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第四章 穏やかな生活の先に
それぞれの決意
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聖域をあとにする諒太。大きな溜め息は重圧によるものだろうか。何しろ彼は想定していた以上の話を聞いてしまったのだ。
やはり大賢者は諒太であり、しかも未来には仲間を五人も連れているのだと。
「リョウ様……?」
聖域の外で待っていたロークアットが小首を傾げている。直ぐに出てきたわけではないのだから、一定以上の成果を予想できただろうに。
「俺が大賢者らしい……」
諒太の返答にはロークアットだけでなく、ミーナも驚いている。そもそもミーナが勧めたことであり、彼女も予想はしていたはず。
「世界のどこにも見つからないはずです……。ようやく私は神託を果たせました。やはりリョウさまには正教会に席を置いていただきたく存じます」
「ああ、その件は聖王国での恩返しが済んでからな。あと二人に話しておきたいことがある……」
整理しがたい話であったものの、二人には伝えておくことにした。その上で彼女たち自身が判断してくれたらと。
「ルイナーとの決戦はどうも俺一人で戦うわけではないらしい。セイクリッド神曰く、仲間は五人だと……」
二人はキョトンとしている。諒太の仲間など従魔であるソラしかいないのだ。従って五人という話は彼女たちを戸惑わせていた。
「その五人にはロークアットとミーナが含まれている……」
続けられた諒太の話。当然のことながら、二人は唖然と言葉を失っている。まさか勇者一行に自分たちが含まれているなんてと。
「俺も困惑しているんだ。レベルが100に満たない君たちを連れて行くつもりはないのだけど……」
諒太は語り出す。どうにも一人では整理できなくなったのだ。守ろうとする人たちをどうして決戦の場に連れて行くのか。なぜにそのような未来が見えているのかと。
「セイクリッド神はその未来を見ていたらしい。だとしたら、俺たちが出会ったのは偶然じゃなく、必然なのかも。何にせよ俺の意志を反映したものじゃない。彼女が語った未来は……」
思い返しても溜め息しかでなかった。リッチの攻撃でさえ瀕死になってしまうロークアットがルイナーと戦えるはずもないのだ。またそれは夏美を除く全員に同じことがいえた。
「リョウ様、わたくしは戦いたいです」
「私もです。治癒士のポジションはお任せください」
一様に戸惑っていた二人であるはずが、次の瞬間には揺るぎない意志を伝えていた。
セイクリッドの民にはどうにもできない邪神の使徒。彼女たちはルイナーと戦うどころか、ダメージすら与えられないというのに。
「それでリョウさま、他の仲間は判明しておるのでしょうか?」
ここでミーナが問いを返す。既に彼女はやる気に満ちている感じだ。残りのメンバーを問うのは戦力を見極めようとしているのかもしれない。
小さく息を吐きながらも、諒太は頷いている。セイクリッド神から口止めされた事実はないし、当事者である彼女たちであれば知っておくべきかもしれない。
「残りのメンバーは皇国の公爵家令嬢セリスに従魔のソラ……」
諒太の話は予想できるものであった。セリスは英雄の末裔。しかも、その血には二人の英雄が含まれている。加えてソラは従魔であるし、決戦の場にいたとして不思議ではない。
「なるほど、それなら最後のお一人はどなたでしょうか?」
ロークアットが促すように尋ねた。現状のセイクリッド世界において、セリスとミーナに比肩する者はいない。今現在に残る英雄の子孫は彼女たち二人だけなのだ。自分自身が含まれていることにも疑問を感じてしまう。
一拍おいて頷いた諒太。過度に躊躇いながらも、最後の一人を告げた。
「最後は勇者ナツ――――」
ここで予想外の話を聞く。ロークアットはともかく、ミーナは目を剥いて小さく頭を振るだけだ。勇者ナツは人族であり、三百年前の勇者であることは誰でも知っていることなのにと。
「本当ですか……? 彼女はご存命なのでしょうか? 人族ですよね?」
「まあ信じられないだろうが、俺とナツは幼馴染みなんだ。今も生きているし、戦ってもいる……」
諒太は天界人であるという嘘を伝えた。この世界がゲーム世界と同質化しているなんていう話は、彼女たちにとって天界人という嘘よりもずっと冗談めいている。理解の及ばぬ話をするくらいなら、彼女たちが納得できる嘘をつく方がマシなのだと。
「ミーナ枢機卿、その話は事実です。わたくしは実際にナツ様とお会いしましたし」
ロークアットが事実であることを後押ししてくれた。諒太が説明するよりも、恐らくは受け入れやすいはずだ。
「信じられません……。それなら彼女は一体どこにいるのでしょう? 噂すら耳にしませんけれど……」
「まあそれな。俺たち天界人にとってセイクリッド世界の現在と過去は同じなんだ。勇者ナツは過去を担当している。この現状を正すために……」
流石にロークアットも眉根を寄せた。過去は過去であり、現在からすると一本道でしかなく、現在への過程でしかないはずだと。
