかね」
「ふっ。私にとって、忘れられない二日間だったんです。乱交パーティも衝撃的というか、呆れてものも言えない気分でしたが、それよりも――いかにも訳ありなすっぴんジャージ女が、うつろな目で乱交パーティを見ているんですよ? 印象に残らないわけがないですよ」

 他人から「すっぴんジャージ女」と呼ばれるとイラっとする。しかも、「訳あり」のおまけつきだ。
 乙津さんとは寝ないと今決めた。

「金持ちの享楽きょうらくを前にまるで興味がなさそうで、それでいて、彼らを見下した様子もない。女子の一人が、体調を崩した時があったじゃないですか。トイレまで付き添って、その後はソファで介抱していましたよね」

 ああ、そんなこともあった。
 何か辛いことがあったのか、吐くまで酒を飲んで、私の膝でボロボロ泣いていたな。

「優しい声で、大丈夫と繰り返すあなたに、その子も落ち着いてきて寝落ちしたんですよね。その後、あなたに頼まれて、私が彼女を別室に運んで戻ってきたら、あなた何をしていたと思います? ふっ、ははっ、思い出すだけで笑えてくる」
「確か、全裸のバカに寝技をかけてました」
「子守唄を歌いながら、ですよ。ははっ」

 乙津さんは目尻に涙を浮かべて笑っている。
 よほど強烈な光景だったのだろう。
 私からすれば、初めての出来事ではなかったけれど。

「そういう掴みどころのないあなたに、惹かれてしまったんです。なんでこの仕事を引き受けたんだろう、とか、なんでこんなに動じないんだろう、とか。気になって気になって。だから、兄に今回のことを提案したんです。もう一度あなたに会いたかった」

 もう一度会いたかったなんて、初めて言われた。
 惰性で関係を続けられることが多かった自分には、縁のないセリフだ。

「答えを知ることができ、スッキリはしたのですが……あなたに恋人がいないと分かったら、欲が出てしまった」

 ナビ通りに進み、私の住むアパートの前で車が止まった。
 乙津さんは私のシートベルトを外し微苦笑した。

「すっぴんジャージ女なんて言って、すみません。あなたは充分、魅力的ですよ。あなたを目で追ってしまうほどに。……先ほども言いましたが、十分経ったら帰ります。こういったお誘いは、今日これきりにしますから」

 車から降りると、夜の生ぬるい風が熱くなった頬をかすめていった。高まった熱は、引く気配がない。
 自宅に戻り電気をつけ、手を洗い、ジャージを脱ぎ捨てる。

(なに緊張してんだか)

 適当に縛った髪をほどいて、くしで軽くく。

(処女じゃあるまいし)

 クローゼットから白のノースリーブとデニムを取り出して、さっさと身につける。

「あーもうっ、顔あっちぃ!!」

 別に真に受けたわけじゃない。
 ただのお世辞だと分かっているのに、私はまんまとほだされて、お泊まりセットを抱えて乙津さんの車に戻った。
 乙津さんは嬉しそうに微笑んで、私を迎えた。

「ゴムを持っていないので、念のためコンビニで買っておいても良いですか?」
「う、あ、はい……」
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