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最終章 勇者として

三百年後の英雄たち

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 諒太は軽く食事をしてからログインしていた。
 今回は拠点変更の手続きをしてから、初めてのログインである。召喚陣に吸い込まれたあとは即座に転移して、気付けば諒太は聖王城前にあるマヌカハニー戦闘狂旗団の銅像前に立っていた。

「マジか……」
 陰気なあの石室と比べて、朝日を浴びている今には違和感しかない。

 早速とロークアットに連絡しようとすると、
『リョウ様、もう戻られたのですか?』
 声をかけるまでもなく、ロークアットから念話が送られていた。

「ロークアット、今日は暇か? 時間を作って欲しいんだが……」
『デ、デ、デートでしょうか!? 行きます! 余裕です! お仕事はソレルに押し付けますのでっ!』
 過度に誤解しているようだが、まあデートといえばデートかもしれない。森の中を歩くだけなのだ。諒太が巨大なひよこ竜と戦うだけである。

「まあそれでミーナとセリスに連絡がつくだろうか? 実をいうとルイナー討伐に向けた訓練をしたいんだ」
『はぁ……。まあ問題ありませんけれど……』
 明らかにテンションが下がっている。さりとて諒太はのうのうとデートしている暇はない。せめて彼女たちをレベル100くらいにまで押し上げなければ、ルイナーに虐殺されてしまうはずだ。

「すまんが緊急招集だ。聖王城の貴賓室に集合と伝えてくれ」
『ああ、そういえば、お母様がリョウ様の都合を知りたがっておりました。何でも皇国との和平条約の調印式に立ち会いをお願いしたいと……』
「んん? 急な話なんだな?」
『いえ、そういうわけではございません。奴隷期間中はリナンシー様がいらっしゃいませんでしたので、先送りになっていたのです。調印式を行うとお伝えしましたら、恐らくセレス様は飛んでこられるはず……』
 どうやらリナンシーが諒太の側に現れるときを待っていたのだろう。しかしながら、リナンシーは魔力切れで寝込んでおり、それどころではないはずだ。

「リナンシーの立ち会いは無理だろう。俺が魔力を使いすぎたせいで、ずっと伏せったままだ。彼女には俺から話をしておくよ」
『そうしていただけると助かります。わたくしもすっかり失念しておりましたので……』
 諒太は気にしていなかったけれど、そういえばリナンシーは三日以内だとかセリスを脅迫していた。セリスは諒太とリナンシーを恐れているはずで、聖王国とは温度差があったに違いない。

「とにかく、今からそっちに行く。手配の方はよろしくな?」
『了解致しました……』
 ロークアットとの念話が終わったあと、衛兵に挨拶しつつ聖王城へと入る。恐らくロークアットはまだミーナとセリスに連絡を取っているはずだ。従って、諒太は貴賓室で彼女を待つことにしている。

「そいや、土竜叩きの竜種特効は30%だったか。無双の長剣は200%だけどどっちが強いのかな……」
 土竜叩きの基礎ステータスは攻撃力90に+100が付く。それに竜種特効の30%が乗ることになる。対して無双の長剣は基本攻撃力が40しかない。竜種特効は200%であったけれど。

「今となってはマズった気がする。しっかし、勿体ねぇな。錬成できないだろうか?」
 ふと思いつく。無双の長剣と土竜叩きを錬成し、一つにできないかと。

「いいとこ取りになれば完璧だが、ベースが土竜叩きにならなきゃ意味がない……」
 ちょっとした思いつきであるが、試したくなってしまう。既に諒太は長机の上に無双の長剣と土竜叩きを取り出しており、無謀な挑戦を試してみたくなっていた。

『や、やめるのじゃ……』
 不意に念話が届いた。懐かしさすら覚える声。自分から話しかけてきたということは、少しくらいは回復しているのだろう。

「リナンシー、やっぱ無双の長剣と土竜叩きを錬成して、いいとこ取りにするのは不可能か?」
『ああいや、そういう意味じゃない……』
 返答には眉根を寄せる。しかし、感付いてもいた。具体的に聞いた答えが違うというのなら、リナンシーは別の意味合いで錬成を止めようとしているはず。