「理解できないだろうが、三百年前の封印は今も成されていない。俺が召喚されたことにより、二つの時系列が同時に進むという事態に陥っている……」
説明する諒太もまた長い息を吐く。少しも理解できないといった二人に。無駄である説明を続けるしかないことを。
「俺たちがいる現在では勇者ナツによってルイナーは封印されたことになっているだろう?」
彼女たちが理解できるように、諒太は少しずつ説明することにした。順追って分かりやすく。彼女たちが納得できるように。
「でも、それは結果が先に決定しただけ。この現在が勝手に決めただけの事象だ。だから、こんな今も三百年前はルイナーの封印に向けて戦っている……」
どうにも頭が混乱する。説明しようにも諒太にはそれ以上の言葉がなかった。彼女たちにとって過去は現在に至るプロセス以外の意味を持たないのだから。
「並行世界って分かるか? 同じような世界でありながら、少しずつ異なった世界。セイクリッド世界に起きている事象はそれと似たようなもの。この世界にある過去と現在は同時に進行しているんだ。その二つは確実に繋がっているけれど、まるで別の世界として存在してもいる……」
ようやくと二人もイメージできたのかもしれない。ロークアットとミーナは頷きを返してくれた。
「この世界の構造はややこしいことになっている。現在が存在することで、過去は現在となり得ない。実際の過去はルイナーの封印前だというのに、この現在が定めた勇者ナツの封印実績に囚われているんだ。だからこそ、勇者ナツは現在に変化を与えないように戦っている……」
「待ってください! その辺りがよく分かりません……。勇者ナツさまはルイナーを封印されていないのでしょうか? 暗黒竜は野放しなのですか?」
ミーナが口を挟んだ。全て事実であったけれど、彼女にとっては眉唾物の話に違いない。世界に伝わる英雄譚では勇者ナツがルイナーを封印しているのだから。
「同時進行していると話しただろ? 過去と現在は同じ時空に存在していながら、別々の時間を歩んでいる。またそれは相互に影響を与え合う。どちらかに矛盾が生じるたび、改変が起きてしまうんだ。だから、もし仮に勇者ナツがルイナーの封印に失敗したとすれば、この今は完全に消滅するだろう。たとえるならこの現実は……」
怖がらせるつもりもなかったけれど、説明するにはそれしかない。過去が決定していない事実。現在がどれほど曖昧な状態であるのかを伝えねばならない。
「明け方に見る淡い夢そのもの――――」
二人が咀嚼するには困難すぎる話だ。自身の存在が夢のようなものであるなんて、想像もできないはず。
「この儚き世界は常に揺れ動いている。君たち二人は確かに存在しているけれど、水泡が如く頼りない存在でもあるんだ。全ては勇者ナツにかかっている。この今があるのも、君たち自身が存在していることも……」
「いや、どうしてそんなことに? わたくしは三百年前から生きております。その記憶が出鱈目だと仰るのですか?」
セリスはともかくとして、ずっと生きていたロークアットには更に難解な話であっただろう。けれど、諒太はそれを説明できる。彼女自身が体験した話を口にすることで。
「君の記憶は実体験でありながら、全てが夢のようなもの。俺が借金をした世界線の話を覚えているか?」
それは数日前に伝えたこと。身に覚えのない借金や、手渡した覚えのないスカーフを返却されたこと。疑問を覚えたロークアットに、諒太は世界線の話をしていた。
「はい、確かアクラスフィア王国と戦争状態にある世界線だったとか……」
「ロークアット、それが答えだよ。その世界線の原因となったのは三百年前に遡るんだ。俺が勇者ナツに聖王国への移籍を勧めたことが発端となっている。勇者の移籍はアクラスフィア王国にとって裏切りに等しい行為であったからだ。だが、過去を修正することで現状の世界線に戻っている。君が知るはずもない過程によって……」
「今もナツ様は聖王国に所属していたことになっております。裏切りだと感じたアクラスフィア王国を宥めるなんて不可能ではないでしょうか……?」
彼女の疑問はもっともである。原因となったのは勇者ナツの移籍。問題点を解決していない現状がどうやって修正されたのか少しも分からないはずだ。
「君は勇者ナツの功績を全て知っているか?」
どうしてか諒太は問いを返した。現状のロークアットが何を記憶しているのかと。
ロークアットは三百年を生きている。その質問の回答は記憶を思い返すだけでいい。
「え? それはマヌカハニー戦闘狂旗団の一員として……」
「その前だよ。君は知っているはずだ……」
過去と現在は歩幅を合わせている。双方は過程と結果を共有しているのだ。過去が進めば、現在は必ず帳尻を合わせるだろう。しかし、過去において決定した事実は現在からどうすることもできない。起点となる事象があるのなら、現在はそれに従うだけである。
「ナツ様はアクラスフィア王国とスバウメシア聖王国のいざこざを収束させました……」
返答は諒太が考えていたままだ。今の世界線は戦争イベント終了後から続いている。盾を掲げる勇者像が聖王城前に建てられた時期。そこまでは確定していると考えるべきだ。
