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最終章 勇者として

決戦③

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 運営本部では全員が固唾を呑んで戦況を眺めている。楽勝と思われたセイクリッドサーバー。しかし、予定外に亜種を引いてしまった彼らは既に半数が失われていた。

「ここまでかしらね。流石にプレイヤーの数が少なすぎる……」
 嘆息する敷嶋。セイクリッドサーバーであればと望みを託していたけれど、流石に1.6倍というルイナー亜種には敵わないのだと思う。次々と死に戻るプレイヤーたちを見ると、勝利する未来など思い描けない。

 ところが、敷嶋は思いもしない話を聞かされることになった。

「敷嶋プロデューサー! リナンシーの分身体が魅了をかけ続けています!」
「何ですって? 彼女はランダムで支援を行うだけでしょう!?」
 騒然とする運営本部。設定上あり得ない事態が起こっていた。リナンシーの加護は基本的にステータスアップであり、支援の発生確率すら低く設定されている。それが魅了をかけ続けているなんて、設定上あり得なかった。

「勇者ナツと勇者リョウが同時に精霊王のリングを使用しています!」
 俄に動き始めていた。ルイナー亜種に圧倒されるのかと思いきや、プレイヤー側はまだ諦めていない。

「精霊王のリング? 大村君、何かヒントでも与えたの?」
「いえ、敷嶋さんの指示通りに、順次ヒントは公開する予定で……」
 敷嶋は頭を振る。簡単にクリアさせまいと、情報は統制されていたのだ。特にルイナーを弱体化させる精霊王のリングについては割と後に公表する予定であった。

「チャットの内容から勇者リョウの指示であるのかと思われます……」
「リョウ君が? あの子はどうにも勘が鋭いわね……」
「いやでも、敷嶋さんはクリアして欲しいのですよね? セイクリッドサーバーに……」
 大村の問いには頷きを返す。しかしながら、攻略法をいとも容易く見破られてしまうのは制作者として受け入れたくないものだ。長い息を吐きつつも、敷嶋はそうねと返している。

「問題は精霊王の解放値ね。ナツさんは幸運値に恵まれているけれど、リョウ君はお世辞にも高いとはいえない。二人合わせても、体力値ダウンは大して期待できないわ……」
 どうやら精霊王召喚は幸運値により効果が左右するらしい。また最大値を引けば精霊王は一体につき二割までルイナーの体力値を減ずることができた。

 しかしながら、諒太の幸運値は明らかであり、たとえ二人を合算したとしても敷嶋は期待できないように語る。

「解放値は1から100%まで選択されますが、幸運値によって偏る設定ですからね。勇者リョウの解放値アベレージは5%前後しか期待できないでしょう……」

 大村がそう答えた直後、
「大村さん、ジンとイフリートが解放されました!」
 召喚のモーションが終わり、徐々に精霊王が露わとなる。巨大なその影は彼らが設定したままであった。

 ところが、予想は全て覆ることになる。誰も予想し得ない現実に帰結していく。

「勇者ナツの解放値は98%……」
 まずは精霊王ジンの解放値から伝えられる。だが、それは想定内の事象。幸運値に恵まれた第一の勇者ならば、あり得る数値であった。

 しかし、続く第二の勇者に関しては誰も予想していない。まさか全員を困惑させる結果となるなんて。

「イ、イフリートの解放値は100%です!――――」

 一様に固まってしまう。幸運値一桁という勇者リョウがどうしてか最大値を引いている。予想アベレージは5%前後であったはずで、100%を引くのは天文学的確率であったというのに。

「嘘でしょ!?」
「間違いありません! 現状でルイナーの体力値は39%ダウンし、猛攻撃を繰り出す程度にまで減じています!」
 その報告には頭を振る。しかし、困惑よりも敷嶋は期待してしまう。

「これなら……」
 イレギュラーであったルイナーの亜種。散々な結果となる未来が確定していたというのに。敷嶋は大勢が死に戻った現状にも希望の光を見ていた。

「実況は視聴者を煽って! 解放値について詳しい説明をするの! セイクリッドサーバーが亜種を引いてしまったことも明らかにしなさい! 勇者リョウが成し遂げた奇跡を大きく取りあげて!」

 直ぐさま指示を出す。アルカナⅡに弾みを付けるためにも、視聴者を釘付けにするしかない。0.1%という亜種を引いてしまったことでさえもドラマとするようだ。

「敷嶋さん、ルイナーが魅了にかかっています!!」
「何ですって!?」
 押し寄せる波のように苦境を飲み込んでいく。セイクリッドサーバーはたった一人によって導かれていた。