「できるんだな?」
『…………』
 もはや確定したといえる。無言は肯定に違いないのだ。だとすれば、リナンシーが危惧していることは一つ。

「とりま、錬成してみっか!」
『悪魔じゃろ!? 婿殿は地獄からの使者じゃ!!』
 やはりリナンシーは再び魔力切れとなることを危惧していたようだ。回復してきた魔力を持って行かれると考えたのだろう。

「リナンシー、どうやれば土竜叩きベースで特効ボーナスだけ付与できる?」
『…………』
 流石に苛立つ諒太。妖精の国へと乗り込んで蹴り飛ばしたくなってしまう。

「よーく分かった。これから俺は定期的に高難度の錬成を試みて、お前が二度と回復できないようにしてやる……」
『ちょ、待て! 婿殿、妾はようやく回復してきたのじゃぞ!?』
「嫌なら教えろ。この先に錬成する機会はあまりない。お前が魔力を奪われるのは今回が最後だ。もちろん、協力的であればのことだが……」

『ぐぬぬ……。やはり婿殿はドSなのじゃ……』
 難色を示していたリナンシーであるが、諒太の脅迫によって分かったと返している。無双の長剣と土竜叩きの錬成を手伝うと承諾していた。

『確実に土竜叩きを強化したいのであれば、まずは無双の長剣を分離錬成することじゃ』
 腹を括ったかのようなリナンシーは理解できない話をする。分離錬成といわれても、錬金術に興味がなかった諒太は戸惑うだけである。

「分離錬成って何だ?」
『要は一度錬成したものを元に戻すイメージじゃの。不可能といえるほど超高難度の技術じゃが、妾の加護を受ける婿殿ならできるじゃろう』
 聞けば元の形を正確に思い描きながら錬成するだけでいいという。また通常の錬成より何倍も難易度が高くなるらしい。さりとて失敗しても無双の長剣が無駄になるだけだ。

「竜魂……」
 諒太は思い出していた。あの日、手に入れた竜魂について。イロハに鑑定してもらったあの日を思い返している。

 今となっては無双の長剣はどうだっていい。竜魂さえ手に入ればと、諒太は記憶にある竜魂の姿だけを思い描いている。イメージさえ明確にすれば、分離できるはずと。

「錬成!!」
『あああ! 婿殿! それはいかん!』
 無双の長剣が瞬時に輝きを発した直後のこと。突如としてリナンシーが叫ぶように言った。

「えっ!?」
 絶叫であるならまだしも、駄目だと言われた諒太は集中を切らす。錬成中はイメージが大切であったにもかかわらず。

 刹那に甲高い金属音が鳴り響く。無双の長剣にあった輝きは失われ、信じがたい現実が諒太の目に映っている。

「失敗した……?」
 無双の長剣はどこにもなかった。代わりとして机に現れたのはただのインゴットである。

『わははは! 失敗じゃ! 分離錬成に失敗したのじゃぁぁ!』
 苛つく声が直ぐさま届いた。どうやらリナンシーの策略に嵌まったらしい。わざと声をかけ、集中させまいとしたのだろう。

「おい、どうしてくれんだよ? このインゴットを錬成し直せるのか?」
『もう無理じゃの。インゴットが残っただけでもラッキーといえるじゃろう!』
「クソ妖精め……」
 最悪であった。成功すると信じていたというのに、リナンシーによって諒太の野望は潰えている。

『妖精は悪戯好きなのじゃ!』
「ざけんな。あとで蹴り飛ばしに行くからな?」
 まあ今となってはである。どうせ無双の長剣を使うつもりはなかった。ロークアットの創作本に従うと決めた諒太はどうあっても大槌を使うつもりだ。