「じゃあ、もしもナツが中立にならなければ、両国はどうなった?」
諒太は質問を続けた。彼女自身に考えさせる思惑があってのことだ。ロークアットが自然と理解できるようにと。
しばらく考え込むロークアットだが、結論がでたのか小さく頭を上下させた。
「恐らく全面戦争になったかと……」
言ってロークアットがアッと声を上げる。ようやく彼女も理解できたらしい。この現状があまりにも不安定であることを。
「リョウ様、ひょっとしてわたくしは……?」
ロークアットが聞く。それは明確な内容を含んでいなかったけれど、諒太には彼女の不安げな表情だけで十分であった。
「俺は以前、世界線という言葉を使った。まあそれも間違いじゃないけれど、ロークアットが二人いるというわけではない。常に君は一人だ。あの世界線もこの世界線も変わらない。世界の変化に君は巻き込まれてしまったんだよ。勇者ナツが両国を諌めなければ、君は借金もスカーフも覚えていただろう。つい先日、三百年前の勇者ナツが両国の戦争を止めた事実が、今の君からその記憶を消し去ったんだ……」
ようやく諒太も飲み込めていた。説明することで自分自身も理解を深められている。だからこそ告げるのみ。真相を口にするだけだ。
「決定した過去により記憶が書き換えられたんだ――――」
常に起点から現状を導く。起点と現状に差異が生じてしまえば、記憶は書き換えられてしまう。
「君は過去に二度、記憶を書き換えられている。ただし、ロークアットだけじゃない。この世界に住む全員が同じように改変を受けた。俺を除く全員が等しく同じように……」
一度目は諒太と出会わない世界線。二度目の改変は夏美がイベントを乗り越えたあと。起点から現在が導き出され、矛盾を生まぬようにと改変を受けたはず。
「それならば、わたくしの存在自体もあやふやなのでしょうか?」
ロークアットが質問を加えた。そういった思考に陥ってしまう理由。存在自体を否定されたような気がするのは彼女だけではないだろう。
「それは俺にも分からない。ただ、一つだけ分かることもある……」
ロークアットの問いには分からないと答え、諒太は知り得る事実だけを続けた。
「世界は君たちを必要としている……」
存在が確定していようとなかろうと、それだけは事実であった。
同質化により消えた者がいれば、その逆もあり得る。もしもセイクリッド神が話すように世界が意志を持ち、尚且つ自浄作用的に動いているのなら、生み出された者は来たるべき終末に必要な者たちだろう。まして最終決戦に挑むというのなら。
「わたくしたちを?」
「君たちに共通するのは強遺伝子。この世界では圧倒的強者だろう? ルイナーに挑む俺のパーティーメンバーだというのなら、世界は君たちに期待しているはずだ」
正直に諒太は彼女たちの存在を肯定できない。いずれもプレイヤーが関与した末に生み出されていたからだ。特にミーナに関しては最近になって存在が確立したのだと思えてならない。
「しかし、リョウ様、わたくしたちは何もできそうにありませんけれど……」
自信なさげなロークアット。それは当然の疑問に違いない。彼女たちに対処できるならば、リョウを召喚する必要などなかったのだから。
ところが、諒太はその回答を持っていた。彼女たちが必要とされる理由について、見当をつけているらしい。
「恐らく世界は同じ結末を望んでいる。三百年前とこの現在。全ては同質化という世界間のルールだ。三百年前と同じ状況を作り出す。だからこそ英雄の子孫たちを組み込もうとしている……」
「それは暴論です! 過去と現在は因果関係にあるのであって、間違っても相関関係はありません!」
即座にミーナが反駁を唱える。現在に生きる彼女にはどうしても納得できなかったらしい。
「普通ならばその通りだ。しかし、現実に二つの時間軸は同時進行している。俺はこれまでに体験してきたんだ。同じような事態が双方に発生したこと。強大なレアモンスターが過去と未来の双方に出現した。条件が整ってしまえば、過去から現在だけでなく現在から過去へも同質化していく。だからこそ世界は君たちを必要としているんだ……」
ミーナは首を振るだけである。現在に生きる彼女には同時発生的なレアケースを想像するなんてできなかった。
「もし仮に過去がタルト、ナツ、イロハ、アアアア、チカ、それに大賢者の六人で戦うというのなら、世界はこの現在も同じ布陣に近付けようとするだろう……」
諒太はもう隠すつもりがない。全てを洗いざらい吐き出し、新たな一歩を踏み出すのだと。
「リョウさま、それはおかしくありませんか? 私は大司教チカの血を引いていますし、セリスさまはイロハさまとアアアアさまという二人の血を引いております。けれども、ロークアット姫殿下は……」
ここでミーナが口を挟んだ。けれど、諒太は推し量っている。彼女の疑問はもっともであるのだと。
ミーナの疑問にはロークアットも頷きを見せている。けれど、ここが伝えるべきときだ。誤魔化すような真似はもうしない。
諒太はロークアットを真っ直ぐに見つめ、真相を口にする。