「ルイナー、行動不能です!」
 どうにも信じられないでいたけれど、真実は目の当たりにする全てだ。この決戦に用意された結末をたった一人が覆そうとしていた。

「リョウ君、貴方は一体……」
 敷嶋は嘆息したあと笑みを見せる。
 一気呵成に攻め立てるプレイヤーたち。全員がゲームを楽しむ姿はプロデューサーとして誇らしい。少なからず楽しんでもらえたのなら、大失敗に終わる未来はなくなったのだと思う。

 あとは祈るだけだ。選ばれし勇者があるべき未来に誘ってくれることを……。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 強大な二体の精霊王。顕現したその姿はプレイヤーたちを戸惑わせていた。
 しかし、猛烈なブレスをルイナーに浴びせる様を見ては仲間であると気付く。

「リョウちん!?」
「ああ、想像よりデカかったな……」
 視線を合わせ二人して笑う。パニックに陥りそうな気もしたけれど、突撃部隊はタルトによって統制されている。

「婿殿、かかった! 魅了に成功したのじゃ!」
 ここでリナンシーの声。それも吉報であった。かけ続けろとは命令していたけれど、本当に成功させてしまうなんて嬉しい誤算である。

「タルト、ルイナーの魅了に成功した! 一斉攻撃を仕掛けろ!」
「ふはは! よくぞやった! 皆の者、突撃だぁぁっ!!」
 タルトが一斉攻撃を指示し、残るプレイヤーがルイナーへと攻撃を始めた。魅了が解ける時間はランダムであったけれど、最初の十五秒は固定であり、その時間は攻撃も反撃も起こらない。

 畳み掛けるプレイヤーたち。程なく消え失せた精霊王に代わって、彼らの攻撃ターンが始まっていた。

 直接攻撃に魔法攻撃。怒濤の攻めによりルイナーの体力が削られていく。

「バーニングクラッシャー!!」
 諒太もまた夏美と共に攻撃を仕掛けている。前回のイベントを思い出し、頭部へと土竜叩きを撃ち込んでいる。

「パワースティング!!」
 夏美の剣技が炸裂。彼女はクリティカル判定をもぎ取っていた。とはいえ十五秒間に何度も攻撃できるはずはない。二人は四度斬り付けたあと、態勢を立て直している。

 刹那にルイナーが大きく咆吼した。誰もが察している。既に魅了が解けたことと、更には猛攻撃が繰り出されることを。

 諒太もまた理解していた。確かロークアットの創作本では暗黒を吐く。恐らくそれは直線上の範囲攻撃。創作本通りに進んでいるのであればタルトが狙われるはず。

「タルト、猛攻撃は回避しろ!!」
 声を張り、今一度タルトに指示を出す。ここが創作本の場面に違いない。金剛の盾では持ち堪えられない猛攻撃が繰り出されるはず。

 咆吼のあと、ルイナーは大きく口を開けて何かを吐き出す。それはロークアット曰く暗黒だろう。目にも留まらぬ速さで撃ち出された暗黒は大きく拡がりながら一直線に飛んでいく。

「ぐぬっぉぉ!!」
 間一髪で回避するタルト。諒太の指示通りに避けたけれど、想定通りとはならなかった。

「きゃあああっ!!」
 暗黒は後方を飛ぶチカと彩葉に直撃。後方へと向かうほど拡がる暗黒を彼女たちは避けられなかった。

 戸惑う諒太だが、決断は早かった。彼は直ぐさま、
「時よ戻れぇぇっ!!」
 躊躇うことなく時戻りの石を使用。タルトでさえ防げなかった暗黒を後衛の二人が持ち堪えられるはずもないのだと。

「タルト、今度はスキルを頼む! 次の指示を考えておく!」
 時が戻るのはあと二回。諒太は次の十三秒を熟考時間に充てる。恐らく金剛の盾を最高効率で使用したとしてタルトは失われるはず。彼はいつ何時も最大値を引き出しているのだ。歴史にある死に戻ったタルトがミスをしたとは思えない。

「どうすりゃいいんだ……」
 直さま準備時間の3秒が過ぎ去る。焦るほどに何も思いつかない。諒太にはあと10秒しかなかったというのに。

「金剛の盾!!」
 巻き戻った時間。指示通りにタルトは盾スキルにて暗黒を受け止めていた。
 闇が空間を飲み込んでいくが、タルトの存在位置は確認できた。
 直撃をしたタルトの背後は闇に染まっていなかったからだ。一部だけ堰き止められたような暗黒は一見すると防御したかのように思えるけれど、生憎と歴史は確定している。タルトがこの暗黒を凌ぎ切れるはずはない。