 不意に貴賓室の扉が開かれていた。
 どうやら連絡を済ませたロークアットがやって来たらしい。

「リョウ様、その大槌は?」
「ああ、最近手に入れたんだ。勇者らしくない武器だけどな……」
 長机に置いたままの大槌にロークアットが反応する。
 やはり勇者といえば長剣だと思う。格好悪いと感じるけれど、大槌の性能はピカイチなのだ。

「大賢者様の土竜叩き……?」
 ところが、ロークアットの疑問は性能ではないらしい。そういえばミーナには見せたことがあったけれど、ロークアットは土竜叩きを初めて見る。かつて描いた創作本を思い出すようにして彼女は震えていた。

「ま、先日説明した通りだ。俺は大賢者でもある……」
「想像していたままの大槌で驚きました……」
 現物を見ることでロークアットも諒太の話を信じられたはず。何度も顔を振っていたけれど、再び諒太を真っ直ぐに見つめると彼女は口を開く。

「わたくしの英雄はリョウ様です……」
 改めて口にしたあと、ロークアットは恥ずかしそう視線を外している。
 諒太もまた恥ずかしく思う。真顔でそんなことを言われてしまっては……。

 妙な雰囲気になりかけたそのとき、
「遅れました!!」
 貴賓室にミーナが飛び込んでくる。彼女は二人の雰囲気を汲み取っていないのか、謝ると同時に喋り始めていた。

「その大槌は土竜叩きですね? 伝説の武具は何度拝見しても感動を覚えます!」
 ロークアットは薄い目をしてミーナを見ていた。少しばかりいつもと違う雰囲気を彼女も感じ取っていたのだろう。全てをぶち壊したミーナに文句を並べそうな顔をしている。

「ミーナ、別に待ってない。セリスがまだだしな……」
 諒太としては渡りに船であった。踏み込むつもりがない諒太にとってロークアットは友人の一人である。よって雰囲気に流されてしまうようなことなどあってはならない。

「ああ、セリスさまはまだでしたか……」
 ミーナが苦笑いを浮かべると、不意に扉がノックされた。
 諒太が応答すると、扉が開いてセリスが現れている。上品に入室する彼女は飛び込んで来たミーナと大違いであった。

「ミーナ様、淑女であればこのように入室されるべきかと……」
 ロークアットは嫌味を口にしている。しかしながら、ミーナは意に介した様子もない。

「申し訳ございません。リョウさまにいち早くお会いしたかったもので……」
 臆面もなく返すミーナに、ロークアットは益々不機嫌そうな顔をする。

「ミーナ、淑女ならノックくらいしろ……」
「もちろんです。リョウさまがそう望まれるのであれば……」
 背中越しに諒太はロークアットの殺気を感じている。仲間割れが起きる前に話題を転換すべきだ。本来の目的へと強引に進めていくしかない。

「今日集まってもらったのは三人のレベルアップだ。これより俺たちは魔物を狩りに行く」
 全員の目が点になっていた。それもそのはず、彼女たちは既に設定された上限に達していたのだ。エリア的な制限でロークアットだけがLv80であり、セリスとミーナはLv90である。

「リョウ様、わたくしはずっとレベル80なのですが……」
 困惑したロークアットが諒太に返した。幾ら魔物を倒そうとも一つとしてレベルアップしないのだと。既に成長しきったものと彼女は考えている。

「いや、必ず上がる。世の理に変化が起きたからな……」
 諒太は確信している。アルカナのゲーム世界でNPCのレベルキャップが外されたのだ。従って冒険に連れ出せるのであれば、これまでの上限を超えられるはずだと。

「早速、出発したい。三人はせめて防具だけでも身につけてくれ」
 諒太の言葉を受け、一時解散となる。諒太はソラの元へと向かい、女性たち三人は着替えを急いだ。

 これよりレベリングが始まる。超ハピル祭という爆上げイベント。
 未来視にある勇者一行が勢揃いをし、望む未来に向けて動き始めていた……。
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