「タルトはいちご大福だ――――」
これ以上なく端的に伝えたはずが、ミーナもロークアットも首を振る。しかし、否定というよりは理解不能といった感じだ。
さりとてロークアットは反応を示した。自身も知るタルトが父親であっただなんて、聞き流せるはずもない。
「リョウ様、それは本当のことでしょうか!?」
「俺も知ったばかりだ。タルトとも話をしたけど間違いない。彼は罪を償い新たな人生を歩み始めた。だから、完全な同一人物ではない。しかし、根幹にあるものは同じであって、中身という意味ではいちご大福だといえるだろう」
流石に説明のしようがない。新たな筐体を購入し、リスタートしただなんて話はセイクリッド世界の誰にも理解できないことだ。
「では、お父様は三百年前にいて、戦っておられるのですか?」
「もちろん。彼の贖罪は勇者ナツの封印を手助けすることでしか成し得ない……」
諒太の話にロークアットは頷いていた。彼女は知っている。いちご大福の罪を。だからこそ、あの瞬間に名乗らなかったのだと理解できた。
「いちご大福だって名乗り出たかったはず。けれど、彼はもうタルトなんだ。君も知る漆黒の盾はいちご大福じゃない……」
諒太とて辛い宣告であった。もう二度と親子として対面することがないなんて。
俯き黙り込むのかと思いきや、ロークアットは顔を上げる。彼女は真っ直ぐに諒太の目を見て、心情をありのまま告げていた。
「リョウ様、わたくしはアイスクリームをいただきました。迷子になった折に……」
どうやら夏美に任せたことは正解だったらしい。再会を果たしただけでなく、プレゼントまで手渡しているなんて。
「そうか……。それは良かったな? 美味しかったか?」
諒太がそう問うと、ロークアットは子供のような笑みを浮かべる。記憶を掘り返しては笑みを大きくしていた。
「とても美味しかったです!」
この世界ですべきこと。諒太に課せられた使命とは異なっていたけれど、ロークアットの笑顔は成すべきことを遂げたのだと思えるものだ。
望んだとして二度と会えないと伝えたはず。けれど、彼女の願いは意図せず叶っている。迷子イベントという諒太の知り得ないところで、ロークアットといちご大福は再会を果たしていた。
「それでリョウさま、姫殿下がタルトさまの血を引いていることは理解しました。残る大賢者の血族はどうなっているのですか? 過去と同じとするのなら、リョウさまではなく血族を捜し出す必要があるのではないかと……」
ミーナの問いは英雄の最後を飾る大賢者の子孫が誰であるのかだった。
だが、それは考えるまでもない質問である。諒太は明確な回答を持っているのだから。
「ルイナーを封印した大賢者とは俺のことだ……」
声を失うミーナ。彼女はまだ世界がどういった構造であり、諒太が何者であるのかを理解していない。従って、彼の返答には首を傾げるしかなかった。
「ミーナ、先ほども話しただろう? 勇者ナツが現在に現れたように、俺もまた三百年前に赴くことができる。勇者は時間軸に縛られていないんだ。勇者ナツがルイナー討伐を手伝ってくれるのと同様に、俺は三百年前の封印を手助けしなければならない。この現在に残る結果と差異を生じさせないためにも……」
「天界人さまは時間軸に干渉なさるのでしたね……。この今まで大賢者については謎ばかりでした。リョウさまが大賢者であられたなら納得です。現在で活躍されるリョウさまが過去に多くの痕跡を残すはずもありませんし」
「正確には俺が大賢者になるという話だ。俺はまだ三百年前の世界では殆ど活動していないからな……」
全ては説明した通りである。過去は今も現在進行形であり、ルイナーは討伐されていない。歴史に残る大賢者の登場と同じように諒太は現れるだけであった。
「とにかく、この先に二人の力を借りるかもしれない。俺としては危険な目に遭って欲しくないけれど、世界が望めば神託の通りになるだろう。また俺は受け入れるしかないとも考えている……」
これまでも過去と現在が幾度となくリンクしていた。だからこそ諒太はセイクリッド神が語った未来を否定できない。
急速に動き始めた世界線の結末。マヌカハニー戦闘狂旗団という存在は恐らくイレギュラーであったはずだ。予定されていたのは勇者ナツによる封印のみ。勇者ダライアスの代理となった勇者ナツに仲間はいなかったはず。けれども、彼女にはフレンドがいて、ひょんなことからクランが再結成となった。従って過去ではマヌカハニー戦闘狂旗団の活躍が決定し、同じような結末を現在の世界は望むのだろう。
「リョウ様、わたくしは貴方様の盾になります……」
改めてロークアットが言った。世界が望む結末通りに、彼女は戦いに赴くらしい。
「リョウさま、私も覚悟はできておりますから……」
ミーナも続いた。無理強いをするつもりはなかったというのに、彼女もまた決戦に同行する意志を示している。
元より彼女たち二人はセイクリッドの民。そこは守るべき世界であり、戦闘力の有無は断る理由にならないのだろう。
「すまない……」
溜め息しかでない。けれど、諒太も覚悟を決めるときだ。酷く歪んだ世界の原因を排除するため。仲間たちと共にセイクリッド世界に平穏をもたらそうと。