「暗黒は貫通しない……?」
 諒太は閃いていた。次の瞬間には時戻りの石を使用し声高に叫ぶ。

「タルトと後衛は俺とナツの直線上に入れ! プレイヤーたちは総攻撃の準備だ!」
 即座に指示を出す。全員が生き残る唯一の方法。諒太はそれに全てを懸けた。

「ナツ、時間が戻れば突っ込むぞ!」
「ええ!? どうすんの!?」
 一か八かの賭けである。もう時間は巻き戻せない。全員が生存し、クリアするのであれば、諒太はこの賭に勝つしかなかった。

 立ち所に時間が巻き戻るはず。三秒の準備時間のあと、再びルイナーは暗黒を吐くだろう。

「金剛の盾で受けんだよ!」
「や、タルトさんでも無理なのに!?」
「生き返りゃいいんだよ! お前の豪運は見せかけだけか!?」
 ようやく夏美は気付いた。そういえば自身は劣化精霊石を持つ。更には諒太に精霊石を手渡しているのだ。諒太の話が肉壁という最低の役回りであることを理解した。

「リョウちん、超絶ラッキーエンジェルを舐めないことね!」
「ほら、来るぞ! 一応は盾スキルを使えよ!?」
 ルイナーに突っ込んでいく二人。口元に達するや、二人は盾スキルを実行する。

 諒太が賭に出た理由は思い出したからだ。確かに諒太は読んだはず。ロークアットが書き綴った決戦について。

『暗黒竜は生きている。ナツ様は生き返った。リョウ様も生き返った――――』

 そのとき既にタルトは失われていたけれど、諒太と夏美は生き返るのだ。ならばタルトたちの壁になり、彼らを守って生き返ればいいはずだと。

「「金剛の盾!!」」

 息の合った二人の盾スキルはほぼ同時に発動している。大きく口を開いたルイナーの眼前に盾を突き出していた。

 一瞬のあと、ルイナーが暗黒を吐き出す。二回も見た後だ。二人の実行タイミングは完璧である。

 しかし、それは驚異的な威力であった。大盾を装備するタルトでさえ持ち堪えきれなかった猛攻撃。ハンドシールドでしかない二人に防ぐ術はない。

「やばっ!?」
「これは!?」
 急速に体力が失われていく。タイミングは申し分なかったというのに、想定以上の威力を感じていた。ルイナーが暗黒を吐き終わるまで、諒太たちは生存しなければならなかったというのに。

「エリアヒール!!」
 ここでチカによる回復魔法。エリアヒールは回復割合が低く設定されているけれど、チカの信仰心から放たれるエリアヒールは少しばかりの延命を可能にしていた。

「ナツ、生き返ったら全力攻撃だぞ!?」
「リョウちんこそ!!」
 ここで二人は力尽きた。と同時に視界を覆っていた闇が消え去っている。

 瞬時に諒太の精霊石が割れ、彼は苦痛から解放。直ぐさま夏美の方を振り返る。

「復活ッ! 超絶ラッキーエンジェル!!」

 夏美もまた生き返っていた。確率というものには無類の強さを発揮する彼女。しかも歴史的に生き返っているのだから心配無用であったのかもしれない。

 一般プレイヤーの総攻撃が始まる。アアアアや彩葉もまた最大級の呪文を詠唱していた。
「アブソリュートアイスキャノン!!」
「アシッドストーム!!」
 全ては予定通りである。だとすれば諒太もまた歴史に残るがままの魔法を選択する。

「天に満ちし闇は神の怒り。茫漠たる雷雲を呼び寄せるものなり。天と地を引き裂く神の刃と化す……」
 預言書ともいうべき創作本にあったまま。諒太は神雷を暗黒竜へと撃ち込むだけだ。

「よおし、メテオバスタァァアアア!!」
 夏美はSランク剣技である。硬直が気になるところであったけれど、彼女の戦闘勘はここが山場であることを推し量っているらしい。

「赫々たる天刃よ大地を貫け。存在の全てを天へと還す光。万物を霧消せし灼熱を纏う」
 ルイナーは総攻撃に遭っていた。猛攻撃あとの僅かな時間。指示通りに畳み掛けるプレイヤーたちによって、カウンター攻撃を受けていた。

「神の裁きは虚空を生み出す。神雷よ降り注げ……」
 ここで夏美のメテオバスターが炸裂。燃え盛る巨大な隕石がルイナーへと落下し、大爆発を起こしている。

 諒太は笑みを浮かべていた。全ては歴史のまま。ロークアットが書き記した英雄譚の終焉と同じであったから……。

 だからこそ声を張る。諒太は声の限りに詠唱を終えていた。

 ディバインパニッシャァアア!!――――――――。
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