頼りない自信に勇気をプラスして、諒太は決意の全てを二人へと告げた。
「俺が世界を救ってやる――――――」
やはり大賢者は諒太であり、しかも未来には仲間を五人も連れているのだと。
「リョウ様……?」
聖域の外で待っていたロークアットが小首を傾げている。直ぐに出てきたわけではないのだから、一定以上の成果を予想できただろうに。
「俺が大賢者らしい……」
諒太の返答にはロークアットだけでなく、ミーナも驚いている。そもそもミーナが勧めたことであり、彼女も予想はしていたはず。
「世界のどこにも見つからないはずです……。ようやく私は神託を果たせました。やはりリョウさまには正教会に席を置いていただきたく存じます」
「ああ、その件は聖王国での恩返しが済んでからな。あと二人に話しておきたいことがある……」
整理しがたい話であったものの、二人には伝えておくことにした。その上で彼女たち自身が判断してくれたらと。
「ルイナーとの決戦はどうも俺一人で戦うわけではないらしい。セイクリッド神曰く、仲間は五人だと……」
二人はキョトンとしている。諒太の仲間など従魔であるソラしかいないのだ。従って五人という話は彼女たちを戸惑わせていた。
「その五人にはロークアットとミーナが含まれている……」
続けられた諒太の話。当然のことながら、二人は唖然と言葉を失っている。まさか勇者一行に自分たちが含まれているなんてと。
「俺も困惑しているんだ。レベルが100に満たない君たちを連れて行くつもりはないのだけど……」
諒太は語り出す。どうにも一人では整理できなくなったのだ。守ろうとする人たちをどうして決戦の場に連れて行くのか。なぜにそのような未来が見えているのかと。
「セイクリッド神はその未来を見ていたらしい。だとしたら、俺たちが出会ったのは偶然じゃなく、必然なのかも。何にせよ俺の意志を反映したものじゃない。彼女が語った未来は……」
思い返しても溜め息しかでなかった。リッチの攻撃でさえ瀕死になってしまうロークアットがルイナーと戦えるはずもないのだ。またそれは夏美を除く全員に同じことがいえた。
「リョウ様、わたくしは戦いたいです」
「私もです。治癒士のポジションはお任せください」
一様に戸惑っていた二人であるはずが、次の瞬間には揺るぎない意志を伝えていた。
セイクリッドの民にはどうにもできない邪神の使徒。彼女たちはルイナーと戦うどころか、ダメージすら与えられないというのに。
「それでリョウさま、他の仲間は判明しておるのでしょうか?」
ここでミーナが問いを返す。既に彼女はやる気に満ちている感じだ。残りのメンバーを問うのは戦力を見極めようとしているのかもしれない。
小さく息を吐きながらも、諒太は頷いている。セイクリッド神から口止めされた事実はないし、当事者である彼女たちであれば知っておくべきかもしれない。
「残りのメンバーは皇国の公爵家令嬢セリスに従魔のソラ……」
諒太の話は予想できるものであった。セリスは英雄の末裔。しかも、その血には二人の英雄が含まれている。加えてソラは従魔であるし、決戦の場にいたとして不思議ではない。
「なるほど、それなら最後のお一人はどなたでしょうか?」
ロークアットが促すように尋ねた。現状のセイクリッド世界において、セリスとミーナに比肩する者はいない。今現在に残る英雄の子孫は彼女たち二人だけなのだ。自分自身が含まれていることにも疑問を感じてしまう。
一拍おいて頷いた諒太。過度に躊躇いながらも、最後の一人を告げた。
「最後は勇者ナツ――――」
ここで予想外の話を聞く。ロークアットはともかく、ミーナは目を剥いて小さく頭を振るだけだ。勇者ナツは人族であり、三百年前の勇者であることは誰でも知っていることなのにと。
「本当ですか……? 彼女はご存命なのでしょうか? 人族ですよね?」
「まあ信じられないだろうが、俺とナツは幼馴染みなんだ。今も生きているし、戦ってもいる……」
諒太は天界人であるという嘘を伝えた。この世界がゲーム世界と同質化しているなんていう話は、彼女たちにとって天界人という嘘よりもずっと冗談めいている。理解の及ばぬ話をするくらいなら、彼女たちが納得できる嘘をつく方がマシなのだと。
「ミーナ枢機卿、その話は事実です。わたくしは実際にナツ様とお会いしましたし」
ロークアットが事実であることを後押ししてくれた。諒太が説明するよりも、恐らくは受け入れやすいはずだ。
「信じられません……。それなら彼女は一体どこにいるのでしょう? 噂すら耳にしませんけれど……」
「まあそれな。俺たち天界人にとってセイクリッド世界の現在と過去は同じなんだ。勇者ナツは過去を担当している。この現状を正すために……」
流石にロークアットも眉根を寄せた。過去は過去であり、現在からすると一本道でしかなく、現在への過程でしかないはずだと。
「理解できないだろうが、三百年前の封印は今も成されていない。俺が召喚されたことにより、二つの時系列が同時に進むという事態に陥っている……」
説明する諒太もまた長い息を吐く。少しも理解できないといった二人に。無駄である説明を続けるしかないことを。
「俺たちがいる現在では勇者ナツによってルイナーは封印されたことになっているだろう?」
彼女たちが理解できるように、諒太は少しずつ説明することにした。順追って分かりやすく。彼女たちが納得できるように。
「でも、それは結果が先に決定しただけ。この現在が勝手に決めただけの事象だ。だから、こんな今も三百年前はルイナーの封印に向けて戦っている……」
どうにも頭が混乱する。説明しようにも諒太にはそれ以上の言葉がなかった。彼女たちにとって過去は現在に至るプロセス以外の意味を持たないのだから。
「並行世界って分かるか? 同じような世界でありながら、少しずつ異なった世界。セイクリッド世界に起きている事象はそれと似たようなもの。この世界にある過去と現在は同時に進行しているんだ。その二つは確実に繋がっているけれど、まるで別の世界として存在してもいる……」
ようやくと二人もイメージできたのかもしれない。ロークアットとミーナは頷きを返してくれた。
「この世界の構造はややこしいことになっている。現在が存在することで、過去は現在となり得ない。実際の過去はルイナーの封印前だというのに、この現在が定めた勇者ナツの封印実績に囚われているんだ。だからこそ、勇者ナツは現在に変化を与えないように戦っている……」
「待ってください! その辺りがよく分かりません……。勇者ナツさまはルイナーを封印されていないのでしょうか? 暗黒竜は野放しなのですか?」
ミーナが口を挟んだ。全て事実であったけれど、彼女にとっては眉唾物の話に違いない。世界に伝わる英雄譚では勇者ナツがルイナーを封印しているのだから。
「同時進行していると話しただろ? 過去と現在は同じ時空に存在していながら、別々の時間を歩んでいる。またそれは相互に影響を与え合う。どちらかに矛盾が生じるたび、改変が起きてしまうんだ。だから、もし仮に勇者ナツがルイナーの封印に失敗したとすれば、この今は完全に消滅するだろう。たとえるならこの現実は……」
怖がらせるつもりもなかったけれど、説明するにはそれしかない。過去が決定していない事実。現在がどれほど曖昧な状態であるのかを伝えねばならない。
「明け方に見る淡い夢そのもの――――」
二人が咀嚼するには困難すぎる話だ。自身の存在が夢のようなものであるなんて、想像もできないはず。
「この儚き世界は常に揺れ動いている。君たち二人は確かに存在しているけれど、水泡が如く頼りない存在でもあるんだ。全ては勇者ナツにかかっている。この今があるのも、君たち自身が存在していることも……」
「いや、どうしてそんなことに? わたくしは三百年前から生きております。その記憶が出鱈目だと仰るのですか?」
セリスはともかくとして、ずっと生きていたロークアットには更に難解な話であっただろう。けれど、諒太はそれを説明できる。彼女自身が体験した話を口にすることで。
「君の記憶は実体験でありながら、全てが夢のようなもの。俺が借金をした世界線の話を覚えているか?」
それは数日前に伝えたこと。身に覚えのない借金や、手渡した覚えのないスカーフを返却されたこと。疑問を覚えたロークアットに、諒太は世界線の話をしていた。
「はい、確かアクラスフィア王国と戦争状態にある世界線だったとか……」
「ロークアット、それが答えだよ。その世界線の原因となったのは三百年前に遡るんだ。俺が勇者ナツに聖王国への移籍を勧めたことが発端となっている。勇者の移籍はアクラスフィア王国にとって裏切りに等しい行為であったからだ。だが、過去を修正することで現状の世界線に戻っている。君が知るはずもない過程によって……」
「今もナツ様は聖王国に所属していたことになっております。裏切りだと感じたアクラスフィア王国を宥めるなんて不可能ではないでしょうか……?」
彼女の疑問はもっともである。原因となったのは勇者ナツの移籍。問題点を解決していない現状がどうやって修正されたのか少しも分からないはずだ。
「君は勇者ナツの功績を全て知っているか?」
どうしてか諒太は問いを返した。現状のロークアットが何を記憶しているのかと。
ロークアットは三百年を生きている。その質問の回答は記憶を思い返すだけでいい。
「え? それはマヌカハニー戦闘狂旗団の一員として……」
「その前だよ。君は知っているはずだ……」
過去と現在は歩幅を合わせている。双方は過程と結果を共有しているのだ。過去が進めば、現在は必ず帳尻を合わせるだろう。しかし、過去において決定した事実は現在からどうすることもできない。起点となる事象があるのなら、現在はそれに従うだけである。
「ナツ様はアクラスフィア王国とスバウメシア聖王国のいざこざを収束させました……」
返答は諒太が考えていたままだ。今の世界線は戦争イベント終了後から続いている。盾を掲げる勇者像が聖王城前に建てられた時期。そこまでは確定していると考えるべきだ。
「じゃあ、もしもナツが中立にならなければ、両国はどうなった?」
諒太は質問を続けた。彼女自身に考えさせる思惑があってのことだ。ロークアットが自然と理解できるようにと。
しばらく考え込むロークアットだが、結論がでたのか小さく頭を上下させた。
「恐らく全面戦争になったかと……」
言ってロークアットがアッと声を上げる。ようやく彼女も理解できたらしい。この現状があまりにも不安定であることを。
「リョウ様、ひょっとしてわたくしは……?」
ロークアットが聞く。それは明確な内容を含んでいなかったけれど、諒太には彼女の不安げな表情だけで十分であった。
「俺は以前、世界線という言葉を使った。まあそれも間違いじゃないけれど、ロークアットが二人いるというわけではない。常に君は一人だ。あの世界線もこの世界線も変わらない。世界の変化に君は巻き込まれてしまったんだよ。勇者ナツが両国を諌めなければ、君は借金もスカーフも覚えていただろう。つい先日、三百年前の勇者ナツが両国の戦争を止めた事実が、今の君からその記憶を消し去ったんだ……」
ようやく諒太も飲み込めていた。説明することで自分自身も理解を深められている。だからこそ告げるのみ。真相を口にするだけだ。
「決定した過去により記憶が書き換えられたんだ――――」
常に起点から現状を導く。起点と現状に差異が生じてしまえば、記憶は書き換えられてしまう。
「君は過去に二度、記憶を書き換えられている。ただし、ロークアットだけじゃない。この世界に住む全員が同じように改変を受けた。俺を除く全員が等しく同じように……」
一度目は諒太と出会わない世界線。二度目の改変は夏美がイベントを乗り越えたあと。起点から現在が導き出され、矛盾を生まぬようにと改変を受けたはず。
「それならば、わたくしの存在自体もあやふやなのでしょうか?」
ロークアットが質問を加えた。そういった思考に陥ってしまう理由。存在自体を否定されたような気がするのは彼女だけではないだろう。
「それは俺にも分からない。ただ、一つだけ分かることもある……」
ロークアットの問いには分からないと答え、諒太は知り得る事実だけを続けた。
「世界は君たちを必要としている……」
存在が確定していようとなかろうと、それだけは事実であった。
同質化により消えた者がいれば、その逆もあり得る。もしもセイクリッド神が話すように世界が意志を持ち、尚且つ自浄作用的に動いているのなら、生み出された者は来たるべき終末に必要な者たちだろう。まして最終決戦に挑むというのなら。
「わたくしたちを?」
「君たちに共通するのは強遺伝子。この世界では圧倒的強者だろう? ルイナーに挑む俺のパーティーメンバーだというのなら、世界は君たちに期待しているはずだ」
正直に諒太は彼女たちの存在を肯定できない。いずれもプレイヤーが関与した末に生み出されていたからだ。特にミーナに関しては最近になって存在が確立したのだと思えてならない。
「しかし、リョウ様、わたくしたちは何もできそうにありませんけれど……」
自信なさげなロークアット。それは当然の疑問に違いない。彼女たちに対処できるならば、リョウを召喚する必要などなかったのだから。
ところが、諒太はその回答を持っていた。彼女たちが必要とされる理由について、見当をつけているらしい。
「恐らく世界は同じ結末を望んでいる。三百年前とこの現在。全ては同質化という世界間のルールだ。三百年前と同じ状況を作り出す。だからこそ英雄の子孫たちを組み込もうとしている……」
「それは暴論です! 過去と現在は因果関係にあるのであって、間違っても相関関係はありません!」
即座にミーナが反駁を唱える。現在に生きる彼女にはどうしても納得できなかったらしい。
「普通ならばその通りだ。しかし、現実に二つの時間軸は同時進行している。俺はこれまでに体験してきたんだ。同じような事態が双方に発生したこと。強大なレアモンスターが過去と未来の双方に出現した。条件が整ってしまえば、過去から現在だけでなく現在から過去へも同質化していく。だからこそ世界は君たちを必要としているんだ……」
ミーナは首を振るだけである。現在に生きる彼女には同時発生的なレアケースを想像するなんてできなかった。
「もし仮に過去がタルト、ナツ、イロハ、アアアア、チカ、それに大賢者の六人で戦うというのなら、世界はこの現在も同じ布陣に近付けようとするだろう……」
諒太はもう隠すつもりがない。全てを洗いざらい吐き出し、新たな一歩を踏み出すのだと。
「リョウさま、それはおかしくありませんか? 私は大司教チカの血を引いていますし、セリスさまはイロハさまとアアアアさまという二人の血を引いております。けれども、ロークアット姫殿下は……」
ここでミーナが口を挟んだ。けれど、諒太は推し量っている。彼女の疑問はもっともであるのだと。
ミーナの疑問にはロークアットも頷きを見せている。けれど、ここが伝えるべきときだ。誤魔化すような真似はもうしない。
諒太はロークアットを真っ直ぐに見つめ、真相を口にする。
「タルトはいちご大福だ――――」
これ以上なく端的に伝えたはずが、ミーナもロークアットも首を振る。しかし、否定というよりは理解不能といった感じだ。
さりとてロークアットは反応を示した。自身も知るタルトが父親であっただなんて、聞き流せるはずもない。
「リョウ様、それは本当のことでしょうか!?」
「俺も知ったばかりだ。タルトとも話をしたけど間違いない。彼は罪を償い新たな人生を歩み始めた。だから、完全な同一人物ではない。しかし、根幹にあるものは同じであって、中身という意味ではいちご大福だといえるだろう」
流石に説明のしようがない。新たな筐体を購入し、リスタートしただなんて話はセイクリッド世界の誰にも理解できないことだ。
「では、お父様は三百年前にいて、戦っておられるのですか?」
「もちろん。彼の贖罪は勇者ナツの封印を手助けすることでしか成し得ない……」
諒太の話にロークアットは頷いていた。彼女は知っている。いちご大福の罪を。だからこそ、あの瞬間に名乗らなかったのだと理解できた。
「いちご大福だって名乗り出たかったはず。けれど、彼はもうタルトなんだ。君も知る漆黒の盾はいちご大福じゃない……」
諒太とて辛い宣告であった。もう二度と親子として対面することがないなんて。
俯き黙り込むのかと思いきや、ロークアットは顔を上げる。彼女は真っ直ぐに諒太の目を見て、心情をありのまま告げていた。
「リョウ様、わたくしはアイスクリームをいただきました。迷子になった折に……」
どうやら夏美に任せたことは正解だったらしい。再会を果たしただけでなく、プレゼントまで手渡しているなんて。
「そうか……。それは良かったな? 美味しかったか?」
諒太がそう問うと、ロークアットは子供のような笑みを浮かべる。記憶を掘り返しては笑みを大きくしていた。
「とても美味しかったです!」
この世界ですべきこと。諒太に課せられた使命とは異なっていたけれど、ロークアットの笑顔は成すべきことを遂げたのだと思えるものだ。
望んだとして二度と会えないと伝えたはず。けれど、彼女の願いは意図せず叶っている。迷子イベントという諒太の知り得ないところで、ロークアットといちご大福は再会を果たしていた。
「それでリョウさま、姫殿下がタルトさまの血を引いていることは理解しました。残る大賢者の血族はどうなっているのですか? 過去と同じとするのなら、リョウさまではなく血族を捜し出す必要があるのではないかと……」
ミーナの問いは英雄の最後を飾る大賢者の子孫が誰であるのかだった。
だが、それは考えるまでもない質問である。諒太は明確な回答を持っているのだから。
「ルイナーを封印した大賢者とは俺のことだ……」
声を失うミーナ。彼女はまだ世界がどういった構造であり、諒太が何者であるのかを理解していない。従って、彼の返答には首を傾げるしかなかった。
「ミーナ、先ほども話しただろう? 勇者ナツが現在に現れたように、俺もまた三百年前に赴くことができる。勇者は時間軸に縛られていないんだ。勇者ナツがルイナー討伐を手伝ってくれるのと同様に、俺は三百年前の封印を手助けしなければならない。この現在に残る結果と差異を生じさせないためにも……」
「天界人さまは時間軸に干渉なさるのでしたね……。この今まで大賢者については謎ばかりでした。リョウさまが大賢者であられたなら納得です。現在で活躍されるリョウさまが過去に多くの痕跡を残すはずもありませんし」
「正確には俺が大賢者になるという話だ。俺はまだ三百年前の世界では殆ど活動していないからな……」
全ては説明した通りである。過去は今も現在進行形であり、ルイナーは討伐されていない。歴史に残る大賢者の登場と同じように諒太は現れるだけであった。
「とにかく、この先に二人の力を借りるかもしれない。俺としては危険な目に遭って欲しくないけれど、世界が望めば神託の通りになるだろう。また俺は受け入れるしかないとも考えている……」
これまでも過去と現在が幾度となくリンクしていた。だからこそ諒太はセイクリッド神が語った未来を否定できない。
急速に動き始めた世界線の結末。マヌカハニー戦闘狂旗団という存在は恐らくイレギュラーであったはずだ。予定されていたのは勇者ナツによる封印のみ。勇者ダライアスの代理となった勇者ナツに仲間はいなかったはず。けれども、彼女にはフレンドがいて、ひょんなことからクランが再結成となった。従って過去ではマヌカハニー戦闘狂旗団の活躍が決定し、同じような結末を現在の世界は望むのだろう。
「リョウ様、わたくしは貴方様の盾になります……」
改めてロークアットが言った。世界が望む結末通りに、彼女は戦いに赴くらしい。
「リョウさま、私も覚悟はできておりますから……」
ミーナも続いた。無理強いをするつもりはなかったというのに、彼女もまた決戦に同行する意志を示している。
元より彼女たち二人はセイクリッドの民。そこは守るべき世界であり、戦闘力の有無は断る理由にならないのだろう。
「すまない……」
溜め息しかでない。けれど、諒太も覚悟を決めるときだ。酷く歪んだ世界の原因を排除するため。仲間たちと共にセイクリッド世界に平穏をもたらそうと。
頼りない自信に勇気をプラスして、諒太は決意の全てを二人へと告げた。
「俺が世界を救ってやる――――――」
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